百八十六 陸遜 ~陸運の王者 不遜なる頭脳~ 規定
法とAIの翼代表、法本直正は、法を人々のためのの翼となぞらえ、時代と状況に適合した法の解釈と活用を推進する。
正義の探求者J-IQは、市場と組織、個人の成長の三つが同じ方向なら、法自体が新たな方向に進むべきと結論づける。
妹のJ-YOUは、その原動力となったKOMEIホールディングスは、新卒社員ですら油断ならない組織だと姉に忠言する。
その新卒社員の中で、すでに知らぬ者がいないほどに、国内外のメディア上でビジネス価値を提供し続けてきた三人は、差し当たり『名ばかり新卒』『孔明の使徒』あるいは『孔明の鬼上司』などと表現され、別枠扱いされている。
だが世間どころか、社内でもノーマークだった新卒社員の一人、馬原岱が、AI時代の労務規定ガイドラインと言う、今最もホットな話題の一つと言っていいプロジェクトで輝きを見せる。法の専門家である法本や、彼以上に社会的影響力の高いJJ姉妹を、これでもかと振り回しながら、本人は「自分はあくまでもバランサー」と言い張る。
人命は地球より重い、とは、現代法がたどり着いた真理の一つとされる。だが、その地球レベルの重さを持つ、従来の枠組みに対して、天秤の逆側を踏み抜くような振る舞いをする彼を、バランサーと表現して良いものか、という疑問は尽きない。
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大手配信サービス JJTV 後半
「法本様、後半も引き続きよろしくお願いします」
「はい、YOU様。引き続き彼らの議論に解説を入れていきましょう。ちゃんとガイドラインまで辿り着けると良いのですが」
「そうですね。道は半ばです。それで、貴方の同僚の方々は、仕事の種類というのを再定義なさったところからですね。そしてそのくくり方も恐ろしく斬新です」
「馬原君の暫定分類はこうでした。生産性に直接資する仕事、意思決定を伴う仕事、それらの効率を改善する活動や個人の成長をもたらす仕事、それら全てに資する環境整備や準備」
「それはどうやら、心理学上で人間が圧倒的な高パフォーマンスを持続できる状態、すなわち『フロー』という状態。それを業務として日常的に活用することを前提にされてもいそうですね」
「フローに限らず、人が最大限のパフォーマンスを続けようとすると、その状態に入るためや、心身が無理のない状態を保つための環境づくりは必須です。それに、その整った状況下での活動の質を最大限に持っていくには、日々のスキルアップや知識の獲得、それに加えてある程度の反復トレーニングが非常に有効です」
「そして、それらのトレーニングや環境整備は、あくまでもそのベストパフォーマンスを維持し、その中での活動の質を最大化するためのものです」
「それを従来は業務、勤務の外に置かれてしまっていたのがこれまでの慣習です。仕事に直接関わっているか曖昧だ、という理由で。そこに対してあなたの姉様は、はっきりと『正義ではない』と否定しました」
「あの馬原様に乗せられた感もございますが、今後その答えが変わる事はないでしょう」
「そのトレーニングや環境整備、学習と、実務の関係を、AIの学習と実務にもなぞらえていました。今AIが人の仕事の多くを代替できるようになっているのは、学習や環境構築のプロセスに、相応のコストをかけているからだ、と。これまで人々が作り上げてきた、機械やインフラ、システムなど、あらゆる人の叡智はそう言う建て付けになっています。法とて同じです」
@AIも機械も人間も法も、まるっと一括り、だと? 法を最後にくっつけたのが、この合法サイコパスだな
@確かに、何も考えずにできる仕事なんて、どんどん自動化されていくよな
@そして、それができるのは、バックに「成長や改善のための準備期間」があるからだ、と
「それは、常盤様が孔明に、大周輸送のここ半年分の仕事、つまり彼らが生み出した超価値アプリケーション『ミッション型業務管理システム』の管理下にある仕事データの分析を丸投げなさった結果出てきたものですね。そして、馬原様の暫定分類が、少し変化しました」
「効率を改善する活動や個人の成長をもたらす仕事、それら全てに資する環境整備や準備を、『効率を計算できないが、効率を改善するために必須な仕事』としてひとくくりにしたようです」
