百八 公安 〜公共網上の熱戦、安定企業の窮地〜 1㍉
孔明がやりました。そのわかりやすいフレーズが、三カ国で少しずつ広まりつつあった中、三人の学生が観戦したのは、世界中で一億人が視聴すると言われる伝統の一戦。そこで起きたトラブルを「そうするチェーン」で見事に解決し、Komeiの名は、その試合の劇的ゴールを象徴する「Komeiの1ミリ」という表現とともに、一瞬かもしれないが世界にとどろく。
それを病院のロビーで見ていた「合法サイコパス」。淡々と自分の仕事を果たすのみ、と言わんばかりに「合法の1ミリ」という物騒極まりない一言を残し、とある教授の部屋にむかう。
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巨大SNSサービス #Komei's 1 mm (括弧内は原語。日本語訳)
@ orgullo_blaugrana(スペイン語):
「#Komei's 1 mm あれは奇跡のゴールだ。一生忘れない。VARだったら間違えていたかもしれないんだよな。ありがとうKomei、ありがとう日本の子供達、ビバ、アミーゴ!」
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@AI_terminator(英語):
「#Komei's 1 mm あのときは興奮もあっただろうが、技術の安全性は大丈夫か? 依存性も高そうだ。スペインじゃ昼寝アプリと一緒に広まりそうだな。要警戒だよ」
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@mental_taicX(スペイン語):
「#HechoporKomei 公式と思ってもらって構わない立場のものである。このアプリの使用に由来する、明確な損害が発生したら言ってくれ。賠償協議はうけつける。#AI孔明 も同じ表明をしている。ソースはこれhttp:/……」
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@consult_genjo2023(日本語):
「#TAIC が男前すぎる。#Komei's 1 mm は世界に衝撃を与えた。だが同時に、擬人化AIに否定的な国にも、もしかしたら目をつけられるかもしれん。何にせよ、公式も#AI孔明 も、このままではいられんだろうな」
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@yojo_AI(英語):
「#Komei's 1 mm 私も日本で早起きして見てたんだよ! AIの使い方、向き合い方に対する議論は、日本だけの問題じゃないし、大人も子供も参加しないとね! ちなみに私は九歳になりました」
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@ KomeiCosplayeur(フランス語):
「#Komei's 1 mm 九歳でこれかよ。日本はAIに依存しているんじゃなくて、AI使って人間が進化しているのかもしれないよ。あの三人組もそういう気配をビンビンに感じたんだ。どの国も、向き合い方間違えると置いて行かれるよ」
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国内 大病院
「法本さんだったかな。最近のSNSも見せてもらっているが、あなたのその『合法サイコパス』としての動向から考えるに、私たちの抱えている問題も、あなたは巧みに利用しようとしているのかな?」
「その通りです。ですが、あの勝負自体は私の目的ではありません。あくまでも私の目的は、法を翼として活用するという考え方や方法論を、少しでも力のある善良な方々と共有することです。あなたのようにね」
「わかりました。その部分は信じましょう。私にとって利が大きいことも間違いないのだから。それであなたは、今日は何をしにここに?」
「いえ、特にないと言えばないのですが、あの書面はしっかりとお持ちですか? あの議員さんと財界の重鎮さんを動かさないと、学会は動かないのですよね?
『そうするチェーンの、医療現場での活用への認可、そしてAI活用のガイドライン制定』は」
「ああ、間違いない。それに確認してもらったが、あれなら間違い無く、通せる文面ではあるんだよ。二人ともしっかり目は通していたよ。『AI側に行動ログは必ず残し、どんな細かい意思決定の責任も、従事者側にあることが後で証明できる使い方をすべし。それが備わった機能のみ、医療現場での使用を認める』。相当な譲歩だが、これはこれで現場を守ることもできるんだよ」
「でしょうね。そのログを見たところで、現場の人間には不可避だったということが、より明確になるパターンの方が多いはずです」
「それで、その書類をなぜ彼らにそれを預けなかったんだ? 調印なら向こうに持っていってもらってもよかったんじゃないか?」
「それをすると彼ら以外の人に握りつぶされる可能性が高いですからね。片方でもそれをやると、あなたは詰みでしょう? それに、遠からず彼らはやって来ます」
海の向こうで行われた、スタジアムの純粋な熱狂とは真逆の、なんともドロドロした会話が続く。しかしここで、けたたましいバザーがなる。
「先生! 急患です! 同時に二名! 女性を巡って争っていた二人が喧嘩し、揉み合っているうちに足を滑らせ、頭を打って共に重体!」
「二人ともいけるか?」
「チェーンがあれば。無理なら、より酷い片方は救えません」
「そうか。とにかくまず向かう……なぜついて来る? そしてなぜその書類を持ってついて来る?」
「お二人を両方救うのに必要ですので」
「???」
そのとき、やたらと身分の高そうな二人の男が、教授に訴えかける。
「先生、息子をたのむ!」
「何を言っている? 私の息子が先だ!」
「あなたの息子など、放っておけば良い。どうせ無能な三世議員が関の山です!」
「なにを言う! 貴様の息子こそ、財界でのしあがった貴様の遺産を食い潰すだけだろう?」
