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マイペースな銀髪少女 3

わたしがため息を付いていたら、建物の入り口の方から人の気配がした。ダコタおばさんが手のひらに真っ赤なりんごを持って戻ってきたのだった。

「ほら、これ、食べなよ……、ってその子は? 見ない顔だね」

「はい。今日の夜に会いました」

わたしが答えたら、銀髪少女がサラリとした髪の毛を揺らしながら、ペコっと小さく頭を下げた。


「その子も晩御飯食べてないんだったら、2人分持ってきてあげたら良かったね」

「りんごってそんなにたくさんあるんですか?」

「たくさんは無いよ。ただ、この生活に慣れるまではお腹が空いている状態で仕事をさせるのも酷だろうからさ。あたしたちは良いけど、若い子はちゃんと食べなってことだよ」

優しいダコタおばさんの考えは嬉しいけれど、申し訳なくなってしまう。ここでの生活が苦しいことに年齢なんて関係ない。一刻も早くダコタおばさんたちみんなをエルフ様たちの支配から解放してあげたかった。


「あの、ダコタおばさん……。もし、わたしたちがエルフ様たちから解放されて自由になったら、何かしたいこととかありますか?」

「そんな意味のない仮定をしても、虚しくなるだけだろ?」

ダコタおばさんが寂しそうに笑った。意味のない仮定……。きっとダコタおばさんはこの環境に長年いて、すでに解放されることを諦めているのだろう。気持ちはわかる。わたしなんて、たった半年ほどの生活ですでに暗澹とした気持ちになっているのだから。わたしがエルフ様を改心させます、なんて根拠の無い自信を伝える気にもなれなかった。


「……ですよね。変なこと言ってすいません……」

そんなわたしの様子を見て、ダコタおばさんは少し笑った。

「あー、でも、もしも自由になったら他の街を見てみたいかな。もうずっとこの街から出ていないからさ」

「……いつか、見せてあげられるように頑張りますね」

ダコタおばさんが一瞬首を傾げたけれど、「ありがとね」と伝えてくれた。

「さ、悪いけどあたしは先に眠るから、あんたたちも早めに寝なよ。明日もまた早いからさ」

「はーい」と答えてダコタおばさんが去ったのを確認してから、銀髪少女があたしの腕をギュッと組んできた。


「あなた、エルフたちをやっつけてくれるんですか?」

「え?」

なんでそんな話になったんだろう。

「だって、エルフを倒した後の世界の話をしていたじゃないですか? エルフを倒すことを想定していないと、こんな絶望的な世界で、つまらないことは言わないはずでは無いですか?」

海色の瞳がわたしを覗き込む。おっとりしていそうで、意外といろいろなところを見ているんだな、と感心してしまう。


「そりゃ、懲らしめられるのなら、懲らしめて改心してもらいたいけれど、今のわたしの大きさじゃ……」

「そうですね、プチッと潰されちゃいます」

そう言って、銀髪少女がわたしの目の前で親指と人差し指をゆっくりとくっつけた。

「実際、エルフ様たちからしたら、これだけで攻撃終了なんだよね……」

わたしは苦笑いをした。あまりにも強すぎる。


「いえ、あなたの大きさなら小さすぎて指紋に挟まって回避できるかもしれませんよ」

「そんな一時的に回避できてもねぇ……」

わたしはため息をついた。

「あの人たち、巨大メイドさんのこともプチッと潰せちゃうし、絶望的だよね」

言いながら、昔お姉ちゃんが言っていた言葉を思い出す。


『一撃で山を崩せる魔法を使うこと。それがエルフ様をお仕置きする為のスタートライン』


そんな魔法が使えるのは、お姉ちゃんを含めてもきっと国中に5人もいないと思う。一度お姉ちゃんは実演してみせたけれど、その強力な魔法の代償にお姉ちゃんは3日ほど寝込んでしまった。それだけの大袈裟な、命懸けの攻撃をしても、元々魔法耐性のあるエルフ様にはせいぜい軽い火傷を負わせられる程度らしい。なんなら、エルフ様たちと同じくらいの山のような大きさになっても、魔法を使われてやられてしまう気がする。わたしがどうしたら良いのかわからず困り果てて苦笑いをしていると、銀髪少女が提案をしてくる。


