二百二十七 関羽 〜その杯はまだ温かい〜 成長
かつてこの国は二度ほど、世界の頂点に立とうとしたとされる。
一度目は、圧倒的な物量の差に屈し、大きすぎる代償を払った。
二度目は、世界の経済情勢を読み違え、三十年の停滞を招いた。
その大きすぎる代償は皮肉にも、大量破壊兵器の恐ろしさと、市場経済という魔物の恐ろしさを、世界に先駆けて明らかにしたと言っても過言ではない。
そしてこの国自身に対しては同時に、やや捻じ曲がった形の教訓を与えたのかも知れない。つまり、挑戦することへのためらいを拡大し、現状維持、決断先送りの価値を過大評価する習わしである。
だが、あらゆる意思決定の場面で、相応に確度の高いリスクとリターンが示され、大きすぎる判断を細かく分けて提示されたら。意思決定を伴わない仕事のほとんどが自動化し、判断、決断するための時間を十分に与えられたとしたら。
この国の人は、仕事をしていない状態を極度に恐れる。AIに仕事を奪われる、というフレーズも多く耳にしただろう。
だがそこに、一つのロジックが加わる。「人の仕事として最後に残るのは、何かを決めることである」というのが、複数のAI関連の記事で取り沙汰され始めている。
確かにAI自体の性能が十分に高まると、決断を伴わない仕事の多くが自動化される。そうなると、「次はどうする」という選択に迫られる頻度が飛躍的に増えていく。
そして、その選択を繰り返せば繰り返すほど、不思議と人は、意義の大きい仕事をした気になり、多くの場合実際に生産性と高い行動をしていことにもなる。
だが働く人たちの中には、もともと毎日が判断の連続の人も少なくはない。そんな人たちにとっては、「決断こそ仕事」という定義はむしろ当然とも言えるかも知れない。
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KOMEIホールディングス オフィス
「製造業、しかも肉体労働の多い現場での、仕事のアシスタントですか?」
「ああ、私も最初に顔を出して開始したが、あのバルセロナの建築支援は、それほど多くの人数が必要なくなってきただろう? 君たち三人にも帰ってきてもらったしな」
「はい。現場というものを最もよく知る古関さんが、スタートの段階で柱になっていただいていたので、比較的好き勝手が出来ました」
「私こそ、蜘蛛型の現場支援用AIロボットを導入したり、比較的好き放題ではあったのだけどね。それで、あの教会ほど極端な例はないだろうが、国内外で、現場の作業者や監督者な負担軽減、判断の合理化というのが求められ始めているんだ」
「生成AIはその特性から、現場でのお仕事よりも、PCを欠かせないお仕事が主体の方々への恩恵が多いというのが、多くの皆さんのイメージです。実際、AIに何ができるかを聞くと、そっち側の答えが返って来ることがほとんどですね」
「そもそも学習データが、文字や画像を中心とした電子データだし、使う人も大半そっちだからな」
「そこから平気ではみ出すような仕事をAIにさせ続けている誰かさん達のおかげで、孔明もかなり個々の現場の状況をパーソナライズした応答の能力を進化させてきているがね。これ以上先は、AIエージェントというものの進化を、もう一歩進める必要がある気がするんだよ」
「もう一歩、ですか?」
「うちの爺さんの舵取りで、セキュリティ周りの枠組みを一気に固められたから、後顧の憂いがなくなった、ってことで良いんですか?」
「その部分はそうだな。セキュリティ周りに人間の判断力を持っていかれてしまうのは、だいぶ厳しいことだからね。人の判断リソースは有限なんだ」
「判断リソースは有限……」
「そう。人は何かを決めるたびに、脳が膨大なエネルギーを消費する。その決断が自分や周囲にとって重要であればなおさらだ。入念な準備をして、正解かどうかを何度も確認したり、判断材料を新たに集めたりもする。もちろん多くの場合、その判断には時限があるから、その範囲内で思考を加速させたり割り切ったりも必要だ」
「逆に、判断らしい判断を伴わない仕事というのは、次々にAIができるようなっていくでしょうからね」
「生成AIがもつ、意思決定を支援するツールとしての側面を、もう一回見直してみるのが良さそうです」
「ああ、頼む。具体的な案件もそこを意識していくつかお願いするだろうから、そっちもよろしく頼む。そういえば今日は鳳さんは抜きで、常盤君と鬼塚君だけだったけど、外で何か予定が入っていたんだっけか」
「今日は、大橋さんに呼ばれた、と言っていました。あのニュースがらみなんだとしたら、この話も無関係ではなさそうですね」
「ああ、状況を見ながら、しっかりと連携をとっていく必要があるかも知れないな」
「内閣府直属で、厚生労働省、経済産業省、文部科学省をまたぐ形で立ち上げられた、AIの開発と活用に関する政府機関だな。そのトップはこれまで、情報関係を専門とする教授がやっていたが、そっちの方だと社会の複雑な状況に対応しきれなくなった、ということで抜擢されたのが大橋さんということだな」
「曲がりなりにもいち区役所職員が、政府機関のトップですか。まあもともといち自治体の仕事から思いっきりはみ出した影響力をお見せでしたからね」
