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SideA プロローグのプロローグ09

〈えーっ!? じゃあなになに? シーアってば、そのまま村を出ちゃったの? だめだよそれじゃあ!〉


 手にした石からの半ば悲鳴にも近い怒声にシーアは苦笑いを浮かべる。辺りは森。時間帯は夜。そんな静かなシチュエーションには似つかわしくない騒々しい声に何匹かの鳥が飛び立つ音が聞こえた。


 それまで木の幹によしかかっていたシーアも思わずびくりと身を起こす。


「ちょ、もう少し声を抑えてエメル。他の人がいたら迷惑でしょ」

〈その"他の人"の扱いがひどいから怒ってるんじゃない! もう……そんなんじゃクーラって子が可哀想だよ〉

「あ、あはは……そうかなぁ?」


* * * * * *


 倉庫にて戦闘が終わった後、シーアは早々に村を後にした。驚きで固まるクーラを前にシーアのとった行動は実に効率的……いや、事務的と言えただろう。


「お、お姉さん! どこいくの!? 村はこっちだよ」


 戦闘が終わり、ともに倉庫を出たところで村とは逆の方向に歩みだしたシーアの背にクーラの慌てた声が入る。


「もう大丈夫。"狩る者"は……あなたのお父さんの仇は倒したわ。だから私がこの村に残る理由はないわ」

「え、えっとそうだけど……村の人に報告した方がいいんじゃ」

「ああ、そうだね。お願いね! クーラ!」

「え、ええ!?」


 中々意図が伝わらず困惑を隠せない少女の頭にそっと手を添えるシーア。


「私ね、"嫌われ者"だからあまり一つの村に長居はしたくないの」

「き、嫌われ者?」

「そう、嫌われ者。そのうちクーラにも嫌われちゃうかもだから、そうなる前に……ね?」


 頭をなでるシーアの表情は空を仰ぎ見ているためクーラからは見えない。だが、きっと悲しい表情をしているのだとクーラは思った。


「わ、私お姉さんのこと嫌いになんてならないよ!」

「……ありがとう、クーラ。でも、早いとこ私のことは忘れなさい。そして思い出しなさい元の生活を。あなたはこの村でこれからも生きていかなければいけないのだから」


 この表情だ。クーラの眼前にたたずむシーアと出会ってすぐのシーアの姿が重なる。見るものに……いや、従うものに勇気を与える勝利の女神のような雰囲気とでも表現すればいいのだろうか。


