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具だくさんナポリタン



「立派な大人の、立派な助言。立派な考え。ありがたいご指導ご鞭撻ですね。さぞ、多くの子供たちを導くことのできるお考えですね」

「……何か気に障ったのだろうか」


 広場を眺めながら、声音ばかりはどこまでも明るく感心しきったように言うと騎士さんは声を低くした。と言って、私の機嫌をうかがっているわけではない。単純な疑問を口にしている、というだけ。


 いいえ、別に。と、私がにこにこ微笑むと、騎士さんが顔を顰めた。私が彼の考えに関して、反抗的な態度を取っていると感じ、それは私個人の自由だと受け入れつつ、現実を知らぬ者が若者を炊き付けるような真似はしてくれるなと、その目が言っている。


「多くの者が理想を抱き、足掻いて我武者羅に生き進んだとて、得られるものは何もない。人は過去を変えることは出来ず、現在行う全てが結果に繋がる。子供の視野は狭い。目先の叶うはずのない夢物語を追いかけて無為に時間を浪費する必要がないと若者に示す事が我々の務めだ」

「だからなんです。だから、大人が決めてやろうとでもいうのですか」


 この国に身分制度があるのなら、身の程を弁えることも必要になる、というのはわかる。広場のアゼルくんは、的になるのが終わり、勇者候補たちの使い終わった道具を集めている。


「あの子が何になりたいか、それを決めるのはあの子でしょう」


 そもそも、勇者に成れなかったとして、それだけで人生が何もかも決まってしまうと思っている方が視野が狭い。アゼルくんはまだ十代。十年失敗したってまだ三十路手前だ。


「人間、自分が死ぬ一週間前が幸せならあとは全て途中経過ですよ」


 私はきっぱり言い切って、踵を返した。

 騎士さんが何か言いたそうにじっと私の背中を見つめている視線を感じはしたが、お互い成人している者同士。価値観、主義主張の違いは今更変わらないだろう。ということは、関わらない方が良い。と、私はそういう判断を下す。


 まぁ、私の方から近づかない限り、金輪際お会いすることもないだろうな!!



*



「夜分遅くに失礼する。当人に確認をしたところ、勇者になろう、という考えはそもそもないそうだ」


 再会が思ったよりも早かった。


 午後、九時半過ぎ。

 さてそろそろアゼルくんがやってくる頃だろうと、大鍋にいっぱいのお湯を沸かしているところに、やってきましたアゼルくん、と……もう一人。


 日中お会いした私と教育方針の異なるいけ好かない騎士さんだ。


「…………」

「あの、すいません。教官が、あなたに会いたいって……」


 アゼルくんは申し訳なさそうな顔をして私に頭を下げる。子供に謝らせるなど、大人として恥ずかしくないのか。


 私はスン、と顔から表情を消し騎士さんを見上げる。


「突然の三者面談ですか。えぇ、構いませんよ。ちなみにこの家はこの玄関、段差になっているところを上がる前に靴を脱いでいただきます。来客用のスリッパがあるのでそちらに履き替えてください。あとその黒い甲冑は邪魔以外の何物でもないので玄関前に置くか脱ぐのが無理ならお帰りください」


 騎士の甲冑は簡単には脱げないだろう!

 私は全力で帰れ!と目で訴える。こうしている間にもぐっつぐつとお鍋のお湯が茹っている。まぁ、私のキッチンは有能なので沸騰したまま操作をしないと火は自動的に消えるが。


「……」


 騎士さんは溜息一つ、一度目を伏せて眉間にしわを寄せると、軽く手を動かした。するとどういう原理か、騎士さんの嵌めている指輪が黒く輝き、みるみる甲冑が吸い込まれていく。


