百六十六 魯粛 〜巨大企業の大魚 新事業は粛々と〜 着工
日本国内には、世界ランク上位の一基の他にも、大学や研究機関が管理する、AI開発を内製化するのに十分な、10〜20ペタフロップスの演算力をもつスーパーコンピューターが多数存在する。
日本国内には、独自にAI開発や事業化の動きがあるが、データセンターやスパコンの新設には、最大の課題である消費電力と冷却能力を解決する、省エネや再エネとワンセットの設計が必須である。
日本国内には、多数の水力発電所があり、その一部は電力平準化を目的とした揚水発電の機構を有し、さらにその一部は都市からアクセスが良く、広大な開発用地と観光資源を有する避暑地もある。
その三つの事実は別々の事象である。だがその三つを有機的に組み合わせる論理の暴君が、国内最大の物流系総合企業、大周輸送の実質トップに君臨している。20代にして数万人の従業員を抱えるグループ企業の専務にして、国内最大のグループ企業の専務。国内最強のビジネスパーソン、紅蓮の魔女、小橋鈴瞳。
「ねえねえおタカ、この三つ、まとまるかな?」
彼女のその一言に、あるとんでもない実務お化けの常務が即答したという。
「お嬢様。過去一でとんでもないおねだりですね。ですがそれが本気のご要望とあらば。場所は都心から1時間半ほどでアクセスできるここがよろしいかと。揚水発電を持て余し気味の水力の下流に、ある程度の広さの配置。温泉が少ないことが一つのネックで、ウィンタースポーツにやや偏った観光資源です」
「任せていい? いくら?」
「初年度一兆でお願いします。その後も内外の技術革新を見越した継続したアップグレードに、投資は必須ですが、回収は容易かと」
「足りるの? ……足りるって目だね。オッケー、任せた」
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二月後 2025年4月 某巨大配信サービス 幼女が配信する大人気コンテンツ
「アイちゃんねる、始まるよ! みんな見てくれてありがとう! 週間自由研究、今日のゲストは、この人です!」
「アイちゃん様、大丈夫ですか? お嬢様、オホン、鈴瞳ママに頼まれたわけでもなく出てきましたが、地味ではないですか?」
「大丈夫なんだよ! おタカお姉ちゃんは、真っ赤なママの隣だと流石にちょっと地味だけど、普通の人たちの中では、派手ではないよね、くらいの感じだからね! それに今回のお話は、お金も行動もド派手なんだよ!」
@おタカお姉様参上! 会社とは関係ない流れ?
@なぜこの人が地味扱いされるのか。理由の九割は上司ママのせい?
@それと、やることなす事の派手さに比べたら、見た目や振る舞いが相対的に地味ということでもあるかも
「うんうん、つまり、相対的な地味キャラお姉ちゃんなんだね!」
「なるほど。LIXONにもそう釘を刺しておきます」
「AIに釘を刺す時代なんだね! 孔明は結構譲ってくれなかったりするんだよ!」
『魚粛敬子様。大周輸送が現体制になる前から事業部の若きリーダーとして豪腕を振るい、小橋鈴瞳氏が専務になると同時に常務執行役に昇格。国内向けデータセンター事業や、AIを導入した物流インフラ事業、そしてそれらに有用なVRやAR技術を足がかりにしたエンタメ事業。
従来の物流やECを主体とした事業から、物流を中核とした総合企業への進化を遂げたところまでは、より若き小橋氏よりも、このかたの影響力の方が大きいという評価を受けておいでです』
「ん? そうなんだね! 私は今に近い大周輸送しか知らないから、その前のことはよくわからないんだよ! 孔明の説明は、今の形になったのは、ほとんどおタカお姉ちゃんの力っていう説明になっちゃうんだよ!」
@そうか。アイちゃんも詳しくはしらないのか。そうなんだよ。間違いなく事実さ
@だからこそ、小橋ママより先に、エンタメが確立し始めていた三大メンタリストとの勝負があったのさ
@確か二勝の後で、心理学者のKACKACに、小橋ママラブ過ぎをつけ込まれて惜敗したんだっけか。
「おおお、なんかすごい経緯なんだよ! ママ大好き感がすごいんだよ!」
「当然です。アイちゃんはどうですか?」
「うん、大好き!」
@予定調和的な尊い空間なんだよ
@ あの惜敗も、結果的に初の全勝の栄光が小橋ママに持ち越されたから、ラブの勝利って言われているんだよね
「さて、でも今日はママはおいといて、お姉ちゃんのお話なんだよ!」
「かしこまりました。では、どちらのお話にいたしましょうか?」
「んっとね、会社をお買い物したお話は、今度おひげのおじさんから聞くから、今日は、あのすごいリゾートのお話だね! 大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ。おひげのおじさんがすごく頑張らないといけないかもしれませんが」
「おひげのおじさんは、おっきいから大丈夫だよ!」
@大丈夫の意味が、最後だけ原義寄りになったな
