マイペースな銀髪少女 1
「あ、そうだ! 早くご飯食べに行かないと!」
すでに時刻は22時を過ぎている。今日の晩御飯がエルフ様の好物であればおかわりされてしまえばわたしたちの分が無くなってしまう。晩御飯で全ての食糧が無くなってしまえば、必然的に残り物をみんなで分ける朝ごはんも無くなってしまう。
エルフ様が少しいつもよりも多く食事を取っただけでわたしたち1000人分の食糧配給に影響が出てしまうのが当初は不思議ではあった。だけど、今ならわかる。エルフ様はあまりにも大きすぎるから、与える影響もとんでもなく大きいということが。
わたしたちを厳しく管理する、強くて大きなメイドさんですら、エルフ様たちにとっては足元をうろつく小虫サイズなのだから。この地区で仕事をしているわたしたち約1000人分の食事よりも、エルフ様のスプーン一杯分の食事の方がずっと多いのだ。
そんなわけで、不安定な食糧配給制度になっているので、できれば22時よりも早くに食堂に行きたかったのに、メイドさんに捕まっていたせいで、全然間に合わなかった。食堂に着いた時にはすでに空になっている大鍋を呆然と見つめながら、ため息をついた。
「今日は配給少ない日だったみたいだよ」
食堂にただ一人残っていたダコタおばさんが、肩をポンっと叩いて慰めてくれる。
「まだ残ってたんですね」
「サーシャが就寝スペースのいつもの場所にいないみたいだったから、心配で探してたんだ。無事に見つかって良かったよ。まさかメイドに罰でも受けてたんじゃないかと、心配になったからさ」
メイドに捕まっていたのは合っていたけれど、不要な心配をかけるのも悪いから、それは言わなかった。ダコタおばさんはわたしが一人でここにやってきたときから、とても目をかけてくれて優しかった。
「まだサーシャが食堂に来てないってわかってたら、残しておいてあげたんだけどねぇ……」
そんな優しい言葉をかけてくれるけれど、わたしたちの食事って一切れのパンと1杯のスープとかだから、とてもじゃないけれど、誰かと分けられる量ではない。ましてやあの重労働の後で。
「みなさんいっつもよくこんな少ない量で持ちますね」
「なぜだかわからないけれど、配給の食事は腹持ちが良いんだよ。だから、食べられさえすれば平気なんだけどね」
「えー、ぜんぜん持ちませんよ!」
わたし、常にお腹ぺこぺこなんだけれど……。わたしが欲張りなんだろうか。
「サーシャは育ち盛りだからね。適当にその辺の果物でも取ってくるから、ちょっと待ってな」
ダコタおばさんがどこかに行ってしまった。果物を取れる場所があることも全然知らなかった。
ダコタおばさんが去ってしまったから、食堂にはわたし以外の人がいなくなってしまった。明日も一日中仕事をさせられるし、特に楽しい娯楽もないのだから、みんなさっさと眠りたいのだと思う。わたしも疲れたし、早く寝たいけれど、ダコタおばさんに待っといてと言われた手前勝手に帰るわけにも行かない。それにお腹は空いているから何かで満たせるならありがたい。
いつのまにかエルフ様たちのお屋敷の電気も消えていたから、月の明かりが室内に入ってきていた。逆に言えば、月の明かりくらいしか、周囲を照らすものがなかった。暗くて静かな食堂で、ポツンと残されていたわたしは思いっきりエルフ様のお屋敷の方を睨んだ。
「エルフ様たちがお代わりしたせいで、わたしの分なくなっちゃったんですけど!」
そして、ベーッと舌を出してみた。わたしなりの全力の無駄な抵抗だ。
もちろん、エルフ様たちの爪の隙間に入ってしまうような小さなわたしたちが数百キロ先から大きな声を出したところで、エルフ様たちの耳に入ることはないのだけれど。なんだか虚しくなっていると、突然後ろから誰かが服の裾を引っ張ってくるのを感じた。誰もいないと思っていたのに、人がいたようだったので、思わず驚いてしまう。
「だ、だれ……?」
恐る恐る振り向いてみたら、そこに立っていたのは先ほどの靴の中を掃除させようとしてきた銀髪の美少女だった。
「なんだ、さっきの子か」
「お久しぶりです」
「あなたのせいでメイドに怒られたんだけど!」
わたしは文句を伝えたけれど、銀髪少女はピンときていないようで、可愛らしく小首を傾げていた。
月の明かりに照らされている彼女のことを暗闇で見ると、どこか溢れ出る気品のようなものを感じた。一般市民のはずなのに、どこかわたしたちとは別の高貴なオーラを放っているというか。少女があまりにも綺麗だから、そんなことを思ってしまうだけだろうか。まるで美術館の展示品みたいに、無機質で美しい少女だった。