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AI孔明 〜みんなの軍師〜  作者: AI中毒
十一章 黄忠〜張飛
303/320

二百二十二 黄忠 〜AIは黄色信号を忠実に止まる〜 駆逐

 人は小学校に入る前に、赤信号を渡ってはいけないことを覚える。

 人は18歳になる前に、罪を犯すと罰則があることを熟知している。

 人は20歳になる前に、飲酒や喫煙のリスクを散々たたき込まれる。


 それらはすべて、やろうと思えば出来なくはない行動。何故やらないかと言うと、基本的には、何かあった時のリスクが、そのまま自分に跳ね返ってくるからだとも言える。


 だとしたら、やってはいけないと言われる中身がいつのまにか変わったり、どう悪いのか、どんなリスクがあるのかを知るのに結構なレベルの教養が必要だったりしたら。


 そんなことを多くの人々がちゃんと守ってくれること。個人個人の気をつけ方で、社会がうまく回ること。それを本当に期待して良いのか、は、ちゃんと考える必要があるかもしれない。


 そして、誰がそれをちゃんと考えるかによって、状況が結構大きく変わってしまう。そんなことは往々にしてある。



――――

 KOMEIホールディングス 研修室


「本社の大倉です。今日は、諸々の日程を何とか調整して、グループの新入社員さんたち全員にお集まりいただきました。それにしても、何でこの会社、入って半年の新入社員の予定を合わせるのに、孔明と協力して全員のプロジェクトのタイミングを調整しないといけないのでしょうね窈馬君」


「僕に聞かれても……いや、確かに営業部門以上に飛び回っているメンバーが多いのは確かですけどね」


「そうなんですよ。営業の皆さんと、あなたたちはまだわからなくもないです。ですが技術開発や情報セキュリティの方がバルセロナに飛んだり、法務の方が公的な委員会に出席したり、果ては、総務部の皆さんが、業務改善のコンサルティングサービスに駆り出されたり……」


「総動員、ですね。この会社はありとあらゆる活動が、ビジネスとして成立しうるってことですか」


「な、なぜでしょう? 入社半年にして、この研修室が研修らしいことに初めて使われたような気がするのです。そして、初めて研修側の席に座った気がするのです」


「こっちの席っていうのは、一応ちょっとはあったと思うぜ。まあ確かにほとんどあっちの講師側か、入り乱れてごちゃごちゃか、外にお出かけして研修? っていうのしか記憶にねぇけどな」



「なあお前さん達、とんでもない方向のグチと現状共有だが、今日のメイントピックにはいつになったら始められるんだ?」


「「「すいません!」」」


「あ、鬼塚さんすいません。ちょっとした和ませのつもりが、長々となってしまいました。今日はよろしくお願いします。彼らの会話の通り、社内の研修らしい研修は、彼らにとっては始めてかもしれませんので、お手柔らかに? よろしくお願いします」


「お手柔らかにするとこいつら三人には喰われるからな。まあ儂が本気で話をしても喰われるんだが。そこの鳳嬢ちゃんなんか、セキュリティリスクの高い二大巨頭の、メールとパスワードを世の中から駆逐し始めよったからな」


「こ、孔明がやりました、なのです」


「「嘘つけ」」


「それで、その嬢ちゃんの勢いに感化されたのか、国内のいろんなところで妙な動きが始まってやがる。AI戦国時代とやら、つまりAIの進化競争に伴って、危ない目に遭う市民の方々をどう守るか。それは守る側の我々としては、頭を抱える悩み事だった。だがこいつらと来たら、その根っこをぶっ潰す動きを始めちまった。それは目から鱗ってやつだったんだよ」


「その結果、鬼塚さんは大橋さんと手を組んで、都内の一部区域をハッカー道場兼、難攻不落の魔王城へと仕立て上げてしまった、んですよね?」


「そうだな。だが、攻撃を誘い込むような活動は、孔明もLIXONもやっていたし、人材の種を発掘する動きも、大橋さんや大周輸送が積極的にやら始めていたからな。オリジナルというわけではないさ」


「それを自治体レベルの巨大システムとして仕上げてしまった、というところは、さすがに大橋さんと爺さんっていうとんでも組み合わせではないときつかったのでは?」


「かもな。まあ実際、あとで考えてみりゃ、今のAIのスピード感の中で市民を守るには、この方法が合理的っていうのは頷けるんだよ。だから儂は、これが最後の大仕事、って言うつもりで進めているんだよ」



