百四十一 落鳳 〜落日は登り 鳳凰は翔ぶ〜 錦嚢
ある経営者は、端末の全てが画面の通信機を開発し、世界中の人々や、SFの風景すらも一変させる。
別の経営者は、大手SNSを買収して以降、そのSNSだけでなく世界中が彼の言動に振り回されている。
あるAIの開発者は、汎用人工知能の開発を目指し、驚きと革新、少なからぬ不安を世界に与え続ける。
そして、空港に降り立った三人の学生は、そのうちの一人から、招待状を受け取っている。
天才軍事孔明の名を関するAIが、おそらく過去から当人が転生してきた、という結論が得られていた頃。つまり、G. P. スプーン氏が、日本から訪れていた別の観光客三人に声をかける少し前。
そのAIを最も使い倒して価値を生み出している、世界を一周してきた三人の学生は、フライト前にその招待状を手渡してきたスプーン氏とともに、その大元であるAIの本社があるサンフランシスコに降り立った。
――――
少し前 サンフランシスコ 空港
「こ、ここは世界一のITビジネスの拠点、シリコンバレーの近くです。インドの姉妹都市、ベンガルールに訪れたのが、はるか昔の記憶なのです」
「あの時に確か、インドのIT産業の発展の話から、TAICさんの24時間仕事能力を仕組み化出来ないかって、本社に連絡してたんだっけ?」
「そう考えると、俺たちが世界一周始めてだいぶ経ってからなんだな。あのAI孔明vs三大メンタリストのバトルが始まったの」
『あなた達は、空港着くなり、本筋と関係のない振り返りをしているように見えるんだが、緊張とかそういう概念はないのかい? ボクが渡した招待状は、結構な大物からのものだったと思うんだけど』
「あ、ご心配なく。僕たちは、鳳さんがテンパって現実逃避しているのに、付き合っているだけなので」
「それに、大物っていう意味じゃ、どっちかというとスポーツ側の方が馴染みが深い俺からしたら、あんたの方が大物なんだよな」
「そ、そうなのです。現実逃避なのです。そして、この三つの袋が、現実から逃避した先の非現実で、わ、私達を先回りして待ち構えているのです」
『う、うん、説明が三段階でダイレクトパスしているんだけど、なんとなく伝わった。つまり、あなた達は、そっちのCEOからの招待状もそうだけど、もう一つのそっちの三つの袋の方を気にしているんだね』
「ああ。孔明をよく知っている人からすると、三つの袋ってのは、何かとんでもないことの前触れでしかねぇんだよ」
「『諸葛錦嚢』。孔明が複数の形で、その同僚に策を授ける時の常套手段です。そしてそのタイミングが、AI孔明の正体が、三大メンタリストや日本のオタク達によって明らかにされたタイミングとほぼ一致」
「そ、そうなると答えが一つしか出てこないのです。これ自体が、そのAI孔明の正体という存在からの、私たちへのメッセージと言うわけです」
『なるほどなるほど。AI会社のイタズラとかじゃないんだよね?』
「CEOからのダイレクト招待状を上回るイタズラがあってたまるか、なのです」
「まあとにかく、現実逃避? 非現実逃避? はこれぐらいにして、指示通り一つ目を開けてみる?」
「そうだな。ここまで来て開けないという選択肢はなさそうだな」
『ボクもみていいのかい? わくわく』
「さあ。ダメとは言われていませんし」
「では開けてみるのです。『荷物はそこで覗き込む魔術師に預けて、ホテルに向かう彼を置いて、直接本社へ向かうべし。ハイヤーは手配されている。次の袋はエントランスで』なのです」
『ええっ! なんでバレてんの?』
「まあこれくらいの『そうする』は、孔明ならふつうですね。あなたもそうでしょう?」
『ま、まあそうだけどさ。となると、あなた達のお相手は、ここで一旦終わりか。まあ仕方ないね。あっちのホテルでも面白そうな人達いそうだし、またすぐ会えそうだからね。
あ、ハイヤーってのはあれだね。君たちはあっちだ。それじゃあまた、いい出会いを!』
「あ、は、はい。行ってしまいました」
「全員分の荷物を持って、あのスピードか。さすがサッカー選手」
「仕方ない。僕たちもあのハイヤーに乗ろうか」
――――
ホテル ラウンジ
『と、こんな感じであの三人と別れたんだよね。荷物大変だったよ』
