百十一 公安 〜公共網上の熱戦、安定企業の窮地〜 矢文
大周輸送、とあるメーカー企業。ある部材の調達先としての関係が、つい最近、より緊密な協力関係となる。その流れは、一つのプロジェクトをきっかけに、次々と外を巻き込む形で広がっていく。
勿論、あの学生三人の力が非常に大きいが、取り巻く全ての人が、誰一人互いにブレーキをかけないどころか、隙を見て少しでもアクセルを踏み合う関係。そしてそれをAI孔明が縁の下で調整し続ける。そんな関係性が、やや常識を置いてきぼりにする形で、社会をかき回していくこととなる。
その結果、単なるフリーカスタマイズにすぎなかったAI孔明は、社会的評価を急速に伸ばして行った。それは、早急にその立ち位置を定めない限り、急速にその評価を不安定なものにするリスクを背負いながら。
そのリスクを回避するために、突っ走ったその先を、自分で確保するために、さらに自らそのレールを伸ばしまくる者達の戦いが、始まろうとしている。
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大周輸送 役員応接室
「ようこそ大周輸送、中枢部へ。ここにダイレクトに通すフリーターは、君が初めてだよ。今をときめく突発インフルエンサーにして、すでに国をも揺るがす法の暴君。『合法サイコパス』法本直正くん」
「うーん、やっぱどっからどうみてもアバター面っすね。最近のAIはすげぇなって思ってたっすけど、本物だったわ。ぷにぷにしてるっす」
「しょ、初対面でほっぺを引っ張ってこられたのは、小学校以来です。まあ違法では無さそうですが」
「こら翔子! こっちが困りごとの側なんだから、多少は弁えるフリくらいはしなさい!」
「あはは! スズちゃん専務も大概な言い方しているんすけど! この子のキャラ的に、違法でも悪でもなきゃ、何してもいい感出しちゃってるんじゃないすか」
「通されるなり、法の翼に関する拡大解釈から始められるとは、流石のお二人です。まあそちらが二でこちらが一だと勝負にもならないので、素直に用件に入っていきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「うん、そうしようか。まあ確かに、結論を出し切って仕舞えば、その先は少しスピードを緩めても良さそうではあるんだけどね。まあ君がここに来た時点で、わたし達の困り事は九割方解決してしまったと言ってもいいんじゃないかな? どうだい直正くん?」
「これまでの私の動きや信条、それにその成り立ちを振り返って、否定する要素がない、というのが答えになりそうです。唯一問題があるとするならば、この場には、話の流れに対する理解度が、人類の中でも並外れて高い面子しかいないので、解説者が不要というところでしょうか」
確かにその通り。それゆえに、この三人だけを場においておいては、それ以外の者が、誰一人理解できないまま話が進む恐れがある。
「かもっすね。まあでも、この合意は密室である必要はあるんかにゃ? どうかな直くん?」
「直くん!? ……少し整理させてもらっていいですか?」
『密室ではなく公開で行われるとして、その必要条件は三つです。
ひとつめは、大筋の合意事項が、すでにステークホルダー間ではっきりできていること。すなわち討議ではなく合意済みの会見と位置付けられること。これは、株主に対して、意思決定は然るべきプロセスで行われていることを示す意義です。
ふたつめは、必要な契約事項が、あとは調印を残すのみである、調印式の形であること。これも上記とおなじです。このメンバーの会見が、途中経過であるというのはマイナスしかありません。
みっつめは、法的な問題が一切ないことを保証できること。そしてそれが当事者一人に依存しないこと。これは、お三方なら問題なくクリアできているでしょう』
「了解しました。だそうです。一つ目と二つ目ですね。弓越社長。結論に対するイメージはできていますか?」
「翔子でいいよん。うん、できているよ。うちら、ArrowNDが、大周輸送の子会社を外れ、対象の企業を母体としたグループに資本を移管するんだよね?」
「はい。基本はそれだけで問題ありません。対価はあれで足りていますか? 小橋専務?」
「市場価値のバランスとしてはどう思う?」
「質問に質問で返してはいけないというセオリーも、ここでは通用しませんね。あの二つなら、非常にバランスのとれた取引かと」
「なら問題ないね。あとのことは、全部そっちの会社の独自経営に基づく判断だよ。明日会見でいいかな?」
「社長に聞いてみるっす」
社長同士とはいえ、直電はいかがなものか、と思わぬではないが、誰も止める者はいない。
……「グーテンモーゲン、社長!」
『挨拶が脈絡なさすぎるわ! その国にはあの三人も行っていないだろう?』
「そっすね。それで、明日は空いていますか? 前半部分の決着をつける会見、準備できます?」
