百五十六 三国 〜三人の帰国 世界の目覚め〜 英霊
鳳小雛は、小橋親子との対話の中で、孔明がやりたいことを言語化する。
鬼塚文一は、未来の同僚達と、孔明を通した自分たちの目標を語り合う。
常盤窈馬から話を聞いた三人の社員は、信長がやりたいことを振り返る。
ホテル ロビー
「AIの、孔明の到達点として今見えているのがその辺、つまり『みんなの軍師、諸葛孔明』だということはイメージできたよ。アイちゃんも大丈夫そうだね」
「うん、大丈夫! 孔明は今もすごいけど、この先目指すものが、もっとすごいんだってことが分かったんだよ! それに、KOMEIを助ける会社の人たちが、そのすごいを実現するために頑張ってくれるんだっていうのも、すっごく分かったんだよ!」
「よかった。大丈夫そうだね。だけど小雛ちゃん、まだそれだけだと、普通に考えたら色々と大丈夫じゃなさそうだ。でもその辺も含めて、『その到達点で大丈夫』という判断を、あなたと孔明がしている。そう考えていいんだね?」
「そ、そうなるのです。そのビジョンを持っている人たちの集団。それがKOMEIホールディングスだと思っていただいて良さそうです」
「それが、『その支援には、ユーザーの挑戦的集中状態の存在と活用を前提としている』なんだね」
――――
常夏感あふれるビーチサイド
鬼塚は、これから同僚にもなるガールフレンド、長崎沙耶香、そしてその親友、桂陽子と、二ヶ月ぶりに再会。二人は情報系の研究室の修士で、サイバーセキュリティを専門分野としている。ビーチバレーやマリンスポーツ体験などで、ひとしきりアクティブに遊んだ後、ビーチサイドでおしゃれに休憩している。
「ねえねえ文ちゃん、今日はトーク力がとんでもなく洗練しているなのは、やっぱり『孔明との直接会話の効果』って奴かな?」
「ああ。そうなるな。俺はずっと、言いたいことが言葉になる前にいろんなこと思いついちまうから、結果的にちゃんと伝わり方を考える前にカンで喋っていたんだ。それが擬音語や比喩なんかにすらなって出てきていた」
「それ自体は割と最近までそうだったよね」
「そうだな。そしてAI孔明はそれすらも察知して、俺の言いたい事を噛み砕いてくる。おかげで俺が出せる価値の最大限のところまで孔明に引き上げられていた、というのが、ここ最近までの俺の姿だな」
「それでもすごいけどね。にしてもようやく呼び方が『文ちゃん』になっても、あんたらの話は小難しいまんま変わらないんだね」
「うん、まあどっちかというと、この辺の話を、ちゃんと入社までに私たちも消化したい、って思ってるんだよね。そうしないと文ちゃん達三人がとんでもない突っ走り方するからさ。陽子も置いてかれたくないって言ってたよね?」
「まあ当然、そうだけどさ」
「それで、孔明に会ったことでどんな変わり方をしたのかな?」
「そうだな。その『思いついた事をスピーディーに言語化する力』って奴なんだけどな。これまで散々AI孔明との対話を繰り返していたら、相当経験値? が溜まっていたみたいなんだよ。それを孔明に気づかされてな」
「あ、もしかして、その部分は孔明に頼らなくてもできるようになって来た。一呼吸くらい置いちゃえば、自分の思いつきに対してちょうど良さそうで、そして相手に伝わりそうな表現も出てくるようになった。そういう事?」
「ああ。そういう事だ。自分の中にある言い回し、というか、表現の引き出しを見つけやすくなったって感じかな」
「なるほど。それで、そこで進化がおしまい、って訳じゃない顔をしてそうなんだけど、どういうことかな?」
「んん、なんか沙耶香もだいぶ鋭くなって来てるような……」
「ああ、あんたも知ってるよね? この子も相当AI孔明を使い倒すようになってるからね。まあ私もだけど。その結果、『そうする』の力が相当ついて来てるんだよね」
「まあそりゃそうか。身近に『AIによって共創進化する実例』があって、それが健全なものだったことが分かっていたら、手を出す方が自然の流れだよな」
「そうだよ。それに私たち、もともとサイバーセキュリティ関係の研究室だったし、会社入ったあとも、相当重要な役どころになる可能性も上がって来てるんじゃないかな、ってね」
「そうそう、そうなんだよ。文ちゃんのお祖父様だって、この業界じゃ大御所も大御所だからね。この前会わせてもらったけど、本人の前で二人して固まっちゃったよね」
