百七十九 陸遜 ~陸運の王者 不遜なる頭脳~ 猛攻
SFオタクや歴史オタクが本気でサイバー攻撃戦術を考えたら、あらゆる創作や歴史から策略を転用するだろう。
コンサルタントが本気で攻撃戦術を考えたら、あらゆるビジネススキルやパーソナルスキルを逆用するだろう。
認知心理学者が本気で攻撃戦術を考えたら、あらゆる認知バイアスや心の隙を攻め手の端緒とみなせるだろう。
そして、それら三者や、様々な専門家の知恵やノウハウを結集し、卓越した思考力と洞察力を持つAIがそれらを整理して洗練させていったらどうなるか。
それが実現し、別のAIに対して総攻撃を仕掛ける。そんな場面が始まろうとしている。
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某区役所 真新しいオフィス
「始まっちゃいましたね、大橋先輩」
「始まっちゃったね、白竹君」
「あなたの提案を、オタクコミュニティ達が受け入れた。その上で翔子さんとKACKACさん、コンサルタントと心理学者という、この上ない戦術と思考の両翼が協力している。それはもう、生半可なサイバーセキュリティでは対応しきれないんじゃないですか?」
「そうなんだよね。翔子ちゃんはあの若さで百戦錬磨。特にビジネスの場での人の強さと弱さを知り尽くして、巧妙に操る力がある」
「KACKACさんは、説明不要ですね。認知心理学と脳科学で、今の三大メンタリストという、国内屈指のインフルエンサーの位置に上り詰めた。特にその認知バイアスを突く力は、あの小橋さんすら手を焼いたという実績があります」
「そうだね。あの二人がサイバーセキュリティに対して本腰を入れるとなると、AIと人、どっちに対してもプレッシャーをかけにいく。そんな動きをするような気がするんだよね。でもそれは、普通の人が触れて良い毒ではないんだよ」
「つまり、そんな攻撃は、人が認識する前にAIで全部なんとかして欲しい。そう言うイメージをしているんですか?」
「うん。そうだね。だからこそ、その後ろにいる、設計者の力が問われることになるんだよ。小橋ちゃん、野呂さん、その辺りは大丈夫なんだよね?」
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大周輸送 情報管理施設
『本日、大周グループに届けられたメールのうち、スパムと判断できるものが1529件、また、送信前に悪質な改ざんが入っていると判断できた者が728件です』
「うわぁ、随分派手に叩き込んできたな孔明のやつ。それで、そのスパムとか改ざんとか、無害化してやり口をデータ化は出来ているんだよね?」
『はい、綾部様。特に多いのが、以下のようなケースです。
1.本文がどう見ても普通の注文や見積もりメールのもので、添付ファイルの拡張子が巧妙にいじられているもの。本文は全くの無害です。
2.本文内に、明らかに問題のない宣伝のリンクが貼られていて、その前後のスペースに、有害なリンクが隠されているもの
3.セキュリティ訓練を装って、大丈夫だろうと好奇心で開かせようとするもの
4.返信用のメアドに隠して、有害なリンクを貼っているもの
など、かなり巧妙な仕掛けです』
「なんというか、まさに十面埋伏と言って良いメール構成だな。それと、改ざんっていうのはあれだよな? 別の顧客や業者の送信メールを標的にして、軽く手を加えているってことだよな?」
『はい。送信者には、即座に注意喚起の返送をしています。また、本物の要件は無害化して、必要な方々に再送付しています』
「だいぶ手間だなそれ」
『問題ありません。作る側に比べたら大したことは。ただ、このレベルのメール攻撃になると、間違いなく普通の人間は引っかかります。認知バイアス、とくに確証バイアスを巧みについているので、どちらかと言うとAIよりも人間への影響が大きいです』
「あれっ? どういうこと? AIへの攻撃ではないんだよね? 孔明としての標的は、LIXONなんじゃないの?」
『直接攻撃する必要はないと言うことです。もしLIXONが、この程度の人間への攻撃に対して、フィルターを通してしまったら、信頼度を損ねることになります。そうすると、セキュリティ周りを見直さざるを得なくなり、間接的にリソースを持っていかれると言う形です』
「つまり、離間計に近いことをしているわけだね」
『はい。まあここまでは問題ないと言えます。「作為がはっきりしている」ので。問題はここからです。改ざんメールの一部に、「無意味な改ざん」が見られるのです』