『ああ、おおよそ済ませているが、そっちは大丈夫なのか? 法務部分にちょっと穴があるんじゃなかったか?』
「そこに、ちょうどいいのが転がり込んできたっす! 法に抜けのない契約なら、秒で行けるっす!」
『……あいつか。それなら後半も解決するってわけか。あいつなら抜けを見つけてもそれをプラスにするだろう。ならどこにも抜かりはないな。了解した』
「あざっす! ではまた明日!」ピッ「オッケーっす!」
「「……」」
――――
翌日 大周輸送 会見場
突如前日に通達された、夕方の記者会見。そしてニュースリリースは会見後にされるという、この会社にしては極端に例外的な告知。だが、実娘を含む何人かの国内インフルエンサーの配信や、各国メディアも配信を決めていること。
そして今や世界的に話題沸騰中のアバター面の好青年と、ヨーロッパで絶賛大暴れ中である三人の会社の社長が、主催者と同時に出席するという、とんでもない会見予告に引っ張られ、開始から接続しているリアルタイム視聴者数は国内二千万、海外を合わせると四千万を超える。
定型的ながらも、やや刺激的な自己紹介を終え、質問は説明後にたっぷり、と定型文を述べると、今回の責任者となる、大周輸送、小橋鈴瞳が話し始める。
「まずは、今回の要点をお話しするまえに、なぜいきなり会見にしたか、ということについてお話しします。昨日、わたし小橋と、こちらの弓越が、経営に関して一つの法規的課題が発生したことについて、議論していました。そして、それを予知したこちらの青年が、ノンアポで取り次ぎを求めて来ました」ざわざわ
「我々大周グループ、そしてこの弓越翔子にとっても、やたらと法規的課題に対する感度の高いこの子の来訪は渡りに船でした。なので彼を招き入れたのですが、ここで一つ、別種の問題が発生しました。
我々三人がともに、ビジネスの世界ではそれなりの知識と理解力をもち、AI孔明すらも横についていると、あまりにとんとん拍子に話が進みすぎて、数分もせずに大筋合意に達してしまいました」ざわざわ
「普通ならばそれでいいのですが、これは大きな経営判断。それも、この類のスピード感を要する内容は、実質的にわたし小橋の専権事項となっており、取締役会、役員会のどちらも相応しくありません。なので、細部の見落としがあるかないか、公の場で、皆様にこの合意事項について、ご確認をお願いしたく、今回の会見を開くことといたしました」がやがや
@TAIC: つまり、俊才三人が集まった密室であまりに早く合意しすぎたから、穴を探すのを手伝ってくれとの依頼であるな。同意したのだよ。
@JJ: 先日の法本殿と我の対話も、確かにやや突っ走り気味の弁論にあいなった。あれはエンタメならば意思決定も何もないのだが、エンタメではないそなたらの場合、多くの従業員や株主を抱える意思決定。ならば経営にて速さと精度を両立するためにかような突飛な策をとるのは潔き正義なり
@Familier(スペイン語): 日本人と、Komeiに救われた俺らやスペイン、中でもカタルーニャのみんなが、これに興味持たないわけがない。赤い魔女、お手並み拝見だよ
@OneofBig4(英語): 日本とヨーロッパに巻き起こる様々なAI騒ぎの行く末、そこに大周輸送が関連するとあっては、USの財界、司法、学会の全てが注目している
「コメントはチラ見させてもらっていますが、一つ一つ対応するとテンポが落ちるので、申し訳ないが後回しといたします。もちろん、会場質問のあとで視聴者からの質問もいくつか拾います。それでは具体的な合意内容です。
1. 現在、ArrowNDとその社長が、出向先でコンサルティングをしている立場において、競争法、とくにAI技術関連の独占禁止法への退職リスクが看過できなくなりつつある。また、この後の同社の宣言によって、そのリスクは大きく拡大すると予想される
2. 技術的優位が、出向先企業にあるのは明白であるため、このコンサルティングを継続するには、ArrowNDの全法人権限を、大周グループから先方に移譲し、両社の経営の独立性を明示することが実質唯一の解と判断した
3. 権限以上の対価は、市場への混乱を避けるために現在支払いを保留している、同社開発の『ミッション型業務管理システム』の事業化権限の買取額である1500億円のうち、課税額込で500億円を充当するものとする。それによって、ArrowND全株式は、大周ホールディングスから移譲される。残りの1000億のうち、すでに一時金として支払った額と合わせて200億は即金の円で支払い、200億は、今後同社が必要になる可能性が高い、大周グループの欧州拠点のうちいくつかを譲渡することに充当する。あとの600は、直近で使途ありと聞くので即金のドルで支払うものとする
4. 本合意に対する大筋の法的解釈の妥当性に関しては、三者が確認済みのものとし、税制や競争法を含めた細部に至る法的根拠は、その全てを法本直正が保証するものとする」
