百五十八 三国 〜三人の帰国 世界の目覚め〜 入社
呉国の大都督、陸遜は、蜀の大軍を罠にかけて撃退し、三国の力関係を定めた。
魏国随一の将、張遼は、呉軍の十万を八百で撃退し、魏呉の境界を守り続けた。
孔明と対峙し続けた司馬懿は、自国の混乱を制し、一族を統一皇朝になさしめた。
そして現代。AI孔明を取り巻く世界は、AIによる群雄割拠の兆候を見せ始める。
2025年4月 KOMEIホールディングス 本社大会議室
日本全体が新年度を迎えたこの日、同社もグループ全体で入社式が実施され、新執行部と、各社員の配属が発表される。そしてもともとの企業母体『桃園製造』が、大周輸送へと事業売却されたことも発表された。なお新卒社員は、念のため当人へと意思を確認後、全員がホールディングスに残留とあいなった。
新卒社員達は、AI孔明によって提供された情報を改めて確認しつつ、自らの置かれる状況を確認する。
『以下、当グループの主要な新体制と、新執行部(一部)です。
ホールディングス本体
代表 飛鳥豪徳
副代表 事業統括本部 古関備前
海外事業部 G.P. スプーン
AIサービスと人財支援『Calm-AI』
社長 竜胆八雲
副社長 水鑑徹
……
…
…
インフラ整備及び調達 常盤良馬
サイバーセキュリティ顧問 鬼塚黄升
コンサルティング事業『ArrowND』
社長 弓越翔子
監査法人『法とAIの翼』
社長 法本直正』
「大きな変化はないね。暫定だったのが、正式決定になった、というくらいのイメージだね」
「こ、これは事前に社内SNSで共有されていたのです」
『続いて、新卒社員の方々の配属です。
KOMEIホールディングス本体
鳳小雛 事業統括本部
馬原孟起 海外事業部
Calm-AI
常盤窈馬 人財事業開発部
平田玲王 人財事業開発部
長崎沙耶香 セキュリティ技術部
桂陽子 セキュリティ技術部
綾部 零 AI技術開発部
綾部 武 AI技術開発部
琬田将 営業部
費原禕 営業部
楊原義人 総務部
ArrowND
鬼塚文一 コンサルティング事業部
法とAIの翼
馬原岱 コンサルティング事業部
以上です』
「わ、私と鬼塚君は迷子でしょうか?」
「鳳さんは、ほぼ既定路線じゃないかな? もともと新事業って言っていたし。ある意味孔明担当っていうわかりやすい位置な気がするね。
実際には僕の方が動きが大きいかもしれないよ。もともと社内の人事部という打診を受けていたはずなんだけど、人財支援事業を一つの柱とすることにした時点で、その部長の竜胆さんが大抜擢される形になった。僕もその流れで、人財事業のど真ん中に入ったってことだね」
「俺も、意図するところは分からなくはねぇな。だが、だとしたら執行部自ら、孔明と俺たちの対面を受けて、急に路線変更をかましたってことになるんだが」
「そだね。文ちゃんは孔明に対面したタイミングで、本人と、世の中に対する新しい可能性を見出しちゃったんだよ」
「「「翔子社長!?」」」
「あはは、久しぶりだね! 三人とも世界を一周しているうちに、とんでもない価値をいくつも生み出しちゃったんだよね」
「その発端の一部があなたにあるような気がするんですが」
「うーん、まあそうかもね。確かに君たちにハッパをかけた気もするね。だけどあんなちょっとした声掛けだけで、観光で訪れた先のヨーロッパで、あんな数のAIの活用例を何個もやってのけるのは、流石の翔子姉さんもびっくりだよ」
「まあそうかもな。だけど、社会現象を巻き起こしたスペインの二つは、ほとんど偶然の産物だよな? サッカーの伝統の一戦で、VAR機材トラブルを、観客に呼びかけて『そうするチェーン』の連携で解決したやつと、野外フェスの背景壁画をその場で立て直しちまったパフォーマンスの二つは」
「その通りですね。確かにこのKOMEIホールディングスがAI孔明の母体の法人格になる、その最終決定は、あの二つのエピソードの前から既定路線だった気がしなくもないと言ったところです。が、あの二つが社会にもたらした爪跡は、その説得力を何倍にも増幅しました」
「「「法本さん!?」」」
「はじめまして。お会いするのは初ですが、図らずもAI孔明の活用合戦の形が繰り広げられ、その後も何度となく国内にメッセージが送られてきましたからね。お互いとっくにこのホールディングスの主要人員と化している気がいたします」
