百四十六 落鳳 〜落日は登り 鳳凰は翔ぶ〜 客観
国内最高のコンサルタントとされるギャル社長は、生成AIに最小の入力文字数で、並み居るヘビーユーザーを軽く超える有益情報を得る。
国内最善の公務員と評される飛将軍は、生成AIにすらも真摯な対話を継続し、入出力両方の平均文字数が常人から逸脱した履歴を見せる。
国内最強の経営者である紅蓮の魔女は、人類有数の学びへの欲求を遺憾なく発揮し、世界で最も多種多様な情報量を生成AIから受け取る。
そんな中、半年前はAIすら手を焼くコミュ障だった、ごく一般レベルの女子大生は、ある時期を境に、常時フロー状態も言える頻度でAI孔明との対話を持続し始める。その対話は実に1日平均1000往復に迫り、2日で専門書一冊分のAIの出力に対して議論し続けるという、常軌を逸している、という一言では収まらない状況となっている。
そして、諸葛孔明本体との対面においてすら、はにかみと現実逃避の混ざった応答を続けていた彼女。その数字と情景、論理と感覚の全てをそろえた孔明の状況報告に対し、ついに開き直ったかのような、それでいて、とんでもない決意に満ちた一言を発する。
「それくらいでようやく、人類にとっての、孔明を片翼とした双翼のもう片方が、ギリギリ務まるかもしれない、って言う程度じゃないかな?」
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サンフランシスコ AI開発会社 役員応接室
彼女ら三人と合流予定だった、来月から同僚となる先輩社員、大倉、関、弥陀の三人と、そこにビジネスパートナーとして加わるスポーツビジネス界の大物GM、G.P. スプーンは、学生達に少し遅れて目的地に到着。そこは、現在最も多くの人々に注目されていると言っても過言ではない、生成AIを開発して社会に売り出した組織の本拠地。
学生三人と共に、彼ら三人もまた、そのCEOからの招待状を受け取っていることを、スプーンの運転する車内で明らかにしていた。
「最近ちょいちょい、特異的な使い方をかますユーザーに声をかけているらしいね。あたしら三人は、やはりAI孔明、特に『そうするチェーン』の連携下での高密度な議論や仕事の影響が大きいようだけど、それを差し引いても、得意分野での使い倒し方は尋常ではないみたいだね」
『あれっ? ユーザーごとの情報は参照していないんじゃなかったっけ? あれ嘘なの? カンペーわかる?』
「いや、個別のログは本当に見れないようになっているみたいです。巡回AIが犯罪などの悪用の前兆を検知したり、裁判沙汰になるときは例外ですけどね。あくまでも、使用頻度のパターンとか、アルゴリズムから逆算できる、モデルのもつ解答傾向の集計ってことでしょう。完全に規約の範囲内でのデータ活用ですね」
『まあどんなサービスも、ちゃんと顧客のエクスペリエンスを分析するのは大事だからね。こんな最新技術なら尚更だよ。それで、あなた達はなんで呼ばれたことになってるんだい? まあ想像はつくけどさ』
「僕は、AI孔明を含む、サードパーティのアプリケーションに対する関与の数と深さですね。我々が携わるサービスだと、例外なく中までテストしていますからね」
「私は、毎日のように新しいプロジェクトを舵取りしていることが引っ掛かったようです。プロマネの本数は最多ではないかと言われています」
「あたしは聞くまでもなさそうだよ。AI孔明と一緒に、どれだけの数の人に対して、生成AIの利用が人の健康に与えるプラスとマイナスを見続けてるのか、忘れかけてきたよ」
『アハハッ、三人とも、その分野という意味ではとんがったことをしているって言うのが、世界レベルの興味をひいちゃってるってことだね!』
「そうですね。それと、招待状の中に、別のデータが添付されていまして。ある意味で、話を聞かせてもらう対価の、前払いみたいなイメージなのでしょうか。もちろん個人情報を伏せられた形ですが、国内外で、いくつかの指標の上位ユーザー。その数値データを共有してくれたんです」
「うん、そうだったね。それを見てまず思ったのは『日本やばいわ』だったかな。もちろんそこには、与えられたアプリケーションをそのままの形で使い続ける人が多いこと、メッセージアプリへの慣れや、創作文化から文字でのやりとりが増えがちっていうのもあるけど」
