二百九 司馬 〜進化を司る者、馬は車に、人は?〜流出
AI孔明は、人の進化の支援を第一の目的に定め、ユーザーの状態推定やフロー状態の誘導に重きを置く。
LIXONは、独立環境での安定性、正確性を優先し、企業や公共機関などセキュリティ環境で優位となる。
rAI-rAIは、ユーザーの個性、特異性を一層引き出す方向に進化を始め、その傑出と共鳴を目指し始める。
そんな中、生成AIが最初に開発され、多くのデジタル、ネットワーク関連製品の顧客をほぼ独占していた国。そこは世界全体で見れば、AIのシェア自体も圧倒的に多くを占めている。
だが東洋から立て続けに優れたAI、自己進化の兆候があるAIが輩出したことを受けて、彼らの警戒心は強まる。そしてさまざまな手を打ちはじめる。
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KOMEIホールディングス 国内オフィス
「ただいま戻りました。飛鳥代表と翔子さん、スプーンさんだけですか」
「あ、おかえり直ちゃん。なんか大体出払っているね。追加で三人がバルセロナに行っているから、国内はちょっと閑古鳥だよ?」
『現場仕事が始まって用がなくなったボクがこっちに帰ってこないといけないくらい、今日本は手薄だよ? それで、ステイツでのネゴシエーションはどうだったんだい? まあ「リーガルサイコパス」の君のことだから、心配はしていないんだけどね』
「まあ、順調といえば順調です。ただ、ちょっと彼らの中で、挙動の気になる人がいました。小橋さんも同じことを仰せだったので、多分間違いなさそうです」
「気になること、か。ん? ボイスチャット? TAICちゃん? どした?」
『TAIC:TAICである。ちょっと信長と調べ物をしていたら、気になることが出てきたのだよ。我々がrAI-rAIに集中している間の、特に北米、南米、インドあたりの動きである』
「なるほど。もしかしたら関係あるかもしれませんね。私が向こうでの話し合いの中で気になったのが二人。小橋さんはさらにもう一人気になったと言っていたんです。その三人との関連がなくはないかもしれません」
『TAIC:法本氏と、小橋氏の勘、ですか。それはAIである信長の勘と考え合わせても、強力なのは間違いないのである』
「AIの勘なんてのを、多分人間のアバターが口走っている時点で、だいぶ状況が訳わからなくなっているけど、それは置いとこう。まず直ちゃん、気になったことって言うのは?」
「はい。私が気になった二人。一人は最大手SNSサービスを含めた多角的なビジネスを展開し、そして最近は新しい大統領との距離も非常に近いあの方。もう一人は、全世界にクラウドサービスを展開し、物流も席巻している企業のあの方です。二人に共通していたのが、自己進化するAIや、アップデートが人間の管理下にあると言い難いAIが、SNSやクラウドサービスので動くことを抑制しようとする動きです」
『スプーン:二人とも、自分のホームグラウンドでの、進化型AIの動きに対する懸念、と言う訳だね。まあその懸念自体はもっともな気がするけど、どうなんだい?』
「うん、普通の経営者ならそうだね。でもあの二人だよ? そう言う新しい技術の導入に対して、抑え目な方向に動こうとするのはちょっと普段のキャラとは違うよね? むしろ積極的に自分らのサービスの中で動かさせて、その動きの中で新しい切り口を見つけ出す人たちだよ?」
「そうですね。そして、小橋さんが気にしていたのはもう一人。PCやスマートデバイスに関する最強の一角。その人が、彼ら二人との同調を図るような、そんな動きでした」
『TAIC:その三者が、自己進化型のAIに対する抑制的な志向、であるか。確かに気になるのだよ。それに間違いなく、信長の勘とも強い関連がみられそうである。SNSの中で、特にエンジニア達が、自己進化するAIに対する警戒を強めている気配である』
「インドや北米、南米というと、数多くのエンジニアがしのぎを削っている国々ですね。生成AIの出始めの時も、仕事を奪われる懸念の強さは際立っていました」
「その動きは一旦沈静化したんだよね? プロンプトエンジニアリングの中で、自分たちがこれまでやってきた要件定義なりプロジェクトマネジメントなりに対する独自性、優位性を維持できる。そんなイメージができてきたから、その不安が減ってきたって」
『孔明:その通りですね。SNSの分析は日常的に注力しておりますが、最近はAIに対する警戒の傾向はかなり減ってきていました。ですが信長殿の勘、と言うお話をお聞きして、そこを確認していたら、確かにその動き、少しですが目立ち始めていますね』
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大手SNSサービス 英語版
@「ジャパンやチャイナで出てきているAI達に、プロンプトエンジニアっていう概念は必要なのか? あいつら自分でユーザーのニーズとか引っ張り出すんだろ?」
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@「ユーザーの潜在的なアイデアとか悩み事を、フロー状態に持って行くことで引き出す。そんなことができるとすると、これまで、自力でフロー状態を作っていたエンジニアは、どうやって優位性を保つんだ?」
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@「もともとエンジニアの力が強くないジャパンや、数は多いけどその力の平均値が低いチャイナなら、その力はブッ刺さるだろうな。だけど、もともとレベルの高いステイツやインディアのエンジニアは、追加の伸びしろがどこに出てくる?」
