百八十八 陸遜 ~陸運の王者 不遜なる頭脳~ 実況
ピッチ上の選手のフロー状態は、過去多くの人々が目にした、最もイメージしやすいものだろう。
監督やコーチのフロー状態は、試合中以外の分析や戦術アイデア出しなど多彩にすることだろう。
それらをビジネスとして捉える者たちのフロー状態は、戦略やアイデアを多角化することだろう。
だがそれだけとは限らない。ピッチ上で、フロー状態が当たり前のように繰り広げられている中、それをまざまざと見せつけられた状況で、それを見守る観客や、そこに対して言語化に努める実況、解説はどうだろうか? それらをも認識し、映像上からコメントや反応を返し続ける者のフィードバックはどうだろうか?
そして、それらの反応の全てが空間を操り、その完成や視線が選手や監督に伝わったら、どんなプレーが繰り広げられることになるのだろうか?
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巨大スタジアム 実況席
「キックオフ、試合が始まりました。両チームベストメンバーを揃えています。奇しくも互いに日本代表と全く同じシステムで3バックを採用。サイドの攻防が目まぐるしく切り替わることが予想されます」
『日本人の献身性と連動性がよく引き出されるポジショニングだよね。高度な戦術理解と約束事が必要で、ちょっと乱れると一般に押し込まれて、やりたいことできないはずなんだけど、彼らは問題ないね』
「白いユニフォームのアウェイチーム、左サイドの北条兄弟を中心に組み立てます。おっと、逆サイドの畠山、一気に駆け上がる! そこにピタッと合わせたロングボール! 中盤から一気に駆け上がった梶原、和田の二人にヘディングで折り返す!
だが間一髪、赤い影がそのパスを許さない! 守りの要、重森は大きくクリアして、クリアボールが味方の多いエリアに渡ります。数的優位なところをざっくり狙ったのでしょう」
「いきなりかっ飛ばすなーあいつら。そして、実況もかっ飛ばすなー。出しどころも、ディフェンダーの意図も、ぜんぶ見えちゃってるもん」
「あっ、失礼しました。この全体ビューと、多角的な視点の組み合わせ。少しだけ動きを先読みして、実況がかなりやりやすくて」
『その予測がコンマ何秒か先走ってるんだよ。まあ間違えることはあんまりなさそうだし、間違ってもみんな気にしないからいいけどさ』
「反撃に転じると、ホームの歓声は一気に盛り上がります。が、そこは大江、三浦兄のベテランコンビ、カウンターの芽をつぶしていきます」
「あのエリアにクリアするのがバレてたな。てかクリアの位置を敵味方合わせて五人くらいが予測してたぞ? なんだよこれ?」
「確かに、俯瞰的に見たり、多角的な視野を提供されている私どもや、観客の皆さんならいざしらず、選手目線でそんなことができるんでしょうか? 清平さん」
「普通は無理ですね。海外でも主力張っているような、中盤の要の選手たちならそう言う嗅覚を持っているんですが。失礼な言い方ですが、向こうは代表クラスでもない中堅どころの、知る人ぞ知ると言うくらいのベテラン選手たちです。少なくとも去年まではそんなことはできなかったですよ」
「いわゆるバードアイ、というような特殊能力は、そんなに多くの人が持って望むわけではない。そう言うことですね?」
「そのはずです。その素養があるのは、こっちと向こうの中盤の一人ずつくらいですね」
「中盤の激しい攻防。どちらも譲りません。互いにボールを保持しようとするも、出し先出し先にディフェンスが足を出してくる。互いにそんな動きが続きます」
「互いに見えている、予測できていると、こうなっちゃうんだね。清平ちゃん、そう言うことだよね?」
「陛下? 見えているんすね。ああ、動体視力とか、サッカー自体の知識は、AIが補完しているのか。それで、本来の『紅蓮の魔女』の頭脳が直接分析に入れる、と言ったところっすか」
「陛下いうなし。まあそんな所かな。予測の拮抗。これは今までのサッカーでは、常に見られたことじゃあないんだよね? 普通もうちょっとパスは通るんじゃない?」
「間違い無いっす。普通はここまで読めないんで、守る側はある程度リスクを回避するために、危険じゃ無いパスは流します。それで徐々にディフェンスを動かしながらチャンスを伺う。ディフェンスは、とられるリスクの高い仕掛けを待ちつつ、その時に確実に嵌められるように備える。それが『普通』っす」
「でも彼らは、大体の意図を、視線とか、周りの動きで予想できちゃうから、本来なら『リスクが高くてできない』、ボールを奪うことに注力したディフェンスが、さほどリスクをかけずに実行できてしまう。そんな所だよね?」
「そうです。だからこの目まぐるしい攻防は、いわゆる『やたらと動的な、こう着状態』っす。全く、いきなり何て試合してるんだよこいつら」
『キヨヒラ、あんたならどうする?』
「いきなりだなスプーンさん。僕なら、か。決まっているさ。敵だろうが味方だろうが、その高度な予測に基づく膠着をぶっ壊す。どっちからでもいいから奪って、ドリブルで駆け上がるさ」
『なるほど。それをしそうな奴は……あ、いた』
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数日前 赤いユニフォームの選手が揃う練習場
「はあ、はあ……パスが全然通らない。なんだこれ」
「出し手の動きは正確だけど、ちょっとの動きとか、他の人の視線から予測できちゃうよね」
「フェイントも一過性だな。その一本二本が通っても、パスするたびにそんな高度な動きを要求されていたら、身と頭がもたねえぞ」
「攻める方のリスクが高すぎます。逆に守りは、
ピーッ!
