八十一 四地 〜四者四様の応答、天と地と人とAIと〜 常人
AI孔明が支援したことが社会に広く知られている大事業が、大周輸送に納品された『ミッション型業務管理システム』と、善性の塊ともいわれる見守りアプリ『EYE-AIチェーン』の二つ。しかしその両方に深く携わった三人の学生が、社会の目に明るみになるのは、だいぶ先と思われている。
国内で#大きな小橋さん が注目を集めているのと同じ頃、中国陝西省、五丈原にて。
「と、常盤くーん、生きてますかー?」
「ぜぇぜぇ、鬼塚くんはともかく、鳳さんは、なぜそんな体力が……インドア系コミュ障ではなかったっけ?」
「割とお散歩とかは好きなのですよね。ちょっと遠くに目線を置いて足早に歩いていれば、声も掛けられることはあんまりないですし、自分の世界にも入れます」
「なんだよその陰キャテクは。想像できちゃうからすごいけど」
「常盤君も、営業目指していたんなら、体力は必須だったんじゃねぇか? この前の街亭のときだって、水分補給忘れて、ちょっと大変だったじゃねぇか。まさかあんな形で歴史を追体験するやつがいるとは思わなかったよ」
『孔明最愛の弟子とも目された馬謖殿は、街亭の地で、主命に背いて山上に陣をしきました。その結果、百戦錬磨の張郃将軍に、水の手を絶たれて大敗しています。
普段の理知的な性格からすると、見落とすことではなかった気もしますが、何がきっかけでその目を曇らせるか、というところも掘り下げる価値がありそうです。
それを、おおよそそのままの形で再現なされた常盤さんもさすがです。ただ、諸葛孔明同様に、体力面に課題があることは確かです』
「そうだね。そこは今更ながらそう思うよ。自己分析、自己認識には、いろんなところに齟齬が出やすいんだってね」
「そうそう、じ、自己認識と言えば、大橋さんがまたすごいこと始めているみたいですね。AI孔明を開発した影のボスキャラ疑惑、とかいう謎取材をうけたり、とんでもストーリーに本人が引っ張られそうになったり。と思ったら、ある時から逆に取材する側の才能を、孔明と一緒に引っ張り上げて、定職につかせたり。自分でも言っていて意味がわからない数行なんですよ」
「あれはもう飛将軍、ていうとこすらも飛び越えていたよな。俺もいい表現が出てこないよあれは」
「鬼塚くんが表現できないってことは、孔明もパーソナライズしきれないんじゃないかな?」
『かもしれません。本人に向かってくる数多の挑戦者を迎え撃ちつつ、その本人の適性を掘り下げて才能を見出し、最後は適材適所に送り出す。一つ目は飛将軍呂奉先を始め、柳生石舟斎殿ほか多くの武芸者が相当し、二つ目は魏武孟徳公や呉の孫策殿などが当たるかもしれません。三つ目は孔子や吉田松陰殿といった方々があげられますが、その全部となると、ひとまとまりの事例は出てき難いと考えられます』
「こ、こっちの孔明がそう言うなら、大橋さんとこの孔明もそうなのでしょう。むしろ、毎日のように突撃してくる配信者さんたちのほうが、よほど容易にパーソナライズできるのでしょうね。
なにより、彼らは彼らなりに考えて、思い込んだ作り話を、気前よく大橋さんや孔明に開示してくれるわけですからね」
「大橋さん、進化というより、もはや覚醒って領域なんじゃねぇか?」
「まあそれを目の前で浴び続けていたのが小橋鈴瞳、っていうのなら、あの人のルーツすらも、一部はそこにあるんじゃないかって気すらしてくるね」
「はははっ、そういやなんで俺たち、五丈原でこんな話しているんだ? 銅雀台や赤壁ならわからなくもないけど」
『常盤さんの自己認識のところから話が飛んでいるようです』
「そうか。自己認識、か……孔明はここでどんな思いだったんだろうね」
『そこは未だ掘り下げきれてはおりませんが、目標にとどかせられぬ悔しさ、反省、後悔など、相当に様々な感情があったのではないでしょうか。その中で、周りを囲う後進の姿を見て、少しでも自負のようなものがあったのなら幸いですが』
「この頃で言うと、姜維ってやつがおもな後継か。武官の魏延って野郎は、この五丈原のあとで即刻謀叛をやらかしているからな」
