百二 法正 〜滅法合法、正義の万華鏡〜 人為
大橋朱鐘。その赤いスポーツカーで通勤する彼女の元に『孔明の開発者は誰だ?』の取材をとりつけ、その時に秀逸なカバーストーリーを持っていくと、当人が思いもよらない人生の転機を迎えられる。そんな謎の評判がSNSで立ち始めた直後。
そこにとんでもないストーリーを持ち込んだのが、すぐ後に『合法サイコパス』という、とんでもないあだ名をつけられることになる青年。彼のストーリーを読み終え、爆笑の後に、大橋朱鐘が気になったことを問いかけ、それに青年が応えるというやりとりがしばらく続いていた。
――――
某区役所
やや緊張のやりとりがあったため、大橋のパートナーの白竹が休憩を促した十分後。青年からお礼まじりに切り出す。白竹は、話のテンポを重視し、互いの暴走がない限りは、口を挟まず記録と分析に注力する。
「休憩時間を挟んでしまうくらいの長時間お付き合い頂き、ありがとうございます」
「まあ気にするな若者よ。私たちはあくまで公務員だからね。君みたいな未来がある感じがする若者の手助けをするのは、ある意味で本業なのさ」
「その正義、照れ隠しですらないように見えるところが、あなたのその本質なのかもしれませんね」
「流石にそこまで言われると照れるぞっ。
まあ続けようか。どこからだったかな。あれか。あのミッションシステムの開発、試用は良いとして、なぜあのスピードで『採用』に至ったか。そこになにか、別の強烈な存在があったはず、だったね」
「AI孔明もびっくりの、的確なおまとめありがとうございます。全てその通りかと存じます」
「それで、それは何だと思っているんだ? といきなり聞いちゃっていいのかな? 溜めとかっている?」
念の為、ストーリーテラーが本業ではないことを確認しつつ、冗談まじりに聞く。
「大丈夫です。無論その答えは、小橋鈴瞳。そして、その意思決定に、何らかの影響を与えうる人物。彼女の判断を大きく早めるなんていう圧力を与えられる相手は、ごくごく限られています。
それこそどこかの大統領や、最大手企業のトップにも無理です。小橋様は、彼らの行動に関しては最優先で予測しているはずですし、社内の主要人物とて同じ」
「なるほど。小橋ちゃんの『そうする』がだいぶインフレしている気がするけど、そうでもないね。客観的に見てそれは正解だよ」
「だとしたら、それができるのはおそらく世界に二人しか思いつきません。一人目はあの方の愛娘にして、すでにインフルエンサーの世界に踏み込んでしまっているアイ様。ですがビジネス方面では脈絡がなさすぎるので、そちらではないと考えました。
そして二人目は、ちょうどその会見の際に、見事に本人の同意を得て白日の元にその存在が明らかになったお方。あの方の最大の親友にしてライバルと公言されている、大橋朱鐘様。あなたです」
これくらいで驚いてはいられないのだろう。彼女はそう思いながらも、驚きを隠せない。
「あなたのその『公開情報に基づいた、合法的な推定』というのはすごいね。論理に破綻が見られないよ。どっかの私の親友にも近い物を感じるんだ。
さて、でも私は本題じゃなかった気がするんだけど気のせいかな? 孔明の開発どうこうは、枕詞でしかなかったはずだね」
「そうですね。まあただ、ここまでははっきりさせておきましょう。あなたがどうやって、彼女の意思決定を加速することになったか。実はあなたの意思の有無は、このストーリーの構成要素ではありません」
「アハハ、私ことレッドちゃんは、巻き込まれヒロイン、なのかな?」
別に茶化す必要はない、と考えつつも、話の整理は必要だろうと、口を軽く挟む。
「そうかもしれませんし、違うかもしれません。ただ、なにが小橋様の意思を変えたかは、情報を時系列で追いかけたら明白です。『EYE-AIチェーン』の開発と公開。そしてあなたの昇進。
つまり、一自治体の公務員が、巨大企業である自らに先立って、AI孔明を活用した、とんでもない価値の事業を発表してしまった。一言で言うと先を越された。それがあの方の引き金になった。そういうことかと考えました」
「うーん、でもそれは少し弱い気もするね。だって、あの小橋ちゃんのマインドなら、そこで先を越されたとしたって、冷静に状況を判断するきがするんだよ」
「普通ならそうでしょうね。ですが、そこがあまりにも普通じゃなかったとしたら。そして、別にその加速自体は、あの方の根本的な考えの方向性と、大きくずれていなかったとしたら」
「つまり、そのタイミングや、私たちの側の行動が、ほとんど傾きかけていた天秤を、ちょこっと追加で押しただけってことかな?」
「そう考えるのが自然かと思います。ですが、あまりにも不自然、つまり、たまたまとは思えないものが一つあります。それが、あなたが今なぜか脈絡なく口にした一言」
「ん? なんか変なの言った?」
失言? と思って白竹を見ても、首を振っている。違うようだ。
「いえ。ほぼ自然でした。それは『タイミング』です。その言葉、流れの中では不要なのです。つまりそれは、あなたの深層意識ですね。タイミングが一つの重要性を秘めていたこと。
ご心配なく。これは私にとっては新情報ではありません。なので、先ほどの私の正道、すなわちあなたから情報を引き出したいわけではない、というところからは、外れてはおりません」
「つまり君は、タイミングが不自然、というか、意図を感じた、と言っていいのかな?」
「はい。まずは明確な事実から。EYE-AIチェーンの発表は、大周輸送のシステムの会見の二日前です。そして実は、チェーンの発表の半日ほど前に、小橋様は、海外のシンポジウムで公演をしておいでです」
