二百三十六 張飛 〜走る緊張、飛ぶ知能〜 実現
人と間違われるレベルの自然な会話をするAIが登場する。
人が想像つく限りの世界観やシステムが次々と作られる。
正確な物理エンジンと、ごく自然な動作をしたVRがある。
そんな世の中はもうしばらく先と思われていただろう。だがAIエージェントの急速な発展により、一つ目の条件はあっさりとクリア。
あと二つの条件も、AIの支援によって強力に後押しを受ける。多くの産業は合理化が進み、人は自由なアイデアや理想への探究、その拡充に必要な自己成長に力を投入できる。
アイデア未満の思いつきや、現実離れした妄想は、AIの力とVRによる可視化で具現化を加速し、分野を超えたコラボレーションで世界が広がる。
人は本当の意味で現実を拡張し始め、SFの世界に両足を突っ込み始める。
そして自己進化するAI達もまた、より明確な居場所を確保し始めることができていく。
――――
VR空間
「スコアにも、チーム人数にも上限がないとはいえ、ここまでとは思わなかったよ」
「ある程度ペナルティがあるとはいえ、実質何度でも試せたからな」
「リセットしても、過去のログや経験をAIがしっかり覚えている。それに、それらを統合して『まだやっていない方向性』を見せてくれる」
「精密なVRと物理エンジン、ゲームシステムに気を取られがちだけど、今の状況を生み出した最大の要素は、やっぱりAIエージェント達の支援機能、そしてNPC機能だよな?」
「ああ。現実世界じゃどうしても足りなくなるリソースを、仮想的にでも一旦穴埋めしちまう。大抵の人間がこなすであろうレベルはもちろん、専門性が高いレベルの人間であっても再現しているからな」
『今回のスコアは、過去のいずれのプレイヤーチームの中でも最高得点です。AIが最大限に試行を重ねた点数を大幅に上回っており、現実世界でのプロジェクト成功率は70%以上が期待されます』
「そろそろ提案しても大丈夫ってとこか?」
「いや、この国の機関だと70じゃ首を縦に振らないだろう。だがこれ以上どこを……」
『計画そのもの、そして完成系自体は今回の形を主軸としてよろしいでしょう。ですがそこに至るリソースの確保、そして費用対効果の主張といった、国内外の機関に対するプレゼンテーションの部分をもう少し練る必要があります』
「えっ? 中身じゃなくてそっちなのか?」
『はい。想定される失敗要因の主なものが、国の協力が不十分であったり、現地の理解が得られない、などの理由です。AIリソースを順次再現していき、現実世界で成立するリソースの範囲で成立させるとシミュレーションを実施することを推奨します』
「ん? 今までと違うのか? じゃあなんで今までは、ふんだんにリソースがある形でやってたんだ?」
『それは皆様に、完成系、それに至るプロセス対するイメージを具体的に持っていただくことを目的としていたためです。そしてこれからは、周囲環境や、政治的な駆け引き、物資調達のスピードなどの複雑な要素が入ってきます。その結果、トップがひっくり返るかもしれませんが』
「なるほど、これからはハードモードというわけか。それを乗り越えることで、現実世界へのフィードバックが可能になる、と」
「その難易度自体が、現実世界に向けたステップだった、と」
「
『それでは、チュートリアルモードを終了し、本編を開始します。「SFO」現実と仮想が交錯する世界。どうぞお楽しみください』
――――
都内 政府直属機関
「それにしても、わざわざSF、サイエンスフィクション、つまり仮想であることを前面に出したタイトルにするとはね」
「大橋先輩も遊んでいるんですか?」
「白竹君、私がああいうのできると思ってる?」
「思いません。にしてもこの動き、先輩が真っ先に実施した、国内の企業同士のリソースや技術的をAIでマッチングしていくプロジェクト。そこが発端になったのは間違いないんですよね?」
「そうだね。ゲーム会社、電気、機械、半導体メーカー、エネルギー事業者。この国ではちょっと落ち目っぽく扱われていた業者達。彼らが持っているものを、AIの力で再整理して引っ張り出す」
「もちろんそれだけで、国内の産業が急速な回復をみせる、ってとこまでは思っていなかったんでしょうけど」
「それだけ、ではね。でもさ、私たちが動き出せば、動く人は動くでしょ? 別に始動が誰ってのはそんなに関係ない気がするけども」
「この二年近く、ただひたすら始動という行為を繰り返してきた先輩にとってはそうなのかもしれませんね。ですがその他大勢の一億人あまりにとってすれば、それ自体が得難い価値、ということではあります」
「うーん、まあいいか。それで今日は、経産省だっけ? あと、JAXA? なんでこっちに来るのかな? 私が裏で糸を引いているっていうわけじゃないんだけども」
「そうなんですけどね。そうじゃなかったとしても、どうにかしてくれると思うのは仕方ないかと」
「まあどんな話なのかは、いくつか想像つくんだけどね。あ、時間きたから接続しようか」
――バーチャル会議に接続します――
「大橋さん、本日はわざわざありがとう」
「よろしくお願いします。大臣自らっていうのは少し驚きました」
「もちろん私だけでは実務に関して目をとどかせきれないから、実務担当は取り揃えているよ。そちらもそうなのだろう? このお二人を招待された意図というのは」