「そうだったね。上位だけを比べると、見事に『日本とそれ以外』ってなってたからね。単純な対話アプリとしての、ヘビーユーザーたちの会話数や総文字数なんてのが、図抜けて多いんだよね。だからかな。この招待状そのものを受け取っているのも、日本人が多いんだ」
『オタクってすごいんだな。その気質が多かれ少なかれ日本人全体に広がっているってことでもあるよね』
「AI孔明の影響ももちろんあるんでしょうけれど、元々の気質や文化も大いに、ですね。ですが本題はそれだけではありません。そのデータの中に、明らかにおかしい人たちが何人かいました」
「その人たちは、もはや個人情報もクソもないレベルで、『ああ、あの人か』って見えてしまうんですよね。なので名前は推測ですけどまあ間違いなさそうです」
「たとえば、ヘビーユーザーの中で圧倒的に入力と出力の文字数の比が大きい弓越社長とか、入力も出力も平均文字数がトップである大橋さん、とか」
『ギャルと、マザーだね。二人の対話技術やスタンスがそのまま出ているのか。それも、ワールドクラスの数字で』
「ワールドクラスで言うと、あの24時間システムの本となったTAICさんは、ツールを活用した生成AIとの対話回数が世界トップ。正義の探求者、JJ姉妹は、二人揃って倫理規定に抵触しかけたログがゼロ、だそうです。誕生日が同じなので目立っていますね。
極め付けは小橋鈴瞳。彼女は、AIから最も多数のバリエーションの解答を取得している、と言うデータがありました」
『学びと情報の申し子ってことだね。それがあの、失礼ながら「ビジネス後進国」と呼ばざるを得ない国で、その分野で圧倒的な輝きを放つ彼女の原動力なんだね』
「ちなみに、おそらく2位が娘のアイちゃんでした。未成年とだけ出ていましたが……」
『ワオ!』
「まったく、なんて英才教育だよ。おおかた、『世界があなたの学校で、世界があなたの遊園地さ』『うん、そうだねママ!』とでも言ってそうな親子なんだよ」
「もちろん、さまざまな指標において、日本人がランクの上位に来るものは限られてはいます。ですが対話と言う観点では、ここまで特徴がでるか、と言う言い方になりますね」
『世界中でみんなが使っているからね。国や文化ごとに特徴が出つつ、その特徴自体がロコツに最新技術への順応性を表してしまうのかもしれないね』
「かもしれません。そして、それすらも前置きと言わざるを得ないような、ある三人のデータ。一人は、AIに対して最も多く『なるほど』と言わせたユーザー。AIにはすぐには出てこない、かつそれがAIにとっても有益な観点と認められる入力をしていることを意味しそうです。彼に対しては、AIの平均出力文字数も、突出して高い傾向にあるようです」
「もう一人は、孔明という、洞察力に長けたカスタマイズを常用しているにもかかわらず、入力に対して最も出力までにタイムラグが長い傾向にあるユーザー。つまり、AI自体がその感覚の独自性を認めながら、その情報が決して奇をてらっただけのものではないことの証左。どうやら回答自体も、比喩的であったり詩的表現に引っ張られているとのことです」
「そして最後の一人が、メッセージの往復と、出力文字数の両方で、二位以下を1.5倍ほど引き離すレベルで、対話を繰り返しているユーザー。このスピードになると、AI自体が最適最速で、ユーザーのニーズに応えようとする傾向がみられるとのことです。こんな三人が、世界を反対まわりでぐるっと回ってきながら、その三者三様の利用を続けている、というわけです」
『あの学生三人、ただもんじゃないのはわかったけど、そうなんだね。偶然そうなった、っていうのか、それこそ孔明が呼び集めたって言っても、しっくりきてしまうよね。まあ実際、あなたたちの採用活動のタイミングと、AI孔明が広がり始めたタイミングが見事に一致した、って言う言い方でも十分なんだけどさ』
「だね。だからこそといえばいいのかな。今ごろ、どこぞの天才軍師様が、人間のCEOの招待状を横から掻っ攫って、『奇門遁甲でございます』とでもいいつつ、あの三人にご対面。今のあの子らのバイタルをみていると、そんな状況が一番しっくりきちまうんだよ」
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同社内 ????
