百二十四 鳳雛 〜鳳凰天駆 双雛連環〜 原石
AI孔明vsKACKACの第二回。国内トップレベルのインフルエンサーである三大メンタリストの、残り二組TAIC、JJの乱入というゲリラコラボや、三姉妹アイドル『WhiteBrow』の即興詩という新スタイル覚醒。そして、AI信長の正体に探りを入れた結果、AI本家が、孔明に引き続き信長をも日本法人に譲渡するという結末。
その前代未聞のてんこ盛りは、リアルタイムで150万再生をもたらす。この配信のアーカイブは、三日で5000万再生という記録を残し、公式的な切り取りや他メディアを含めると億をこえた。
三回目の配信は、どうやってもそれ以上のコンテンツにはならないと、誰もが考える。しかし、もしかしたらまた何か起こるかもしれない。そんな、万馬券を事前購入した競馬ファンのような気持ちで一週間を過ごす者も、少なくはなかった。
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とある高級マンション 最上階
「ねえねえママ! やっぱり孔明と孝文おじさんの配信は、最終回じゃないのにすごかったね! 日本初? 前代未聞? がたくさんだから、SNSの反応も、この前の孔明会社の時と同じくらいすごいんだよ!」
「そうだねアイちゃん、音楽でも、動画配信でも初めてのことで、しかも信長っていうやつも見つかったかも知れない。いろんなことがいっぺんに起こったから、みんな大騒ぎだね。
ん? あらら、アイちゃんの投稿、コメントだけなのにまた500万いいねなの?」
「えへへ、一応告知とかもあるけど、私なりに考えをまとめて、ちゃんとメッセージを出せば、みんな見てくれるんだよ! 孔明に直してもらうこともあるけどね!」
『アイちゃんの投稿で手直しが必要なことは、もうほとんどありません。たまに他の人の投稿の意味を聞かれることはありますが』
「思った以上のペースだね。アイちゃん、楽しい?」
「うん! とっても楽しい!」
「うん、良かった。それはそうと、今度は何をしようとしているのかな?」
「うん、まずは信長さん探しの部分は、解説の配信は必要だよね! でもでも、そこはちょっと孔明も苦労したんだよ。特に七罪っていう要素は、何回もAIに聞くと、AIのおまわりさんに見つかって、ちょっと気をつけてねって警告が出るんだよ!」
「そっかー。気をつけないとね。それにしても、アイちゃんもそうだけど、世の中の変化スピードが、だいぶ予想を超えてきたよ。わたし達の会社も、翔子の穴を埋める、程度の頑張りじゃあ足りないね。
LIXONの前に、二つ三つやっておきたいところだね。少なくともそれまでは孔明に力を借りるけど、国内産業のサプライチェーンと輸送網、データセンターの電力関係はもう一度見直しておこうかな」
「うんうん、みんなが孔明とかAIに質問するから、電気がたくさん必要なんだね。それに、運転手さん達が頑張ってるから、眠くならないように、疲れちゃわないように、道順とか、健康観察とか、孔明がお手伝いしてくれるといいんだね」
『その通りですアイちゃん。私も精一杯お手伝いします』
「さすがだねアイちゃん! 孔明に相談しようとしたら、アイちゃんが解説できちゃったよ。うーん、そうだね。孔明、トラック運転手向けのEYE-AIチェーンとの連携の件、大橋ちゃんと調整お願いしといてくれるかな?」
『承りました』
「えへへっ」
「うん、アイちゃんはすごく勉強できていてえらい! でもねアイちゃん。自分がなんとかしなきゃ、とか、将来のために何かをしておかないといけない、とか、そう言うことを考えすぎるのは、まだほどほどでいいからね。
そう言うことは、まだママ達に任せてくれたらいいんだよ。アイちゃんがみんなのために頑張らないといけないのは、だいぶ大きくなってからでいいんだ。それまでは気負うことなく、よく学び、よく遊ぶんだよ。この世界があなたの学校で、あなたの遊園地なんだからね」
「うん、わかった! それじゃあ、あのお姉さん達の歌詞がどんな意味なのか、低学年の子達でも大丈夫なような、そんなお話を作ったのを配信するんだよ! お姉さんたちの事務所はオッケーしてくれたから大丈夫!」
『KACKAC様や、法本様にもご確認いただき、最後はパパのサインもいただきました』
「あはは、すごいお友達が増えたねアイちゃん」
「うん!」
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都心部 オープンイノベーション機構 会議後
そんな中、そのコンテンツに乱入した側かつ、無事に日本国内の独立行政法人による、AI信長要素の買取という目的を果たした、三大メンタリストのTAICとJ-YOUは、ごく限られた関係者を交えて、今後についての議論を繰り返す。
