わたしたちの日常 3
わたしは唆されるまま、仕方なく監視役のメイドの靴の中に入る。
「わぁ……。やっぱり臭うよね……」
思わず鼻を摘んでしまってから、普段の凛としている澄んだ顔をした厳しいメイドさんの顔を思い浮かべる。
外から見る分には全身から良い匂いがしそうな美人さんだけれど、さすがに靴の中までは臭いに気を配るのは難しいらしい、臭いを嗅いで鼻を摘むなんて、こんな失礼なことしてるのバレたら、怒られてしまうかも。大きくて怖いけれど、綺麗な黒髪の美人さんだし、清潔感には気を使っていそうだから、不快感よりも、勝手に臭いを嗅いでしまっている申し訳なさが勝ってしまうかも。少なくとも、あの銀髪の子みたいに泣くほど嫌な作業とは思わない。
「ていうか、人にやらせておいて結局あの子は作業はやらないんだね……」
わたしは苦笑いをしてから、とりあえず、雑巾で内側を磨いていくことにした。とはいえ、身長30メートルを超える巨大メイドの履いているストラップシューズの全長は4メートルを超えているのだ。一人で大きな部屋の壁を全部拭きまわるみたいな感じだもんな。すぐには終わらなさそう。
わたしは急いで壁に雑巾を当てて、バケツを持って走り回る。水を溢しながらになっているけれど、巨大メイドさんのサイズ感なら、多少水を溢して濡らしてしまっても気づかれないだろうし、あまり気にしないことにした。とりあえず、早く終わらせないとご飯を食べる時間どころか、眠る時間も無くなってしまう。そんなことを思いながら、わたしが必死に1時間ほど頑張って走り回って息を荒らしてきた頃だった。突如、ストラップシューズの履き口から中に入ってきていた明かりが消えた。
「電気消したのかな?」
そんなことを呑気に思っていたら、突然入ってきたのは巨大な真っ白ソックスに包まれた足だった。
「えっ、ちょっと!?」
どうやら巨大メイドさんが靴を履こうとしているみたいだ。
「や、やめてやめて! 中に人がいますからぁ!!」
ストラップシューズの奥の方で作業をしていたから、直接踏み潰されることはないけれど、どんどん近づいてくる巨大な足には気圧されてしまう。すぐにわたしは靴の先っぽと足の間に押されてしまった。今にも潰されてしまいそうなくらいの強い圧がかかり、内臓が口から出てきそうなくらい苦しい。
「く、苦しい……」
「え、誰かいるのですか!?」
慌てて足が外に引っ込んでいく。すっかり目を回してしまっているわたしの体が、大きなメイドさんの手に掴まれて外へと引っ張り出された。
「えっと、あなたは見たことがありますね……」
わたしからしたら顔を忘れたくても忘れられない恐ろしい巨大メイドさんだけれど、向こうからしたら何百人もいる穀物担当労働者のうちの一人だから、顔もほとんど覚えられていないらしい。まだ頭がクラクラしているわたしを手のひらに乗せたまま、ジッと大きな瞳を近づけてくる。
「どうして人の靴の中に入っていたのですか?」
圧の強い声で伝えられて、怖くなる。顔を近づけられすぎて、前髪がわたしにのしかかってくる。眺める部にはサラサラで軽そうな髪の毛も、実際に束になって体の上から乗せられると、重みがあった。初めて間近で見た名前も知らない巨大なメイドさんの顔は巨大故の不気味さと、元々の美しさの両方を兼ね備えている。先ほどのストラップシューズ内で嗅いだ不快な臭いとは違い、近くで嗅ぐメイドさんの体からは、優しいオレンジの匂いが漂っていた。
「いえ、あの、わたしは本日はメイド様の靴掃除の担当でしたので……」
「中まで掃除しろ、とは一言も頼んでいませんが?」
「ええ、わかってますけど……」
「わかっている? なら、なおさらタチが悪いですね」
グッと鼻先を近づけてこられたから、ビックリして思わず彼女の手のひらの上で尻餅をついてしまった。そのまま彼女がスンスンとわたしの体の臭いを嗅ぎ始めた。わたしの着ていたボロ布製のワンピースがそよそよと揺れている。
「少し臭うではありませんか……」
メイドさんがほんのり顔を赤らめる。わたしは長時間ストラップシューズ内にいたから気づかなかったけれど、かなり臭いが移ってしまっているらしい。嫌だなぁ
「勝手に人の靴の中を掃除して、体に人の恥ずかしい臭いをつけられたら不愉快です……」
メイドさんがイラッとしている。ヤバいな、踏み潰されたりするのだろうか。そんなことを考えていると、呆れたように尋ねられる。
「あなたたちの住処には、当然シャンプーなんてものはないですよね」
「もちろん」
シャンプーどころか、そもそもシャワーがない。メイドさんが一踏みで踏み潰せてしまうような小さな小屋で何十人も一緒になって眠っている場所がわたしたちの住処なのだから、そんな良いものは当然ない。体を洗いたいときは近くの川で洗うしかない。メイドさんの部屋にはトイレもシャワーも完備してあるのが羨ましかった。
「とりあえず服を全て脱いでください」
「脱ぐ?」
一体何が始まるのだろうか。巨大なメイドさんに大きな瞳で見つめられながら服を脱ぐなんて、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけれど。困惑していると、「早くしてください」と苛立った声で急かされるのだった。