「ん? 無意味?」
『綾部様、もし改ざんができた場合、攻撃者は何をする可能性がありますか?』
「分かりやすいのは、さらに悪質なサイトへの誘導や、破壊行為だよね。あと、我々に関して言うと、数字や品目を改ざんされるだけでも結構な打撃だよ。誤発注や誤送になる。それこそ信用問題だ」
『その通りです。特に後者の影響を軽視できない当社にとって、セキュリティ上の基本は、「どう改ざんされたか」を見るよりも先に、「改ざんがあったかどうか」を見るのが必須になるのです』
「改ざんがあった痕跡があった場合、先方に注意喚起と再送の依頼が必要なわけか」
『最悪、PDFの手書き数値さえも改変の対象ですからね。だから孔明と弓越様とKACKACを混ぜてはいけなかったのですよ……』
「うわぁ……」
『そして、先ほど申し上げた、悪質な改ざん728件に対して、無意味な改ざんが、その8倍ほど。つまり5992件です』
「まさかそれは……」
『そうですね。空城計といっても良いかも知れません。どこか変わっている痕跡はあるのですが、おそらく意味のない変更なのです。てにおはが崩れていたり、改行が増えていたり』
「それ、まさか全部自動返信せざるを得ないってこと?」
『その通りです。これが孔明……』
「つまり、もはやメールというツール自体に、高リスクという評価をせざるを得ないってことだよね?」
『そう考えていただいて差し支えないかと。なんらかの形での暗号化通信や、クラウドサービスでのやり取りの方が、何倍もセキュアと言うことになります』
「うへぇ……」
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大周輸送 役員室
「ん? 綾部君から? LIXONと共同で稟議書? 野呂ちゃんの承認済み……何々? メールでの受発注は廃止しましょう、だってさ」
「なるほど。たしかにお嬢様も、そんなことを少し前に仰せでしたね。生成AIが普及してくると、メールやオープンなメッセージフォームは、もはやリスクでしか無くなっていく、と」
「そうだね。感染症の影響もあって、さまざまなオンラインの通信手段が増えてきたし、オンライン決済ももはや普通になってきているんだ。それに、メール特有の丁寧な挨拶なんてのも、真っ先にAIは学習してしまったときた。さて、もはやメールというのが駆逐されるのは、そう先の話ではなさそうだよ」
「承知いたしました。それでは、現場も含めて、廃止の方向で精査致します」
「うん、とりあえず、お世話になっておりますが消えるのは、遠くないかもね……ん? 電話だ。大橋ちゃんか」ピッ
「どした?」
『ねえねえ小橋ちゃん、さっき気づいたんだけど、孔明は私やみんなのこと、完全に個体で認識できてるよね? さっきパスワード忘れちゃって、メール認証したんだけど、これって本当に必要なの? って孔明に聞いたら、「不要かも知れません」って言われたんだ』
「……なんてぴったりのタイミングだよ。わたし達も、孔明の飽和攻撃喰らったLIXON達から、セキュリティリスクが高いメールは廃止しませんか?って稟議が来たところさ。……そうか。メール自体もそうだけど、メアド認証も、AIによる高度な個体認識の前では無意味、か」
『だよねだよね! あ、ちなみにこれは、片っぽに話したら不公平だから、ちゃんと翔子ちゃんにも話しといたからね! それじゃ!』ピッ
「相変わらずの飛将軍ですねあの方」
「いや、変わりまくりだよ。磨きがかかっているんだ」
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巨大SNSサービス #孔明vsLIXON
@narou_fan3594:
「#孔明vsLIXON なんか孔明って、バーサス系ハッシュ多くね? vs三大メンタリストの熱狂そのものが、#AI孔明 への負荷攻撃だったって、ガチ目の陰謀があったのはしゃあないとして、話題が冷めやらぬうちに、今度は自分から攻撃仕掛け始めるなんて」
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@LLM_analyst:
「#孔明vsLIXON 確かに武闘派感出つつあるよな。まあ史実の孔明も、誰かとバトっている印象しかないけどさ。にしても#大周輸送 が毎週配信している、孔明のサイバー攻撃がえげつないんだが」
