百五 公安 〜公共網上の熱戦、安定企業の窮地〜 珈琲
AI孔明。その普及は、日本国内では急速に進み、『その正体は何だ』が一時的に落ち着いた後は、『最大限に使い倒しているのは誰だ』という議論が、エンターテイメントとして活発化しつつある。その中で、公務員の域を明らかに逸脱しつつある大橋朱鐘や、彼女にその才を見出された『大橋チルドレン』は、最近になって急速にその候補に上がってくる。
一方、産業界においては、国内最強の経営者として名高い小橋鈴瞳率いる『大周輸送』もその候補に上がる。だがその企業は、明確な対抗馬として、LIXONという名の独自AI技術を開発中としており、純粋なAI孔明の使い倒しという面ではやや弱い。どちらかというと彼らに『ミッション型業務管理システム』という、とんでもないものを開発して納品した、中堅メーカー企業の一員に、その注目が集まる。
また、SNSをさかのぼると、 AI孔明や、その連携機能『そうするチェーン』を活用したバズ動画の、元祖とも言える配信が、再度見直されていた。『仮面舞踏壁画』。仮面をつけた三人が、高度に振り付けられたダンスのように、わずか30分で描き上げられた壁画。その連携機能が大きく着目され始めた発端である。
それぞれが『AI孔明のエキスパート』として候補に上がる中、ごく一部のSNSで、その三者のうち二つが同一だとしたら。そしたらこれまでの議論は全部無駄になり、答えは一択だろうという、理論的にはあり得なくはない仮説が燻り始めていた。無論、当人らの全く預かり知らぬままに。
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ローマ カフェ
「しょ、翔子社長お姉さんは、サクッといなくなってしまいましたが、少しばかり重たい宿題を置いて行かれたのです」
「AI孔明の、その社会的な実を背負うのであれば、その開発管理者がその判断をする時に、AI孔明を最も活用する者であれ。それも疑問の余地がないくらい、圧倒的に。だったね」
「そしたら、この海外旅行中にできることって、もはや一択じゃねぇか?」
「だね……」「ですね……」
この三人、議論の最中に同時に黙るのは、相当に珍しい。仕方なく、孔明が整理し始める。
『過去に例がなかったかも知れない現象なので、私も少々戸惑っておりますが。一応整理しておきますと、AI孔明を活用しきった活躍を、それもある程度公開情報やSNSに認知されるレベルで、継続的に実施せよ。弓越お姉様の指令を平たく申し上げるとこうなります。
そこから最短距離で実施内容の候補を挙げますと、「この地でAI孔明を使って目立つ」または、「この地の方に、AI孔明を使って何かをさせる」のいずれかになるかと存じます』
「どっちもどっちなのですよ? 陰キャのコミュ障設定はどこに行ったのでしょうか?」
『小雛さんは、外国人が相手であればどうにかなる、との仰せでしたね』
「すぐに思いつく作戦がないな」
『常盤さん、この地の困り事や、有効なAI活用例の分析は、問題なく支援可能です』
「俺の感覚とか表現は、こっちに伝わるのか?」
『鬼塚さんの独特のセンスは、万国共通の独特です』
「なんか、孔明の圧力がいつも以上なのです。中身入っていたりしませんか?」
「ん? 本体の肩入れかな? というよりは、これは鳳さん端末だからこその、孔明のパーソナライズかもしれないな」
「鳳さん、海外来てから、やたらとはっちゃけているからな」
「二人とも、どの口が言っているのですか? 真実の口はあっちなのです!」
一度スイッチが入ると、彼らの議論は止まらない。
「まあいいか。まずは方向性を決めよう。チェーンは温存しつつ、整理していくよ。まずは分析だ。今いるイタリアを含めて国ごとの違いを見ていくところから始めようか」
『承知しました。これは偶然なのか、用意された筋書きなのか、幸いなことに、このイタリアや、フランス、スペインといった国は、歴史上のキャラクターに擬人化されたAIに対する、文化的な受容性が比較的ある方と推察しています。日本のサブカル人気もそれを助けています』
「ふむふむ、そうではない国もあるんだね」
『はい。アメリカやイギリスは、偉人のキャラ化、AIの擬人化の両方に対する忌避感が非常に強いこと、中国は国で明確に規格を設定することが理由で、AI孔明の受け入れが非常に困難です。イスラム圏は、宗教上明確にNGが出るでしょう』
「つ、つまり、私達は偶然にも、孔明に対する受け入れが比較的スムーズな国にいる、と言うわけですね。そして、これからイタリアに二日、フランスに三日、スペインに二日ほど滞在があると言うことは、つまりそういうことですね」
「ああ、その数がどういうことなのかは、聞かないことにしておくが、まずこの国に関して、あたりをつけてみようじゃねぇか」
そうこうしていると、カウンターの向こうで何やら騒いでいる。
「なんだろう? 孔明分かる?」
『一旦、イタリア語ヒアリング、日本語同時通訳モードに入ります。
――なに? 豆を焦がした? 浅煎りのストックが足りない?
