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朝食は小倉あんバタートースト


「…………案外早かったですね」


 早朝。まだ空が薄暗い時間に、男の子、アゼルくんを見送ってひと眠りしようと扉を閉めて五分ほどしたところ。がちゃり、と、当然のように扉を開けて入ってきたのは丸眼鏡をかけた猫背の、陰湿な男性。目の下にはクマがくっきりと浮かんでいるし、肌は青白いを通り越して土色だ。病人待ったなしの男性だが、私の雇用主でもある。


「起きるのがですか。これからまた寝ますよ。出勤時間は守りますから」

「男を連れ込むのが、です」


 なるほど。


 おとこをつれこむ。


 ……おとこをつれこむ!!?


「はぁ!?」


 驚く私を、元宮廷ナンバーワンの魔術師サハイ殿はじろり、と睨みつけてきて呆れるようにため息をつく。


「まがりにも貴方の後見人はこの私なんですからね。貴方が我が国の貴重な勇者候補を誑かしている、なんて噂が宮中に回れば、私の評価も下がります」


 そんな……。


「これ以上、下がる評価があったんですか……?」


 このサハイさん。

 魔術師。

 平和な日本で平和に国民の三大義務を果たして平和に生活していた私を、城壁の向こうはモンスター、デッドオアアライブな異世界に連れ込んだ張本人だ。


 お金と時間、ようはコストのかかる勇者育成よりも「伝説の聖女」を召喚し、魔王を消滅させることが出来ると息巻いて、勇者教育の予算の1/10を費やして行いました聖女召喚。


 結果。


 召喚されたのは私。


 オンリー!!!!!!!


 飲み会帰りのOLが、荘厳なる神聖な大神殿でへべれけになった状態で召喚された。

 この国の黒歴史以外の何物でもない。


 魔力や特別なスキルがないことは誰の目にも明らかだったが、それでも一縷の望みを託し、貴重な聖遺物を消費して私の潜在能力から何から頑張って調べて頂いたらしい。酔ってたので覚えていないが。


 結果。


 なし!!!!!!!!!


 何もなかった。

 本当に。

 申し訳ないくらいに、何もなかった。


 ついでに言えば私の体に腫瘍が発見され、この異世界の医術で治療していただけたという……私にとってはありがたかったが、向こうには何の得もない。


 私は「折角バカ高い資金が費やされたのだから」と放逐されることもせず、殺されることもなく、まぁ、異世界の知識が何かの役に立つかもしれないからと、召喚した魔術師サハイさんの元で働くことになった。


 サハイさんは聖女召喚失敗と、多額の資金を無駄にしたということで一気に閑職に追いやられたそうだが、それは私の責任ではない。


「……」


 私のうっかりとした発言にサハイさんはまたじろり、と睨んでくる。

 

 しかし私はこの陰気な魔術師をいつまでも相手しているほど暇ではない。


 人間に最も必要なものは何か?それは睡眠だ。


 忙しいジャパニーズビジネスマンをやっていたころは「寝たら明日になる」とか「寝た分だけ仕事が残る」と何かに追われていたが、ここは異世界。会社との雇用関係は私が異世界に飛んだことでどうしようもできなくなっている。

 

 そう、つまり、私はサハイさんがブラック企業のブラック上司化しないかぎり(まぁ、閑職に追いやられたサハイさんが忙しくなることなどあり得ないが)連勤四日、一日休み、労働時間四時間がしっかり守られた素晴らしい生活を送れるのだ!!


 



「うわぁ、まだいる」

「それの何か問題が?」


 真実の眠りを提供する低反発マットレスでの心地よい睡眠をむさぼった私が居間の扉を開けると、二時間前と同じ、ソファに腰かけてバー〇パパシリーズの絵本を読んでいるサハイさんがいた。


「いつみても珍妙な文字ですね」

「漢字とひらがなとカタカナと、ものによってはアルファベット表記も混じってますからね」

「あなたにさせている翻訳の文章と照らし合わせて読んでも法則性が掴み切れません」


 フン、とサハイさんは鼻を鳴らす。


 さてこの部屋。

 魔術師のサハイさんが用意してくれた、王宮の日当たりのそんなに良くない隅っこの、昔は何かの研究室として使われていたらしい小屋、だった。


 元々それほど広くない、入口から入ってすぐが居間で、奥に小さなベッドが入るくらいの小部屋が一つある程度の空間だったのだが。


 あら不思議。


 今は、扉をあけると十二畳ほどのリビングと、奥は六畳の寝室、リビングの横の扉をくぐると人が設備がそこそこ整った台所があり、なんとその隣はバスルーム。


 私の日本で使っていた部屋がそのまま転移している。


 体の隅々まで調べられて「無能、無価値」とあっさりポイ捨てされた私だったが、私になんの能力がなかったとしても、どうも持ち物に奇跡が宿っていたらしい。

 サハイさんに用意された小屋に入る時、ドアノブを掴んだとたん、小屋の扉が「閉まって」いた。

 見ると私が知る鍵穴があって、その頃ちょっとばかしやさぐれていた(異世界から拉致されて、いろんな検査をされて無能だなんだと罵倒されたので当然だが)私は冗談半分で自分の首から下げていた自宅の鍵を(酔って無くさないようにいつも自宅の鍵は首から下げていた)差し込んだところ、この奇跡が起きた。


