百二十 白眉 〜純白の妖精、柳眉の懐刀〜 良馬
桃園製造。それはAI孔明の法人格を買取り、KOMEIホールディングスを名乗る前までの社名にして、一介の中堅メーカー企業である。そこそこデジタル化が進み、少しずつAIの恩恵を受けつつある、と言ったくらいの企業。海外旅行先でとんでもない価値を生み出し続けている、入社予定の学生の一人、常盤窈馬。その兄の良馬が、調達部門のエースとして勤務している。
彼は、弟たち三人の陰に隠れ、地味ながらもとんでもない仕事を、本務の片手間にこなしていた。社内のあらゆる業務エクセルフォーマットをAI孔明に解釈させ、全てを統合してシステムを再構築。『桃園製造、神紙エクセル全統合事件』。一つの会社内で起こった事件だが、のちにとある企業の看板事業の一つとなるかもしれない。
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桃園製造 真新しいオフィス
「失礼します」
「おお、来たか。急に呼び出して悪かったな。あの楊田君の書き込み、本当なのか?」
「ああ、あれですか。そうですね。何個かやってみたら、すぐできるやつと、手間かかるやつがあったんですけど、まあできないのはなかったんで、つい全部やってしまいました。まずかったですか?」
「ん? お兄ちゃんはこういう子っすか? あ、コンサルの弓越翔子っす。翔子でいいっすよ」
『TAIC: TAICである』
「まずいかまずくないかで言ったら、まずくないな。やばいかやばくないかで言ったら、やばいな」
「うーん、まあそうですね。実際使い始めて分かったんですが、孔明の融通の利き方というか、対応力がやばいですね」
「うん、そっちのやばいじゃないんだよね。この子あれだ、弟君と真逆っす。客観性が、鈍感力でまるっと覆われてるっす。弟君は、客観性が、本来もっている彼の人間力の前面に出ちゃってるっす」
「???」
「ああ、前からそうだからな。大周輸送さんの経営陣にすら、個人レベルで認識されているというのに、全く自覚しようとしないんだよ」
「うーん、それなりにできる方だとは思うんですけど、弟ほどではないですね」
「五十歩百歩っていうんだよそれ。どっちも月面着陸してるから、最初の一歩で規格外っすよ。大周輸送の支社に残る伝説で、自社の調達網の報告ついでに、顧客、つまりあっちのサプライチェーンの課題に気づいてその場で直したっていうのがあってね。ほっといたら十億飛んでたやつ。担当の支社、お兄ちゃんたちの故郷の茨城に、めっちゃふるさと納税してたよ」
「あれはちょっと焦りましたね。ダブルチェックはあったから、私がやらなくても問題は広がってはいなかったでしょうけど。故郷の地域振興に一役買っていたのは恐縮です。まあ月も地球も、一歩は一歩ですね」
『TAIC: そこが月面であることを異常と感じないのなら、つける薬はないのである。まあ、自己評価についてはこの辺にしておくのだよ。無限ループしか未来がないのだよ。システムの方の行く末だが、機関システムへの取り込みと、外販への仕組み化であったな』
「えっと、テストはもう私の手から離れてますんで、旧システムと並行で一月くらい走らせたら、移行はほぼオートですね。外販は……孔明のログが全部残っているんで、全体フローは後で書いときますし、関さんの手が空けば大丈夫じゃないですか? ビジネス観点は、それこそ翔子社長のお力をお借りしたいところです」
「話が早くて助かるが、早すぎて迷子にならないように気をつけないとな。その全体フローも、よほどのソフトウェアセンスがないと、普通すぐには書けないはずなんだが。君ならうちのデバイスの中身も全部知ってるからやれてしまうんだろ? TAICさん、そうですよね?」
『TAIC: 間違い無いのである。アーキテクチャ部分は、システムを構成する上で、時に大きな苦労を伴う。今回のように流れが雑多なはずの場合はそれがネックになるはずなのだが、彼の中でもはや整理できていそうだよ』
「ビジネス観点では、まず同規模や、小規模単位を狙って、徐々に対応先を広げていくのが常道だね。だけど、社会的なインパクトの与え方を考えると、最初からどんな規模でも対応できる体制を作り切った方が良さそうだよ。TAICちゃんと違うところは、このシステムは何も無いところから信頼を勝ち得ていかないといけないってとこだよね」
「そうですね。だとすると、実例とブランド、でしょうか? ブランドは、適任者が海外にいるので、時差に配慮して社内SNSに公募あげとけば、最高のやつが秒で返ってくるんじゃないですか?