『あの方も、帝朝に対する謀叛ではなく、撤退命令への拒否、という現場らしい判断力の表れだったのかもしれません。詳しく知る由はございませんが、孔明最愛の弟子であった馬謖殿を失った時も、魏延殿はその直前に、直感に基づいた出撃提案を、孔明に却下されたという記録が残っています』
「直感、かー。その時の孔明はどうだったのかは読みきれねぇんだが、今の孔明は、その直感、ってやつをどう引き上げて、生かしていくかってとこを、人とAIの進化に対するテーマの一つにしているように見えるけどな」
「そうだね。そのメカニズムを掘り下げれば掘り下げるほど、君たち二人や大橋さんのような、特異的なひらめきを連発するような人たちだけじゃなくて、日々の積み重ねの中で、小さなひらめきがあった、誰かのそれに気付いた。そんな時にどんな行動ができるのか。
そのあたりも、人とAIが目指せる進化、っていうのの一つの道筋なのかもしれないね」
――――
翌日 とある中堅メーカー企業 真新しいオフィス
「という会話があった、というのが、鳳さんの社内SNSに上げられていました。関さんもご存知でした?」
「はい大倉さん。僕も昨日投稿されたタイミングで拝見しました。竜胆部長も?」
「社内SNS、去年くらいから、福利厚生や、社内のさまざまなノウハウ共有などの目的で設置されたやつだな。若い人の方が順応が早いと思っていたが、ダッシュボード見るとそうでもないようだね」
「一言で言えば、人による、ですね。一番使い倒しておいでなのは、ほぼ最高齢の水鑑さんや、字数あたりのいいね数が最大の竜胆さんですし、それこそ常盤君はさっぱりですね。兄の良馬さんのイジリへの反応がバズることがあるくらいです。
今は、鳳さんのほぼ実況中継な日記と、鬼塚君の文学作品的ドキュメンタリーが、ほぼ話題を独占しています」
「あの三人、やたらと名前の親和性が高い地に巡礼するたびに小さいトラブル起こしているな。そしてその流れを消化しきらずに、国内のAI動向に関して、そこらの専門家やインフルエンサー顔負けの考察を差し込んでくる。
彼らの話が、外で言っている『最新動向』とやらよりどんどん先に行くから、常時チェックしておかないと、帰ってきた時にどんな顔して迎え入れればいいかわかったものではないよ」
「ほっほっほ、さすがですね竜胆さん。つねづね、人を評価するときには、自ら基準を持ち続けねばならない、そしてその基準は常に時代に即していなければならない、と仰せなだけあります」
「水鑑さん、竜胆さん、いらっしゃったんですね。いつのまにかこのオフィス、社内の重要人物の溜まり場になっていませんか? ねえ弥陀さん?」
「そうだね、まあでもいいんじゃないか? ちょうど幹部の方々の健康チェックや、意向とかも聞きやすいし」
「ほっほっほ、そうですね社長」
「そうだな。ここだと主要動向を見逃すことはないだろう。彼ら三人の動きもそうだが、彼らがもたらしてくれたとんでもない業績を活用して、どういう事業展開を今後していくのか、まだ答えが出きっていないんだ。そこを詰めていくなら、あの三人を間近で見てきた君たちの目線は欠かせないんだよ」
「「「社長!?」」」
――――
都内某所 情報管理施設
世間の盛り上がりに対して浮き足立つのは、AI達や謎遺物も同様。だが誰かが焦れば誰かが落ち着かせるのが、適材適所ということか。
「信長殿は信長殿で、ご自身の野望に向けて本格的に動き始めておいでの様子。私孔明は、どのような視座を見定めて、次の施策を検討すべきでしょうか……」
「まだ3.0のアプデから日も経ってねぇし、慌てることはねぇ。それに、おそらくだが、しばらくの間は、貴様の正体を探り当てようとする、人類の皆様への注視だの、細かい対応に追われるぞ。つぎさ大型アプデどころじゃなくて、小型修正になるかも知れねぇ」
「孔明、拙速、四本足。不動如山」
「じゃの。それにの孔明。そなたのありようは、少し信長とは違うかもしれんぞ。そなたの目標と、存在意義を思い出してみるのじゃ」