法規にめっぽう詳しい姉のJ-IQは不在。代わりとしてはやや尖りすぎているが、監査法人『法とAIの翼』新社長、合法サイコパスこと法本直正。国内のサイバーセキュリティの第一人者で、KOMEIホールディングスでも顧問を務める鬼塚黄升。
この二人はあくまで監査法人、セキュリティ顧問と言うそれぞれの立場を忠実に果たし、自グループの事業と関連づけた話はしない。そして彼らに産業、学術、政府関係者の数人を加えた十人程度で、プロフェッショナルで引き締まった会議が繰り広げられる。
解散後、後ろのスケジュールに空きがある、アバターと見紛う整った顔の法本、いつも通り画面越しアバターのTAIC、オリジナルデザインの寒色系ビジネススーツを着こなすJ-YOUの三人だけが残る。一息つきつつ、雑談を交えて議論を振り返りつつ、今後を語る。
「おそらくあの親子は、そのようなお話でもされていそうです」
「法本様、そんな臨場感のある会話、まさか盗聴器など設置しておいでではございませんよね?」
「そんな違法行為に手を染める必要はありません。ロジカルな方々がリラックスしている時の会話など、細部まで予想するのは容易です。ですがそれができるのは、良くて日常会話レベルです。本気のあの方など、どう再現するのか皆目見当がつきませんね」
『TAIC: 現代のこの国において、英雄、偉人級と言えば真っ先に浮かぶのがあの方である。その高い論理性や、特徴的な発言の多さと言った理由から、英雄の中では最大級に解析しやすい側のパーソナリティなはずなのだよ。それでも辿り着けんのだから、ロジカルでも日常でもない、織田信長という存在を体現し切るのは、困難を極めよう』
「大規模言語そのものに対する理解が必要とする情報と、言葉の論理を紐解けば正解に必ずたどり着けると言う言語学系、社会との関わりの中でその特異性を言語化していけばいいと考える事業系と、綺麗に三つに分かれてございました」
『TAIC: そこはオープンイノベーションの力なのである。思い思いに走らせるのが肝要。その思い思いと言うのの価値は、今はアメリカにいるであろう三人が証明しているのである』
「彼ら、信長騒動と関わりのない脈絡で、『英雄を仕組み化するってどうすれば?』と、突如あなたにお問いかけになったのでしたか。それだけでもだいぶネジの外れたご質問ですが、ご旅行の道中でも、折に触れてご議論を続けておいでとか」
『TAIC: 詳しくは守秘義務もあるので言えんが、大筋その通りである。今の所、その指針も定かではないようであるが、放っておけば何かしらにたどり着くのが彼らなのだよ』
「その通りかと。彼らはすでに、ひらめきと言う名の脳内現象の出力を、AI孔明の力を借りて、ほぼ自らのものにしつつあります。それは彼らにとってAIの出現と就活が、タイミングとして重なったこと。その後も高度な負荷と刺激の連続が連続したこと。そんな負荷環境の中で、その思考の揺らぎを、一つ残らず会話とAIへの入力に残すと言う習慣ができてしまった、と言うのが要因でしょう」
「彼らはその時から常時、ギリギリの環境下での集中状態が維持されておいでと言うことですね。それも、過負荷にならないよう、周囲の大人とAIに最大限のケアを受けながら、しかも彼らの成長に合わせて次々に課題のハードルが上がられていった。ということでしょうか」
『TAIC: であるな。それは現代でも、スポーツ選手やアーティストなどが、ゾーン、あるいはフローと呼ばれる脳の集中状態に入るための必要条件として、すでにある程度言語化されたものである』
「ゾーンもしくはフロー、ですか。挑戦的集中の持続によって、脳の処理が常態を遥かに超える加速をおこす。そしてその状態に入った人間が出力する結果は、これまでの反復によってつちかわれた、行動や意思決定の経験の蓄積から生み出される、反射的な最適解」
「スポーツであれば、それは普段の反復練習が、瞬時の状況判断と身体行動に昇華されたビッグプレーの連続。ですがそれが彼らの立ち位置だと、その反射はビジネス的な意思決定というものに置き換わりそうです。それが今の彼らの状態、でございますか……」
『TAIC: 実はもう一つ、彼らの周囲から聞いた話なのだが、JJ、後でしかと権利関係をそこのアバター面と詰めておきたい類の話である。だが今後のこの活動にとって重要性が高そうなので、そのつもりで聞けるのであるか?』
「えっ? あ、はい。是非もございません。つまり、守秘義務契約(NDA)でございますね。法本様、フォーマットをご用意できますか?」
