百三十一 鳳雛 〜鳳凰天駆 双雛連環〜 銀匙
TAIC&JJ共同制作映像「ゾーンの連環計 鳳雛の双翼」。とある企業の、とある五人の採用審査のシーンに、克明な解説とエフェクトつきで編集した配信映像。三大メンタリスト二人が、実働としては一日か二日、最大限の集中力とリソースをつぎ込んで作成した解説付き映像。
その後半には、AIと共鳴した一人の人間が、初対面の四人を同時に、ゾーンと超集中いう状態に導き、あたかも一個体になったような連携を見せるさま。そして、最後にAI孔明自体が力尽きる直前には、国内で多くの者が現代の英雄と認めるだろう小橋鈴瞳に、その手を手を届かせようとするさまが、紛れもない実話として配信される。
そして、解説もエフェクトもなく、個人情報保護のために顔だけアバターにしたバージョンを中核データとして、「ゾーン、あるいはフローと呼ばれる状態に、AIと高度に共創した人間が他者を導く可能性」という内容の学術論文。TAIC、J-YOUは、双方の本名を筆頭著者として、世界で最も権威のある学術誌に投稿し、厳正な審査を経て受理されていたことを報告した。ちなみに、その全容を理解している大学生は、出演者の中で唯一、わずか三人の著者の一人として堂々と名を連ねている。
その解説つきバージョンは同論文の補足資料としても機能し、世界中の情報学、人間行動や心理学、スポーツや芸術、そしてビジネスに至るまで多種多様な研究者たちが、徹底的に掘り下げる事となる。
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ニューヨーク 世界経済の中心の交差点前
同映像の紛れもない主演、鳳小雛と、その未来の同僚二人は、交差点近くのビルの巨大スクリーンの前でフリーズする。そこには、とある映像のダイジェストが英語吹き替えで流れていた。ちなみに吹き替えているのは作者当人らである。
『TAIC:……皆様もお気付きであろう。彼らはあの瞬間、あの「紅蓮の魔女」「国内最強のビジネスパーソン」小橋鈴瞳に手を届かせかけた。その意味をお考えいただきたいのである
J-YOU: 皆様、英雄と聞いて思い浮かべるのはどなたでしょうか? ナポレオン? アレクサンダー? それとも織田信長? 諸葛孔明? では現代の英雄たりうる者は誰か? そういう問いであれば、かなりの割合で、あの魔女様のお名前が上がるのではないでしょうか?
TAIC: その前提に立った時、あの「結構できる者たち」とは言え就活中の学生達を束ね、そして全員を「ゾーン」に導き、最後にはその小橋鈴瞳に手をかける直前までたどり着く。
そのために必要だったのは、根本的には一人の人間と、一つのAIの全力の共創であった。ならばその現象を、我らはなんと呼べば良い? その先にたどり着き、人を新たなステージに導く者を、我らはなんと称すればいい?
そう、わたくしたちは辿り着けるのです。そのためにこの映像を公開し、権威ある科学雑誌へのその解説の掲載を確定いたしました。世界中でその原理をつぶさに解析し、研究いただきたいのです。
その先鋒として、国内のオープンイノベーション機構発の研究企画『プロジェクトMAOU』。わたくし達は人類とAIの進化の先にある、英雄を追いかけるのでございます』
「やばいね」
「やべぇな」
「……ヒナちゃんはワールドクラスの実験動物に進化したのです」
「鳳さんは一周回って開き直ってるね」
「これは開き直っているのか? 現実から意識を乖離させて避難しているだけじゃねぇか?」
「まあどっちにしろ、彼らは最大限にこの子に恩恵を与えたと言ってもいいだろうね。なんといってもあの雑誌の著者の一人だし、ビジネス上も最大限の権利が与えられている」
「知財保護も、これでもかっていう緻密な特許網ができていだぞ。さすがTAICさんとJJさんだ」
「そ、そうするチェーンが、人をその集中状態に導く可能性というのは、どれだけの意味を持つのか。確かにそれは私たちとか、ホールディングスだけで抱え込めるものではなさそうなのです」
少し落ち着いたところで、前から歩いてくる白人男性。この人混みをするすると抜けて、明確に三人の方に向かってきていることを、なぜか三人とも知覚する。そしてわざわざ自端末で日本語に訳して話しかけてくる。
『すいません。あなたはあのミス・フェニックスでよろしいかな? お二方もご一緒なら間違いなさそうだが』
「??? た、多分そうですね。タイニーなフェニックスです」
「この子、本当に英語圏相手だと、一周回って落ち着くな。ん? どっかでみたことが……」
「って、G. P. スプーンじゃねぇか! サッカーの! 選手としても、全然目立ってねぇのに所属クラブは黄金時代。引退後は、各国の中堅クラブをトップレベルに押し上げて、経営難のビッグクラブをサクッと立て直す。その手腕からついた名前が、『見えない魔導士』インビジブル・メイジ」
「あっ! お、鬼塚君の見せてくれる動画でも何度も出てきたです。それに、ビジネス関係も注目されているから本も読んでいるのです」
『みなさんご存知とはありがたい。ちょうどこちらにご滞在と聞いて、探していたんだよ。あれを見たら絶対フリーズすると思ったから、すぐ見つかったんだけどね。あの映像、現地の人も観光客も、かならず足を止めて、右下のQRを撮っていくんだよ。最高の映像だ。映画にならないかな? 賞取れるよ? ダイジェスト作りも依頼して、権利を買い取れてよかったよ』
「ん? あんたが流してんのか?」
『ああ。正面のビルに米国オフィスを構えていてね。一定額払えば、任意の映像を流せるんだよ。不適切でなければ何でもね』
「そ、そういえば常盤君、この人……」