実例は、そうですね。知財や機密的に差し支えのない部分だけを切り取って、エクセル状態のものと、システムに入った状態の前後を、サンプルとして公開する、というのは如何でしょう? ビジネスとしては、プライバシーへの配慮は残課題ですが、そこは孔明がカバーできそうです」
『TAIC: 抜け目が見当たらないのである』
「うん、普通は何往復かかけて、翔子お姉さんが間を埋めるような質問をして、っていう段取りなんだけど、すっ飛ばされちまったぜ」
「常盤君、ここまでの話を総合すると、さっきの機関システム化と、外販に向けた仕組み化は、同時並行でやっても余力があるって事で大丈夫か?」
「はい。私は大丈夫です。幸い、本務の調達業務に関しては、この自動化システムと、TAICさんが仕上げつつある業務代替システムができたら、格段に手が空くようになるはずですし。翔子社長、特に規模ごとのビジネスモデルなど、ご支援いただけますか?」
「そだね、本格的には、まあ君なら察しているだろう会社再編の後でいいんだけどね。さっき言ってた、外に出しても問題なさげなところってやつと、プライバシーの所、この後ちょうどいい相談相手が現れる気がするから、そいつと話して見繕ったりできるかな? 具体的なタイミングは、あの子らがスペインを出るくらいの時だね」
「来週末ですね。分かりました。それまでに見繕っておきます」
「ああ、再編後に走り始めるプロジェクトの第一号、しかも目玉製品の一つになりそうだ。よろしく頼む。
あ、翔子さん、あとで竜胆君と社長室に来てくれ。要件は分かっただろう?」
「あいあい」
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時は戻り、大西洋上空 機内
「あんな『事件』を、本務の効率が上がったから、と言うだけの理由で、片手間にやってしまうのが兄貴だよ。おまけに、自己評価という概念が欠落しているから始末に追えないんだよね」
「自分も含めて究極的に客観視しちまう結果、かえって周りの評価とギャップが出るっていう弟とは、原因が逆なのに結果が変わらないんだな」
「兄貴は、自己アピールできないと伸びない営業部署にしばらくにいてな。上司評価が得られなかったところを、今の人事部長の竜胆さんに見出されたんだよ。『君は仕事をしてくれればいい。評価は私達の仕事だ』と言われたって、その時兄貴がさらっと言ってたのを思い出した。本人同士は両方とも忘れてそうだけどな」
「い、言っている方も言われている方も、ちょっとした日常会話くらいにしか思っていなくて、周りだけが伝説扱いしている絵が浮かぶのですよ」
「ああ。竜胆さんの名言集の一つって、先輩の誰か言ってたぜ。その中で、本人に響いていなさそうな名言の最上位、だそうな。
……ん? 鬼塚くん、何をしているんだ?」
「ああ、どうせ外販するだろ? そのお兄さんなら、社内システムのテストなんて片手間だろうから、TAICさんや翔子社長、サイコパス氏の手を借りて、外向けに仕組み化する手筈をすぐに整えそうじゃね?」
「た、確かにそうですね。そして、その根幹になるソフトウェアの構成なんかは、専門でもなんでもないのに、とっくに完成させていたりするんですよ」
「そうなんだよ。だから、そろそろ公募あるかもって思ってな。ブランド名の候補挙げといたんだ。そろそろ着陸でWi-Fi切れるだろ? その後だと時差的に向かう時間じゃだいぶ遅くなるから、先にSNSに突っ込んどいたんだよ」
「そ、それはフライングと言うんですが、どうせ鬼塚君が出した時点で、公募にならずに確定なのです。ちょっと見せてください。……はい、全会一致不可避です。いつもながら、どう言うセンスなんですか」
「んー、普通に出てきたやつ書いただけだな。仕事や分析の力、ビジネスセンスとかと違って、優劣とかじゃないからわかんねぇ」
「無駄だよ鳳さん。日本国内の言語体系を二つに分けたら、鬼塚君とそれ以外の人の間に線が入るんだ。そして、中身もそうなんだが、その経緯も三段階くらい先読みしているな。末恐ろしい時代だよ。なあ孔明?」
「どの口が言ってんだ」「ですか」
『ここはお二人に同意します。末恐ろしいご兄弟です』
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数日後 大手SNSサービス #KOMEIHD
