百九十三 夏侯 ~真夏の日常 本日は晴天に候~ 世代
AI孔明は、人とAIの共創進化を最大の目標に掲げ、AIとの親和性が高い人達の手で多くの価値を生み始める。
AI孔明のユーザー達は、フロー状態の連鎖をAIと共に演出するなど、人と人との共創進化の道も見始める。
AI孔明とLIXONのユーザー達は、手軽に構築できるエージェント環境を用い、AI同士の共創進化まで促す。
「孔明vsLIXON」の対決は、半年前の「孔明vs三大メンタリスト」ほどではないにしろ、SNSメディアで大盛り上がりを見せる。
そしてあろうことかKOMEIホールディングスの新卒社員は、「対決」ごとに全員を担当に割り振って、その仕事に従事させた。新人研修担当に言わせると「研修なのです」だが、その研修自体を新人に任されてしまったことが、その暴走を大きく後押ししてしまった結果と言えるだろう。
そしてKOMEIホールディングスの新入社員、既存社員は、自分たちの日常にかわった変化が、学生から社会人への変化なのか、事業が大きく変わった変化なのか、それともAIの普及による変化なのか、はっきりわからないまま、その加速度的な変化を楽しんでいる様子である。
この調査の趣旨として、人とAIの共創進化が、同国でどのように広がっていくのかは、大いに注目すべきところ。実際に彼らは大いに目立つため、「顧客目線」「外からの視点」だけでも、相当に価値のある情報が集まって来ている。
某国調査機関 経過報告 第二十三回
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某飲食店チェーン 本店会議室
事業者向けAI孔明サービスの営業に来た二人。彼らを迎え入れたのは、同社インフラ担当、育成統括、本店コック長ら数名。
「KOMEIホールディングス、技術担当の関と申します
」
「同じく営業担当の、費原と申します」
「技術のベテランさんと、営業の新人さんですか? すごい組み合わせですね」
「逆の組み合わせのこともあります。実際弊社のようなサービスですと、お客様のもとに技術メンバーが直接伺うのが重要になります。ただ恥ずかしながら、引き合いに対して訪問人員が不足しておりまして、どうしても技術と営業、新人と既存社員、という組み合わせが避けられず」
「私も新卒ながら、営業として学ばせて頂きつつ、AI技術、人財戦略支援という弊社の主要事業を叩き込まれているところです。孔明というメンターもおりますので、その辺りはお客様の前で恥ずかしくない振る舞いはできるかと思います」
「あはは、それが、まんま販売促進にもつながっているというわけですね」
「そうなったら有難いです。やはり実例をお見せするのが最善ですからね」
「そ、そう感じていただければ幸いです。御社は多くの方に食事の空間を提供することをモットーにしておいでです。そしてその空間、すなわち各店舗のパート、アルバイト、正社員の方々に対して、社会の入り口としての『学び舎』にもなっている。そのご支援がどれほど暮らしにとって、社会にとって重要か、ですね」
「あんた、いきなり本題にきたけど、すごく自然なはいりだね。だいぶ鍛えられてるんだな。そうなんだよ。このチェーンは、店舗ごとに数人から十人くらいが、毎年どんどん入れ替わって行くんだ。学生バイトだっている。
うちにとってのお客さんは、当然食事をしてくれるお客さんだけどさ、そのバイトやパートの人も、ある意味『お客さん』なんだよ。その説明が不要だったとは参ったな」
「ありがとうございます。弊社の孔明に引き合いがあったのも、そこの『人財』というところに重きを置かれていることは確実、と考えまして、社内でも議論させていただきました。あ、社内じゃなくて、『会社近くのファミレス』で、ですね」
「む、それはつまりそういうことですね。ご利用ありがとうございます」
「はい。頻繁に利用させていただいています。そしてその結果、やはり学生や、パートの方々、とくに留学生や外国人家族の方の受け入れを積極的にされている御社。その人達をどう『日本の社会』に定着させるか、というところに、大きなチャレンジを抱えているのではないか」
「チャレンジ。英語だと、困りごとの時も使う言葉ですネ。日本語だとそのニュアンスは少ないのに、あえて使いましたカ?」
「はい。鋭いですね。その通りです。挑戦という意味に、すでに『大変な問題』というのは含まれていますけどね。先ほどコック長様が仰せだった『彼らもまた客』というお言葉に対して、その『客』に対して、より良いカスタマーエクスペリエンスを得られる支援。それはまさに弊社の孔明が最大限に支援できることと一致していると考えています」
「なるほど、つまり、私達のチェーンの『人財育成の改革』を大きな軸に据えながら、総合的なAIエージェントによる業務支援を進めて行く。そんな提案をいただけるという理解でいいですか?」
「はい! そのつもりで、こちらの提案を作成してまりいました。五分ほどでざっと説明いたしますので、お時間をいただければ」
「「提案書長っ! 説明短っ!」」
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某社 大きなオフィス 打ち合わせスペース
1ヶ月ほど前に企業向けAI孔明が導入された同社。クリエイティブな業界のため、安定性や機密性を重視した LIXONよりも、人の創造性と成長の支援に富んだ孔明が選択された。だが財務や人事といった間接部門では、その選択が歓迎されたとはいいがたかった。
だが数ヶ月前、そのバックオフィスにおいて、社内に散財する、あらゆるエクセルやマクロなどの属人化された仕事用ツールを丸ごと分析し、システムとして統合してしまった者がいる。