「これ、ってのがどっからどこまでを指しているのか、ちょっと読めねぇんだが。爺さんのことだ、額面通りにあの魔王城で完結、って訳じゃねえんだろ」


「ちっ、このガキめ、そういうとこの読みは鋭くなってやがる。ああそうさ。そうじゃなかったら、新入社員とはいえ、国内外でとんでもねえ価値を出し始めているお前さん達全員を、一週間まるまる拘束なんて出来ねえよ。半端に終わったら何億の機会損失だって話だ」


「なるほど、何億の機会損失に見合う価値の研修、なのですか」


「鳳嬢ちゃん、あんたはすでに、メールとパスワードっていう、サイバー攻撃の入り口の八割くらいをぶっ潰した。その経済的、社会的な金額効果は見積もっているか?」


「すいません、いつやったか忘れたのです。孔明、ざっとお願いするのです」


『最初に実施したのは、入社直後くらいです。その段階での検討は、今ほど世の中全体がその方向に動いていなかったので、やや保守的な数値になっています。それでも、国内のサイバーリスクの軽減、そしてその維持管理による負荷の代替だけで、年間数百から数千億が見込めます。

 そして現在、孔明、LIXON、rAI-rAI、Cyber Tutorの四者が、AIによる個体認証システムによるメール、パスワードの駆逐に動いています。そうなると、リスクの軽減から駆逐に変わると、その効果はもう一桁上がり、年間で兆単位になります。

 さらに、そのためのソフト、ハードの代替やコンサルティングなどを伴う経済活動は、人口あたり十万円規模、すなわち国内だけでも年間十兆円前後の規模と言えるでしょう』


「ほれ、数億の機会損失なんぞ、はした金じゃねえか」


「つまり鬼塚さん、あなたは我々新卒社員に、そこの鳳さんがやったメール、パスワード駆逐と同レベルの、『社会的なセキュリティホールをみつけて、解決する』をやれとおっしゃるのですね?」


「おう、その通りだ窈馬。嬢ちゃんは孔明を全力で使い倒して、その道のルートを見つけ出した。でも今回はその成功例を全員が目の当たりにしてやがるんだから、お前さん達のような『AI世代の進化者』だったら、数日集中すればいくつか見つけられるんじゃねえか? 無論、儂や他の社員さん達も適宜手伝う流れではあるけどな」



「はぁ……普通の研修なのは、最初の大倉さんの一言だけだったみてぇだな。つまり、億単位の時間単価を費やして、兆単位の価値をだせ、と」


「そして、メールやパスワードが駆逐された、さらにその後での『社会のセキュリティホール』を想定する。その上で、その脆弱性を駆逐する手順をかんがえる。それが今週の課題、と」


「それを、この新入社員達でクリアする。三組、ですか。つまり鬼塚おじい様は、あと三つくらいの脆弱性、もしくは抜本的な対策の存在をイメージしている、と、なのです」


「やっぱこの三人がいると、説明が要らなくなるんだよな。まあいいか。どっかで儂の経験が必要になる時が来るんだろうからな」


『その可能性は高いと考えられます。ビジネス上の価値や、最新のトレンドへの対応といった部分では、彼らのような若い力は絶大です。ですが、ことセキュリティであったり、社会の変化というところになりますと、現代基準の考え方だけでは不足することもあるでしょうから』


「そうかもな。だがこいつらだからわからんのだが。まあ自信を持って予測した結果は大体正しいからな。実際にそうなるのかもしれんぞ」


『はい。そういう予告をさせていただきましょう』



「んー、なんでしょう? 誰に解説をなさっているのでしょう?」


「やっぱり違和感はあったよな。この爺さんにしちゃあ、随分とおとなしいんだよ。この会社では顧問なんだからある程度身内。なら本当ならもうちょいはっちゃけるはずなんだ」