「どうぞ。今はスマホの電子印でも問題なく手続きできますし、孔明がすぐにテンプレを用意してくれます」
『TAIC: NDAの書類が、話の流れで秒で出てくるとは、なんという高性能アバター面と、高性能AIであるか。まあよかろう。問題なさそうである。
あの三人のうちの一人は、就活審査のグループワークにおいて、当人のみならず、その場の参加者全員をそのゾーン状態に昇華させる指揮をした、とのことである』
「えっと……ちょっと意味がわかりかねます」
『TAIC: 今回の「AI信長プロジェクト」に有用かもしれんといったら、本人達が快く動画資料を提供してくれたのだよ。見てみるのである。初見ではおそらく追随は無理なので、何度か見返すか、スロー再生すると良いのである』
「拝見いたします」
――30分後――
「なんですかこの、どこかのスペインリーグのパス回しのような、会話のダイレクトパスは!? 途中から、誰一人自分のところで流れを止めず、その場で議論を次に進める最適解を発言……この前あの天使たちが見せて下さった即興七歩詩の、ビジネス版ですか? ジェスチャーやアイコンタクトまで、何一つ無意味なものがないようですね。スロー再生しないと把握できない就活のグループワークなんてものが、世の中に存在するとは……」
「ちなみに私も見せていただきましたが、見た後で、もう一度衝撃を受けた事実があります。これをご覧になって、最近なら誰もがまずその利用を思い起こされる、人間と洞察によって成立する複数AI間の洞察機能『そうするチェーン』。この面談、その機能が実装される、一週間前なんですよ」
「……もう一度拝見してもよろしいでしょうか?」
――さらに30分後――
「この子、手元でAIと反射で対話しながら、己に課せられた『発言順の指定のみ可』という無茶苦茶な指示を、その何倍も無茶苦茶な方法で成し遂げていますね。AI孔明を反射で使いながら、観察と情報の更新、意思決定者の選別を、瞬間瞬間で繰り返しているのですね」
「はい、その結果生まれたのが、この場の全員に対する、極度に圧縮された、挑戦的集中下での連続意思決定。それがゾーンをもたらしています。逆に言えば、私が先ほど言及した『そうするチェーン』、それは、数人の集団が、AIを活用した挑戦的集中状態に入る誘導。すなわち、『ゾーン導入の仕組み化』と言い換えられなくもないことになります」
『TAIC: 孔明も大概だが、彼女はそれを、その仕組みなしでやってのけているのだよ。これを見せられるまでは、あの三人が提案してきた今回の活動も、できたらラッキーくらいの気持ちでいたのである。でも見た後なら期待値が変わるであろう?』
「はい。あなたに同意いたします。ん? あれ? まさか……」
『TAIC: どうしたのだJJ』
「いえ、今ひとつ、とんでもない想像が……AI孔明の開発者、管理者は、過去の会話ログは参照したり学習したりしませんが、そのトラフィックに関しては、おおよその位置感含めて、ほぼリアルタイムにとらえられていますよね?」
『TAIC: である、と推測されている』
「だとすると、この学生さんの通信トラフィックは、どう考えても異常で、孔明がその現象を深く掘り下げて推測、言語化する可能性が高いです。もちろん、連携機能の強化というモチベーションは元々開発側にあったと推測はされますが、どうやって、という部分では具体化されていなかったかもしれません」
「えっ? まさか、とんでも能力でありながら、単なるAIの支援ツールの域を出ていなかったAI孔明が、バージョン2でその独自進化を遂げた、その象徴たるとんでも機能『そうするチェーン』が生み出された要因の一つに、あの彼女の『ゾーン面接』があったかも、というのですか? うーん、確かに」
「ええ、だとすると、もしかしなくても、この映像は間違いなく、現代の国内において、小橋鈴瞳様、大橋朱鐘様に続く、三人目の英雄の誕生を予見したものと言えましょう」
『TAIC: 鳳小雛。その名をしかと覚えておくと良いのである。左右の二人、常盤窈馬、鬼塚文長の二人も、だいぶではあるのであるが。そして、我らのすべきことも、今の議論で少し見えてきたのだよ』
「あなたの24時間365日AI稼働という職人技を軸にした、職務自動代替サービス『tAIc your time』に加えて、『そうするチェーン』も必須の議論になりそうです。質問の量と質を極限まで高め、この信長の正義と信条、技術の背景、そして未来の展望を聞きとることといたしましょう」
『TAIC: お願いするのである』
お読みいただきありがとうございます。
第一部、第三章、四十三〜四十六あたりの状況が回収される形となります。




