学生編
2年生になると、小さかったユーリーはぐんぐんと背が伸び、声も低くなった。
肩まで伸びた髪の毛を後ろにくくり、動作もきれいな彼は好青年っぷりを発揮し、ひそかに女性に人気が出始めていた。
あのウィージェニーもユーリーに蕩けた目を向ける。
友情、親愛を知ったユーリーは正しく人と関われるようになった。
私との距離が近いので、女性と関わるうえではいけないと正そうとしているが、なかなか言うことを聞いてくれず、最近は諦めている。
「今のユーリーなら、ウィージェニーと一緒になることができるかも。」
二人は同じ北部出身だし、見た目の相性も良い。
ウィージェニーがユーリーに秋波を送っているような状態である今なら、二人が一緒になるのも可能だろう。
ここで二人をくっつけてしまえば主人公が生まれないかもしれない。
だが、すでに物語の筋書きが変わってしまったこの世界なら、何をしても誕生しない。
2年生が始まりしばらく、私はわざとユーリーを中庭に呼び出し、ウィージェニーと二人になるよう仕向け、アブーと物陰に隠れて二人を眺める。
こういうことが好きなはずのアブーは珍しく乗り気ではなかった。
今は中庭のベンチに二人が座っている。
「・・・メラニー、君のためにもこんなことはやめたほうが良いよ。」
「あの二人お似合いなんだからいいじゃない。」
それにしてもウィージェニーがあんなに話しかけているのになんでユーリーは何も反応しないのかしら。
ユーリーのつれない態度に少しムカッとする。
「君は鈍いから知らないと思うけど、ユーリーは悪い男だよ。君と二人になることが多くなれば、俺だって何されるかわかんないよ。」
ユーリーは親愛を知って品行方正になった。悪い男とは思えない。
アブーに被害が行くのはよくわからないが。
「アブーに鈍いなんて言われたくないわね。見て、ウィージェニーを。ユーリーのことが好きなのよ。」
その言葉にアブーは呆れたようにため息をつき、俺抜けた、というと茂みからでていった。
「なによ・・・、付き合い悪いわね。」
私は昼休みは終わるまで二人を眺めていた。
ウィージェニーがひたすら話すだけだったが、二人のお似合いな姿を見て私は嬉しい気持ちになった。
昼休みが終わり、次の授業の教室。
ユーリーが少し怒った顔で私とアブーに近づいてくる。
「メラニー、どうして中庭に来なかったの?君が呼んだのに。」
ユーリーの言葉にアブーはやれやれと肩をすくめる。
「ごめんなさい、少し用事があって・・・。」
私の言い訳に眉間にしわを寄せる。
そんなユーリーに少し罪悪感を感じ、目をそらす。
「最近こういうこと多いよ、メラニー。君が呼ぶから言ったのに、いつもウィージェニーがいる。僕を除いてアブーと二人でこそこそとしているし、一体どういうこと?」
彼は怒ったようにそういうと私とアブーの座っている机に手をつく。
アブーに助けを求めるように視線を送るが、当の彼は頬杖をついてこちらを眺め、「だから言っただろ。」と小さな声で言う。
私は観念してユーリーを見て口を開く。
「あなたとウィージェニーがお似合いだと思ったのよ。ユーリーに愛する人ができればうれしいと思って、二人にしようとしたの。」
私がそういうと、ぶわっとユーリーの魔力が膨れ上がり飲み込まれるような感覚がする。
すぐに魔力は抑えられ、深呼吸をしたユーリーは困ったような表情を浮かべ、私の手を取る。
「それに、僕には愛する人がいるから、ウィージェニーを好きになることはないよ。」
ユーリーの言葉に私は驚いて口を開ける。
この一年間ユーリーと共にいたけれど、ほかの女の子と話しているところなんて見たことなかった。
私の知らないところ、例えばヘルミニオ=クラスの寮で仲を深めていたのか、もしくは話したことはないが好きなのか。
「だから大丈夫だよ、メラニー。」
にっこりときれいな甘い顔で笑みを私に向けると、私の隣に座って話は終わりだというかのように教科書を開いた。
私はアブーを見ると、アブーは呆れた顔で私の頬をつねった。
