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AI孔明 〜みんなの軍師〜  作者: AI中毒
十一章 黄忠〜張飛
302/320

二百二十一 黄忠 〜AIは黄色信号を忠実に止まる〜 還暦

 鬼塚文長の祖父は、セキュリティ顧問である黄升。

 常盤窈馬の兄は、エクセルツールを排除した良馬。

 鳳小雛は、特に誰かと血縁関係にはなさそうだが。


 つまり、KOMEIホールディングスには、それなりの数の縁故が存在する。その縁故を直接活用した採用があったわけではないが、その過程で少なからず、明確な比較対象がいる環境というのは、互いに一定の安心感をもたらす。


 だが近年、地域や家族といった縁のつながりが加速度的に希薄化し、縮小し続けている。それが高齢者の孤独化や、小さい子供を抱える家族の負担増に繋がっていることは間違いない。そしてその結果、多数の詐欺犯罪が生まれた。


 皮肉なことに、個人情報保護という概念や、多様性の尊重という考え方は、その分断の方向性を助長する側面もあるかもしれない。


 そんな状況で、AIがそれに対して何をしてくれるか。人がAIを使って何を解決するか。それはちゃんと、多くの人にとって良い答えなのか。その答えは簡単には出てこない。


 だとしても、より一層数が拡大する社会的弱者を、手の届く範囲で守ることを志す者がいる限り、社会そのものが破綻を迎えるのは防げるかも知れない。


――――


 大周輸送 役員会議室


「えっと、弓長昭さんと、定富さんが来年定年、弓長紘さんも再来年。毎年のように役員達が交代していくことになるね」


「はいお嬢様。そして皆様方が口を揃えて仰せになるのが、『あとは任せる』です」


「世代交代がちゃんと出来ている感は出ているよねうちのグループは。細かいところで綻びはあるだろうけど、それもおタカや太慈さんといった緻密勢と、野呂君や寧々ちゃんといったイケイケ勢。良い感じのバランスだからなのか、若い幹部を中心として今年完成させたLIXONの成果が、その盤石感を増しているんだよね」


「まあそうだよな。AI戦国時代。これまでの三十年以上働いて来たあいつらにとって、最後の二年の変化は大きすぎた」


「黄さん、あんたは彼らよりも五歳くらい年上だったこと忘れてないよね? 現場顧問とかいって、現場の定義を拡大解釈して会社のどこにでも顔を出しまくる、進出鬼没の好好爺ってことを」


「年上だからこそ、見えるものもあるのさ。この変化は、インターネットが出て来た時、スマホが出て来た時、そして感染症。そんな時代時代の変化の中でも、今回のは極め付けだ」


「スマホの出始めは、わたしはまだ学生だったよ。ネット以前の状況は、おタカがギリギリ?」


「いえ、私が新入社員の時も、すでにネットはありました。確かに回線速度はお粗末な者でしたが。そういう意味では、本格的に『社会が変わった』タイミングではすでに仕事を始めていたことになります」



「でもうちのジジイたちの話は、『あの頃はこうだった』じゃあないんだよね。そうじゃなくて、『あの時はこうした』なんだよ。だからこそ、その時の経験全部、私たちの糧になっているんだ」


「そういえば海外のあの大企業に倣って、国内で真っ先にネットでの受付を始めたのは、弓長兄弟が提案して実行なさったのでしたか」


「あのときは頭の硬い上司たちに、どうやったらその提案が認められるのか、って必死に議論していたな。儂も儂なりにアドバイスを重ねて、ビジネスの作法にそった投資価値の計算と、社会の未知の変化への対応を融合した提案になっていたな」


「それがそのまま、あの二人が新しい提案に対して壁として立ちはだかる立ち位置に繋がった、ってことだね」


「対象や技術の形は変わっても、大きな時代な変化において、どのように自らの才を、組織の力を振るうべきか。そんなところの基本は変わらないってことなのでしょう」


「そうだね。その変化を何度も経験すると、慣れる者、病みつきになる者も少ないながら存在する。でも、多くの人は、そんな時代の変化を何度も迎えたら、ちょっとずつ精神を削られていく。そこへきて最後の世界の変化は、これまで長い経験を積んできた人ほど、戸惑いが大きいかも知れないね」


「そんな中で、時代の変化に毎回適応し、そしてそこに追従しきれない同年代の人々を最大限に気遣う。そして、毎回の適応そのものを生涯の楽しみにした結果、六十をすぎてからの方がその武勇伝が多くなってしまった御仁がいます」


「それがあの、鬼塚黄升氏なんだね。そして彼は、今回の時代の変化に対しては、手の届く範囲の人々に手を差し伸べるだけでは飽き足らなかったみたいだよ。事もあろうに、AI戦国時代の混乱から、地域の人々を守る活動に力を注いでいる、あの大橋ちゃんと手を組んで、なんかとんでもない遊びをしているんだよね」


「混ぜるな危険、という言葉が、すでにネット上に飛び交い始めているほど、あの二人の動きは目立ってきています。サイバー攻撃への対応っていう、社会インフラの中でも相当に地味なコンテンツが、いつの間にやら極上のエンターテイメントになりつつある。あの方の務めている区役所が、攻略不能ダンジョンのように扱われ始めているようです」


「そして何故だか、その攻略の随所に、鬼塚氏を彷彿とさせる鬼教官が登場し、諦めようとするハッカーたちを奮い立たせるっていう。部分部分を切り取ると、相当意味わからないことやっているよねあの子ら」


「ですがその『鍛錬』、あるいは『軍事演習』とでもいうべきその現象、近いうちにその真価が問われる時が来るかも知れない、という予測が、複数のAIや技術者たちから上がって来ています」


