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わたしたちの日常 4

「早く脱いでくださいと言ってるのですが。急がないと、あなたの今日の晩御飯が無くなってしまいますよ?」

それは困る。わたしたち一般市民はメイドさんが手のひらで押し潰せてしまいそうなくらいの狭い食堂に集まって食事を持ち帰るのだ。1日の仕事終わりにもらう、使用期限24時間の配給券を使って、早い者勝ちで食事を入手する。


全員分の食事が用意できる日であれば問題ないのだけれど、収穫量がイマイチだったり、エルフのお嬢様様たちがごはんのおかわりでもした日は、わたしたちにあてがわれる食事が少なくなり、人数分行き渡らなくなってしまう。山のように大きな彼女達がたった一切れのパンを多く口に含むだけで、わたしたち数百人分の食事が失われてしまうのだから。だから、体を洗ってもらうよりも、さっさと食堂に向かいたいのだけれど。


「あの、別にわたしは洗ってもらわなくてもいいんですけど……」

「わたしが不愉快なのですよ! 人の足の臭いをつけた人間にその辺をうろうろされるのが! 狭っ苦しい食堂スペースだと、わたしの嗅がれたくない部位の臭いで満ちてしまって、臭いの原因を探られてしまったら嫌じゃないですかぁ」

メイドが声を荒げて恥ずかしがっている。普段は冷酷な監視マシーンみたいな子だから、感情的になっているところが珍しくて、少しだけ面白かった。


「別に、臭かったところで、みんなわたしの体臭だと思うんじゃないですかね」

「あれだけたくさんの人数で靴を掃除していたら、あなたが靴の中に入っているところを絶対見られていますよね。ああ! もうっ! エフィにあなたたち一般市民には夜まで仕事を作らないといけないと言われたから、できるだけわたしと関わらなくて済みそうな仕事を与えたのに、どうしてこんなことに……!」

また出てきたエフィ様。さっき泣いてた銀髪美少女もエフィ様という子に怯えていたけど、一体何者なのだろうか……。


エフィ様のことを尋ねようかと思ったけれど、それより先にメイドさんはわたしを握って、親指でお腹を押さえつけた。

「もう一度だけ、優しく言ってあげますね。洗ってあげるから、今すぐに服を脱ぎなさい、と」

ジロリと睨んできたメイドさんの威圧感が凄くて、怖すぎる。これ、本気で殺しかねない目だよ……。これ以上機嫌を損ねさせてしまうと、このまま握りつぶされてしまうかもしれない。巨大メイドさんは、恐ろしいことに、とても簡単にわたしのことを潰してしまえるのだ。


「わ、わかりましたよ……」

人の手のひらの上を脱衣所みたいにするの恥ずかしいんだけれど。一応メイドさんは気を使ってわたしの方を見ないように地面をみてくれてはいるけれど、何もない場所で脱ぐのは恥ずかしかった。重力に従って滝のように垂れ下がっているサラサラとした黒髪がカーテンの代わりになっていた。仕方がないので、わたしは彼女の指示通り裸になった。


「一応脱ぎましたけど……」

「じゃあ、さっさと行きましょうか」

「行くってどこに……?」

「お風呂ですよ」

「お風呂……?」

メイドさんはわたしの服をテーブルに置いてから、両手の平で水を掬うみたいな形を作った上にわたしを乗せて、シャワーと手洗い場が同じ場所にあるスペースへと連れていく。


メイドさんはお風呂と言ったけれど、湯船はなかった。わたしたちの住環境に比べたら遥かに良い暮らしをしているメイドさんだけれど、それでも体のサイズや絶対的な管理者という好き勝手できる地位にいることを考えたら、結構狭い部屋に住んでいる気がする。部屋だってベッドとテーブルを置いたら、それだけでほとんど歩くスペースの無くなるような部屋だったし(もちろん、わたしたちのサイズなら数百人が余裕を持って眠れるような大きな部屋だったけれど)。


どうやってわたしの体を洗うのだろうかと思っていたら、洗面所に置いてある白色のマグカップに水を入れた。そして、有無を言わさずわたしは水の入ったマグカップの中に浸けられた。

「つ、冷たいんですけど!!」

「我慢してください」

「お風呂ならお湯にして欲しいんですけど……」

「口答えしないでください」

そう言って、メイドさんがわたしの頭を押さえて、水中に頭から浸してくる。全身を冷たい水に覆われてしまった。


冷たいからやめて! という声は水中で出すことはできない。わたしは1000メートルを超えるエルフ様をやっつけるどころか、そのエルフ様の履いている靴の底の高さにすら満たないであろう30メートルのメイドさんにもまったく抵抗ができなかった。メイドさんの力が強すぎて自力での脱出ができない以上、メイドさんがわたしを許してくれるのを待つしかない。でも、それまで息が持つかなぁ。不安に思っていたけれど、メイドさんは思ったよりも早く解放してくれる。


「さ、次は石鹸で洗いますよ」

メイドさんは手のひらで石鹸を泡立てて、わたしを包む。大きな指先で、器用に首元も脇もお腹も洗っていくけれど、少しくずぐったい。

「あ、あの、あんまり洗われたらちょっと……」

足の付け根まで巨大な指を這わされて恥ずかしいんだけど……。

「も、もういいんじゃないですかね……」

わたしが確認したら、またメイドさんが鼻先をつかづけてきてわたしの体を至近距離で嗅いでくる。

「そうですね。もう石鹸の良い匂いになっていますから、大丈夫そうですね」


ようやくわたしは解放されたのだった。柔らかいタオルに体を丸ごと包まれて、水気を取られる。そうして、メイドさんがわたしのことを玄関先の地面に置いた。目線の先にはストラップシューズがあり、大きなメイドの顔を見るには、かなり見上げなければならなかった。

「あなたのせいとはいえ、わたしが時間を取らせたのは申し訳ないので、本当はあなたたちの食堂スペースまで送ってあげたいところですけど、わたしが行ったらパニックになると思います。なので、すいませんが、こちらで失礼します」

メイドさんは玄関先にわたしを置くと、すぐに部屋の中に戻って行った。確かに、わたしたちをキツく管理しているメイドさんは一般市民からは嫌われているからその方が良いかも。きっとメイドさんが突然食堂にやってきたりしたら、みんなメイドさんがお仕置きで食堂を踏み潰しに来たとでも思って、パニックになってしまうと思う


一人取り残された玄関先で、わたしは自分の腕の匂いを嗅いでみた。

「あ、ちょっと良い匂いするかも……」

普段石鹸で体を洗うことなんてないから、気持ちよかった。全身から、優しい香りが漂っていて、ちょっとテンションが上がる。毎日靴の中に入ったらいつも石鹸の優しい匂いに包まれるのだろうか。そう思ったけれど、きっと3日も入り続けたら、メイドさんから怖い罰を受けてしまうだろうから、やめておこう。


「でも、なんだか今日のメイドさん優しかったな……」

そんなことをふと呟きながらぼんやりと夜空を見上げたのだった。遥か遠くにあるエルフ様のお屋敷の電気が眩しくて、星はよく見えなかった。あの膨大な量の電気もきっとどこかの地区でわたしたちの仲間がろくな食事も取らずに必死に発電しているのだろうな。そう思うと、やっぱりわたしは一刻も早くエルフ様を倒してしまわなければならないと思った。でも、お姉ちゃんがいてくれないと、わたし一人ではどうしようもなさそうだった。

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