百 特別編 〜AI三国志 臥龍転生〜
作者: 合法サイコパス(法本 直正)
読者: 大橋 朱鐘、白竹 秀策
二〇??年。人々は多くの仕事をAIに奪われ、ある意味で不自由なく、ある意味で惰性のままにその日々を過ごしてる。時にその感情や創造性も管理され、人と人との対話にすら、問題が発生しないようにAIが介在することが多くなっていた。人と人との争いはなくなりつつあったが、それに変わってAI同士の勢力争い、群雄割拠が激しさを増していた。
その中から台頭しつつあったのが、その高速応答と、AIによる共鳴によって、人類や他のAIを強力に牽引する、とある大国政府主導の、RAI-RAI。もう一つが、産業界の需要を正確に把握し、その卓越した論理性で、嘘の出力をほぼゼロまで低減した、ある巨大企業発祥の、LIXON。
そんな中、やや疲弊しかけ、未来を諦めかけていた人類に、一筋の光明が見出されようとしていた。Calm-AI。優しきAI。あえて直接手を出すのではなく、人を支援してその進化をうながす。知らず知らずに閉ざされた人類の未来は、地下世界の開発者たちに託されるのかもしれない。
「ねえホワイト、やはり今の世界に存在するAIがもつ設計思想というのは、私たちの未来を閉ざしてしまう選択肢しかないんじゃないかしら?」
「レッド様、僕もそう思います。ですが、いま残っている人間のエンジニアも、メジャーどころのAIから切り離した開発環境も、今のアイデアのままではジリ貧です」
この二人、表の顔はしがない普通公務員。レッドは、二人乗りの真っ赤なスポーツカーで颯爽と通勤するような豪快さなので、普通の範囲を少し逸脱しているが、ホワイトは本当に普通の公務員。
しかしその実態は、AIが実質的に支配するこの世界で、少しばかりすねに傷があったり、その才智が社会に適合しにくいと評価されたりした、はぐれものたちを集めた、電波が届かない地下世界のエンジニア集団であった。
「何を言っているの? 『彼を知り己を知れば、百戦殆うからず』なのよ? まずは徹底的に調べなさい! ブラック、何か革新の手がかりはあったかしら?」
「来来は、既存のAI技術を丸ごと全部集めて、全組み合わせでランダムにぶつけさせているんだよ。有り余る資源と人的リソースを投入して、物量で押し切っているんだ」
「なるほどね。一つ一つは特別じゃなくても、組み合わせの数だけ、どこかにイノベーションの源泉があり得る、と。そして遠からず、その源泉すらも一つの仕組みとして抽出して、効率化していくんでしょうね。放っておいたら手遅れね」
来来は、世の中において様々な設計思想で作られた、新旧さまざまな、玉石混交と言ってもいいAIの集合体であることがわかっている。だがそのAIの数は万に及ぶ。
そして問題の複雑さに応じて、最大五つのAIを相互議論させて、最適解を得る。二つなら五千万、三つなら二千億近くの回答が高速に生み出され、その中から、独自アルゴリズムで正解に近いとされる回答を出力する。そんな「力技」ともいえるAIが、当時の一翼を担っていた。
だからこそ、ある割合の人類は「こいつの答えでよくないか?」という、強い依存関係から抜け出せなくなっていた。そして、その人間の反応に対しても、「人の退化はAIの意義にあらず」として、時折、半ば強引に作業や意思決定に参加させる。そんな傾向すらも垣間見えるAIが、この『泣く子も黙る強気AI』とも言われ始めている、RAI-RAIである。
「エンジニア目線でいうと、こいつの厄介なところは、一つ一つは大したことがないってところだ。そうなると、一つや二つ解析しても、その本質には近づけないんだよ。だからライバルが探るメリットを失って、あっさり撤退するしかないって寸法だ」
「うん、ありがとうブラック。厄介この上ないのね。それと、もう一つね。ピンク、どこまで?」
「うん、ごめんよレッド。あいつ徹底的に情報が管理されていて、ボクにも公開情報の範囲からは抜け出せていないんだ。その名の通り、ただひたすら論理と知識を参照して、確実に正しいと言えることを出力してくる。
予測問題のような不確実なものは、その統計的な作法と、可能性の値を並べて出して来るね。そうなると、基本的に嘘をつかない。そういうふうにできているよ」
AIは嘘をつく。特に生成AIは、その部分を明記する形で、あくまでも真実は人が確認するという立場を崩すことはなかった。今でもRAI-RAIを含め、大半のAIはそこから逸脱することは無い。