「逆に、意思決定に関わる仕事というのは、その内容によっては非常に大きな時間単価を生み出す、と。会議などでそれを決めたことと決めなかったこと、改善を採用したかしなかったかの差分の数値」
「LIXONや孔明レベルのAIエージェントであれば、それらを将来の成長曲線として試算し、さらにそこに至る貢献値を配分することまで容易にやってのけるだろう、と」
@ここが、現実に存在するAIエージェントが前提なのが、今回のガイドラインの議論だな
@そこで価値を試算できてしまうんなら、その分給与評価に反映せよってことだな
@そして、それでも計算できない準備、って言うのが存在する、ってことだな
「つまり、分類は三つになりました。直接価値を生み出す仕事。組織の価値を高める意思決定に資する仕事。それら二つの基盤となる準備の仕事」
「だいぶすっきりしましたね。そして、それが相当にこれまでのくくりからかけ離れていることも重要です」
「そしてもう一つ重要なのが、人間あるいは人間とAIの協業状態が、最大限の効率を出せるパターンは何通りかに定まっていくと言うこと。そして多くの場合、週40時間ほどの定常勤務が、それらのどれにも当てはまらないと言うことでしたね」
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「大倉さん、弥陀さん、孔明から、大周輸送の全員分の分析データ、そして皆さんのご協力で完成した価値評価試算の結果が上がってきました。この先AIによって人間が最大限の生産性を獲得するとして、そのパターンは大きく二つにくくれそうです」
「窈馬君、だいぶ話をすっ飛ばしていますが、大丈夫でしょうか? 四つの分類を三つに調整し直して、その三つのそれぞれを全員分時間配分したんでしたね。さらにその上で孔明とLIXONそれぞれに、その仕事の価値を総合判断させて数値化したとこまで、全部で一ヶ月、と」
「なんてAI使いの荒い子だよ。鳳さんや鬼塚くんも大概だけど、あんたほどじゃない気がするね。その配分や価値評価のチェックは、あたしと大倉さん、それにこっちと向こうの人事部と事業部まで巻き込んで」
「互いの幹部たちを巻き込んで、ああでもないこうでもないとやりましたけど、声をかけてくるたびに、出てくる資料の質が毎回完璧なんですよね。お陰でこんな大層な分析と評価が、たった一ヶ月ですか」
「それで、さっき言ってた、効率が最大化する二パターンだっけ? そこに入って行って良さそうかい?」
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@なんか、とんでもない価値が生み出された分析が、まるっとカットばされた気がする
@そこは会社の機密と個人情報のかたまりだろうからね。しゃぁない
@とりあえず、常盤氏がヤバいって言うのが平常運転みたいだね
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「その二つはとてもシンプルでした。一つが、AIが高度に業務を自動化し、人はその確認と評価に終始できるパターン。もう一つが、AIによって作られたり、もともと用意された空き時間に、創造的な仕事や、創意工夫による改善を試みるパターン」
「そしてそのいずれにも、フローが絡んでいる。そう言う結論なんですね?」
「ん? 後者はまんまフローだと思うけど、前者もなのかい? ……あっ、確かにそうだね。このデータ見ると」
「はい。単に確認する、評価すると言う仕事においても、人がその目的と意義を明確に理解し、即座に結果が算出され、スピードや精度、付加価値といったスキル間がマッチしていれば、状況を作る事はできるのです」
「そして、普通の状態や、長めの労働で集中力が落ちた状態と比べたら、その確認のスピードや精度は段違いになります。その上で、そのフロー状態において適切な判断が効率よくできるかは、それこそ本人の『経験』と、『状態管理』に左右されます」
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@フロー全体のワークフロー、だと?