 一週間程度は黙っていたが、サハイさんにバレ、さてこの陰険な眼鏡はこの奇跡を王様に報告して名誉挽回でもはかるのかと思いきや、考え込んで出した結論は「黙っていなさい」ということだった。


「サハイさんは朝食は……食べてなさそうですね。一緒に食べますか?」

「例のあの泥水のようなものなら飲みませんよ」

「砂糖なしの珈琲はレベルが高かったですよね、すいませんね」


 ふぁああ、と欠伸をして私は顔を洗いに洗面所へ行き、今日の朝ごはんのメニューを考える。

 私一人だったら適当にお茶漬けでもサラサラと食べて終わりだったが、サハイさんがいる。


 研究に没頭すると三日はご飯を食べるのを忘れて、気付くと頬がこけているひとだ。サハイさんが何か食べようと言う気持ちになっている時は、まぁ、何か栄養のあるものを食べさせたいという気持ちになる。


 口は悪いが、この人が私をいろんなものから「守って」くれているのは、最近なんとなくわかって来た。


「……今度は泥の塊ですか?」

「小倉あんって言うんですよ。小豆っていう豆を甘くしたやつです」


 サラダとゆで卵と、トーストにバターとあんこをたっぷり乗せて朝食セットとする。


 冷凍庫に冷凍していたミネストローネがあったので電子レンジでチンして木製のカップに注いだ。


 あんこを見て泥とは。外国人あるあるな感想を早速頂いた。

 私がサクサクと食べていくと、サハイさんは眉間に皴を寄せたものの、「別に、こんなものに臆する私ではありません」と、聞いていないのに何か言いながら、意を決してサクっと、小倉あんバタートーストを召し上がる。


 一瞬はっとしたような顔。

 驚いて、目を見開いて、もぐもぐっと、何かを確かめるように噛みしめて、そして目が細くなる。


 そしてそれをじっと見ている私に気付いて慌てて不機嫌そうな顔に無理やり表情を戻す。


「わ、悪くはありませんね!ま、まぁ、異世界の食べ物は、物珍しいというだけですけど!!」


 美味しかったんだろうな。


 サハイさんは甘いものがお好きだ。


 魔術師というのは国でも高い地位を持っているらしいので砂糖をたっぷり使った「甘い物」、高級品であるお菓子やなんかを手に入れることはできるはずだ。

 だが、お菓子というのは女性や子供が好きな物というイメージがあって、自分のことを「冷静で孤高の気高い魔術師」だと思っているサハイさんは、甘いものを買いに行ったり買いに行かせたりということができない。


「この空間のことは、私と王弟殿下しか知りません。あなたが男を連れ込みたい性質の女であることは仕方のないことですが……」


 朝食を食べ終えて、食後の紅茶と御茶請けのクッキーを二枚ほど召し上がった後でサハイさんはそんなことを言ってきた。


「男を連れ込むって、相手は子供ですよ」

「勇者候補ということは十六歳は超えているのでしょう。大人の男ですよ」

「私の基準では二十歳以下は大人が保護する子供ですが」

「……そうなのですか?」


 てっきり何か言われるかと思ったが、サハイさんは意外なほど、素直に私の言葉を聞いてくれた。


「ではなぜあの青年と夜を過ごしたのです」

「ご飯を食べてもらっただけですよ。あの子、お腹を空かせていたので」

「……」


 時々、サハイさんは妙な顔をする。


 じっとこちらを、馬鹿にするでも見下すわけでもなく見つめてきて、まるで私が何か得体のしれない存在でもあるかのような目を向けてくる。


 何か言いたいことがあるのなら、普段のようにはっきり言えばいいのに、こういう時のサハイさんは何も言わない。言わないので私も黙っている。


 洗い物をしてしまって、部屋の掃除を簡単にして、そろそろ職場へ向かわなければ間に合わないだろうという時間になったので、私は難しそうな顔をしているサハイさんを引っ張って、家を出た。

 


魔術師サハイくん、19歳('ω')

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