@3menta_85oshi:
「#孔明vsKACKAC の第二戦、明後日だったよな? そろそろ正座待機しないと。でも最近の世の中の動きのスピード感考えると、一昨日の#大きい小橋さん みたいに、誰かしら大ネタを差し込んでくるから油断ならん。次はまた#KOMEIHD あたりか?」
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KOMEIHD_official:
「#AI孔明 新事業開発のお知らせ
大小問わず、あらゆる業種の企業団体において、個別フォーマットの『神エクセル』、印刷特化でデータベース化の障害『紙エクセル』、全てまとめてAIが統合し、ひとまとまりの、各社独自の調和型新機関システムを作成支援します。サービス名は『XeLeSs』、4月5日より、国内から順次サービス開始。予約注文の受付を本日開始します」
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@tech_otaku2525:
「#KOMEIHD 何してんの!? そして、直前のポストが予言っぽくなってるし。そんなの全国から注文殺到に決まっているじゃないか。そして技術的には高度すぎるからって、どうせまた特許も取ってないんだぜ。真似はいいけど、生兵法はケガの元ってな。商標はでてるなさすがに」
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@ orgullo_blaugrana(スペイン語):
「#AI孔明 海外サービスはいつだ? あっ、ホームページに書いてあるな。一ヶ月遅れか。十分だな。名前もすごいよね。豊穣と調和の神セレス、そして、エクセルのレス。Xが頭で転換、か。あの伝説のライブみたいな、情熱の鼓動を感じるね。絶対センスやばいのいるよねあそこ」
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@narou_fan3594:
「#AI孔明 これ、種類的に#TAIC 絡んでる? でもあの人、昼寝アプリの夜バージョン開発と、vs信長で忙しいはずだよな? それに業務提携は包括じゃなかったはずなんだが。なんにせよ、会社にはびこる神紙エクセル蛮族を、孔明の七縦七擒でまるっと解決して文明開花なら、歓迎しかないぜ」
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@mental_taicX:
「#XeLeSs 私は関わっていないのである。あの会社に、無自覚天才が転がっていただけなのだよ。埋もれていたと言うのは正しくないな。#弾道ギャル社長 始め、あの会社の面々は認識していたようである」
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@KACKAC_officialX:
「#TAIC が天才というなら天才なのでしょう。大周輸送様が個人レベルで認識している時点でよほどです。まだまだあのグループには逸材がおいでなのでしょうね。それはそうと、衝撃で皆様がお忘れにならぬよう、再度告知いたします。#孔明vsKACKAC、再戦第二回目、明後日午後六時より、生配信いたします」
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@yojo_AI:
「#孔明vsKACKAC、第一回の解説を配信中なんだよ! 本人にも出てもらったから、よくわかんなかった人は、二回目始まるまでにチェックしてくれるといいな! #XeLeSs 豊穣と調和の神様だね! その純白眉は、三人のお姉さん達を思い出させるんだよ! 明後日の配信も、なんかその純白の天使さん達がすごいことする気がするんだ! みんな、お祈りの準備はできているかな?」
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お読みいただきありがとうございます。
明日の回に、少しばかりタイミングを合わせる仕掛けをしたかったので、二話ほど間話に近い本話を挟ませていただきました。明日から、再び孔明vsKACKACです。