「なるほど。それで大周輸送としては、どう対応すべきか、目星はついているよね?」


「はい。このタイミングで、LIXONの販促と増産、そして既存顧客へのセキュリティ対策強化を大々的に進めます」


「うん、正解」



――――


 某オフィス 応接スペース


「うーん、うちの会社は、やっと紙媒体、電話やFAXがメインの仕事から、多少はデジタル化してきた、っていう段階なので、世の中の生成AIっていう流れには乗れていないんですよ」


「そうですか。ですが、そこはもう、一つずつ変えていくのでは遅すぎるかも知れません。最近メール攻撃も巧妙化して来ていますから、逆に電話で確認、なんていう作業が増えて来てしまっていませんか?」


「ああ、そうですね。それで電話やFAXに逆戻りするような動きが目立ち始めています。なんだかんだ安心できるというか」


「そうですか……ですが、先日いただいたサンプルデータである、御社の最近の取引情報を拝見したところ、一部の案件が途中で消失していることが見られました」


「えっ!? そんなこと……」


「この日のこの注文とか、こことか」


「……たしかに、納品先の確認ができていないぞ。電話は……だめだ。繋がらない」


「おそらくその電話自体が、AIによる音声生成の可能性があります。そして、対応するFAXも、手書きの偽造かも知れません」


「それはもしかして、うちの経営を傾かせるために、架空の注文を、ってことですか?」


「どうやら理由には思い当たるようですね。このように、古い方向に遡っていく技術群は、少しずつ標的にされていく恐れがあります。なので、一気に最新のところまで進んでしまった方が、総合的なダメージを最小限にできる可能性が高いです」


「やっぱりそうなのか。わかりました。親会社や代理店も、だんだんLIXONの導入が増えていますからね。一番安いプランからでも良さそうですか?」


「はい。まずは御社の主要な業務のみに絞って効果を検証していきましょう。まだ十分に間に合います」



――――


 某オフィス


「まずい。これはちょっとどうにもならない」


「どうしたんですか?」


「見てくれよこの二つのメール。最近取引してくれ始めたお客さんなんだけど、この三つのメールのうち、どれが本物かわからないんだ。添付のファイルのどれが大丈夫なのか、メールのドメインみても区別つかないし、担当変わったって言っているから、前の人に聞くしかないかな……」


「うーん、これは言葉にも違和感ないし、文面からだと全く分かりませんね」


「お客さんに確認するっていうのも抵抗あるよな……どうしよう」


「迷うことはないぞ。どれも開かずに、お客さんに電話するか、前の担当の方にメールをするんだ。一旦三つともスパムに移していい」


「あ、課長。いいんですか? お客さんの手を煩わせて」


「ここで君のPCやデータになんかあったら、何百倍も迷惑をかけてしまうぞ。むしろこんなことがあった、ということを正直に説明して、引き継ぎがあったらあったで、しっかり繋いでいただくんだ」


「あの、これ、お客さん側のセキュリティにもちょっと何かやられちゃっているってことですよね?」


「「そうだな」」


「やっぱりもう今の時代、メール自体がオワコンってことなんじゃ」


「言い方はアレだが、それが正しいのかも知れないな。一旦それぞれのお客さんに真摯に対応しつつ、うちもセキュリティを考慮したAIや認証基盤の導入を進めていこうか」


「そうしましょう。そのうち全部のお客さんのメールを、電話で確認なんて意味不明なタイムスリップは絶対に嫌ですからね」


「ああ。そんな職場にはしたくないからな」



――――


 KOMEIホールディングス オフィス


「んー、最近LIXONの販促の勢いが止まるところを知らないんすよね。この翔子姉さんが可愛がっていた後輩の営業ちゃん達、AIで最適化した外回りで、一日何件も回っているって。岱くんは知ってた?」


「そうなんですか? ほっといても売れ行き好調なのに、ここへ来てさらに攻勢、ですか。でも別に孔明やrAI-rAIのシェアが落ちている、というわけではないんですよね。二つの伸び方以上のバランスで、大周輸送が仕掛けているってことですか」


「まさか、うちの祖父さんの言っていたことが本当になったのか……」


「ん? 鬼塚さんちの文ちゃん、鬼塚さんちの黄升さんが言っていたことって?」


「翔子さん、なんてまどろっこしい言い方を……祖父さんは、『どこかのタイミングで、いくつかの国が大規模なサイバー攻撃を仕掛けてくる。それも、生成AIを巧妙かつ大規模に使った、これまでにない攻勢だ。この国の産業構造をさらに疲弊させ、新しい技術への投資コストを捻出しがたくする、ってとこか。だがそれがかえって、この国のさまざまな組織が、最新のAIの導入に舵を切らざるを得ない方向に持っていくことになる。皮肉にも、ライバルによるサイバー攻勢に背中を押される形でな』と」


「まんまそれじゃないか。やっぱあの人すごいんだね」


「電話がメールに変わって行った時も、似たようなプレッシャーはあったとは聞くよ。どちらかというと、国際化が進んだことで、英語の対話力への対応に遅れが正じ、『メールのほうがマシ』ってなっていった、とかね」


「その皮肉な状況、国際的な圧力が、国内の改革を加速する、という流れですか。そういう大きなくくりでは、同じことが起こっていると。それが鬼塚さんの血肉にやどった方程式、ですか。そしてそれに向こうが気づくのは……ちょっと先になりそうですね」


「うん、下手すると『サイバー攻撃』とやらに頼るということすらも、時代遅れになっちゃうかも、だよ?」

 お読みいただきありがとうございます。

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