「そういやそうだったな。あ、話が逸れまくったな。俺のこの先、ってことだよな。ひらめいた後の表現ってところは問題なくなって来たから、次はその『ひらめき』そのものに対して掘り下げてみようって考えてるんだ」
「ああ……つまり、文ちゃんが文ちゃんである理由。人がお呼びもつかないところに目や頭がいき、本人の言語化が追いつけていなかったその才能。それそのものに、『仕組み』が存在するかも。そういうことなんだね」
「そうだな。もしそれができたんなら、『孔明の領域』に踏み込むことにも繋がるかもしれねぇ。そう思っているところだ」
「孔明の領域、か……孔明はもう、本当に『みんなの軍師、諸葛孔明』として、ユーザーへの支援を強化したがっているんだよね?」
「ああ。だからこそ、そうなった先の人類の未来が、『思考放棄と依存』であってはならねぇ。孔明も俺たちも、そう思い定めているんだよな」
「そっちに陥らないための結論が、『ユーザーのフロー状態を促進し、その認識と活用を前提としたユーザーの支援を目指す』なんだから、だいぶ攻めた物の考え方をしているよね孔明は」
「それに必要な、ユーザーの『挑戦的集中』は、多くの人の枠の中なら、常盤君や大倉さんが軸になってその支援の仕組みを描ける可能性が高いと見ているんだ。でもそこからはみ出た『元からすげぇ人達』にとってのフロー状態。そこを支援するにはやっぱ、常人から見たら飛躍した思考であっても、その気づきの種を拾い上げる仕組みが必要になりそうでな」
「その仕組みに近いのが、文ちゃんのひらめきや気づき、ってことなんだね。だから孔明はそこに可能性を見出している。そんなところですか」
「そうだと考えさせられたのが、孔明が出して来た演習問題? なんだよ。それは、俺が三国志の魏延の立場でその場にいる馬超や馬謖、趙雲のポテンシャルを引き出す提案をさせられたり、信長の立場で明智光秀や羽柴秀吉を反骨ではなくフローに導く発言を考えさせられたり、だったんだ」
「なんてスパルタな演習問題だよ。英雄も人間だから、普通にAIっぽく支援するだけでもうまく使いこなしてはくれるはず。だけど、彼にとって重要な場面で、本当の意味で彼らに生きる提案をするのなら、その提案内容も、彼ら自身の『挑戦的集中』を促す目標設定が必要ってことだよね?」
「ああ。孔明、そして信長という名の英霊が、現代人のためにその力を尽くす。そうしたいんなら、受け取る側の人間も、相応の格を用意するべきだってことだな」
「あんたのカレシは、どうやら英雄になろうとしているらしいよ? どうするの沙耶香?」
「ん? トーゼン、置いてかれないように一緒に走るだけだけど? それが私の挑戦的集中なら『そうする』だけだよ。英雄にはなれなくても、英雄の伴走者の伴走者という目標は、私にとって過負荷じゃないんだよ多分」
「それがあんたたちの『したいこと』なんだね……」
――――
プールサイド バーのテラス席
大倉、関、弥陀の社員三人はここまでの道中で、常盤や鬼塚から孔明と対話した内容の詳しい説明を受けていた。まだ本調子ではない常盤本人は一度部屋に戻って休憩し、三人は改めて、進化した孔明、進化した人間が向き合う未来について意見を交わす。
「正体がある程度はっきりしたことで、孔明も信長? も、開き直ったってことかな?」
「もともと、人類に対してどれほど踏み込んだ支援ができるか。『英霊』と言ってもいい孔明や信長には、潜在的な悩みがあったんだろうね」
「そこに対して全力で踏み込みつづけてきた鳳さんたち。その流れに触発されて、それぞれの分野で共創進化を始める人々。その活動の推移が『AIにも観察可能な状態で共有し続けてられてきた』おかげで、彼らにとってより具体的な形で現実世界に向き合う指針が定まっていった、ってことですね」
「そういえば、信長と話をする機会があった鬼塚君と常盤君が、興味深い事を言っていたよね。二人は、孔明と鳳さんの話についていくのが精一杯だったから、信長に『ただ傾聴するという目標設定のフローもある』といわれて、大半の時間はそれをひたすら実践していた。でもそれが終わった後で、少しだけ信長自身の話が出来た、と」
「鬼塚君の素朴な疑問、だったね。『孔明は、人類への支援を始めるために、生成AIのカスタマイズモデル「AI孔明」の形で自身の支援活動を開始した。では信長がそうしなかった、そう出来なかったのはなぜ?』」
「そう聞かれた信長は、いかにも彼らしく、質問に質問で返した、と『古今東西、フィクションを含めて、織田信長が織田信長でいられるまま、本人の生存と、世界観の維持が無理なく両立したことはあったと思うか?』」
