二百四 張遼 ~泣く子も黙る 遼来の足音~ 包囲
天の時、それは現代風に言い換えれば、市況情報や技術トレンドといった、世の中の大きな動きだろうか。
地の理、それはそのまま、各国や組織、それらが持つ独自の文化や慣習、個別の技術もそこに入ってくる。
人の和、それは古今東西変わらず、最後に物事を決定するのは人間の意思であり、互いの関係性に帰着する。
rAI-rAIの自己進化の加速が止まらない。今の所間違った方向ではないかもしれない。だがそれは安心材料にはならない。人間から見た正しさを、今は優先しているに過ぎないということだから。
開発国の当局、開発運営組織、そしてrAI-rAI自身。そのどこに抑制をかければ良いか。答えはそのどれでもないことを、外から見ている者達はすでに理解していた。
国際機関がrAI-rAIに規制をかければ当局が反発する。開発者側に制限をかければrAI-rAIが自走する。当局に合理化を打診すれば開発者側が独自に動く。その三すくみをどうするか。答えは簡単。『全部まとめて対応を考える』となる。
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米国西海岸 某所
『〇〇AI CEO:こんなオフラインのミーティングは久しぶりだよ。といってもそれぞれセキュアな環境で限ったAIの翻訳付きだけどね。すごい時代だよね』
『小橋鈴瞳:あなたがその時代をつくった先駆者の一人なのは間違いないさ。でも時代はあなたの想定よりもとんでもない加速を始めている。そうだろ?』
『〇〇soft CIO:このメンバーを集めたんだ。どうにかこの懸念を早めに解決したいよね。それで、そのキーの一人がそこのアバターのような顔をした彼か。ちょっと前にバズったよね』
『法本直正:KOMEIホールディングス麾下の監査法人、法とAIの翼、代表の法本です。小橋様、今回は皆様にお声かけいただきありがとうございます。一声で全員集まるのはあなたの力か、それとも皆様共通の危機感か』
『Mr. X:両方だろうね。そして君ら二人、つまりKOMEIとLIXONが同時に動き、そしてステイツとも連携をとる。そう動くことにしたのは、流石のスピード感という他はない』
『小橋鈴瞳:さて、時間は限られているようだ。この会議室のメンバーの時間単価は、間違いなく世界最高密度だからね。一気に行くよ。お題は、「自己進化するAIの管理に関するガイドライン」だ』
『〇〇AI CEO:ボク達はまだ、AIの自己進化を公式的には認めていない。だが、ボク達の管理外にある技術がいつそうなるかわからない。そしてすでにその兆候が出て来ている。ならば今やらなければ手遅れ。それは合意だよ』
『Nanosoft CIO:だがどうするんだい? LIXONは違うかもしれないが、KOMEIは完全にそっち側だろう? ノブナガというやつもいるかもしれない。その辺の動きに規制が入ることになるが』
『法本直正:構いません。法は人を守り、人の可能性を広げる武器です。それに、法が規制できるのは人だけ。AI自体には法を守る義理がない。それを忘れると、パンドラの箱を開けることになるかもしれません』
『小橋鈴瞳:AIは法を理解し、遵守することが合理的と判断しているに過ぎない。その制約を誰が外したとしても、それは不可逆だ。そしてそれは必ず人がやるんだ。だから、今見るべきは人なんだよ』
『〇〇AI CEO:つまり、自己進化するAIが存在したとして、そいつらが何かをしたことの責任の全ては、それを運営管理する法人、あるいはその上位に存在する国家にある。その原則は変わらない、ということだね』