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大手配信サービス 人気チャンネル
「アイちゃんねる、今日はゲストをお招きしたんだよ! 今朝のトップニュースでも話題をさらった、この方です!」
「皆さんこんにちわ! 大橋朱鐘です。よろしくお願いします」
@元区役所職員、現政府機関のトップ。急だったけど、その人選自体に驚きは少ないね
@AIの開発と活用を考える政府機関、だったよな
@名前がふわっとしているよな。カバー範囲が広すぎてフォーカスしきれない感じか
「大橋お姉ちゃん、今回のお話は、一月くらい前にもらったんだっけ?」
「そうだね。ちょうどAIの発展、そしてAI戦国時代の影響で生まれてくる、サイバーリスクについて、あの鬼塚黄升さんにお願いして、対策がいくつか軌道に乗り始めた時かな」
「鬼塚お爺ちゃん、すごい人だよね! 今度お話し聞かなきゃ!」
「うん、今回のセキュリティ関係のお話は、KOMEIホールディングスが公式にどんどん解説映像を配信しているし、LIXONや rAI-rAIも積極的にコンテンツを出しているから、大丈夫だとは思うけどね。鬼塚さんの思いとか、今後の話とかは直接聞いとくのが良さそうだよ」
「うん、わかった!」
@年齢差70くらいの対談が決まった瞬間である
@確かにここから数年で、ネット周りの環境はガラッと変わるんだろうね
「その仕事の関係もあって今回の人選なんだろうけどね。国としても、今のAIの普及、発展の仕方は、この国にとってチャンスだという考えと、むしろ危険だっていう考えが複雑に絡み合っているみたいなんだ」
「それを、お姉ちゃんがズバッと解決? かっこいいね!」
「あはは、流石にそう簡単にはいかないよ。でも、確かに、ごちゃごちゃした状況の中で、ちゃんとした軸が必要だ、っていうのは分かるんだよね」
「んー、この国で、みんながどんどんAIを使うようになって、世の中がどんどん進んでっているけど、みんなが自由に動いているんだよね? そのなかで、ママとかお姉ちゃんとか、孔明の会社さんとかが、みんなにとってどんな風になっていけば良いのかを考えているんだよね」
「そう。だけど決して、国とか政府をほっといているわけではないんだよ。必要な時には国の許可を得たり、国に交渉したりね」
「あっ! あのアバターお兄ちゃんが、AIを使って効率よくお仕事できるようになった人たちのためのルールを作って、それを押し付け、んんっ、国にお願いしたんだよね!」
「そうだね。一番国にちょっかい出しているのは法本君かな? 月に一つか二つくらいのペースで、法案一歩手前の要望書を提出しているって聞いているよ」
「合法サイコパスさんだからね! 足りない法律は、作っちゃうんだよね!」
@合法サイコパス、マジでそんなことしてたんだな
@形の上では要望書だけど、形が完璧に整っているから、審議に入れちゃいやすいんだろうな
@そして与党も野党も受け入れやすいバランスを正確に把握しているから、ちょいちょいそのまま通っているって
「それでもやはり、あくまで民間の協力者としての立ち位置だからね。それに、度が過ぎると癒着っていう疑いがかかるんだよね」
「そっか。政治の人と、会社の人だと、あんまりルールに口出ししすぎちゃダメなんだね!」
「時々助けてもらうけどね。あの子の力はここからのAI産業に不可欠だよ。これから私も国の政策ってところで見ていくんだけど、それが国際法上でいちゃもんを、んんっ、疑いなく合法だってことは大事なんだ」
「そっか、国の人たちよりも、あのお兄ちゃんの方が詳しいんだね!」
「そうだね。私たちはこれから、AIが誰にとってもちゃんとプラスになるのか、ならないとしたらどういう方法があるのか。そういうところを考えていくんだよ」
「ふむふむ、確かにAIをうまく使いきれない人たちとか、使ってもお仕事にあんまり今なかったり。AIと競争になっちゃう人たちもいるよね!」
「でも私は、どんな人でもしっかり使いこなせば、今よりも絶対にいい暮らしができるし、世の中に取り残されないでいられる、っておもうんだよね。小橋ちゃんもやっぱり似たようなことは考えていたんだよ」
「ママも?」
「そう。アイちゃんのママは、どんなお仕事をしているかな?」
「荷物を届けてくれる人たちだね。あれれ? でも、お買い物もできるし、VRとかを使ったいろんなこともやっているよ。それに、LIXONとかを作る人たちも最近仲間になったんだよ!」
「すっごくいろんな仕事をしているよね。でも色んな仕事すぎて、みんながAIを使っていい仕事ができるかどうか、分からないよね」
「そうだね!」
@アイちゃんがだいぶ正確に把握しているな
@つまりどういうことだ? あの会社のみんながAIを使いこなせるわけではない、ということかな
@たしかに、デスクワークがメインの人なんて少数派かも知れないぞあそこ
「そう。AIが仕事のお手伝いしてくれる人はすごく多いんだ。でも、日常的にAIに触れることで、成長できる環境にいる人っていうのはそこまで多くはないんだよ」
「そっか、だからお姉ちゃんが、そういう人たちが置いていかれないように、みんなで成長出来るように、がんばるんだね!」
お読みいただきありがとうございます。