「ああ。うちの新組織表に名前入ってたね。候補者って書いてあったけど。マジかってなったよね。当然鬼塚くんが一番固まってたけどさ」
『みんな、立ち話もなんだよね。オフィスで少しお話しする時間はあるかい?』
「はい。もちろんです。自由時間の観光客ですから」
『あなた達ほど、いく先々で価値をばらまく観光客は他には知らないけど、まあいいか。こっちだよ』
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大周輸送 役員応接室
近い将来訪れることが確実視される、AI戦国時代。そのセキュリティリスクから、人々をどう守るか。対策を急ぐ必要を敏感に感じ取った公務員、大橋朱鐘。親友の小橋鈴瞳に相談すると、表の手段、つまり法とビジネスに則った対応は自分たちで実施し、裏の手段への対応は、それが得意なものに依頼するという分担を提案される。
裏の依頼を「オタクグループの想像力」に託した彼女は、表の整備、すなわち法的なガイドラインと、社会への発信に向けて準備を進める。
親友と、その親友が半ば無理やり誘った三大メンタリスト、正義の探求者の双子のかたわれ、姉のJ-IQ。本来は、妹とTAICの協業に一枚噛んでいるくらいが自然なはずなのだが、こちらにお呼びがかかってしまったともいえる。
この三人、ぱっと見だけはちょっとした女子会風、しかし中身も場所も一切それと合わない会話を繰り広げる。ちなみにIQの口調が堅苦しくて大仰なのは、緊張ではなく元々の特性である。
「ていう感じで、あの三人とあの男が接触していてもおかしくないんじゃないかな?」
「大橋ちゃん、あなたの想像力が現実に昇華されるのを何度も見てきているから、今回もそうなのかも、って思ってしまうんだよ」
「あなた方の会話は、いつもこうなのだろうか? 論理の階段を一つずつ登るのが、常識的な論理性をもつ人間の会話だとすると、存在を知覚できる階段は全部すっ飛ばして、次のフロアに転移してしまう様式と判断せざるを得ないのだが」
「いやだなーIQちゃん。私たちも女子だからね。たまにはスローペースで一歩一歩おしゃべりすることもあるんだよ」
「そっちがたまになのが、あなたらしいんだけどね。にしてもスプーン氏があの子達に接触してくれるのは助かるよ。あそこまで大事になったら、小雛ちゃん達にどんな接触があるか分かったもんじゃないからね。それがアメリカという国だ」
「そうだね。そういう意味では、あの子達を守るという意味では、世界でトップクラスに適任だもんね」
「……大橋様の想像を仮説においてお話が進んでいるのだが、その前提に疑念はないのか?」
「ないけど、確かに不安だよね」ピッ
「あっ、翔子? あの三人今どうしてる? ん? スプーンのオフィス? うん、わかった。ありがとう」ピッ
「だって」
「我が周回遅れ、どうにか少しずつ縮めねば」
「いやいや、IQ、あなたがきてくれてこっちは助かっているんだよ。この先の、国内のセキュリティという大問題っていうのは、どうしたって身内だけで話を完結しちゃだめなんだ。実力も、社会への影響力も、倫理観も、その全てに一片のかげりもないあなたにしか、これはできない仕事だろう?」
「そうだよね。だから、YOUちゃんをお手伝いしたいっていう本音があるのは重々分かっているんだけどね。あなたの正義感に、ちょっとのっからせてもらって、皆んなのために力を貸して欲しいんだよ。ずるいお姉さん達でごめんねIQちゃん」
「さような言われ方、我としてもその正義はまさに本懐。ならば、YOUはYOUでおのが正義を貫く以上、我が正義は一般の人々を守るためのもの。微力ながら全力を尽くさせていただく所存」
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ニューヨーク 外の喧騒を遙か下に見下ろすオフィス
『ようこそ。ちなみに、本国も心配していたようだから、ショーコ氏に一報は入れておいたよ。この国は民主主義とはいえ、君たちが大手を振って歩くには、一工夫も二工夫も必要そうだからね』
「ありがとうございます。そういえば翔子さんはお知り合いでしたか?」
『少しだけ一緒に仕事したことがあるよ。こっちでもなかなか見ない切れ者だからね。印象には残っていたんだ。だが今回はほぼ100%、君たちのスペインと、そしてその前のイタリアでの活躍をみて声をかけたんだ』
「す、スペインはそうですが、イタリアもですか」
『トップリーグは、カップ戦もチェックしているからね。フットボールは私の血なのさ。ちなみに、イタリアとスペイン、そしてジャパンでは、トップリーグでのKomeiシステムの導入検討が始まっているって、ショーコから聞いているよ』
「早いな……それに、日本の動きも、これまで以上ですね」
『ああ、君たちもそうだけど、あのリーガルサイコパスが、次々に国内のAI活用ガイドラインを塗り替えて行くスピード感に、いくつかの分野が触発され始めているようだよ。もちろん、残念ながらジャパンはジャパンだよ。遅いところは遅い。まあでも安心したまえ。それは君たちの国だけではないんだよ。良くも悪くも、一つ一つの動きが目立って、しかも国際的な注目を集め続ける国なのさ、その島国ってのは』
「あの人か……」
「よ、良くも悪くも目立つ国……」
『そういう意味じゃ、いきなり本題になってしまうんだけどね。それはそれで君たちの好みではあるんだろう』
「本題……」
「こ、好み?」
『君たちのやっていることは、世界のスポーツ、エンターテイメントのあり方を変えてしまう力がある。それを背負う覚悟はあるのかい?』
お読みいただきありがとうございます。
新キャラ登場です。左慈→さじ→スプーンです。