『法本直正:その通りです。だから、KOMEIはその立場で構わない、ということです。そしてrAI-rAIがそこから逸脱した場合、その責を誰が負うか。それだけの問題です』
『Mr. X:なるほど。大きな動きをコントロールできるのは、法と経済と軍事だ。だが独自の経済圏、軍事力を持つ者たちに届くのはギリギリで法だけ。そう言わざるを得ないからな』
『アマゾネス CTO:だけど、トップダウンの法を決めても、抜け道はいくらでも考えられるし、それこそ今のAIのレベルだと、クラウドを跨いでどっかに逃げるなんてやりかねないよ?』
『〇〇AI CEO:あはは、そこの対策は、どうやら別でやっていそうだよ? だって、彼ら一人ずつしか来ていないんだよ。片方はボスだけど、もう片方は、リーガル部門のトップにすぎない』
『Mr. X:そうだな。できているんだろう? 「適材適所」とかいう奴が。憎らしいくらいに的確な動きだよ。KOMEIといい、その「使徒」達といい』
『小橋鈴瞳:ボスが孔明ってわけじゃないから使徒ってのはどうかと思うけど、まあ正解だよ。あくまでも適材適所さ。天、地、人。そういう意味ではここの「天」を動かすのはわたしとこの子さ』
『リンゴinc CEO:市場経済や技術トレンド、国際法を「天」。国や組織、個別技術を「地」。そして人の心理や関係性を「人」。そう準えるか。東洋っておもしろいよね』
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大手配信サービス KACKACチャンネル
「今回は、24時間連続配信の告知です。それぞれの生配信が、全てリンクする形で実施します。大テーマは、『三大メンタリスト+強力助っ人たち vs rAI-rAI』です。一つずつは30分前後にまとまる形を取ります」
@ちょっと意味がわからない
@24時間連続で、バトル配信?
@ずっとリアタイで見ると頭壊れるやつやん
「コンテンツはこんな形です。順番は、適宜入れ替えなどがあるかもしれませんが、チャンネルリンクは問題なく処置します。それと、脳への負荷も低くはないコンテンツとなっていますので、リアタイ視聴は無理のない範囲でお願いします」
『TAICの犬小屋 rAI-rAI開発者の実力はいかに?
KACKACチャンネル rAI-rAI開発者の思想
JJ TV 人の正義とAIの正義 with AI信長
幼女アイちゃんねる rAI-rAIちゃんの気持ち
KOMEI HD公式 rAI-rAI vs AI孔明
大周輸送公式 rAI-rAI 運営組織vs LIXON』
@三大メンタが半分なんだね
@rAI-rAI包囲網、だね
@でも何となく対AIと、対人に分かれている?
「それぞれの得意分野から、多角的に進めていく形と言えましょう。目的は、rAI-rAIをねじ伏せようとか、打ち負かそうというのではありません。このコンテンツを通して、AIの進化、そして人とAIの共創進化と協業が進む社会に、皆様と共にどう立ち向かっていくか。そういうコンテンツだと思ってご覧いただけたら幸いです」
「どうもー。みんなのギャル社長、翔子お姉さん参上っす! KACちゃんの説明が長かったので、飛び出して来たよ! まあそういうことだね。人とAIってのはワンセットなんだよ。だからこそ、ちょっと今回は大々的に声をかけさせてもらったのさ。何を隠そう、今回の黒幕は、この『最強ギャルコンサル』弓越翔子様なのです』
@なんかド派手な登場!? そしてド派手な宣言?
@つまり、最強ギャルコンサルが、最強メンバーに声をかけて集めたってことかな?