「……もしかして魔法少女?」

「あなたが何を言っているのか理解できないが、少女、という単語は私を形容するのに相応しくはないだろう」


 違うらしい。

 けれどどう見ても、指輪で衣装(?)が変わる、というのは魔法少女の要素ではないのか。勇者候補という素質があるのなら、魔法少女の素質もあって、目の前の美中年がそれを持っていてもおかしくないと思う。異世界だし。


「…………」


 私が考えていることがわかるわけではなさそうだが、騎士さんは心から嫌そうに眼を細めた。


 しかしお互いいい大人だ。

 ギスギスすることは大人げないとわかっている。騎士さんは「失礼する」と丁寧に頭を下げてマイルームに入って来た。


「……」


 当然驚く。

 ここはいったい何なんだと、理解できない物ばかりに溢れる部屋の中をぐるりと眺め、しかし何も言わずにアゼルくんの隣の椅子に座る。


 私はウィルソンくんに視線を送った。

 この家に来て、顔の描かれたバレーボールの上に枝とか葉っぱをぶっ刺しているブツを見て何も言わなかったのはこの騎士さんが初めてだ。


 もしや、大物?


 まぁ、今はそれはどうでもいいとして。


 私はとりあえずアゼルくんがお腹を空かせているだろうと思い、キッチンに引っ込む。

 大鍋の中はお湯が出来ているが、やはりコンロの火が止まっている。もう一度火をかけるとすぐにお湯が再沸騰し、私はパスタを茹で始めた。


 しかし手際のよい私。

 すでに山盛りパスタが茹でてある。それも当然、今夜はナポリタンだ。

 ナポリのタン。なにがタンで何がナポリなのかわからない。ただタンは別に牛タンというわけではないらしく、入るお肉はソーセージだ。


 大量のケチャップに、大量のピーマンと玉ねぎ、そしてスライスしたソーセージ。ここでソーセージをスライスすることに意味がある。ハングリーな子供でも、ソーセージの塊そのままを茹でてぽん、と出すより、このケチャップまみれのパスタと絡めてソーセージを食べると、満足感がマシマシになると言う。

 お子様の苦手なピーマンもケチャップの甘さで苦味が良い具合のアクセントになる、と信じている。

 まぁ、アゼルくんはピーマンを嫌うお子様、というわけではないだろうが。


 油を引いたフライパンに野菜とソーセージ、そしてパスタを炒めていく。普通、パスタと言えばソースに絡めるもので炒めるなんぞソースが蒸発するし折角のアルデンテ麺が台無しになってしまうと思うだろうが、仕方ない。これがナポリタン。何がタンで何がナポリなのかわからないが。区切るところが違うのかもしれない。ナポ、リタンなのかもしれない。一文字変えると栄養ドリンクのようである。


 はいどうぞ、と、白い大きなお皿に大盛りのナポリタンをよそって、アゼルくんにお出しする。以前教えた「いただきます」というマナーをしっかり守って、アゼルくんがスパゲッティをぐいっと、フォークにさして……食べ方に迷うように顔を上げた。


 っは……そうか、ないのか、この異世界に……パスタ。


「これはこう、巻いて食べるのよ」


 くいくいっと、私は自分の分のお皿のスパゲッティをフォークに絡めて実演して見せる。


「……はい、なるほど……?」


 わかったようなわからないような、首を傾げつつ、しかし良い匂いに我慢できなくなったのだろう。某泥棒アニメの、某映画のワンシーンのように、物凄い勢いでスパゲッティが消えていく。


 うんうん、良い食べっぷりだ。

 この素晴らしい光景を見ていると、今度はナポリタンではなくてミートボールのスパゲッティでも作ろうか。アゼルくんを見ていると「次は何を作ろうかな」と楽しくなる。


 人を笑顔にするこのできるこの子はなんと素晴らしい存在か。


「…………」


 私がにこにことアゼルくんの様子を見ている、その正面で騎士さんが眉間に皴を寄せたまま、アゼルくんのお皿を見ている。


 ……。


 …………。


 ……水くらいは出すべきだろうか。


 

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