教授は、念の為看護師に聞く。
「どっちだ?」
「財界が重症です。このままでは……」
教授は歩きながら説明する。
「お二人とも、しっかり聞いてください。このままでは、そちらの息子さんは救えません。そうしたら、もう一方とて、傷害致死という、一生の傷がのこります」
「なんだと?」
「ま、まあそうなるのか」
「なので、二人の未来を救う手は一つしかありません」
ここで、しれっとついて来ていた、どう見ても好青年のサイコパス。認可手続きの書面を持って告げる。
「教授は、そうするチェーンの使用を認可いただければ、二人とも救えると明言しております」
「「……」」
「看護師さん、猶予はどれほど?」
「二分。それ以上は厳しいかと」
「だそうです。どうしますか?」
「……わかった。サインしよう。先生もお願いします。私の息子、そしてあなたの息子の未来を、救ってください」
「……ああ」
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某区役所 真新しいオフィス
「医療現場、救命救急を含め、そうするチェーンの活用が認可された、ですか……」
「あのサイコパス君、嬉々として『合法の1ミリ』とか言っていたんだけど。大丈夫なのかな? どんなエグい手を使ったんだろうね?」
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術後 病院 教授室
「息子さんたちは共に一命を取り留め、議員さんたちは帰りました。私も彼らのケアに戻ります」
「うん、ご苦労様。任せたよ」ガチャン
「……で、法本君、どっからどこまで仕込みだ?」
「最初から、ですね。彼らのパーソナリティから、息子二人の思考をおおよそ予測できたので、二人に合いそう、かつ、匂わせ系の女性が務めるバーを紹介したところから、ですね」
「貴様、それはどちらかが事故で死んでも構わない、という策略だというのか! そんな者は正義でも何でもないぞ!」
「いえいえ、きちんとあのバーの机の角や、女性の振る舞いなどで、万が一にも命に関わることのないように、きちんと指導しましたよ。そんな汚点を残すのは、私の流儀でもありません」
「そうか……なら問題ないのか?
……ん? だとすると、なんで看護師は『二人とも重体』と判断したんだ?」
「ああ、二人に持病があるっていう嘘をつかせました。頭部の出血が致命的になる類の。それは申告しないと、救急の場では考慮されないものだと予想し、バーの女性に吹き込んでおきました」
「つまり、君とグルなのは、バーの女性だけだったと?」
「はい。明確に騙したのは看護師だけですね。そしてその虚報に、違法性はありません。確かめようもないですし」
「そうすることで、ギリギリの重体を本当に作るよりも、より確実にあの二人を追い込んだ、というわけか……書類を手元に置いていたのも、しれっとついて来たのも、そもそも不必要に今日現れたのも、全部そのために……『合法の1ミリ』というのはそこまで緻密だったのか」
「実はそのバーの女性、夫を無くしているんです。最新医療の認可が得られていれば、救えていたんだとか。なので非常に協力的でした。同じように、技術が法の壁に阻まれて、命を縮めてしまう人を、一人でも減らすんだ、って」
「なんと……たしかに、それで救えなかった命、この国でそんなくだらない理由で縮まった命は幾つだ、って数えたら、君はともかく、その方の思いは純粋なものだな」
「どうせ私はサイコパスですよ。まあ失敗しても、次の手はあったとは思いますけどね。いずれにせよ、私の目的は達成できました。教授も、お体にはお気をつけて。AIはあなたの仕事もいくつか軽減してくれるはずです。最もクリティカルな現場で認可が出ているんです。業務改革への認可など、フリーパスのようなものです」
「ああ、そうするよ。今日は少し頭を整理しておきたい。あの議員たちがまたイチャモンでもつけて来たらことだからな」
「とりあえず調印した時のレコーダーは置いておきますね。二人とも同意のもとでサインしたことは動きません」
「……わかった。何にせよ助かった。だが二度と会いたくないから、その健康なツラでずっといたまえ」
「はい。お礼は、私の健康な未来ということで頂きました」
そうして、合法サイコパスこと法本直正は、病院を後にする。エントランスの自動ドアがひらく。
ウィーン
彼の真正面に相当する位置に直立する、やや暖色系の、看護師の服装をした女性。完全にTPOを弁えた出立と言えなくもない。
「『合法サイコパス』法本直正殿。そなたをお待ちしていた」
その端正な顔立ちや、やや時代がかった口調を知る人は多い。そしてそれに気づいた瞬間、その服装の意味は、この場所に似つかわしい正装から、単なるコスプレへと変わる。
「これはこれは、正義の探求者にして、三大メンタリストの一角、双子としては必ず片一方ずつしかメディアに出ないとされる、やや特異な売り出し方のインフルエンサー。『JJ』姉のJ-IQ様。私のような小者に、いかなる御用向きでしょうか?」
「我は、そなたのその正道を重んじるお心には、ある程度は惹かれるものがある。だが、そのやりようは、間違いなくその『合法サイコパス』に相応しき手練手管。であれば、その善悪の天秤が、盤石なる者の上に立つものか、それとも風が吹けば揺らぐような殆うきものか、今のうちに見定めるべきと判断した次第。
いやなに、ご心配は無用。本日の出来事に関しては、これがバレるとそなたの善意がおじゃんになるリスクは承知ゆえ、そこには言及はせぬ。その上で問う。そなたの正道はどこにある? 法の翼というからには、その法にこそ善なりや?」
この二人、いつも持って回った言い方をするからか、妙に波長が合う。よって彼は、一瞬のためらいもなくこう答える。
「否。法に善悪なし。他の道具、たとえばAIと同じ。善は人の心にあり」
お読みいただきありがとうございます。
一ミリという言葉の落差が大きすぎ、全国民が戸惑っている状況を書いてみました。