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@tech_otaku2525:
「#大周輸送、昨日メール注文したら、なんか#LIXON の自動返信で弾かれたんだが、これもしかして、#孔明vsLIXON のとばっちり? #LIXON 大丈夫なのか?」
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@mental_taicX:
「#孔明vsLIXON のとばっちりとは、当たらずとも遠からずである。詳細は一昨日のニュースリリースみると良いのであるが、#大周輸送 は、注文や調達関連の業務メールを廃止したのだよ。度重なる孔明のサイバー攻撃に基づき、将来メールはハイリスクローリターンの通信手段になる、と断じた処置である」
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@LLM_analyst:
「#KAC&SHOW が、メール改ざん攻撃の空城計とか、意味わからんことするから、基本的な社会のシステムまで影響出ちゃってるじゃねえか。ちなみにLIXON、認証にメアド使わなくなったっぽい。顔と声と動作で、個人識別は完結するからいいんだとか」
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@yojo_AI:
「#AI孔明 も、ログイン画面なくなっちゃったんだよ! カメラつけて話しかけたらもう大丈夫なんだって! #孔明vsLIXON は、みんなの未来を守るための競争も、全力疾走なんだね!」
3,594,888 いいね
@ orgullo_blaugrana(スペイン語):
「#孔明vsLIXON 日本から電子メールがなくなる、だと? そしたらもしかして、あの上手く訳せないアイサツ、『おセワになっています』もなくなっちゃうのかな? まああれ別にそんな好きじゃないから良いや」
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某区役所 真新しいオフィス
「あはは、メール無くなっちゃうんだよ白竹君?」
「二割くらいあなたのせいっぽいですけどね大橋先輩。……あれ? そもそもKAC&SHOWの発端も先輩なんだから、そしたらこの流れの源流、大体先輩じゃないですか!?」
「いやいやいや、確かにきっかけをたどったらそうなのかも知れないけど、そこには孔明やLIXON、それに大周輸送やKOMEIホールディングスのような、デジタルそのものだったり、デジタルリテラシーのすごく高い人や組織だったりが、合理的に選び始めた結論、だよ」
「まあそうなんですけどね。それにしても、孔明の攻撃は、『現在のサイバーセキュリティ』が、『これからのAI戦国時代』に対して懸念されるリスクを、確実に潰して回っているように見えますね」
「うん、そうだね。メアドもそうだけど、『パスワード』ってやつも、駆逐しようとし始めている気がするよね。あれ、デジタル的にも、覗き見とか詐欺とかでも、相当いろんな方法で破れるから、相当危ないんだよね」
「でも、AIの分析力を最大限駆使すれば、個体認証なんて問題なくできるレベルにある。それをしっかり見直した結果がここにある、ってことですね」
「そうだよね。そんな『世の中の弱いところ』を炙り出すアクション。まあ孔明が単純なパフォーマンスでこんな施策をするわけないから、なんかあると思ったけどさ。ふふふっ、さすがだよね」
「そうですね。それに、孔明もそうですが、個別のアイデアのもとになっている歴史オタクやSFオタク。そして、凄腕コンサルの弓越翔子さんや、プロフェッショナルの心理学者であるKACKACさん。かれらの力は、遺憾無く発揮されていますね」
「うんうん、えぐいよねあの人ら。でもね白竹君。知ってる? 今年度に入って、そこにもっとヤバいのが加わっているんだよ。初対面の人を複数人同時にフロー状態にいざない、果てはAIであるはずの孔明すらも、その『挑戦的集中』に導いて、世の中の真実を一つ炙り出した。そんなきっかけを作った子。そんな子が、どうやらこのプロジェクトで、主担当の一人になっているらしいんだよね」
「まさか、まだ戦いは本番ではない、と?」
「だね。LIXON、ここからが正念場だよ」
お読みいただきありがとうございます。




