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驚きのプライス、握れよ米


「ウィルソンくん、話があります」


 早朝。

 私は燦々と降り注ぐ朝日を背中に浴びながら、自分の向かいに話しかける。


「私は神に誓いました。そう。必ず、6合炊きの炊飯器を買う、と」


 ウィルソンくんは何も言わない。

 

 当然だ。


 ウィルソンはバレーボールなのだから、話せるわけがない。話始めたらホラーだ。私は全力でバレーボールを窓から捨てる。


 なぜバレーボールに話しかけているのか?私は正気だ。正気だからこそ話しかけているのである。異世界に拉致られて右も左もわからない人間が正気を保つためにはバレーボールに話しかけるしかないのだ。お値段なんと3500ポイントだった。


「6号炊きの炊飯器のお値段をご存じですか、ウィルソンくん」


 ウィルソンくんは無言だ。

 おそらく、私が何を言いたいのか、いったいなぜウィルソンくんが朝から詰められているのか。聡明なウィルソンくんは察していることだろう。けれど何も言わない。もちろんそれが懸命だ。


「6合炊飯器タ〇ガーのお値段、3500ポイントです。私の所持ポイントは2000ポイントと少し。つまり、買えません」


 心なしかウィルソンくんの顔色も暗くなっていく。


 背筋を伸ばして真っすぐにウィルソンくんを見つめる私の顔は逆光でウィルソンくんからは見えないはずだ。それがますます、ウィルソンくんの顔に影を作る。


「もちろん」


 私はゆっくりと言葉を区切った。


「ウィルソンくんを責めたいわけじゃありません。ウィルソンくんは私の異世界LIFEにはなくてはならない存在で、当時所持ポイントが10000ポイントあった私が3分の1以上もかけてもウィルソンくんと暮らすことは必要だったのです。まぁ、あの当初はポイントの価値をよくわかっていなかったというのもありますが」


 私が立ち上がって少しずれた位置から笑みかけると、ウィルソンくんの顔がぱっと明るくなった。


「今はなすべきなのは、今後の金策……じゃなかった。ポイントが増える法則を掴む、ということです。サハイさんには言えません。異世界に行く方法があるなどと知ったら、どんな考えを持つか、私には想像もつかないからです。ロクなことにならない可能性の方が高いでしょう」


 もちろんこの話はウィルソンくんも同調してくれるはずだ。


 何の罪もない酔っ払いOLを何の了承もなしに拉致って自分の世界のために利用しようという思想を持つ者が、どんなに私の今の身の安全を保障してくれていようと、後見人になってくれていようと、そこは、まず人間性として信用に足る相手にはならない。


「私が信頼しているのはウィルソンくんだけ。だから一緒に考えて欲しいのです。なぜポイントが増えるのか」


 私は再び椅子に座り、ウィルソンくんと向かい合う。


 基本的に購入したのは日用品や食材だ。

 それらを使用する。食材は調理して、食べる。


 何かがあると、夜就寝前にタブレットを確認したときに増えている。


 たぶんだが、1ポイント100円計算と考えていい筈だ。


 元々は10万円ほどあった。現在の所持金は2万円程度と考えていいはず。


 そしてこのポイント、月一でごっそり1000ポイントほど減る。

 たぶん光熱費の集金だろう。


 家賃が集金されていないのは、もともとのこの部屋が私の持ち家だったからだろう。


 じぃっと、ウィルソンくんと見つめ合って暫く。

 けれど答えは出ない。


 私は溜息をついて、気持ちを切り替えることにした。


 朝ごはんを食べよう。


「炊飯器がなくとも米は炊ける……!」


 そう。家には鍋がある。


 洗ったお米を水に浸けておいて一時間と少し。水分は少し少な目に。


 強火で沸騰させて、アルミフォイルで蓋をする。弱火で10分、火を止めて15分ほど蒸らせば、あら不思議。ふっくらツヤツヤな白米が炊き上がる。


 こちらをさらに5分ほど冷ましている間にお茶碗とラップを用意する。


 おいしい白米は、おにぎりに限る。

 握る、といってもギュッ、とは握らない。ギュっという効果音はドクターKにのみ許された効果音だ。おにぎりを握る時の音としては相応しくないのだ。

 少し冷ますことで、お米がきゅっと縮んで空気が入る隙間ができる。こうすることで軽く握ったおにぎりは固くなりすぎず、ほろっとほぐれるおいしいおにぎりになる。


 私はウィルソンくんに見守られながら、ただおにぎりを握り続けるだけの女になる。


 具は不要。


 塩にぎりで良い。


 もちろん、梅干しや鮭、茹で卵など入れてみるのも良いけれど、白米のみの塩むすびが時々無性に食べたくなる時が、人には誰しもあるものだ。


 そうだろう、ウィルソンくん。まぁ、ウィルソンくんはバレーボールだから食べられないし、そもそも人じゃない。


 私はにぎったおにぎりの内、3つを風呂敷に包んでお仕事用のかばんに入れる。2つは今この場で食べるので、気に入っている黒いお皿に置いて、インスタントの味噌汁をセットし、両手を合わせた。


「いただきます」


 もぐもぐ、ごっくん、と、白米だけのおにぎりを食べる。


 味噌汁はしじみだ。白い炊き立てのお米は甘い。味噌汁が体の芯まで沁みていく感覚がある。


 今日の1日を頭の中で整理した。

 サハイさんの研究室で実験補助に、この前サハイさんが興味を示した私の世界の図鑑の翻訳。


 夜にアゼルくんがやってくるかもしれないから、夜ご飯は何にしようか。


 いい塩梅にお米がお鍋でも炊けることがわかったから、今度はアゼルくんに3合しかない炊飯器をしょんぼりと眺めさせずに済むだろう。



なぜバレーボールにウィルソンと名付けているのか→映画が元ネタ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 元ネタ、あれですね。 判っておりますとも。
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