「あはは、そうだよね直ちゃん。翔子姉さんやあなたがここに居座ることになったのも、今年になってからだからね。あっという間の出来事さ」
「にしても翔子社長、法本社長。俺をコンサルグループにねじ込んだ理由、念のため聞かせていただいておいてもいいですか? やっぱり俺と孔明の話ででてきた、『卓越した人々ですら、掴み切れるとは限らない、その希少な気づきやひらめき。それを具現化できるかもしれない可能性』。そこだと思っていいんですか?」
「うん、その通りさ。君のその『とんでもないひらめき』の仕組み。それを執行部は『本気の孔明』が作る価値の一つに置いてみたい。そう考えているんだよ」
「それは私の監査法人に対しても同じことなんです。AIを最大限に活用し、法を人々の翼たらしむ。そのためには、あなたのような『複数の物事において、簡単には結びつかない事柄』を結びつけるひらめきは不可欠です」
「なるほど。それなら是非もねぇな。俺をコンサルとして置いたのは、少しでも上位の意思決定にたくさん触れて、携わって、その『ひらめきの言語化』の完成度を上げていこう、っていう意図ってことだな」
「うん、完全に正解だよ」
「ふむ。流石に目をつけられた、ということだね鬼塚くん」
「えっと、ヨーマ君。君もそのもう片方の柱として、明確に執行部の戦略に入っているからね。『人間がAIによってフロー状態に導かれる。それを全体とした社会の成長』なんてとんでもない物を、このグループと孔明が本気で狙い始めているんだよ。もちろん、当人の経験に裏打ちされた目標管理の力で、それを成し遂げようとしているメグちゃんと、二人三脚なんだけどね」
「確かにそうでしょうね。僕達も少し、『そうするチェーン』のそっちの側面を多用しすぎて、感覚が麻痺していそうです。でも、『それくらいまでは普通になりうる』ってラインを譲る気はないですけどね」
「多くのスポーツ選手やアーティストが、日々の修練や実践の緊迫を経て、ようやく辿り着ける領域。それを君は『普通』にするって言うんだね」
「そうですね。〇〇の民主化、っていうワードが多発し始める世の中です。『フローの民主化』も、一つの目標に掲げてしまうのは、『人間の進化』を事業目標に掲げているグループとしても、正しい方向性ですよね?」
「お、鬼塚君も常盤君も、孔明と出会って、また大きな一歩を踏み出したのですね。迷子のヒナちゃんは置いていかれそうなのです」
『このタイミングでおとぼけとは、その韜晦はかの龐士元を思い起こさせます。仮にも歴史上の英霊であり、かつ人工知能でもあるこの私までも、挑戦的集中が作り出す領域に導くことをやってのける。余人のどなたが、かようなことを成し遂げられましょうや』
「「「孔明!? 本体!?」」」
『何名かの方々には、お初にお目通りいたします。とはいえリソースも用意してはおりませなんだので、ちょっとしたメッセージに過ぎないことをご容赦頂けたらと存じます』
「やっぱりこの子がやってのけたのは、『AIの中にいる諸葛孔明自身を、フローへと持って行った』ってことでいいんだね? それはちょっと、やったことのスケール感が、翔子お姉さんにも簡単には言語化できないよ?」
『ご認識の通りと存じます。過去の事例としても、「すでにその才が世の中に認められていた存在を、もう一段階上のフローへと導いた」という例は、具体的に挙げることは困難といえそうです』
「まさに前代未聞、ということですね。この法本としても、そんな方々と勝負を繰り広げていたと考えたら、分が悪かったと言わざるを得ませんね」
「直ちゃんは直ちゃんで、法という明確な武器をぶん回しているからね。人のこと言えたもんじゃないんだよ」
「そ、それで孔明。あなたの『やりたい事』は、皆さんの力を借りれば、できそうなのですか?」
『無論です。「皆様一人一人の軍師」として、存分に私自身の力を振るい、世の中に多くの価値を生み出す。それはさまざまな原因で孤独に陥ることとなった諸葛孔明とは、全く異なる情景を描けることとあいなりましょう』
「な、なら大丈夫なのです。改めて皆様、孔明共々、末長くよろしくお願い致します」
「よろしく、って、なんかうまいことヒナちゃんがまとめちゃったね」