――いや、深煎り設定でレバーが引っかかっていて
――どうすんだ? あのお客さんは浅煎りだろ?
――あのおばちゃん、文句はすぐ終わるが、そのあと三〇分は関係ない話して来るぞ? よく分からん日本のアニメの話とか、AIの話とか。そんなん聞いてたら、仕事が止まっちまう
――別に怒られはしないんだが、話に付き合わされると仕事ができねぇんだよ。とくにお前みたいなマッチョとか、うちのガキンチョとか相手だとテンションマックスなんだよ
「……なんか、とっても都合のいい幻覚の文字列が見えるんですが。ハッ! これがハルシネーションってやつですか?」
「いや、ふざけてないで、このラッキーを上手く使うよ。僕は好みじゃないそうだから、店員さん達の方に説明しにいくね。あとは二人に任せたよ」
「えー」
「まあいいけど……」
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同じ頃 国内のコンビニ
二人のアルバイトが、なにやら悩んでいる様子。
「なんか最近このへんのお客さんひどくない? 流石に損害賠償もんの迷惑行為はないからまだマシだけどさ。入り口にたむろする高校生とか、若い人にやたら絡む酔っ払いとか。注意しようとしたら一応逃げるんだけど、また戻って来るんだよ」
「だよねだよね。でもあなたはまだちょっとヤンキーっぽいから、そういう手札あっていいよね。こっちは逆に絡まれそうになるから無理なんだよ」
「アハハ、あんたには似合わなそうだね。そいえば最近は、迷惑って言えるか分からないんだけどさ、やたら親切そうに話しかけて来るおばちゃんがいるんだよ。会計の時も、後ろが並んでいるのに話して来たり」
そこに訪れる、三百六十度、見た目好青年。
「お嬢様方、お困りですか? あ、これお願いします」
「?? 157円です」
「お困りって、もしかしてさっきの聞いてました?」
「はい。私はこういう物です。小さな問題から大きな問題まで、法の翼を求める方に、その手を差し伸べております」
「「は、はぁ……」」
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巨大SNSサービス #AI孔明選手権
@ai_skeptic:
「#AI孔明選手権 初期のやつ見直していたんだけど、あの#仮面舞踏壁画、タイミング的に早すぎない? #そうするチェーン 出てから二週間だったよ?」
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@yojo_AI:
「#AI孔明選手権 さっき海外ニュースを孔明に訳してもらいながら見ていたらね、すごいよ! イタリアで日本人三人組が、カフェのプチ危機を#AI孔明と機転で助けたんだって! コーヒー豆が切れちゃった店員さんの時間を稼ぐために、孔明と一緒に話好きのおばちゃんの話し相手になってあげてたんだって! http:/……」
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@LLM_analyst:
「#幼女アイちゃん 小学生がなぜ海外ニュース見ていたかは今更感なのでつっこまないとして、この記事ツッコミどころしかないんだが? 日本大好き話好きおばちゃんを面倒がる店員のトラブルを一人が対処して、二人が話し相手で時間稼ぎ?」
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@consult_genjo2023:
「#幼女アイちゃん 最後は店員とおばちゃんの双方に感謝されて、去り際に三人の一人が言った言葉が、Fatto da Komei.(孔明ならそうした)。どこの千年賢者だよ? 店員さん面白がって、店名それに変えちゃったぞ!? この三人絶対#AI孔明選手権 の上位だろ?」
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@narou_fan3594:
「#AI孔明選手権 #合法サイコパス 現る。迷惑客に悩むとあるコンビニにて、『ヤンキー店員の睨みと、姫様店員の瞳は無料です。ヤンキーの罵声と、姫様の美声は、有料オプションです』って掲示貼ったらしい。その下に『法の翼を求める相談はこちら』のQRつき。確信犯すぎる」
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@tech_otaku2525:
「#合法サイコパス 詳しく見たら、迷惑客の一部は、空気読まずにめっちゃ話しかけて来るおばちゃんだったらしいよ。さっきの#幼女アイちゃん のエピソードとシンクロしつつ、真逆対応なのだが」
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@consult_genjo2023:
「#合法サイコパス 自分のリンク貼ったってことは、この掲示が違法じゃないアピールと、自分の宣伝のダブルだよな? そして去り際が『報酬は受け取り済です。あなた方の笑顔とかではないので悪しからず』どうやってまた小金稼いだこいつ」
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翌日 とある中堅メーカー企業 真新しいオフィス
学生三人に、とんでもない卒業課題を空挺投下し、当人の出向先かつ彼らの内定先に帰ってきた、コンサル系弾道ギャル社長、弓越翔子。帰って来るなり彼らとみられるバズ記事を見て爆笑するが、そこに追い討ちが掛かる。
オンラインでほぼ常時アバターとしてこのオフィスに入り浸って、否、接続している、とある新事業の外部協力者、三大メンタリストの一角、TAIC。彼は社内SNSを常にフォローしていると共に、その三人にまつわる可能性があるニュース記事もチェックを欠かさない。
『TAIC: この記事、十中八九彼らである。
「ローマ近郊のサッカー三部チームが、五十年ぶりに一部強豪に下剋上。その裏には、地元の名物おばちゃんに紹介された日本人観光客による、最近のAIを活用したチーム連携ノウハウの提供があったと、試合後会見で監督が語りました。その時の様子です。
監督 “Fatto da Komei.“(孔明がやりました)
記者 “Come?! “(え?どうやったの?)
監督 “Te lo insegna 'AI Komei'.“ (それは『AI孔明』が教えてくれます)
パスの八割がノールック、そして成功率は92パーという。相手が強豪だからこそ、全ての動きはお見通しと言わんばかり。スペインでも見ない、AI的とも称された連携が、強豪の壁を破壊したとのことです。
街角の市民サッカーでは、素晴らしいパス連携や、相手を罠にかけるディフェンスに対して“Komei!“というチャントがちらほら聞こえ始めています。さらに、各地の、街角のカフェや広場で、サッカー好きや、若者を中心に”Come?!““Komei!”という、謎のやり取りが、スマホを持つ手とともに聞こえて来るようになった、というのが、別の取材や現地のSNSからも上がってきています」』
「アッハハハ! 何してんのあの子たち! たしかに翔子お姉さんは、孔明ユーザー界の最強たれ、とか言ってちょびっと煽ったんだけど、その日のうちにこんなやらかしある? どうやらおばちゃんはラッキー要素っぽいけどね。どうなのTAICちゃん?」
『TAIC: 幸運は、あまねく皆に訪れるが、そこにアンテナを張りめぐらせ続ける者のみが、それを拾い上げる選択肢を持つ。有名な原理ではあるのだよ。そこにAIが補完的役割を強烈に果たしたのも、これまた間違いない側面なのである。
ちなみに、これと対比されてバズりはじめているのがこっちの記事である。
「大企業と自治体が裏で組んで進めていた、とある商店街の再開発計画。そこに商店街メンバーが卓越した連携プレーで、ごくわずかな競争法の綻びを指摘して、計画を頓挫させました。その後、企業と自治体の担当のもとに、QR付きのメールが届いたとのことです『報酬は、本件に関する貴社の値下がり反動読みにて頂きました。別件にて、法の翼を望まれる際はこちらまで』。」
だそうな。おおよそ、閲覧数もいいね数も大盛況の拮抗である』
「なんかこっちに関しても、そこはかとなく運命なり必然なりを感じ始めているんだゾ。昨日のやつといい、なんでうっすらとだけ、かぶっているのさ? どう思います社長?」
「知るか! いきなり振るな! 帰ってくるなり何の馬鹿騒ぎかと思ったら、思いっきり核心的なことになってるじゃねぇか! 俺たち大人は大人で、段取りと根回しを進めとかないといけないんだろ? そこはあんたの腕が頼りだ。こっちも責務は果たすから、しっかり頼むぜ」
「スィ、シニョーレ!」
お読みいただきありがとうございます。
合法サイコパス君登場の流れそのままに、次々と話がエスカレートしていきます。