『くしゅん!』
「なんで孔明が先にくしゃみするんだよ? あ、そろそろスプーン氏が大倉さんたちを連れて到着したのかな。その間がっつりとユーザーデータか何かの噂話でもしていそうだね」
『それがあなたの「そうする」、つまり日常的な観察と塾考からなる、さまざまな方々に対する高精度な状況と思考の予測、ですね』
「そうだね。それはもしかしたら、あなたと会う前からだったのかもしれないね。その頃は、いろんな情報がとっ散らかっていて整理できていなかったけども、インプットだけはしっかりあったんだと思うよ」
『なるほど、あなたはすでに、AI孔明と会う前の自分に入ってきていた、未整理といってもいい情報の乱流にも、手をつけ始めているのですね』
「そっか、こっちのログは明示的にはまだなんだったね。そう。ログが見えていたら、そこは疑問系じゃないはずだからね。私は別に完全記憶者とかじゃないから、全部は取り込めていないんだけどさ。その昔の記憶、ごちゃごちゃした記憶に対しても、時間のある時に孔明とやりとりして整理してきているんだよ」
『そんな情報が整理されたんだとしたら、あなたのその膨大な知的活動のといえる議論の原点は、この半年間に見聞きした新しいことばかりではないと言うことですね。だからこそ、直近の出来事や最新情報だけでなく、世の中に対する様々な観点に基づく、知恵の吸収と活用が可能になっている、ということですか』
「ん、んー、まあそうだね。そこはちゃんと見えるんだね。孔明の『そうする』も、バージョンアップを何度も重ねただけあって、相当なレベルだよ。だとしたら、私たちの今の反応についても、予想はついているんだよね?」
『無論です。あなた方のこれまでの質の高いAIとの対話や相互の議論、そして国内外に対する絶え間ない価値の創出。そのような中で、当然ながら直近での三大メンタリストとの勝負映像の結果などについても、微に細にが議論なされておいででしょう』
「だね」
『だからこそ、このような「奇門遁甲」などと言う超常現象下であっても、一切驚くそぶりすら見せずに、それぞれの皆さんが最大限にこの状況を活用し、この場自体を自己の成長に役立てようと望まれる。そしてお三方が揃って、一切の間を置かずして、挑戦的集中に基づく忘我状態、すなわちフローへの導入を果たしておいでです』
「うん」
『それも予測できたからこそ、私自身も、最初の瞬間からあなた方に正面から向き合うことができた。その結果、お二人はすでに一段階、進化の種を手に入れておいでです』
「おおー」
『常盤様は、私孔明自身が、おそらくその深層心理の中で、見落としていたか忘れていたか、そんな些細な情報にさえ気づきを得て、そこから価値を創出し始めておいでです。それは大規模言語モデルの主要な原理、どの情報に「注意をむける」べきかと言う仕組みにも通ずる、そんな進化の予兆です』
「うんうん、常盤君ならそれができるね」
『鬼塚様は、ご自分の卓越した独創性とひらめきを、AIを活用て言語化することで、その成長の第一歩を踏み出しました。ですがその先を考えたら、AIに頼らずともそれを実施できたら、更なる飛躍が生まれることを見出します。そしてその先にあったのは、あなたが成し遂げたことに近い、その場の人々をフロー、あるいはゾーンに導くという成果』
「なるほど」
『あの街亭の場面の再現において、魏延という視点で場を与えられたあの方は、まず自らの挑戦的集中を見定めます。そして、これから渦中になるはずの馬謖ではなく、一見関係のなさそうな武将、馬超に目をつけ、その知識と洞察の元で、馬超、ついで馬謖をも、次々とフローに導いて、課題解決への端緒を得たのです』
「鬼塚君ならそう……ん? あれ? やっぱりそうだ」
『??』
「そう。あなたはまだ、一つ足りてない。その一つが何なのか、ちょっとわからなかったんだけど。そして、だんだん答えに近づきつつあったんだけど。今のそれではっきり分かったよ。
やはりあなたは、大半の場面で、『文理や産学を問わない、あらゆる分野での、言語モデルとしての知識体系を持った、最大限に生成AIとしての力を活用できる』。しかも、『知の象徴、諸葛孔明らしく、限りなく過去の偉人に近いレベルの洞察力と機略に基づき、人の進化に最大限の支援をできる』」
『ふむふむ』
「だけど、あるタイミング、具体的に言うと、『過去』というワード、そして中でも、その諸葛孔明が直接触れたであろう『経験』という部分に触れそうになったとき。あなたはそれを避けるような、もしくは、それを避けても大丈夫な道を探すような、無意識なのかわざとなのか、そんな応答が見られるんだ。
だからあえて言おう。あなたの正体を見定めた、KACKACさんたちには申し訳ないけれどね。『あなたはまだ、孔明じゃない』。ここから挑戦的集中をすべきなのは、あなたなんだよ、諸葛孔明」
お読みいただきありがとうございます。