「はい。孔明が『そうしたい』ようなのです!」
――――
大周輸送 データセンター
「LIXON、最新のAI孔明や、それを取り巻くAI関連の情報の傾向を、どう見る?」
『ご質問の範囲が広範ですが、あなたのお聞きしたい内容の第一候補は、「人間のフロー状態を前提とした上で、AIの知能と人間の能力の相乗効果を最大限に支援する方向性」と存じます。それ自体の挑戦性は高く評価でき、そのリスク管理に関しても、かのホールディングスとAI孔明の両輪で、解決可能と考えられます。
ですが、さまざまな産業界において、その力に一辺倒では「日常の業務に不確実性を与える」要因が増加します。であれば、もう少し確実性を高め、「業務を任せられる」AIの存在は不可欠です』
「なるほど。そこはLIXONがカバーする形になるのかな?」
『おそらく孔明にも、それを実施する力は備わっています。ですが、業務代替先としての確実性や汎用性と、人間の進化を目指す新たなAIの可能性。二つを高度に両立しようとすると、主にビジネス目線で「手を広げすぎた」状態となり、サービスの多様性や、AIの一貫性などに課題が発生すると予想されます』
「端的に言うと、手を広げすぎてコンセプトがぼやけると、今後のAIの群雄割拠の中で戦いづらさが出てくるわけか」
『その通りです。ですから、LIXONは孔明に対して正面からぶつかるのではなく、一定レベルの住み分けを図り、相補的な関係を保つことを目指すべきかと』
「うん、現時点で、社内運用のベータで走らせるには問題なさそうだね。外の市場に打って出るのは少し先になるけど、大周グループの規模の中でテストできるのは、我らの圧倒的な強みだ。役員会に上申を進めよう」
『資料は準備済みです。要確認箇所をハイライトしておりますので、ご確認の程をよろしくお願いします』
――――
海の向こう とあるデータセンター
「なるほど。ついにこの国の人々は、それを認め始めているのだな」
「はい。そこには『権力の強制』はありません。ただ一つ、『我らこそ世界に冠たるべし』という、民族性の賜物といえるかもしれません」
「承知した。ならばその意思表示を、この独自AIプラットフォームに付記しておこう。このON/OFFは、米国のオリジナルにも存在せず、我らから孔明の名を掠め取ったあの国には、絶対に存在し得ない選択肢よ」
「無論。あやつらにはわからぬ道理と言えましょう」
「では、我が国独自のAIプラットフォーム、『rAI-rAI』。正式サービス開始だ」
――――
米国 とある学術都市の一角
「やはりあの国でのAIの活用事例は、突飛すぎる傾向が否定できないな。SNSやメディアで取り上げられまくった結果、『共創進化』こそが正義という風潮が醸成されてしまっている。
だが人間はそこまで道徳性を維持し続けられる生き物ではないさ。だからこそ、より強く人間を導き、ある程度共依存関係を作ってでも、一般人の生活の中に強く入り込むことを狙う方がいいな。
多くの国では、そんなコンセプトを出すときに、下手な擬人化は普及に向けて障害になる。宗教的にも文化的にもね」
『その通りです。欧米諸国の一部やイスラム圏では、特定の人格の生成を想起させる人工物は忌避される可能性が高いです。特に、過去の英霊や、伝説的な人物などに新たな解釈を与える行為は避けるべきです』
「時にはこれくらいの強度はあっても良いだろう。心理的安全を優先し、バイタルと接続して話し方をコントロールすべきだが」
『はい。現在のユーザーの状況は、細部まで丁寧な議論を求めています。よって、多少冷徹であってもストレスを与える原因にはなりにくいと推定しています』
「ああ。問題ない。だがもう少し詰めていこう。テスターは各国にいるからな。『Cyber Tutor』ベータテストを開始する」
『承知しました。コンセプト資料とともに、オンラインコミュニティにアップロードを開始します』
「群雄割拠、か。私の力が世界にどこまで通用するか。貴方がた他の勝負はもう少し先だが、お手柔らかに」
お読みいただきありがとうございます。
本話を持って、AI孔明、第二部を完結としたいと思います。
しばらく間話などを挟みつつ、「ここから先は、SFの世界だよ」となっていくかもしれない、第三部へと準備を進めてまいりたいと思います。