「あ……」


 頭から離れたシーアの手の温もりを求め無意識にクーラの手が頭に伸びる。その様子に微笑みを浮かべ、シーアはすっと背を向け歩き出した。


 新たな地へと向かう船出を歓迎するかのように朝陽を受け黄金に輝く麦畑はまるで海のように波立ち始める。


 その後言葉はでなかったが、クーラは麦畑に飲まれるように消えていくシーアの背が見えなくなるまでずっと見つめ続けていた。


* * * * * *


「ほら、決して何の説明もなく出たわけじゃないから……」


 夜の闇に響く釈明の声。ことのあらましを再度説明し、シーアは手にした石ににっこりと笑みを浮かべる……が。


〈0が1になった程度で誇らない! 普通なら10も20も説明が必要なところでしょ!〉

「うぅ……」


 帰ってくる声は相変わらず不機嫌さを纏っている。


〈まったく! いくら例の"対価"があるからって、無暗に人の反感を買うような振る舞いはだめだよ、シーア〉

「以後気をつけまーす」

〈まったくこの子は……お母さんどこで教育方針を間違えたのかしら〉

「エメルを母と思ったことはないです……」


 やれやれといった感じの呆れたため息。それでもシーアはこの会話を楽しんでいるのか、その表情はとても穏やかなものだ。だが、ふと何かを思い出したのか顔を曇らせる。


「それよりも、今回も希源種オリジンワンの報告、任せてもいい? あの連中と顔を合わせるとまた喧嘩になるのがわかってるし」

〈言った矢先から……まああの人たち相手じゃしょうがないか、私も苦手だし。いいよ、私からアリスに伝えておく〉

「にひひ、ありがと、エメル」

〈人を都合のいい女みたいに……〉


 先ほどとはまた違う不機嫌そうな声が響く。その声にシーアはくすりと笑いをこぼす。


* * * * * *


〈なるほど、正体はネズミの化け物だったの……〉


 少し場所を移動し、大きな木の根元に腰掛け焚火の準備をするシーア。「そうだよ」と返事をしつつ集めた薪を積み上げていく。


 エメルに村での戦闘の様子を伝えながら脇に置いていた魚を枝を削ってできた串にさし、焚火のそばにたてる。そして……すっと手を薪へと差し伸べる。


「近くに湖があってよかったわ。おかげで豪華な晩御飯……"アミティ"」


 シーアの手元がうっすらと光ったかと思うと黒く小さな光球が辺りをふわふわと漂い始める。そして……薪はぱちぱちと音を立て燃え始める。


〈あ、また横着して! シーア!〉

「だってこれ火をつけるのに便利なんだもん。誰も見ていないしいいでしょ」

〈無暗に力を使っちゃだめだよ。あなたの力の対価が"三人"の中じゃ一番

ひどいんだから〉

「うーん、そうかなぁ……私からするとアリスのもしんどそうだけど。それにエメルのもやだなぁ」

〈と・に・か・く! もう少し自分を大切にしてね、シーア〉

「……わかった」


 静かに燃える火を前に、口の端を緩めたシーア。しばらくの間の沈黙。そこに気まずさなどなく、むしろどこか目の前の火よりも心地よい温もりを感じる時間。


〈あー、それで……今回の相手だけどまたおっそろしい能力なのによく倒せたね〉

「ああ、まあ大きさは変われど所詮はネズミだもの。最初から負ける気はしなかったかな」

〈あはは、そんなセリフはけるのシーアくらいだよ〉

「そう? 案外リーガーやドラグス辺りなら共感してくれるんじゃないかな」

〈その人たちも普通じゃない部類じゃない……普通じゃない人が自分を基準にしたら駄目だって……〉

「むぅ……」


 ぷくりと膨らむ頬。その様子を察してか石の向こうからくすくすと笑い声が聞こえる。


〈それにしてもそのネズミも中々に勇敢なのね。"ブラッディ"を使った状態のシーアを前に逃げないなんてね〉

「そうね、ただのネズミが大きくなっていたなら私も倒すのは手を焼いたかもしれないね」

〈どういうこと?〉

「さすがにあの俊敏さで逃げに回られたら私でも手を焼いたわ。でもあいつは私に立ち向かってきた。走り回ってこちらの隙をついて回っていればクーラもいたから正直なところ勝負はどう転がっていたかわからないのに」

〈やっぱり体が大きいと心も大きくなるのかな?〉

「最初からそうじゃなかったかもだけど、何度も自分より大きいものを倒してきたことで王様にでもなった気分に陥ったのかもね。だからこそ私を前にしてもプライドのようなものが邪魔をして逃げなかったのかもね」


 シーアの推察が夜の静けさにぽつぽつと溶けていく。


〈そっか……そうかもね〉

「勝てないと思ったら私なら逃げるわ。プライドよりも命あってこそだもの」

〈あはは、シーアが逃げ出すような相手、見てみたいな〉

「あら、いるじゃない。今私が手にしている石の先に」

〈……どういうことかなシーア?〉

「あはは、怖い怖い。冗談だってば」

〈まったく……逃げずに帰ってきてね、シーア〉

「ええ、できるだけ早く帰るから待っててねエメル」


 その後たわいもない会話がしばらく続いたのち、シーアの手にした石は輝きを失い、声は聞こえなくなった。


 先ほどまでの賑やかさもあってか一層静けさが場を支配する。あらためて一人になったシーアは眼前で揺れる焚火にそっと薪を加える。


 時折光を失った石を愛おしそうに撫でながら彼女はやがて瞳を閉じた。


拙作をお読みいただきありがとうございました^^

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