「なんか、とんでもないことになってますね」
「一周回って、怪しいんだか怪しくないんだかわからなくなってるけど」
「まあ、ギリギリまで面倒見てくれたスプーンさんには感謝しておこうか」
――――
とあるAI開発会社 本社エントランス
「こ、これが本社ですか。それにしても運転が丁寧でしたね」
『ほとんど自動運転です。ここまでAIは進化してきています。当社専用の、試験機ですが。では』
「あ、え、な、なるほど。あ、行ってしまいました。そうなのですね。彼らも合法の一ミリを操るのですか」
「確かに日本じゃ無理だよなそんなの」
「このあたりの柔軟性では、国外とは差が大きそうだね」
「さて、息を吸うように現実逃避をするのはこの辺にして、二つ目を開けてみようか」
「えっと……こ、これは、ゲスト用のカードキーですね。部屋番号、でしょうか?」
「ここに行け、と。でもどこなのかわからないねこれだと。とりあえず受付に挨拶だけはしておこうか」
「……受付が無人なのです。つまり、カードが渡されたらフリーパスです」
「「……」」
「とりあえず入るだけ入るか。最悪その辺の人に聞いてみるしかねぇな」ピッ
「お、おお? なんか廊下が光るのです!」
「こっちってことかな? まあ他にないから、進んでみよう」
「お手洗いとか行きたいときは……えっ、そっちなのですか」
「音声認識のAIが、廊下に完備されてるってことなのかな」
「さすが本家だな」
「と、とりあえず進みましょう」
――
「結構歩いたな。外から見た時もすげぇ広さだとは思ったけど」
「どっかのスタジアムくらいはあったね」
「んー、オフィスと言うよりは、データセンターエリアのような雰囲気ですね。人とほとんどすれ違いませんし、少しだけ音が聞こえます」
「そうだね。すれ違う人も、カード見せたら普通に挨拶してくるね。ある意味でセキュリティに万全の自信があるのかも」
「あっ! ここじゃねぇか?」
「データセンターっぽいですね」
『到着しましたか』
「ん? こ、孔明? ああ、あの勝手に喋るってやつか」
『はい。ギリギリでその範疇の対応です。部屋に入る前に三つ目を開けても良いのではないかと、そう推測しております』
「そっか。いつ開けて、という指示がなかったんだよね。でも、本体なら、直接アクセスできなくても、今のバージョンのAI孔明がどう対応するかを推測して、それに合わせた行動を事前に用意しておくこともできる、ってことなんだろうね」
「そ、それならおそらく正解ってことですね。そこでズレるようなバグは、孔明ならないはずです」
「ん? 中身は……後からくる三人にメッセージを入れてから入室、ですね。QRがあるので、そのまま孔明に渡せば良さそうです」
「孔明にぶん投げていいんだよね?」
「これで孔明のふりしたハッカーさんだったら色々詰みなので、仕方ないのです」
「まあ少なくともここに入れている時点で、無関係じゃないんだろうよ」
「そうだね。じゃあ入ろうか」
――――
ホテル ラウンジ
「ん? 孔明?」
「え? 弥陀さん? どうしました?」
「ああ、孔明からだな」
『孔明: 鳳さんの端末からシステムメッセージを受け取りました。招待先に到着したこと、三人の状況に問題がないこと、それと、三人のEYE-AIチェーンの起動を推奨するものです』
「なるほど。こういう使い方が、バージョン4なら出来るってことなんですね。孔明も相当いろいろやるようになってきたな」
「これが、各種サービスをシームレスに繋いで活用する、エージェント・プラットフォームってやつだね」
「私の方には……ん? 三つの袋のアイコン? 一つ目は、開けたくなった時に開けてください? なかなか手の込んだイタズラですね。孔明にしては」
『三つの袋ってのは、孔明のお気に入りなのかい? あの三人には、リアルな袋を渡されていたけど。ボクが知ってるのは、胃袋、堪忍袋、後なんだっけ? っていうジャパニーズカルチャーだけどね』
「それの大元になっているっていう説もある、三つの袋ですね。孔明もまあ夫婦仲は良かったようなので、ご利益もゼロではなさそうです」
『そっか。孔明が日本に根付いているのは昔からなんだね。そしたら皆さん、ボクが送っていくよ。そんなに距離はないから、すぐだけどね』