@誰が上手いこと言えと
@KOMEIホールディングス、マジでそこに手を出す気満々だよな
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「なるほどね。多分肉体労働、手作業が絡むものだって同じと言えるよね。だとすると、その状態を前提とした、業務時間全体の設計が必須じゃないか。人間の健康やパフォーマンスの最適化設計ってなったら、まさにあたしの出番じゃないか」
「まさにそうですね弥陀さん。そこは大倉さんと一緒に、もう一つのプロジェクトを掛け持ちしていただく意義が大きそうです」
「技術系の関さんや、協力者のTAIC氏があっちに専従してるのに、あたしらが兼任ってのはそう言うことかい。いいだろう。あのAI協業スケジュールシステムも、もう一段階先が見えたね」
「ん? そこ知財大丈夫ですか? 法本さん」
「ああ、よく気づきましたね馬原君。そこは問題ないです。元の『tAIc your time』が明確に前提技術になっているのと、どうやるの部分がはっきりし次第特許化すれば良いので。何をやりたい、と言うだけならまだ公知化とは見なさなくてよいですので」
「あ、ありがとうございます。もっと勉強しないと」
「そして、今はガイドラインの議論なので、『そう言うことができるようになると予想される未来』の話に注力していい、と言うことでもありますよね常盤君?」
「はい、その通りでしょう法本さん。すでにそれは、おおよそ完成に近づいているのではないでしょうか?」
「そんな雰囲気はどこにもなかったと思いますが、まあよくよく考えたらそうですね。あの三つのバランスで評価、給与体系を決めて、それを労務契約に乗っければ終わり、ですか」
「はい。できちゃいますよね? 良い塩梅に」
「法を調味料みたいに言わないでください。まあ言い得て妙ではあります。つまりこうですね」
『孔明:三つの業務形態は、大半の方にはその全てが存在する。それが、AIによって、生産性が飛躍的に増大した時代の働き方の基軸となります。
1.分掌業務または管掌業務
従来イメージの、生産性を直接生み出す、あるいはそれに必須な直接間接の業務。AIによって効率が上がれば上がるほど、生産に対する時間や工数割合は純減する類のものです。
基本的に、あらかじめ定義すれば、単価を一定に置ける業務の種類です。
2.組織成長、意思決定に資する業務
創造的な議論を伴う会議や、それに資する資料作成、調査などが含まれます。どれほど最大限のパフォーマンスを出力できるか、どれほど市場ニーズを捉えるかなど、人のもつ可能性によって桁違いに価値が変動します。
ただ、その意思決定の有無を差分として、AIシミュレーションを常時走らせれば、その価値評価や、それに対する各人、部門の貢献度は、定量的に配分可能です。つまり、組織の業績予測に直接紐付けて還元かのうです。
3.評価を試算できない、学習や準備、環境整備業務
この1や2において最大限の価値を創出するには、このプロセスが必須です。それは、人間であればフローの原理に即した学習経験や準備、休息が該当します。AIや機械を含めたシステムで言えばその開発や改善、整備が該当します。
後者はそのまま設備投資というイメージが合致するところ、前者が個人任せになっていた状況を改善するには、ここには固定の時間を充当するしかないと判断できます』
「はい。ありがとうございます。できましたね。この割合を、年次や月次などで割り当て、それに応じた固定給と変動給を報酬として算出する。勤務時間は必然的に、週に三十くらいまで下がる前提で考えるのがよさそうです。そして二割か三割を3に当てるのが理想でしょう。いかがですかJJのお二方?」
「ぐうの音も出ないとはこの事だな。ここまで整合性が取れていて、そこに具体的なLIXONや孔明という実例まで存在するのだ。それに、ここまで費やした一ヶ月余りが、どれほどこの国と社会に価値を生み出したか、を考えると、2番を認めざるを得ん。3番もそうだなYOUよ」
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「まさにそうでした。映像では基本的にカットしていますが、皆様の議論の合間に、姉様も私も、大変おいしいお菓子やお飲み物をいただいておりました。そして時に談笑しときに喧嘩し、と、3番の価値までもまざまざと見せつけられました」
「つまりこの三つを定量化することは、AIによって効率化される未来においては困難ではないという事。だからこそ、このガイドラインは間違いなく有効に成立するという事。そして、そこから明確な将来像を描ききれる事業体こそ、先のデジタルスキル標準に連なる、この『デジタル組織標準』を最大限に活かせる事」
「はい。この形で提案本文と補足資料を提出し、法本様と我らJJの連携によって厚労省と経産省をねじふ……説き伏せて、『デジタル組織標準』の公開にこぎつけることができました」
@サイコパスが伝染した
@そして見事な切替で、JJは片っぽずつしか映らない
@この組織標準、確かにここに乗っとれば明るい未来……なのかな?
「その未来の一端を、遠からず皆様の前にお見せすることとなるでしょう。このガイドラインの具体的な実施例として。人類が産んだ最高のエンターテイメントの未来として。そして、孔明vsLIXON、AI戦争の第三部として」
お読みいただきありがとうございます。