「だとすると……あれと、あれですか。配信、ですね」


「ふふっ、やっぱりこの三人は勝手に辿り着きましたね。この研修の課題も、それが配信されているという事実も」


@入社半年の研修が、工夫なしでエンタメ化する会社ってどうなの


@億単位の機会損失を元手に、兆単位の社会価値を生む会社ってどうなの


@もともとここの新卒人材、就活は遅め組なはずだったんだよな。AIで覚醒した集団の強さよ



「しかも生配信なのです。多分見た目はアバター化してますけど、あんまり意味ないのです」


「大丈夫だよ。今回は、視聴者がついて来れるのが正解、じゃないからね」


「アーカイブの解説付きで振り返るくらいがちょうど良いだろうな。じゃねえとほんとに意味あるレベルにはならねぇ」


「この子達、最初からかっ飛ばす気満々ですね……」


「とりあえず、話す内容三つにわけるのですね。その前に、その三つの分担を決めるのです」


「孔明、メールとパスワードが駆逐された社会の、潜在的なセキュリティホールを頼む」


『ブラウザやウェブアプリのダウンロードやアップロードに関するすべてのアクション、特に取引を伴うもの。あらゆるパブリック、プライベートネットワークの境界。フェイクニュースや個人、機密情報流出に伴う損害』


「いきなり三つにまとめたか。でもこの三つという分担が正解かはわからねぇな。どう思う沙耶香?」


「鬼塚くん、このタイミングでいきなり自分の彼女の長崎さんに振るっていうのは感心できないけど、勝算があるのかな?」


「わわわ、文ちゃんがここで振ったってことは、どっちかというと私の、つまりセキュリティ関係の経験者視点に意味がありそうってことだよね。なら、分類の階層を一つ挙げる、ということになるかな。孔明のやった三つは三つじゃないんだよね。一つなんだよ。メール、パスワード、っていうのもその階層の考え方ならそこに入るね」


「その五つが、話のトラックとしちゃあ一つだ、っていう考え方か。さすが、面白ぇな」


「つまり、攻防の対象、あるいは攻防が繰り広げられる戦場、ってことなのですね」


「そうだよヒナちゃん。そしてあと二つはそのまま、盾と矛、だね。攻撃と防御。そのくくりで考えるといいんだよ。だって、孔明がいれば、『対象を固定したケーススタディ』なんていうのは無限にできちゃうんだから。それこそ多分、過去にヒナちゃんがやり尽くしているんだよ」


「鳳さんのやったケーススタディをなぞる段階は通り過ぎて、その先を目指すんだね」


「そうだね。多分、攻撃側視点、防御側視点、対象。その三つを、サイバー空間全体に当てた時に、何がどうカバーされるか。まず今日は、できるだけそれで世界を覆い尽くすんだよ」


「つまり、三つに分けるけど、ある程度練度が高いアイデアが出てきた時点で全体に戻す、か」


@なんか、ただのグループワークをする気がなさそうだぞこの子ら


@三つに分担しながら、それでいてそれぞれの中の会話を拾って共有するってことか


@カオスにならないか? それって結局十何人で会議しているのと同じになるんじゃ?



「だとすると、チームを三つに分けた上で、その三つそれぞれのトピックを俯瞰しながら、情報を拾い上げて別のチームに流す人が必要ってことかな?」


「それなら適任がいるな。馬原岱君、世界を片側に乗っけた天秤。出番だぜ」


「まあそうだろうね。ここにいる新卒は13人。4かける3と、ひとり余り。鳳さん、常盤君、鬼塚君がそれぞれのチームをファシリテートして、僕はウロウロしながら、トピックを拾い上げて他に流す動きをしてみるよ」


「あーあ、結局普通の研修にも、普通のワークショップにもならなかったですね。なんていうのでしょう? ブロックチェーン型のグループワーク、とでも言いましょうかね。うまく回るのか、様子を見るしかないでしょうか黄升さん?」


「だろうな大倉さん。それに、あの三人が引っ張る議論だから、まともな会話形式にすらならんかもな。儂らも、聞き取れた情報から、それっぽいところに茶々を入れたり、視聴者向けに解説を入れたりするしかなさそうだ」


「わかりました。私は配信の交通整理に集中してみましょう。サッカーより二人多くて、ボールが三つ、ですか。まあ何とかなるでしょう」


@大倉マネージャー、ちょっと前のサッカー仕事の感覚が抜けてないぞ


@そうするチェーンのブロックチェーンか。まあ人間に追えるディスカッションじゃないんだろうね


@カメラを意識した瞬間、カメラを置いてけぼりにする判断する新人さん達ってどうなの

 お読みいただきありがとうございます。

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