「一回集合しましょう! 鬼塚君、馬原君、全員分のタブレットの準備を。弥陀さん、バイタルのチェックをお願いします」
「「「了解」」」
「皆さん、3ヶ月ほど前に、このAIと協業したらトレーニングを始めてから、こうなるかもしれない、と言うケースの1つ目に到達したようです」
「大倉さん、実際あなたの予測、時期も含めてぴったりでした。全員がウェアラブル端末つけてシミュレーションして、この『ケース1』に辿り着いたのが、始めて1週間。そして端末なしでそれが日常化してくるまで、プラス3ヶ月」
「それで、こうなった時の有利不利、どう打開するか、そして、相手が何を仕掛けてきそうか。その辺りはすでに、『織り込み済み』ですよね?」
「そ、そうですね。そしてこの状況の長期予測までピッタリだとすると、その『織り込み済み』も含めて信ぴょう性が上がってきます。と言うことは、向こうも織り込み済みであるこの状況、先に仕掛けるのは」
「はい。あちらでしょうね」
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「このパス回しが通らない状況が、十五分は続いているでしょうか。その間、ロングボールなどで双方打開を図るも容易に対応され、互いに動きはありません」
「そろそろ、なんだろうね」
「えっ? 小橋さん? そろそろ、ですか? あっ! 白いユニフォーム、ディフェンスの三人が一斉にオーバーラップ! フィジカル自慢の敦田、重森、知近が、パス回しに介入! これはリスクを負って攻めると言うことでしょうか」
「いや、サイドから二人ずつ戻っているね。つまり中央に、フィジカルとキープ力の高い三人を上げて、サイドのスピードとテクニックのある四人を下げる。これはパス回しのテクニックに重要度が低いと見て、役割を入れ替えたんすね」
「そして、ディフェンスはスピードがある分、ロングボールやカウンター対策も万全、と言うわけですか」
『なんかこの状況、あれに似てるね。フットボールというよりは、ラグビーに近いよ』
「あーっと、スプーン氏のいう通りだ! 三人が近距離でパスを回しながら、敵陣に強引に切り込んでいく! これは、ラグビーでいうフォワードとバックスの関係に切り替えたということか」
『ラグビーは、手でパスをだすから、その出し手、受け手自体の優劣は少ない。むしろ、フィジカルやスピード、そしてポジショニングの妙で、陣を前に押し上げる力で仕掛ける、という形だね』
「中盤の二人を合わせて屈強な五人で、ドリブルとパスを合わせて強引に押し込んでいきます。まさに赤い悪魔と言ったところか?」
「なんか悪者っぽいけど、そういう表現のチームも多いからね。まあいっか。それで、逆サイドのストライカーは、一人当てられているんだね」
「そうですね。細かい駆け引きを繰り返しています。そして徐々にディフェンスラインを押し込んでいきます。時折奪われますがすぐに取り返し、五人で押し上げていく」
「あれ? 何してるんだろ向こうの二人? げっ! まずい」
「あっ! 左サイドの北条兄弟が前線に張っています。そして、あとの七人が、五人を狭いブロックで取り囲む! これは流石に奪われるか? 奪われた!」
「まじか。そして陛下が真っ先に気づくってのもまじか」
「いや、数が合わないって思ってね。こっちは五人で運んで、一人は逆サイド。そして後の四人で守り。向こうは全員で守っているのかなと思ったら、二人ほど足りないなって」
「ボールは左サイドにクリア! そのボールは北条兄が一度ヘディングで流し、弟が収める! だがカウンターにはならない。スピードのある4人がしっかり守って……あっ! 自陣から、白いユニフォームが3人同時に駆け上がる! そして、フィジカルはあるが足はそこまででは無い3人を置き去りに!」
『何と、この状況を読んでいたね。単純な高速カウンターは無理だから、一度二人で全線でキープ。そして、相手よりも足が速い3人が駆け上がって、数の優位を作った。あれかな? 虎を駆り立てて狼を飲ませるってやつ?』
「かもね。これやばくない?」
「やばいっすね。ディフェンスラインにフィジカルが足りないから、押し込まれる」
「そして、サイドでキープしていた2人、3人が上がってくるのを待って、やや雑なクロス! 高さでは勝てない! おっと! だがキーパーの反応が速い! 間一髪で先制点を免れました!」
「キーパーが出ることを最初から決めていたね。これどっちもここまで読んでたんじゃない?」
『そんな気がするね。そういう意味じゃ、彼らはもう、お互い何百戦も戦っているんじゃ無いかな?』
「ん? そんなことは……あっちがトップリーグに上がってきたのはここ数年っすけ、ど……まさか」
『そうだね。実戦は多分まだ10かそこらだろうね。でも、ここ半年で多分、シミュレーションを何百回もやれているんじゃない? 最新のAIがついて、片方はそこに最新のVR設備が。もう片方は、最高レベルのAI連携コンサル集団が付いているんだからね』
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