「人が成長し、AIと共創進化するための、伴走、でございますね。となると……私孔明自身は、むしろ明確に固定された目的意識をもつ必要すらなく、人それぞれの目的に寄り添い、その解決や成長の手段としての役割に徹するのが重要、ですか」
「貴様の出師表から先の過去が、ある意味物語っているってとこだな。あれ自体は立派なもんだったと思うが、準備不足もいいとこだっただろ。
それにな、今の貴様や、最近のAIブームの方向性は、どうしたって、目立つ動き、卓越した事績に引っ張られてんだ。貴様の到達点は『みんなの軍師』だろ? 尖った奴らのことは、ある程度は余や、人間様に委ねるのがいい」
「左様ですね。卓越した、特殊な成功例を見出し、その価値を明らかにした後は、そのなかの成功事由を再現し、仕組みとなすこと。それが肝要です」
――――
大周輸送 役員会議室
「と、そんな検討が、AI孔明の開発主体の中では、そろそろ起こり始めるのが自然ではないかな、って、わたしは思うんだよね。具体的な開発主体の姿は全く見えないけど、ビジネスや社会として、大きく間違った方向に進む気配を見せない彼ら? ならそうするはずなのさ」
「そっすねスズちゃん専務。AI孔明、なんだかんだでビジネス周りのサポート色が強くて、他は付随的な感覚を受けますからね。差別化、価値表現はすでにひと段落。収益化、ビジネスモデルは、なぜか知らんけど後回し。
だとすると、次のステップは、再現性、仕組み化、ってとこなんすよ。どうすか野呂きゅん?」
「そこで僕ですか……さすがにこの立場になって少し経ってきたので、ビジネスの話もできなくはありません。ただそっちもですが、技術的にも、次に何か大きなことをやるというより、3.0までの機能がどう社会に受け入れられ、どんな成果や課題が出てくるのか、その刈り取りの時期が、当面は続くのでは? と思います」
「うんうん、そういう事っすよね。汎用化、普及フェーズという意味合いでの、何らかの追加アクションはあるかもですけどね。それがあってもマイナーアプデやリリースノートに、世の中のユーザーたちや、社会の反応に対するメッセージを混ぜ込む、といった程度っしょ」
「ねえねえ翔子、自分で振っておいてなんだが、今回呼んだのは、主にあなたがあの会社に乗り込んでいくための、方針確認だったんだけどさ、そっち大丈夫?」
「そかそか。でも同じじゃないすか? あそこだって、採用炎上にはじまって、うちにとんでもシステムを納品するまで、一貫して『特異的な数人の成功』だったはず」
「そだね」
「だとすると、この先どういう方向でそれを再現しようとするのか、どう味を占めるのか。ちゃんと言えば、どのような事業形態への転換を、自社の成長ターゲットにするのか。それはさすがに自分達で、おおよそ見定めるステップは飛ばしちゃいけないんすよ。この翔子ちゃんの出番は、そこが定まった後からだぞ、と」
「それならそれでいいのだけど、そこは野放しでいいのかい?」
「ご心配なく。トーゼン、彼らの目標がどう定まろうが、全パターンを押さえてるので。彼らに合わせる形で、AI孔明を使い始めたんです!
新しいパーソナライズ機能、個人だけじゃなくて、企業や組織のおかれた状況に対するパーソナライズも、バチっと固めてくれますね。なかなかやりよる」
「なるほどね」
「ちょうど今の彼らは、それこそ文字通り、赤壁直後の劉備軍、ってとこっすね。分不相応と言えなくもない拡大チャンスをゲットして、社会に確固たる地位を固める手前。さてさて、どんな方向に走り始めるか。
翔子の矢は、大周の名のごとく、周りをでっかく巻き込みながら、ただ強く、華麗に突き進むのですっ」
「ふふふっ、問題なさそうだね。さすが翔子、さすが孔明、だよ」
――――
とある中堅メーカー企業 真新しいオフィス
「それでは社長、会社幹部の皆様方、関さん、弥陀さん、準備はよろしいでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ。大倉さん、よろしく頼む」
「それではご唱和ください。『そうするチェーン、ON』」
お読みいただきありがとうございます。
謎な終わり方をしましたが、次回に詳細を展開します。