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北部公爵家の子息、ユーリー。
彼はどうやらここ最近でほかの兄弟を蹴落とし、現在公爵位後継者第一位にいるらしい。
メラニーはあいつを品行方正な優しい男だと思っているが、そんなことは全くない。
あくどく執着心の強い、欲しいものは必ず手に入れようとする男だ。
「アブー。」
昼休みの昼寝に勤しもうとしていたところ、いつもであればメラニーについて中庭の散歩をするユーリーが珍しくベットのある救護室に入ってきた。
俺は目の上にのせていた腕をどかし声をかけてきた人物を見る。
「珍しいな、ユーリー。」
俺は起き上がるとベットに座り、ユーリーにも座るよう勧める。
しかし彼は首を振り立ったままこちらに問いかけた。
「アブーはメラニーのこと好き?」
感情の読めない瞳で聞いてくるユーリー。
こいつがメラニーのことを他とは違う特別な存在で愛していることは知っている。
わからないように、メラニーに懸想をする男を人知れず脅していることも知っていた。
「友人として好きだよ。俺とメラニーは兄弟分だからね。」
俺がそういうと少し眉間にしわを寄せる。
本当にメラニーを恋愛対象として見たことはない。
何より小さな頃から共にいるのだ。
向こうの恥ずかしい過去もすべて知っている。
兄弟みたいなものだ。
しわを寄せたのは一瞬で、すぐにほっとしたような顔をして笑顔を向けてくる。
「なら安心したよ。僕は君のことも大切な親友だと思っているから。君とは卒業後も国のために協力し合いたいんだ。」
昼寝を楽しんで、と彼は言い残すと去っていった。
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卒業パーティ
この学院の卒業パーティは立食形式で食事をとり、各々が好きなように過ごす。
踊るものもいれば歌うものもいる。
この2年で少しは大人になったといっても元来の性格は明るいアブーは人に囲まれて歌っている。
私はユーリーから昨日、学院のディテの庭園に何故か呼び出されたため、騒がしいパーティ会場を抜けた。
「ユーリー?」
庭園の奥のガゼボにつくと、すでにユーリーは到着していた。
ヘルミニオの黒の襟詰めに、卒業式用の礼服である黒のマントを肩にかけ、立っていた。
「メラニー。」
彼はそういうと微笑み、こちらに近づいてくる。
風で少しぼさぼさになった私のくせ毛を整え、冷たくなった私の頬に手を添える。
私はその手に私の手を重ねてユーリーを見上げる。
「こんなところに呼び出して、何かあった?」
私がそういうと、彼は頬にあてていた手を肩に滑らせる。
今までにない触れ方に少し戸惑う。
「メラニー、聞いてほしいことがあって。」
彼はそういうと私の左手を取り薬指に口をつける。
その行動に私はカッと頬が熱くなるのを感じる。
あり得ない、あり得ない。
この国で左手の薬指に口をつける行為は求婚を意味する。
私はきれいなユーリーから目を離せない。
「僕と、結婚してほしいんだ。」
私は今まで彼をそういう対象として見たことがなかった。
友人として見ており、小説の内容を知っているからこそ幸せを願っていた。
頬が熱くなるのと同時に頭は冷えている。
「わ、私、あなたをそういう人として見たことがなくて・・・。」
驚きでしまった喉を無理やり開き声をだす。
妙に距離が近いし、ウィージェニーにも興味がないと思った。
私が助けたことで、私がこの愛を知らなかった彼の親鳥になってしまったんだ。
「知っているよ。メラニーは鈍いから。」
彼はそういうと私の左手から手を離しポケットから何かを取り出す。
開くとそれはオニキスの指輪だった。
「これをつけて。君が僕のことを男として意識して、好きになるまで待つから、予約としてこれをつけて。」
彼の少し震えた声と指輪を取り出す指先に私は少し胸が苦しくなった。
愛を知らなかった彼が求婚できるまでになったからだろうか。
彼のそんな様子に少し惹かれた私はうなずき指輪を受け取った。
次からは卒業編。