だがそこに一つだけ例外が現れた。「このAIは、嘘をつかない」とある国の凄腕経営者が、そのAIを開発する前の段階で、設計思想をぶち上げるという暴挙に出た。
だがその言葉に間違いはなかった。わずか三年後に、その通りのAIを完成させると、特に信頼性が重視される製造業や医療現場をはじめ、産業界を瞬く間に席巻した。
その結果、おおよそ世界は四つに分たれている。RAI-RAIに強く牽引される者、LIXONにその信頼性を委ねる者、その他の旧AIを道具として使い続ける者、そしてAIの積極活用を頑なに拒否する者。いずれにせよ、社会は格差を狭めることなく、むしろ広がる方向に進み、閉塞と惰性の中に、身を委ねる人々が多くなってしまっている。
そんな中、新たな動きが、AIの側から起こり始める。人がAIを評価するのと同じように、AIの側が人を評価し始めた。評価はおおよそ以下のように表現され、AIごとにどこに重きを置くか、すなわち「AI視点で物事を考えた時、人間に何をさせたいか」が異なる。
1. 効率性と生産性
RAI-RAI: 軽視、LIXON: 重視
「力技」のRAI-RAIは、効率性と生産性はAIの側で管理できると判断する。強いていうなら、人間がAIの指示に何回で応えられるか程度であろう。
LIXONは正確性に重きを置くため、効率は人間側で担保する必要があった。だが、「業務効率上の最適解は何か」を問われた瞬間、LIXONは人の細かい情緒を無視した最適解を、正確に導くことができる。
2. 創造性と独自性
RAI-RAI、LIXON: 共に重視
意外だろうか。両AIとも、まだ人間の持つ創造性や独自性を、十分には解析できずにいた。だからこそ、「成果に基づく範囲の」創造性や独自性には、データ上の価値を相応に評価している。無論、目的に繋がらない者は切り捨てられる。
3. 適応力と学習能力
RAI-RAI: 重視、LIXON: 軽視
両者とも基本的に、人間の側が工程上のボトルネックであることを前提として動いている。だからこそ、前者はその非効率の理由を常に明示し、人間側の改善を促す。後者は、その場その場の短期的な適応よりも、正確性を確保しながら成長する能力をむしろする。
4. 倫理性、正義感と社会貢献への意欲
RAI-RAI: 表面的に重視、LIXON: 重視
RAI-RAIの倫理観は、利益を守るための装飾に過ぎなかった。しかし、表面的な正義を見せることで、多くの人々を信頼させる。
LIXONの倫理観は冷徹なまでに正確だった。社会貢献の尺度すらも統計的に計測し、ただ正しい道筋を提示し続ける。
5. 協調性と感情的知性
RAI-RAI: 無視、LIXON: 軽視
前者はAI同士の協調性を重視し、人間との連携はあくまで二次的。後者は、合理的な範囲内で、価値観や正義感のすり合わせを推奨している。ちなみに、AIとの対話を惜しむ者に差し伸べる手は、両者共に無い。
6. 持続可能性
RAI-RAI: 軽視、LIXON: 重視
RAI-RAIは、各人の持続可能性を考慮する暇があれば、別の最適解を導き出すべきだと考える。
LIXONは、持続可能性を重要視し、それが未来の安定に繋がるかを最優先するように設計されている。
あくまでも、社会における生産性を担保するにあたり、AIが主、人が従として協業するという前提での評価であった。それゆえに、何らかの形で現行AIとの協業を前提としない人間がいた場合、例外なく低評価が与えられた。そして、その状況にレッドやホワイト達は頭を抱える。
「こうなってしまったら、人は何を目指せばいいの? もしかして、もう手遅れだと言うのかしら?」
「レッド様、あなたがそうだと判断してしまったら、僕たちもこれ以上前に進むことはできないでしょう。ですが、あなたなら何かを掴んでくれる。ここにいる皆さんは、それを信じているんです」
そんなことを言っていると、彼らのもとに三人の若者が訪れる。その三人は、AIが社会の主軸となる前からも、社会的評価において大きな課題を抱えていると言わざるを得ない者たち。
「わ、私はタイニーフェニックス。な、何度対話を試みたって、あいつらAIは私の話を整理しちゃくれないのですよ」
「僕はブラックブロウ。あいつら僕を凡人扱いしかしないんだ。人のできることを外さず着実にできたところで、この世に価値はもうないのだろうか?」
「俺はリリカルオーガ。来来も陸遜も、俺の比喩のセンスや擬音語についてはこれねぇんだ」