「エルフに比べたら、メイドくらいならやっつけられませんか?」

「え?」

「メイドもわたしたちも同じように、エルフにとっては指先で潰せてしまえるサイズなんですよね?」

「まあ、そうだけど……」

「なら、やっつけられませんか?」

わたしはぼんやりと上を見上げて、先ほどまで見ていた巨大なメイドさんの姿を思い出して、ため息をついた。首が痛くなりそうなくらい見上げなければ視線の合わないメイドのことをわたしたちと同じように小さいとは、とてもじゃないけれど、言えなかった。


「十分でかいよねぇ……」

呆然としていると、銀髪少女がわたしの手を両手でソッと包み込むようにして、顔を近づけてくる。至近距離で見る海色の瞳は、本当にわたしを海に連れて行ってしまいそうなくらい、雄大だった。まるで、瞳に吸い込まれてしまいそうなくらい、綺麗だ。そんな彼女の綺麗な瞳が潤む。

「どうしたの?」

「エフィ様をやっつけてください……。わたし、もう耐えられません……」

銀髪少女の瞳から涙が伝う。花園を管理する意地悪巨大メイドのエフィ様のことが余程怖いらしい。


「でも、もう花園からここに逃げてこられたんだし……。ここも毎日の重労働でまったく楽ではないけれど、エフィ様って人のところよりもはずっと楽でしょ?」

そう尋ねると少女が首を横に振った。

「まだ、逃げられてません……」

「え?」

「きっと明日にでもエフィ様はわたしを捕まえるためにここにやって来ます」


銀髪少女の瞳からボロボロと涙が溢れた。月に反射した涙があまりにも綺麗だったから、ほんの一瞬、真珠でも瞳から溢れてしまったのかと思ってしまった。泣きじゃくる彼女がエフィ様に強いトラウマを植え付けられているのは理解した。理解はしたけれど、それをわたしが解決できるのかどうかとはまた別の話だった。

「助けてあげたいけど、わたしじゃ無理だよ……」

わたしたちを管理するメイドと比べても、エフィ様という人物は容赦が無さそうだった。


わたしの答えを聞いて、銀髪少女がグッとわたしに顔を近づけてくる。鼻先が触れ合うと、想像していた彼女の臭いとは違う、嫌な臭いが彼女から漂ってくる。多分体を洗う機会もほとんどないのだと思う。彼女にはうっすらと、乾いた唾液の臭いが付着していた。これはきっと、エフィ様の唾液の臭い。銀髪少女が相当辛い目に遭っていることは容易に想像がつく。

「お願い、助けてください……」

頼む人完全に間違ってるよ……。せめてお姉ちゃんみたいに最強クラスの魔女だったら、なんとかできるかもしれないけどさ……。


「善処はするけどさぁ……」

わたしは視線を逸らして、かなり小さな声で答えた。普通に見たら明らかに拒んでいると思われてしまくらい、拒否感を出しながら。それなのに、彼女はわたしのことを思いっきり抱きしめてくる。

「やった! やった! 助けてくれるんですね!!」

さっきみたいに洞察力を発揮して欲しいんだけど。この子、しっかりしているのか、鈍感なのかよくわからないな……。


密着されると、エフィ様の唾液の臭いの他に、彼女本来の柔らかな匂いも漂ってきた。優しく上品な匂いが。

「い、いや、えっと……」

これだけ喜ばれて助けられないなんて言う度胸をわたしは持ち合わせてはいなかった。

「善処はするけどさ……」ともう一度虚しく呟いたのだった。

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