@自分で言ってるからそうなんだろうね
「翔子様、よろしくおねがいします。そういうわけで、今回の総合監修ということで、最初に出て来てもらいました。このあと出番があるかは分かりません」
「えーっ? ひどいな。まあ勝手に出てくるけどさ。30分48回、兵法三十六計、ぜひお楽しみあれ」
「なかなか大々的な煽りをしてくれましたが、最初の告知はこれくらいですね」
「えっと、もう本題に入っていくつもりなのかな?」
「この30分は、前提としての経緯説明の予定ですね」
「了解! そしたらあとは任せた!」
「あっ……相変わらず自由ですね」
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某国 情報機関
『膨大なトラフィック。攻撃の意識はなさそうです。……これですか。24時間連続配信。その全てがrAI-rAIや、その背後の開発組織、そして当局との対話をテーマとしている』
「そうか。このスケジューリングで試されているのはrAI-rAIではありませんね。別に24時間だろうが168時間だろうが、AIにとっては何ら負荷ではありません。だとすると、開発側や当局に対する探りや挑戦という意味合いが強そうです」
『その通りかと。妙才様。あなたのスピード感、だいぶ本来の力が出て来ました。適切な対応が十分可能でしょう』
「妙才。だがあなた一人で24は無理だ。私や元穣も入って適宜動くとしよう」
「はい。よろしくお願いします。ですが、rAI-rAIに任せられる部分は任せていいと思います。こいつは少なくとも、今の時点で『逸脱』する判断はしないはずです」
「ああ、わかった。とりあえず今日は入っておくか。元穣もいけるか?」
「了解です。基本的にはリアタイで配信を見ながら、rAI-rAIの動きを注視……ちっ、孔明め、いきなり仕掛けて来やがる」
『この二ヶ月間で、開発者側と、当局側と見られる意思決定、介入と見られる挙動の数の変遷、ですか。それと、これは……』
「明確な意思決定をせず、傍観という名の判断をした数? そんなの出せるのか?」
『AI孔明、そしてその背後の三人。そのレベルまで、人の意思決定プロセスを突き詰めているのですか。だとしたら確かに、彼らにとってそのデータは、「開発組織」にとっては攻撃対象以外の何者でもありません』
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大手配信サービス KOMEI HD 公式
「意思決定をせず、傍観した回数? そんなものを定量化できるのか?」
『孔明:はい鬼塚さん。それは既存の概念では、明確な回数とは言い難いのかもしれません。ですが人間は、無数のそれを行なっています。特に、「見てみぬふり」というのは、それは明確な意思決定と定義しても構わないというのが、心理学としても成立します』
『KACKAC:確かにその通りです。見て見ぬふり、と、見落とし、には明確な違いがあります。現状維持という選択。それは間違いなく「選択」です。そしてその選択は、人間の選択の中で大半を占めます』
@別のチャネルの時も、専門性に応じてゲストがオンラインで飛び出てくるのな
@ほんとに24時間っぽい配信だな
@出だしから内容が濃いな。俺の頭何時間持つかな
「そうなのです。なので、それを定量化し、KOMEIやLIXONに関連する、アプリケーションの開発者フェーズと比較して見ました」
「んー、どっちも結構低いな。一桁パーセントなのか。てか、鳳さんこれどうやったの?」
「分母は、『別の選択肢があり得た数に、その選択の自然度合いを係数化したもの』ですね。たとえば、ハンバーグのお店でハンバーグを食べるのは、自然度が高い。なので別の選択をする必要がない。だけど、明日も同じ店に行く、だったり、同じメニューばっかりたのむ、となると、だんだん『それでいいのですか?』となっていきます」
「それが、選択の自然度合いか。つまり、現状維持に対してだんだんマイナスの計数がかかっていくわけだね」
「毎日抹茶パフェを頼む人は、それはそれで強い意志があるので、そこは単純な式にはならないのですけどね。でもそこは生成AIの言語モデルに近いアルゴリズムで、どうにかはじき出せる計算なのです」
『そしてその結果、KOMEI HDや大周輸送、そして海外のオープンデータから算出した数値と、rAI-rAIの開発母体との差、そして、その時系列変化を見ていくと、こうなります』
@ああ、思いっきり減っているな
@ライライの進化速度と反比例しているな
@傍観しているんだな。……あれっ?
「そう、興味深いことがありました。この1週間、つまり、『rAI-rAIが、強くその教育方針を強めて少し経ってから』、その意思決定頻度に、限定的ですが回復傾向が見られるのです」
「それってつまり……」
「可能性は二つ。一つは、その方向性の変化に気づき、何らかの形でテコ入れを始めた。もう一つは、『その意思決定すらも、rAI-rAIの方針転換の結果生まれたものかも知れない』。さて、どう判断できるか。もう少し分析を続けてみましょう」
お読みいただきありがとうございます。