@もともとおっきい男の人って意味だからな
「あのリゾートのお話ね、すごいよねって言うのはわかるんだけど、なんであんなのできるの? っていうところが、孔明も説明してくれるのに時間かかったんだ!」
「孔明は説明出来たんですね。LIXONはまだ途中で説明を放棄しますね。まだまだです。帰ったら野呂君に説教しなければいけません」
「あらら。孔明が時間かかるから、結構大変なんだよ!」
「ふふふ、そうですね。説教はやめておきましょう。そうですね。説明ですが、どちらかというと、お金だったり、スピードの数字の話をするよりも、なんであんなに速く実現できるのか、というところにしましょうね」
「うん! それなら多分みんなも分かるんだよ!」
@これでも多分、なんだろうな。あのとんでもリゾート&スパコンが、なぜあのスピード感でできると断定しているのか。
@最近、この幼女様の多分の幅が、だいぶ振り切れてきているからな
@それも人とAIの共創進化のはじまり、なんだろ?
「きっかけはもちろん、LIXONの設計構想です」
「LIXON。論理と知識が交錯する、オンプレミスのネットワーク。だね! ねえねえ、前半はなんとなく大丈夫なんだけど、後半は思いっきり矛盾してそうなんだよ!」
@それな
@それそれ
@それなんだよ
「なんか三段活用が入りましたが、その疑問はもっともです。ここで説明してもいいと、お嬢様から許可が出ているので、一から丁寧に説明していきますね」
「おお! 初公開の情報なんだよ! 三分くらい待った方がいいのかな?」
「大丈夫じゃないでしょうか。すでに拡散とリアタイの伸びは始まっているようですし、アーカイブでもなんら価値が落ちる情報ではありませんからね」
「あらら、三分あったら、お姉ちゃんのお歌が入ったかもしれないんだよ!」
「入りません。それは放送事故と電波障害のリスクがあるので、最初から宣言しておかないと」
「なるほど。これがおタカの謙遜ってやつなんだね。ママからもすごいって聞いてるから、いけるとおもったんだけどな。えへへ」
@謙遜で電波障害とかいうのかこのお姉様
@歌おうと思えば、視聴者取れるって意味でのすごいなんだろうな
@拡散からリアタイ増までの時間稼ぎが板についているなこの幼女
「歌は置いておいて、ちょうどいい時間稼ぎにはなったようですね。そしたら説明を始めてしまいましょう」
「うん! お願い!」
「オンプレミス。これは、大周グループが、特に国内の産業界やインフラをメインターゲットとした、皆さんが安心できる独自AI基盤を開発する、と決めた時から、ほぼ決まっていたと言って良いでしょう」
「オンプレミス。つまり、クラウドのネットワークに繋ぐんじゃなくて、会社の中で、全部完結できるってことだよね? ネットワークから完全に切り離されていても大丈夫だから、ちゃんと管理できたらとっても安心なんだよ!」
「はい。ですが、アイちゃん様の最後の言葉が、課題感をそのまま表現しています」
「うんうん、そうだね! ちゃんと管理するってとこがとっても大変そうなんだよ?」
「はい。クラウドだったり、オンプレミスでもネットにつながっていたら、定期的な管理やメンテナンスは相当楽です。ですが、時に完全に切り離す必要がある施設や、社内で独立したネットワーク内で運用したい方も非常に多いです」
「でもでも、そしたらちゃんと見守ったり、なんかあった時に面倒見たりとか出来ないんだよ?」
「はい。そこで私達が、というか、主にお嬢様発信で考案されたのが、『その組織の状況を外から見ていれば、ちゃんと動いているかなんてどうにか分かるんじゃない?』でした」
「えっと、つまり、外から見える情報だけで、中でAIがちゃんと動いているのかを見守る。それで、なんかあるっぽかったら助けに入る。そういうこと?」
「そういうことです。例えば、その組織から出すリリースだったり業績情報。そう言うのが思ったより改善していなかったら。
製品価格や販売数のコントロールに、どうしても人員を掛けているような傾向が見えたら。
それは、何かしらの形で使いこなせてはいない、もしくは何らかのトラブルを抱えている。そんな形です」
「おおー。確かに、お医者さんの健康診断だって、全部体の中まで見ないで、外から見るとか、お熱ピッ、とか、血圧? ウイーン、とか、お話しするとかからいっぱい分かることあるもんね!」
「はい。おおよそそんな形です。幸い、かなり近しい好例がありましたからね。互いのユーザーデータを参照しないという制約の中で、それでも複数の『AI孔明』の間で連携を果たす。その根拠は、ユーザー同士の挙動と、孔明の推定、洞察力」
「互いのユーザーと、AIに対する相互理解、つまり『そうする』が作り出す連環、AI孔明バージョン2が打ち出して、他のAIから思いっきり独自の路線を歩き始めたとんでも機能、『そうするチェーン』だね」
@改めて説明されたけど、この機能、やっぱりいまだにとんでもだよな?
