山のように大きなエルフたちが散策をするだけ 11
「な、何ですか!?」
せっかく可愛らしいクラリッサさんを見られて良い気分になっていたのに、それどころではなくなってしまった。先ほどまでのエルフ様たちの歩行に合わせた揺れとは比にならないような大きな揺れが世界を襲っている。常時地面が揺れ続け、強烈に体が浮遊していく感覚に襲われる、
「こ、怖い……」とアリアも震えていたから、わたしは慌ててソッと抱きしめた。アリアが必死に呼吸を整えているのがわかる。さらに外側から、そんなわたしたち2人のことをソッと包むみたいにして、クラリッサさんが両手を回しながら、冷静に周囲を見ている。
「落ち着いて聞いてちょうだい」
クラリッサさんが小さく息を吸った音までしっかりと聞いて、続きを待つ。
「……捕まったわ」
「え?」
一体いつどこで誰に捕まっているというのだろうか。わたしたちは花畑の上で、3人で身を寄せ合ってくっついているのだ。他の誰にも触れられてなんていないのに。
「あの、捕まったって……? わたしたち誰にも捕まってないと思いますけど……」
尋ねると、クラリッサさんがわたしたちを抱きしめる力がさらに強くなる。わたしたちを落ち着かせるためだけでなく、クラリッサさん自身のことも落ち着かせようとしているみたいに。
「ううん、幼い方のエルフのヘレナに間違いなく捕まっている。今、ヘレナの手のひらの上だもの。この辺り一体100メートル四方くらいの花畑が、まとめてヘレナの手のひらの上に乗っているみたい」
クラリッサさんはできるだけ落ち着いた声を出すように心がけているみたいだけれど、その声は震えている。3人ともバランス悪くほんのり傾いている地面を滑りそうになってしまっていた。ヘレナが完全に立ち上がったことで、あっという間に山の頂よりも高所に連れてこられてしまった。もう逃げることはできない。
「嘘……。ここが手の平の上って……」
だって、周囲はちゃんと花畑だもん。でも、確かに、先ほどまでどこまでも続いているように感じられた花畑が、小さくなっている。遠くの方に見える見晴らしの良い澄んだ景色は、ここが高所だということの裏付けには十分だ。わたしが冷や汗を垂らしていると、突如雷鳴のように大きな話し声が耳に入る。
「これ、お嬢様に持って帰ってあげたいです〜」
ヘレナが手のひらの上の花畑をウィロウに見せるために地面を動かす。その拍子にわたしたちにとっての地面が傾き、バランスが崩れて転んでしまう。花畑の端の方の土が、高度1000メートル以上の高さから、滝みたいにボトボトと落ちている。
「わ、わたしたちも落ちちゃいます……!」
アリアが声を絞り出す。地面がまるごと滑り台みたいに傾いてしまっている。必死に耐えないと、そのまま滑り落ちてしまいそうだった。ヘレナの手のひらの上のわたしたちが、必死に地面に伏せるようにして踏ん張るのだった。
滑り落ちたら終わりの恐ろしい環境の中、必死のわたしたちとは違って、当のヘレナとウィロウは楽しそうに談笑をしていた。
「久しぶりに本物のお花畑を持ち帰るのは良いかもしれませんね」
どうやら、このままではわたしたちはエルフ様のお屋敷まで持ち帰られるらしい。
「どうしよう、パメラを助けにエフィ様のところに向かわないと行けないのに……」
このまま遠方のエルフ様の屋敷まで持ち帰られてしまうと、パメラはずっとエフィ様に意地悪をされ続けてしまう。すでに大ピンチなのに、さらにマズいことに、ヘレナが花畑に向かって顔を近づけてきたのだ。子どもっぽい丸みを帯びた鼻先が近づいてくると、それだけでわたしたちの体は呼吸による強い風により宙に浮かんでしまいそうになる。けれど、それだけでは済まなかった。近づけてきた鼻先からスーッと思いっきり息を吸う。
「やっぱり本物のお花畑は良い匂いがします〜」
ヘレナは呑気に、ホッとした声で言っているけれど、花畑にいたわたしたちは大変なことになっていた。
「た、助けて~!!!」
わたしたちの体が宙に浮く。スッと大きく息を吸い込まれてしまったら、わたしたちを吹き上げる竜巻のように強い風が発生する。そのままヘレナの鼻の中に向かって、埃みたいに吸い込まれそうになる。わたしたちは必死に丈夫そうな花に捕まってみたけれど、花はすぐに根本から抜けてしまいそうで、いつ吸い込まれてしまうかわからなくなっていた。
「このっ!」
クラリッサさんが大きな火球を作って、それをヘレナの鼻先に向けて投げた。わたしたちの体の5倍ほどはありそうな大きな火球。けれど、もちろんヘレナにとっては極小サイズの火球。ほとんど見えないような、線香花火よりもずっと小さな火球が当たっても意味があるのかはわからなかったけれど、このまま無抵抗でいると、ヘレナの鼻の中に吸い込まれるてしまうのは間違いない。そうして、鼻から吸い込む空気に巻き込まれて、火球も一緒に吸い込まれていく。
「ひゃっ!?」
声がしたのはヘレナからだった。どうやら、意味はあったらしい。吸い込む空気が止まって、慌てて鼻先を擦っていた。
「ウィロウさん、虫がいました〜」
え〜ん、と擬音がついてしまいそうなわざとらしい泣き方をする。もちろん、本当に泣くほどのダメージなんて与えられているわけないのだけれど。両手で目を擦ろうとしたから、手のひらから花畑がボトボトと地面に落下していった。当然、地面に直接落下してしまえば、もう助からないだろう。
「た、助けて!」
クラリッサさんもさっきの火球でまたもや魔力を使い果たしていて、これ以上の魔法は難しそう。いよいよ詰んでしまったかと思った瞬間に突然わたしたちは地面に着した。もちろん、本当の地面ではない。ここはまだ地上800メートルくらいの高所なのだから。わたしたちを覗きんでくる巨大な瞳でここがどこかを察した。ヘレナの手のひらから落ちたわたしたちは、幸か不幸か、柔らかいウィロウの手のひらの上に着地をしたらしい。