「それは、うん、確かに公開情報だね全部」
やや呆れ始める彼女だが、無理もない。大企業の重鎮ともなると、特にタイトなスケジュールの場合、当人の行動履歴を克明に推定されてしまうということを、目の当たりにしてしまっているのだから。
「そしてもう一つ。これはある意味一般論です。あれほどの大きな成果をアピールする場合、とくに実際の開発者が、協力者である他社の場合に限り、その正式採用決定から納品検収、会見までを最速、すなわち二日で行われる可能性が高いです」
『これは、過去の複数のビッグビジネスでそういう傾向が見られています。とくに、納品検収を、社内で盛大にイベントとして、レセプションのような形式で行われる慣習もございます』
「えーっと、つまり?」
「つまり、ここに非常に特殊な『タイミング』が発生します。彼らは間違いなく、このシステムの採用可否を役員会で判断します。そしてそれは納品の前日。すなわちそれが、EYE-AIチェーンの発表と重なります」
「なんと」
「そしてさらに、小橋様は、そこの開始に間に合っていない可能性、もっというと、途中までは空の上で、自前のVTOL上なんかで、黙って見守っていた可能性です。そこへ……」
「そこへ?」
「ジャストタイミングで、とある区役所から、とんでもない事業の発表が飛び込んできた。そして、その中身に最上位で関係しているのが、ご当人の最大のライバルにして親友。ここまで来ると、そのタイミングが分単位に一致していた可能性すら考えられます」
「……」
「こんな状況で、冷静に客観的に状況を判断できる人間は……」
「人間は?」
「古今東西、私は存じ上げません。いるとしたら、諸葛孔明、あるいは孫子、ナポレオンあたりでしょうか。それも全盛期の。
そうですね。彼らレベルでも、『その人生で唯一、冷静さを欠いた瞬間だった』と語り継がれても、そしてその方々の評価に一片の傷すらつけずに語られても、おかしくはありません」
「うん、そ、そだね」
驚き、そして続いて来たのが、恐ろしさ。彼女と、そして後ろで見ている白竹を襲ったのは、まさにそういう感情。こんな洞察力のある人間が、法を熟知しながらも、法よりも正道を重んじる人物であることに、心から安堵する。そんな三つの感情の動きが、二人の間で共存した。
「あ、えと、うーん、ここまでの段階で、すでに最初のとんでもストーリーが、大体吹っ飛んじゃうくらいの衝撃なのだけど、これ多分まだ本題の質問に辿り着いていないよね?」
ここで、ほぼ初めて口を開くのが白竹。
「そうですね。先輩の質問、思い出すのに時間かかり、議事をみたら、『あなたはあの三人、どうやって足した?』という先輩の問いかけに対する『これは、公開情報に基づいた、確度の高い推定です』というご返答です」
「うん、私も思い出した。ありがとう白竹君。そして、君はその質問の答えを誤魔化したいわけでも、遠回りして話を広げたいわけでもない。私の目には君はそう映るんだよ」
「ご名答です。私はここまで、間違いなく最短距離で来ています。無論、あなたがコンプライアンスを無視して、この何処の馬の骨とも分からないような私に対して、話してはいけない事実関係を語り始める方であれば話は別ですが。そういう方だと思っていたら、そもそも私はここには来ていません」
「なかなか重たい信頼だけど、ありがたく受け取っておくよ。そこの線引きは、公務員としても、そして、ふとしたきっかけで、一般的な公務員の立ち位置を大きくはみ出してしまった私自身としても、守らないわけには行かないことだね。
だとしたら、ここまでの、何文字?」
『約八千です。休憩入れても三十分ほどでしょうか』
「八千トークン? というのは、私がした一個だけの質問に対する、最短距離だってことなんだろうね」
「そうなのでしょうね。そして、少しその距離に冗長性を感じ始めたところで話を戻しますと、あなたは先ほどのタイミング、どうお考えになるでしょう?」
「どう?」
「つまり、大学卒業後も相応にお付き合いがあったかもしれないし、なかったかもしれないお二人。ですが、全く別々の人生を送って来たお二人が、あの日あの時、分単位で、大きな事業の発表と決断を一致させる。
そんな運命力が、あなた方お二人に……いや、こんな聞き方をすると肯定が返って来かねませんね。こんな偶然が、確率的にあると思いますか?」
「ああ、そういうことか。それは簡単だね。運命ならあり得なくはない。私と彼女の絆はそういうもんさ。でも、偶然なら、ほぼあり得ないよね。年や月くらいならなくはないけど、さすがに分はないわ」
「でしょうね。だとすると、運命ではなく、偶然でもなければ、残るはそう。誰かの人為です。そして、様々な要素を繋ぎ合わせてこれからお話しする推定。
そこから浮かび上がるのが、とある企業に内定した、おそらく三人組くらいの学生たち、という可能性なのです」
――――
同じ頃 飛行機内
「「「はっくしょん!」」」
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謎解きの渦中となっているタイニーフェニックスちゃんが、足を滑らせて三国時代にAIとして転生した、並行世界作品も、毎日連載中です。こちらも合わせてよろしくお願いします。
転生AI 〜孔明に塩対応されたので、大事なものを一つずつ全部奪ってやる!〜
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