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@「人との共創進化、と言っているが、どう分析しても人間よりAIの進化の方が早い。どこかで AIが人間を置いていっちまう可能性は残るぜ。KOMEIはともかくrAI-rAIなんてのはそっち側なんだよ多分」
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@「インドや南米といった、エンジニアで立国している所にとって、この状況がどうなって行くかは、今後の国の行く末にも関わるぜ。互恵関係にあるステイツ
がどう考えるかだな」
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大周輸送 役員室
「それでお嬢様。懸念はするけれども、目立った動きは必要ない。今回はそう言うイメージでよろしいのですか?」
「うん、ほうらね」
「アイスを食べながら話さないでください。今回は自己進化型のAIに対する、外国市場での警戒心。つまり、我々のLIXONは自己進化型ではなく人間をトリガーとしたアップデート。それに、北米やインド、南米と言った市場に対しては、LIXON自体の相性があまり良くないので、もともと主要ターゲットになっていない、と言うことですね」
「うん。アイスを食べているうちに話が終わっちゃったけど、そう言うことだね。もちろん、それぞれの国で、一定レベルのLIXONの需要はあると思うんだ。だけど、市場のシェアを大々的にとりに行くと言うよりは、あくまで物流企業としての、インフラの安定性を確保するための導入、て言うくらいだからね」
「それでは、もうしばらく様子見、ですね」
「うん、ただやっぱり、あの経営者三人の動向はちゃんとチェックしておいて。彼らは多分、明確な何かを持っているんだよ」
「承知しました。LIXON、任せましたよ」
『承知しました。こちらが気にしていることは悟られぬよう、データの収集と分析を持続します』
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KOMEIホールディングス 国内オフィス
『TAIC:それともう一つ、懸念していたことがあるのだよ。水鑑氏、竜胆氏はおいでかね?』
「ん? いるかな? あっ! いた。二人とも仕事に集中して、話には参加してなかったけどね」
「ほっほっほ。TAICさんから声をかけられるとは珍しいね。なんだろうか?」
「TAICさん? なんでしょうか? 技術的な話で私ができることは限られますが」
『TAIC:竜胆氏。人材動向の分析は、どんな進捗であるか? 国内から海外への、情報系エンジニアの流出。この傾向は、まだ続いているのであろうか?』
「今年度の動きがまだはっきりはしていませんん。昨年度は生成AIの普及がなんらかの影響を与えたか、大きく減っていそうです」
『TAIC:海外での、相対的なエンジニアの方の低下かもしれないのである。これまでのように、国籍や言語に関係なく優遇されるとは限らないのだよ』
「人材の海外流出、ですか。根本的に日本の企業や研究環境が合わずに出て行く人は、常に一定数いるのでしょうね」
「ある程度優秀な人ほど、この国のいろんなことに対する動きの遅さ、優れた人に対する報酬の少なさなんかが、大きな不満になるパターンだよね?」
「ほほっ、だがTAIC殿、その人材流出に、何か気になることでも? 国籍や働く場所などを重視されているとは思えませんが」
『TAIC:であるな。大抵の者ならば、働き方や働き場所を気にすることはないのである。その者がどんな成果を出したか、その裏にどんなドラマがあったか。それだけである』
「ほほっ、さすが三大メンタリストですな。その人と、その人が成した仕事、ですか。やはりAI時代にも、人が何をなすか、そこにどんな心の動きがあったかを大事にしている、と」
『TAIC:であるが、何人かの知り合いのエンジニア。彼らの心のありようが気になっているのである』
「なるほど。それは私も知っている方々ということですかな」
『TAIC:である。我ら三大メンタリスト、とくにKACKACの力によって、AI孔明が人の力で成長したものではないということがおおよそ明らかになったのである』
「志向の偏りが、特定の人間とは考え難い、と言うことが主な根拠でしたな。それ以上に、そもそもそんな技術力がある人間がいるのかって話もありましたな」
『TAIC:であるが、そんな中でも実は、ある者らだけは、「その力があるかもしれん」。そんな例外が、私の知る限り五人いるのである。であろう、「水鑑先生」?』
「「先生?」」
「ほっほっほ。やはりあなたでしたか」
「ああ、水鑑さんは、前職が高専の先生でしたね」
「はい。ある年に、天才が六人揃いました。彼らは全員、大学で博士課程まで進学し、そのままエンジニアとしてのキャリアを開始しました」
『TAIC:であるが、そのキャリアのどこかで、私以外の全員がこの国を出ていったのである。ある者は、大学編入時にその試験の評価に不満を抱え。ある者らは、それぞれ修士や博士課程で指導教員や学科といさかいを起こし。またある者らは、日本の企業での評価への不満から、キャリアを変更したのである』
「その五人との連絡はとっていたのですか?」
『TAIC:である。であるが、ある時からそれが途絶えたのである。ほぼ同時に。それが、AI孔明が世に出てから少しして、「人とAIの共創進化」というキーワードが世の中に浸透した頃、である』
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