「「「……」」」シーン
「さて、前半の話はこれで終わりですが、後半は、わたし小橋以外の三人が主役になります。ですが、後半は独立した経営判断なので、小橋はオブザーバーに回ることとなります。なので、この時点で一旦質問を受け付けます」
「できたら各国の賢者の皆様方、後半に関するネタバレが懸念されるご質問は後回しにして欲しいかな、というのが、翔子ちゃんと、直正ちゃんの要望です。コメントはそこをスルーできるんですが、会場はそうはいきませんので」
「「「アハハ!」」」
@KACKAC: かような野暮は、ギリギリでエンタメに類する私たちには無用なご心配です。小橋様への質問を優先するのが妥当でしょう
@IndiaTech(英語): ビジネスや技術面での関心は高いが、まずは法規のところなんだね。そこは弁えるんだよ。にしてもリアタイ50 M超えてきたよ、この国際注目度の高さ
@ BoccadellaVerita(イタリア語): このオモロイ姉ちゃん、この前イタリアで見た気がする。名刺を真実の口に突っ込まれて慌ててたかも
@ Hack&Bee: 翔子姉さん、なにされてんの? てかイタリアで何があったの? あ、あの三人になんか吹き込んだのか。……いけない、これは後半絡みかも。
「翔子が何されたのかはさておき、まずは会場からお願いします」
『今回のご判断は、AI事業に関して、大周グループよりも先方の方が優位、もしくはそうなるとの見積もりでしか成立しない論理ではないか、と考えました。逆であれば、コンサルティングが一定期間終了後、彼らの経営に影響度を残さない手続きを取れば済んだのではないかと考えますがいかがでしょう?』
「その仮定のもとでは、そらが妥当でしょう。なので、その答えは、最初の仮定へのNOでお答えします。現時点、そして下手すると将来においても、AI関連の競争力は彼らが上回る可能性が高い。そういう経営判断です」
『それでは、ArrowNDが手を引くというご判断は? 法的には成立します。道義的には悩ましいですが』
「それも、あなたのお見立て通りです。あのタイミングで、わたし達が経営コンサルを提供したのは、彼らが私たちに向けてくれた全力に対する、最大限の誠意。ならば、それを途中で引くのは、信義に反すると言わざるを得ません。法が許しても信義が許さなければ、やるべきではないことです。相手が敵対者でなければ、その選択肢は考慮に値しない。それがわたし達です」
『だとすると、これは後半に関係しますが、さっきのコメントを含め、コンサルタントとして行った提案が、そっくりそのまま今回の判断に跳ね返ったと考えるべきですか? その覚悟が最初からあったと?』
「これは、この弓越翔子が答えるべき質問ですね。答えは一つ目はYES、二つ目は限りなくYESに近いNOです。この状況を作ったのは彼ら自身、しかしその経営判断に議論を誘導したのはこの翔子。だがその覚悟が決まったのは、出向初日に、彼ら自身の大いなる可能性を、この目で見てしまったことに起因します。すなわちそれは後半です」
『大周グループとしてのダメージはどのようにお考えですか?』
「弓越翔子、この逸材を手放すことそのものに対するご質問ですね。心情的には間違いなくそれは痛手だ、と言いたいところですが、ビジネス的には実はそうでもないんですよね。
翔子はグループ最強のコンサルです。ですが唯一ではない。うちは彼女の師である魚粛常務や、デジタル部門と事業部門を行ったり来たりする人材を多数抱えます。
そんな彼らがうちを支える。その上に『ArrowNDっていうとんでもない奴らがもともといて、そいつらは今ではうちの外で更なる飛躍を遂げていることを世間が知っている』。そんな状況になることを確信しています。それはわたし達にとっても、彼女にとっても一つの到達点と見定めました」
「「「……」」」パシャパシャ
「スズちゃん……」
「おほん、そろそろコメから質問を拾いましょうか。どれどれ……アイちゃんはあとでお家でね」
「「「アハハ!」」」
@ Familier(スペイン語): 法と信義の両輪が必要、それが平和への答えか。それに弟子の飛躍を外から見守る、か……やはりこの国は、この人たちはみていて飽きない。すばらしい歌詞が浮かんできた。
@YojoAI: わかったよママ! 翔子姉さんもサイコ兄さんも頑張ってね! あ! 社長おじさんも! その判断、孔明もしっかりみてるんじゃないかな? ……あっ! えへへっ。これは後半?
@LoadofLaw(英語): 確かにこの判断、凄腕コンサルと、経営者をもってしても、法的判断は難しかったのだろう。だからこそ、そこの法の妖精が必須だったのかもね。
@LiveUpdates(英語): 視聴者数が75M人突破! 世界がこの会見を見守っている!
お読みいただきありがとうございます。
こういう大人数イベントは、やや長めの尺となります。