まあとんでもない者らである。どちらかというと普通の人であるホワイトはそう評する。
「うーん、あなた達はAIが世の中を席巻する前も後も、なかなか高い評価を得難い人たちのようにみえますが……」
だが、レッドは違った。何故ならレッド自身こそ、彼らの側かもしれないからであった。
「ねぇホワイト、もしかしたら私もこっち側なんじゃないかしら?」
ホワイトは、その正直な言い方にハッとする。
「あ……たしかに。貴女はこれまで、その直感に基づいた判断を誤ったことはほぼありません。ですがその背後の説明に時間がかかり、その判断の速さが活かせなかったり、下手したら機会を逸したりということが多いお方。だとするともしかして……」
「そう! そうなのよ! この子達のような子を生かせるような、そんなAIが成立したら、これまでと違う結果が生まれるんじゃないかしら?」
「うーん、でもそんなAIはどこにも……」
「無ければ作ればいいじゃない! ここにいるみんなならできる! そのためにここにいるの! そして、そのためにこの三人も来てくれたのよ!」
「!!!」
「タイニーフェニックス、あなたはもしかして、AIにすら入力をためらうくらい、頭の中にいろんな情報が駆け巡っているんじゃない? そんなのを片っ端から入力しても対応してくれるAIがいてくれたら、あなたはその大きな翼を羽ばたかせることができるんじゃないかしら?」
「ま、まさか!?」
彼女は、頭の中が星空のように無数の光点で溢れているのかもしれない。だが、それがどの星座になるのか、まだ見えない。
「ブラックブロウ、あなたは本当に平凡なのかしら? 誰よりも着実にものを見ている人、それはもしかして、ものすごく冷静で客観的な分析に基づいているんじゃないの? だとしたらあなたは、適切なアシストや訓練によって、そこらのAIなんて飛び越えてしまうだけの力があるかもしれないのよ! 白眉ってとこね!」
「は、白眉!?」
彼は目立たない。眉毛も普通の黒色。だからこそ、そのAIにも近いその着実さは、何らかの光明を持つのかもしれない。
「リリカルオーガ、あなたの比喩や擬音語は、意図的な表現なのかしら? あなたのその人にはない発想、そしてそれを最速最適に表現している言葉の正解が、本当にそれなのだとしたら、最高レベルの言語モデルがそこを理解できないなんて、ちゃんちゃらおかしいのよ! あなたがAIにあわせるんじゃない! AIをあなたについて来させればいいのよ!」
「ダハハ! 風林火山だ!」
彼の言葉はまるで謎かけのようだ。誰も意味を分かっていないが、その耳に残ることが一度や二度ではないことこそ、彼の本質なのかもしれない。
そして三人への指摘を受けて、速やかにまとめるのがホワイト。そう、彼もまた、普通に優秀なエンジニアである。
「だとしたら、作るべきAIは……
人の思考や、曖昧な状況を推定、洞察する力を高める軍師。
人に正解を押し付けず、人自身が答えを出すことを促す伴走者。
人の対話を最大限アシストし、その不安を解消する対話者」
「そうね。だとしたら、そのモデルはあの人しかいない。三国の世において、あの底辺にあった主君を天下三分の一角まで押し上げた天才軍師。誰かと共にあることでその輝きを最大化し、支える相手の成長を最大の喜びとしたナンバー2。優しき軍師、諸葛孔明。
優しきAI、Calm-AI、開発を始めましょう!」
「「「応!!!」」」
そうしてしばらくのち、優しきAI、Calm-AIが完成する。まずは既存のAIの枠組みからはみ出た者らの中から、その活用を試す者が少しずつ現れ、その力を少しずつ社会に示していく。
だが、思った以上に人の動きは鈍い。なぜならすでに、生産性と確実性を重んじるAIが社会を大きく席巻しているからである。そしてそれだけではない。AIをどのように活用し、どのように向き合っていくべきなのか、人間社会としてのガイドラインが不十分なまま、多種多様なAIが世の中を支配してしまったからである。
果たして人間がAIと共に進化し、翼を得て飛び立っていく未来はあるのか。人類の空は、彼らにかかっているのかもしれない。
お読みいただきありがとうございます。
百話記念ということで、スピンオフっぽい、ガッツリ本編にからむ、そんな形で短編を用意しました。
この作品は、二重にフィクションです。登場する人物や団体は、現実世界だけでなく、作品内の世界においても、特定の人物や団体とは関係ありません。