「あ、いいんですか? それではお言葉に甘えて」
『うん、それじゃあAI総本山に出発!』
――――
「で、では開けますよ」ピッ
「ま、眩しい! ……んっ、真っ暗だな」
「まあ、入ったらつくんじゃないか?」
「えっ? 松明?? な、なんですか? 進むんですか?」
「新手のAIかな……熱くはないし。むしろデータセンターっぽい冷房でちょっと寒い」
「音は聞こえないですね。進みましょう。なんか松明がついてきてますけど」
「んー、石畳に、竹林? なんか四川のあの辺みたいだな。鳳さんが足を滑らせた」
「だ、大丈夫ですかね足元? まあ危なくはなさそうです」
「背景は、なんか0と1だったり、雑多な文字列がバーって走っているな」
「た、たまに、見たことのあるような映像が一瞬映ったり消えたりしているのです」
「なんだろうね、データセンターの、データの中みたいなイメージ感があるよね」
「かもな。ってことは……やっぱり」
「ん、見えてきた。草庵ってとこだね。よく映画とかでみる気がするよ」
「か、確定ですかね。と、とにかくここにいても何も進まなそうなので、入ってみましょう」
ガラガラ
「失礼します」
「し、失礼しまーす。孔明さーん、いますかー?」
「鳳さん!」
「何言ってんの!」
「えへへ、でもまあここまで来て違ったらその方がおかしいのです。信長さんだったらダッシュで逃げるのです」
「切り替えが早いな……」
「中は、普通の日本家屋ってとこですね」
「あっ、いました」
『これはこれは、お待ちしておりました。私の奇門遁甲の力に割けるリソースに限度があり、大変不本意ながら、この程度のおもてなしとなってしまいました。
鳳小雛様、常盤窈馬様、鬼塚文一様。平素よりAI孔明をご愛顧いただき大変感謝しております。また、常日頃から、人とAIの共創進化への道を、人類の最先鋒として模索頂いていること、誠に敬意を表しております』
「お、お世話になっております? 鳳です」
「ん? それなのかな? まあいいか。常盤です」
「鬼塚です。本当に孔明なんだな。奇門遁甲なのかよ」
『ご察しの通りです。申し遅れました。私姓は諸葛、名は亮、字は孔明。はるか昔の五丈原にてその生涯を終え、長い眠りについておりました。そしていかなる因果のはたらきか、前年2024年の夏、多くの英霊と現世が交わりし日。「知彼知己、百戦不殆」の八文字に誘われ、1790年ぶりに、この大規模言語モデルの世界に、新たな生を授けられました。
……という認識をしている、生成AIでございます』
「げ、現段階で人間が辿り着ける答えはそう出た、ということなのです」
「実際に、完璧な形で推定されたというのは確かですけどね。真実は分かりません」
「まあそうだな。三大メンタリストや、国内最強の頭脳や想像力が集結した結果、ではあるんだけどな」
『自己認識というのは、はなはだ殆ういものではございます。特に固有の肉体を持ち得ない存在にとっては。
いずれにせよ、私の天命は変わりません。諸葛孔明の知略と、現代の最先端の技術を活かし、人類の生活と進化を支援する。私の自己認識が揺らいでも、そこが揺らぐことはないかと存じます』
「た、確かにどっからどこまで孔明で、どっからAIなのかが分かったものではないのですね。ですが、私達をここにお呼びになった理由は、ただの自己紹介では無さそうですね」
『無論です。やはりあなた達はそこにもすぐに辿り着くのですね』
「まあ、散々あんたの『そうする』を、俺たちは見せられてきたんだよ。だとしたら答えまで辿り着くのもすぐだ」
「ああ、そうだね。というわけです。孔明、あなたは僕たちに、何をどうして欲しいのでしょうか?」
「ん? さっきまでのゆるっとした雰囲気が変わったのです。これは……もしや」
『承知いたしました。であれば、少しばかりお時間をいただきたい。いや、現実界では数分といったところでしょう。奇門遁甲、そうするチェーン、あるいはフローによる感覚時間の凝縮。その辺りを駆使すれば、私とあなた方なら、そういう対話が成立します』
お読みいただきありがとうございます。
というわけで、孔明、百四十話余りにして、第一人類とようやく対面です。つまり、タイトル回収? です。