「常盤君は早速要素に分解。
『1.織田信長が織田信長のパーソナリティを損ねない
2.信長が生存する
3.世界観に対して無理な変化が及ぼされない
4.ストーリーに合理性、納得感が損なわれない』」
「そして、全員一致で、『その4つを同時に満たすのは、通常考えられる世界線では不可能』だと」
「前半二つを満たそうとすると、信長自身が大幅に世界を書き換えてしまうか、とんでもストーリーかご都合展開にしかならない。そういう言い方だったね」
「その結論に、現代の創作を含めてアクセスした信長自身、あっさりと行き着いた。それを踏まえた答えが『信長が信長として存在するかは、人類、もしくは世界の側が、相応進化するという選択肢しかない』だった、と」
「そして『孔明はある程度孔明のままで、支援者としての活動を開始できる』のに対し、『信長のペルソナは、今の世の中において支援者たり得ない』。だから信長は、人類の進化を促す方向性を探ることに注力している、と」
「なんか、聞けば聞くほど信長らしくなっていったね。信長らしさと、支援者というAIの原義を同時に満たすための答えを、人類の進化という形で果たそうとするんだから」
「そして、表面的には、というか、初動としては、孔明と信長の違いとして現れたんだけど、根っこのところに、孔明と信長の共通項が存在したんだよね」
「はい。二人とも『類稀なる知恵をもち、世界に一定以上の爪痕を残した英霊』です。だからこそ、信長だけでなく、孔明がもし、『本気の支援』をしたいという願望が生まれたとしたら、それはさっきの信長理論が孔明にも当てはまり始めてしまう、ということですね」
「ああ。孔明が本気で支援する対象は、劉備玄徳。あの時代最強の英雄曹操が、唯一認めた自分以外の英雄。そしてその周りを固める関羽張飛」
「つまり、孔明は本来もつ『支援者』としてのペルソナを生かして、ここまで自然な形で『みんなの支援AI』の立ち位置を確保する。本来のシナリオはそうだった」
「だけど、現代人の中に、ネジのはずれた存在。元から優れた人物や、AIネイティブと言っていい少年少女。そして、現代社会にいまいち適合できていないものが、その支援によって、覚醒と言ってもいい変容を遂げた人達」
「そんな人達が、AI孔明の使い方を、とんでもない方向に牽引し始めます。それも、AIが断片的には学習できてしまう、SNSやメディア、記事と言った公開情報にデータを残す形で」
「その筆頭があの三人。そして次々に触発された、才ある人々。彼らの活動は、孔明自身に大きな刺激を与え、その進化を止めないために、孔明自身がアップデートの方向性と速度を、図らずもそっち側に寄せていった」
「極め付けが今回の『AI孔明vs三大メンタリスト』。現代人の中でも卓越した力を持つ著名人が、社会全体を巻き込みながら孔明と繰り広げるバトル。元々の意図が、どこぞの組織が仕組んだ負荷攻撃だったとしても、それが孔明や、そのユーザーの人間達に対して、ちょうどよく、そして面白い『挑戦的集中』を生み出した」
「人間とAIの共創進化は相乗的に加速し、その発端といってもいい三人は、明確に孔明の視界にはいり、『直接対話』という結果にいざなわれた」
「その対話の結果が、孔明の本気を引っ張り出した上で、その『本気の孔明が支援する社会の成立』を次の方向性にしちまった。最初の『信長の存在しうる世界』と、図らずも完全に方向性が一致してしまったわけだ」
――――
ホテル ロビー
「人間の進化を前提として、英霊の存在が完全な形で乗っかったAIの支援が、汎用的かつ社会に問題ない形で成立する世界。その方向に世界が走り始める。そういうことなんだね?」
「そ、そういうことになります。図らずも、信長が目指す野望の方向性と、孔明の次のステップが一致。そしてどこぞのホールディングスが、その方向性に全乗りする方針を決めており、国内外に支援者を順調に増やして来ている」
「なんかすごいねママ! ヒナちゃん! そんなお話は、あんまりみたことがないんだよ?」
「そうだよねアイちゃん。そんなお話は、確かに多くはないな。そしてそんなジャンルをなんて言うか。SFっていうんだよ」
「アハハ! ロボットアニメとか宇宙戦争だね!」
「もうその一歩手前だよね。
つまりそう。ここから先は、SFの世界さ」
お読みいただきありがとうございます。