@それがそのまま、複数の人間のフローの連鎖を生み出して、爆発的な生産性進化につながってるんだよな
「はい。基本的な原理は近しいですが、求められる精度や、個人と組織の規模がまるで違うので、根っこのアルゴリズムから変えないといけません」
「うんうん。孔明のチェーンはあくまで人間ベースだから、精度とかよりも、スピード感が求められるんだね」
「そうです。そしてその『大きな違い』。それが、必然的に、『相当なレベルの開発リソース』と、『中央監視側の、持続的で高度な推定インフラ』を要することを決定してしまいました」
「なるほどなるほど。つまり、まずLIXONそのもののAIの開発だけじゃなくて、そのお客さんの見守りと、分析の計算システムも作らないとだから、強力なスパコンがいるんだね!」
「はい。大雑把なことを言うと、富岳以外の国内のスパコン。大学や研究機関がそれぞれ持っているのが、20ペタフロップス前後。つまり一般的なノートPC1000から2000台分。研究用などの高性能ワークステーション200台分。最初はそれと同じくらい。最終的には5倍くらいの性能が欲しいと、野呂君が言っていました」
「野呂お兄ちゃんがそう言うんならそうなんだね。無茶言うけど。それに、そのリアルタイムな見守りとか、状況が変わった時の対応をするためには、何個か他にもデータセンターがあった方がいいんだね!」
「はい。それは、一般的なレベルのデータセンターが10箇所ほどあれば足りるでしょう」
「うん、このスケール感で足りるとか言っちゃうのが、大周輸送クオリティの、おタカお姉ちゃんクオリティだね!」
@だね! で済んじゃうのかな? 一周まわって
@規模感もそうだけど、この人だからな
@野呂君って人もやばいんだろうね
「そう、ですが一つ、ちょっと国内トップ企業として、許容できない問題があったんです」
「お? 問題?」
「はい。それは、『電気』です」
「電気、かー。それは、お金の問題だけじゃなさそうだね!」
「もちろんです。私達が、私達の事業のために使う電気は、2030年までにカーボンニュートラルとすでに宣言しています。私たちの事業、と言う意味は、皆さんの元に物を送り届けるところだけは、もう少し時間がかかりそうと言う意味ですね」
「カーボンニュートラル。つまり、二酸化炭素を出さないか、出すとしても同じだけ吸収するって意味だね!」
「はい。大周輸送は、嘘をつかない。これは、LIXONが嘘をつかない設計になっているのと同じ思想です。出来ないことは言わない。言ったことはやる。それでここまでやってきたんです」
@そうなんだよ。この人たち、どんな無茶でも、やると言ったことはやるんだよな
@ちょいちょい、言う前にやることがあるのもご愛敬だけどね
@そう言う意味じゃ、LIXONと、カーボンニュートラルの両立って、とんでもないことなんじゃね?
「そうだね。それで今回の『やる』にも、秘密があるんだね!」
「はい。それこそが、今回リリースした、『再エネ100%、全年齢向け総合リゾート併設、LIXON開発設計専用スーパーコンピュータ施設、名は同名の『LIXON』です」
「えへへ、こんな盛り上がるところで、前半終わっちゃったね! 後半は、お知らせを挟んで続きです!
ちゃんねるはそのままで!」
@まじか
@おタカお姉様のお辞儀が美しすぎる
お読みいただきありがとうございます。