「はい。ご了承いただければ入札を許可したいのですが」
「ああ、よろしく」
『法本:本日は召喚いただきありがとうございます。皆様何度かお会いしていると思いますので、自己紹介は不要でしょうか』
『鳳:わわわ、法本さんは、召喚獣だったのですか? あ、し、失礼しました。こ、KOMEIホールディングスの鳳と申します』
「この二人、か。法関係の処置を万全にしたいというこちらの要望、そして、並のアイデアでは手に負えないだろうことを予期した、『鳳雛』さんの召喚。いつもながら大橋さんの手際には驚かされる」
『鳳:あわわ、私も召喚獣でした』
「ヒナちゃん、バーチャル空間だとテンパらないと思ってたんだけど、流石にこのメンツだと緊張するのかな?」
『鳳:は、はいぃ』
「まあ、ヒナちゃんの出番はもうちょい先だから、しばらく話を聞いて落ち着いてくれればいいよ。それで、相談というのは?」
「ああ、最近出てきた高度なVRゲーム。早くも現実世界の産業に影響を及ぼし始めているね。明らかにそれを助長するようなNPCの挙動があるとも聞いている」
「まずいですか?」
「いや、国内のさまざまな産業に大きな恩恵を与えるのは間違いないからな、むしろ助かるといっていい。まあ、あまりにもスピードが速すぎて、恥ずかしながらこの国の公的機関では理解すら追いつかないのだが」
「それで、最低限必要なところだけでも早めに抑えないと、っていうことですね」
「理解が早くて助かる。それに、すでにある程度手を打ってくれているのだろう?」
『法本:知財関連を中心に、法に明るいNPCが、プレイヤーの近くに必ず存在する。無意識に法的なリスクを負う者、機会損失する者、損をしてしまいそうな者がないようサポートする。現実世界へのリンクが深まる環境の場合、その設定を導入するというガイドラインを設けています』
「現実との境界線が曖昧になりやすいゲームに対して、その危うい部分へのケアを進めている、んだな」
「それでちょっとずつ出てきたのが、知財関連の課題ですね。JAXAの方が一緒にいる理由もそこですよね」
「はい。宇宙関係のゲームの一部で、発明として扱うべきアイデアが次々に発生しつつあるとか」
「そうですね。どこかの誰かがけしかけたとか」
『鳳:……』
「ヒナちゃん、緊張は解けたかな? 別の冷や汗かいてそうだけど」
『鳳:えへへ、そ、そうですね。宇宙関係のアイデアは確かにゲーム会社と相談したのです。……もう出てき始めていますか』
「そうですね。もう少し練れば、事業化もできそうなプランの組み合わせも」
『法本:それで、知財関係の整備が急務になった、ということですね。想定内ではありましたが、もう少し先だと思っていました。少しばかり油断しましたね。即効性のある対策は』
『鳳:ゲームなら、サクッとアプデをかまして仕舞えばよいのです。ただ、各プレイヤーがバラバラに特許出願なんてしようものなら、今度は特許庁がパンクしますか……うん、バラバラじゃなければ良いのですね。運営会社に窓口業務を代行させましょう』
「えっ? そんなことできるのですか?」
『鳳:会話ログも、ある程度同意のもとでアーカイブは取れますからね。そうなると、一元管理できる体制を整え……ゲームなら、商工ギルドみたいな組織を作るのはどうでしょう? 普段はパートナーNPCにその辺りのチェックをさせて、いざ新しい知的財産が産まれそうな時には、その手続きの代行や共同出願などを実施するサービスを担わせるのです』
「そうか。NPCは既存の知識はフルに持っているから、リアルタイムにアイデアを拾い上げられる。いざ何かが出てきたら、ギルドに登録することで、そのまま現実世界への出願も可能、と」
『鳳:純粋にゲームとして楽しんでいる人には、現実に煩わされないための処置、もしくはお小遣い要素として。現実世界への進出を望んでいる人たちには、運営側がある程度マージンを取りつつ自由にプレイしてもらえる環境を』
「企業とか組織みたいな人達はどうするんだ?」
『法本:その人達は、代行サービスを受ける受けない、あるいは知財関連のアドバイスを受ける受けない、といった選択肢を与えます。また、会話のデータを運営側にアーカイブ化されるかどうかも選択肢を与えればよろしいかと。事前合意しておけば、法的な問題はありません』
「なるほど、事前合意がカギになるのだな。いつ頃できそうだ?」
『鳳:確か、ギルド機能は来週くらいだったと思うのです。そこに差し込む方向で話を進めてみるのです。孔明と法本さんがいればなんとかなるのです』
「この国がこんなスピードで動く日が来るとはな。ほんとにSFが現実に進出してきたのか?」
――――
数日後 都内高級マンション 最上階
「ねえねえママ、この新しいゲームで遊んでたら、また特許の出願のおすすめされたんだよ!」
「またかー。まあいいか。こんどはどんなの?」
「もうちょっとで、最低限のエネルギーで打ち上げできそうなんだよ! 太陽電池と水素で、でっかい船を空に浮かべるんだよ!」
「あはは、それが物理的に成立したってことだね。なるほど。もうすぐほんとにSFが近づいてきていそうだよ。ねえスフィンクス」
『AI、実在。VR、仮想かつ実在。小橋アイ、現実離れしたアイデア。現実と仮想は曖昧』
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