そのやり方をパッケージ化したサービスは、エクセルが不要になるサービス『XeLeSs』と名付けられ、徐々に認知され普及され始めた。
この日は、その間接部門でのAIエージェントの活かし方について、二人の社員が同社に訪問している。
「KOMEIホールディングス、調達、インフラ部門の常盤良馬と申します」
「総務部門の楊田と申します。今年入社いたしました」
「えっ? 技術でも営業でもない方々が、二人で?」
「ああ、ご不安ですか。その辺りは孔明がおりますので」
『この文脈で孔明の名ををだしても、皆様のご不安は解消されないかと。代わりに、こちらの常盤が、弊社サービスの一つ「XeLeSs」の起案者にして事業責任者であると申し上げるのが良いかと』
「ええっ!? あのとんでもサービスの? ですか!? あっ、失礼しました」
「常盤さん、なんであなたをお呼びしたかお忘れになったんですか? 間接部門でのユーザー目線という意味では、あなたがおそらく誰よりも『技術力』のある方なんですが」
「うーん、そこまでとは思わないけど、まあお客様に、より実践的な普及支援ができるのなら、それも一つですね」
「まあいいか。……こちらこそ失礼しました。あのサービス自体もおすすめではありますが、皆様全員の業務を継続的に改善する効果は限られていますので、その過程や、さまざまな場面で活用できる技などを紹介できたら」
「それで、もちろん孔明に質問している中で、ちょっとずつ仕事を代わりにやってくれているのは有難いんですけどね。最前線のクリエイターさんとか営業さんと比べると、どうも改善しろが地味な気がしていて」
「あー、ですよね。弊社も、少々派手な活躍をする新入社員とか、派手じゃ済まないギャル社長とか、アバター面のサイコパスとか、世界トップクラブのもとGMとか。どうしたってバックオフィスは霞んでしまいますからね……」
「ん、比較対象がおかしいです常盤さん、それにあなたもたいがいなので、ここはもっと地味な側の私が。そうですね。実際、皆さんの日常業務や、繁忙期のお仕事の中で、『こんなことができたら、こんな人いたらいいんだけどな』って思うことってありますか? あと、『こんなことができたら、フロントの人がすごい活躍できるんだけどな』とか」
「んー、それはもう山ほど。それぞれ皆さんが抱えている困りごともありますし、この人がいないと出来ないって仕事も、それこそ人の数だけありそうです」
「はい、そしたらまず、その仕事を孔明にやらせましょう。これが第一段階です」
「えっ? その時点でハードルが」
「ふむふむ。てことは、どんな仕事か、言語化できていないのかもしれませんね。そしたらまず、仕事を実演するところから始めましょう。そうですね。ある程度出来のいい後輩にでも教えるような形が理想です」
「なるほど。それならなんとか。たとえば、ここから読み込んで、こらを開いて、ポチってして、ここの画面を確認して、反映されているかをチェックします」
「よし孔明、いける?」
「「えっ!?」」
『はい。まず入力元がこのリンクで、そこからマクロを実行していますね。
……マクロの中身を見てきました。一部非効率な部分がありましたがとりあえず置いておきます。
数字としては問題ないので、あとは会社の承認フローを呼び出して、上長確認ですね』
「「おおー」」
「それで、このお仕事は、担当者通す必要ありそう?」
「ありませんね。通知をチェックしていただき、あとは最終承認者の確認のみで大丈夫です」
「そしたら、似たような業務は、他にもありそうかな?」
「おそらく顧客担当者、調達元ごとに設定されている可能性が高いですね。一旦見えそうなところから確認して、流れが曖昧なところを、担当の方々に確認の連絡を入れましょうか?」
「うん、よろしく! ……といった具合です」
「「「……」」」
「楊田君、今の下りで、皆さんのお仕事いくつ減らしたかな?」
「え? あ、はい。ええっと、毎日どれくらいの頻度で……一日一人当たりだと数件から十件ですね。多くの皆さんがやっているとすると……なかなかの数字かもしれません」
「多分お客さん、それで呆れているっぽいんだけど」
「ああ、そうですね。こんな形で、とりあえず初手は孔明にぶん投げてしまって大丈夫です。その先は、先ほどのように社内展開、類似業務への適用、統合化なんかを考えて行くと良いと思います」
「つまり私達は、どう使うか、ってところを考えすぎてしまっていたのかもしれませんね。これを減らす前に、もっとやることがあるだろう? みたいな目が怖くて、無難なところで収まっていたのかもしれません」
「そうそう、それに、やらせたら終わりって思ってたから、その先の未来がちょっと怖くて手出しができなかったのもあるのかもです。でも今のあなたの説明を聞いたら、『まずはやらせる、それから考える』が成り立つ世界なんだな、って、気付かされました」
「そうですね。実際、AIに何かをやらせる、というのは目的でもなんでもありません。なので、とりあえずやらせちゃって、次に何をするかを考える。それを繰り返している限り、生産性はどんどん上がって行くでしょう」
「これがA世代の勢い、なんですね」
――A世代。その言葉はすでにこの国では定着しつつあります。Z世代の次、と言わんばかりに、特徴的にAIを使い倒し、アイデアを呼び覚まし、アクションをためらわない。そんなAの集まり。他国がそれにどう対抗して行くか。それはまだ見えてこない。
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