山のように大きなエルフたちが散策をするだけ 7
落胆していると、先ほど助けたメイドが「あの……」とわたしの方に声をかけてくる。
「どうしたの?」
「さ、さっきは助けて頂きありがとうございました……」
よほど怖かったのか、まだ瞳からは涙が流れていた。まあ、全長230メートルの天井が降ってくるみたいなものだし、怖いだろうな。わたしもまだ世界が一瞬にして影に覆われてしまったあの感覚が脳裏にこびりついている。
「わたしは何もしてないけどね……。お礼はこっちの強い魔女さんに言ってあげて」
そういうと、ハッとしたようにメイドがクラリッサさんにも頭を下げてお礼を伝える。
「強い魔女さんって……、エルフにボッコボコにやられた直後に言われたら皮肉に聞こえるんだけど。それに、あたしはあくまでもサーシャちゃんを助けただけだから、あなたのことは助けた記憶はないわよ」
「ツンデレですか?」
「違うわよ。事実よ」
わたしが少し揶揄うと、クラリッサさんは綺麗なブロンドカラーの巻き髪をクルクルと指に巻き付けながら視線を逸らしてしまった。
「さ、遊んでる暇はないでしょ? さっさとパメラを探しに行かないと」
「そうですね」
クラリッサさんの開けてくれた地中3メートル程の避難用の大穴からわたしたちは順番に出て行った。力を入れるとまだ少しだけ、先ほど痛めた腕が痛んだから、クラリッサさんの言う通り、完全には治っていないのだろうなということがわかる。わたしたちは先に地上に出てから、2人で一緒にメイドのことを引っ張り上げて出してあげた。そうして外に出られたけれど、出る直前にクラリッサさんはポツリと言う。
「まさかあれだけの爆発が気づかれすらしないなんてね……」
当然のように自分の魔法に自信を持っていたはずのクラリッサさんが落ち込んでいる。クラリッサさんの強い魔法が、エルフにはまったく通用しなかったのだ。
どう声をかけたら良いのかわからずに、わたしはとりあえず話を変える。
「いつの間にかエルフ様たちかなり遠くに行ってますね……」
指差した先にいるエルフ様たちはもう遥か遠くにいる。
「3キロくらい離れてますね。さっきまでわたしたち踏み潰されかけてたのに、いつの間に……」
「3、4歩ってところかしら」
クラリッサさんが真面目な顔で答える。
「そっか……」
感覚が狂う。1歩で1キロ近く歩くんだ。むしろ、彼女たちは全然動いてはいないということか……。
よくみたら、立ち止まって、上から花畑を見下ろしている。わたしたちにとっては、一輪一輪が綺麗な花だけれど、きっと彼女たちにとってはドット絵のようにまとめて1つくらいの感覚で見えているのだろう。当然、花畑の中で少しでもエルフ様たちから遠ざかろうと、必死に走っている極小サイズのわたしたちと同じくらいの背丈の人々のことは見えていないと思う。そんなわたしたちのことを気にせず、リボンをつけたエルフのヘレナとおさげ髪エルフのウィロウは話を続けていた。
「ねえ、ウィロウ。ヘレナ久しぶりに素足で草を踏みたいです〜!」
お花畑の中には広い草原のようになっている部分もある。およそ2キロ四方の、だだっ広い草原は、エルフたちでも寝転べるくらいの広さがある。ヘレナはそこに足を踏み入れようとしているらしい。
ウィロウの返事を待たずに、ヘレナはブーツを脱ぎ捨てた。ドサっと横になったブーツが倒れてくる。まるで、巨塔が倒れてくるような迫力に、2キロ以上遠くで起きているできごとなのに、思わずヒッ、と声を出す。
「とりあえず、あたしはあまり魔法は使いたくないから、あの2人が遊んでいる間にさっさと花畑に隠れるわよ。気が変わってこっちに戻ろうとされたら、たった3歩くらいで追いつかれちゃうんだから」
クラリッサさんがわたしの手を引っ張った瞬間、自然と一緒に行動を共にすることになっていたメイドが突然泣き出してしまった。
「え? どうしたの?」
わたしが尋ねると、花冠をつけたメイドが、そのまま力なくぺたりと地面に座り込んでしまい、震える手を上げて、幼い方のエルフであるヘレナの方を指差した。
何かマズいことでも起きているのかと思って慌てて見たけれど、ヘレナは嬉しそうに、ゆっくりと草原を踏み締めようとしているだけだった。遠くから見たら、ただ子どもが無邪気に草原に足を踏み入れようとしているだけなのだけれど、どうやらそういう呑気な話ではないらしい。
「草原ではつい先ほどまでわたしの友達や、家族も作業をしていたんです! 多分、まだ逃げきてれないのに……」
わたしとクラリッサさんは反射的にお互いの顔を見合わせた。
「助けに行きま――」
「絶対にダメよ!」
わたしが言おうとした言葉を先読みするみたいに、わたしの声を途中で遮られてしまう。
「言ってるでしょ? あたしはもう魔力が無くなりそうなんだって!」
「大丈夫ですよ。わたし一人で行きますから!」
「あんた一人で何ができるのよ? そもそも、エルフの足が地面に着く前にやられちゃうし、万が一奇跡的に間に合っても、みんなと一緒に潰されちゃうでしょ?」
クラリッサさんが本気で困ったように言うけれど、そうこうしている間にも巨大なヘレナの足が草原についてしまいそうだった。もう躊躇している場合ではない。
「……ごめんなさい! わたし行きますから!」
一歩目にいきなり躓きそうになりながら、前のめりになって進んで行こうとする。
「ああっ、もう、バカぁ!」
クラリッサさんも後ろから走って追いかけてくるのだった。