山のように大きなエルフたちが散策をするだけ 5
「とりあえず、このままやり過ごすわよ」
クラリッサさんの顔から汗が流れ、頬を伝って滴る。多分、かなり無理をしてくれているのだと思う。先ほど巨大なブーツに蹴られた時の痛みを堪えているからか、表情も声も苦しそうで心配になってしまう。
「あの、大丈夫ですか?」
年少の方のエルフのヘレナのスカートに、わたしたちにとっての虫よりも小さな大きさで必死にしがみついているけれど、歩くたびにスカートが大きく揺れてクラリッサさんの腕一本でぶら下がっているわたしも大きく揺れる。それに合わせてクラリッサさんが苦しそうな声を出すから、わたしも慌ててヘレナのスカートの裾を掴んだ。
「重力の向きを変えて、スカートの方に向けるから、そこを歩いていくわよ」
重力をエルフ様の脚に向けるなんて、そんな便利な魔法も使えるのか、と感心する。クラリッサさんは魔法の応用力もかなり凄いらしい。とりあえず、クラリッサさんの考えに素直に従って、ゆっくりと降りて行こうと思ったのに、見ない方が良いものを見つけてしまう。
「あっ! 危ない!」
エルフ様の行く手に、小さなメイドの姿があった。お花でできた可愛らしい花冠をつけているメイドは、逃げ遅れたらしくて、突如目の前に現れた巨大なエルフ様の姿に怯えていた。高度300メートルほどの位置にいるわたしたちにも点のようにしか見えないのだから、当然1000メートルを軽く超える場所に視線のあるエルフ様たちからは見えるわけがない。
エルフ様たちの通り道である、舗装されている道路の上にいるから、このままだとブーツの下で踏み潰されてしまう。必死に泣き叫んで、助けを求める声は、わたしたちには辛うじて聞こえているけれど、エルフ様の長く尖った耳には、そよ風の音よりも小さい音量でしか聞こえていないと思う。
「すいません、離してもらって良いですか?」
「え?」
クラリッサさんがわたしの意図を理解するより先に、掴んでくれていた腕を取り払って、地面に向かって飛び降りた。
「ちょっ!?」
クラリッサさんは一瞬困惑したみたいだけれど、わたしと同じように慌ててスカートから飛び降りる。わたしも、クラリッサさんも通常通り地面に向かって働いている重力に従って、落下していく。風がとても強く、地面との距離が近くなっていくにつれて、かなりマズイ状況にあることに気づく。
反射的に、踏み潰されかけているメイドのことを助けないといけないと思って、飛んでしまったけれど、そのまま地面に激突したら、当然無事ではすまない高さだった。先ほどまでしがみついていたのは、エルフ様の膝の辺りだったから、それが判断を誤らせてしまったのかもしれない。エルフ様にとっては膝の辺りでも、わたしたちにとっては地上300メートル程のの高所だったのに……。
ヤバいかも……、と心の中で思いつつも、地面で震えていたメイドを放っていくわけにもいかなかった。地面にぶつかったら怪我では済まないだろうし、仮に無事だったとしても、エルフ様の足が降ってくるまで、あまり時間はない。果たして、わたしがやってきたところで、一体彼女のことをどうやって助けられると言うのだろうか。
わたしは何をしたら良いのだろうかと、考えても思いつかなかったけれど、もはや考える時間は与えられないのかもしれない。わたしがまだ落下している最中、地面にたどり着くより先に、花冠をした花園担当のメイドさんの立っている場所周辺が影に覆われる。
当然、天気が悪くなり雲が覆ったわけではない。ヘレナのブーツにより作り出された影に覆われているのだ。地面には花冠をつけたメイドさんがいて、そこに向かってわたしとクラリッサさんが落下中。そんな3人をまとめて踏み潰せるような位置に、ヘレナのブーツがゆっくり落下しようとしている。
「怖いな……」
上からはブーツ、下にはとても着地には向かない、固く舗装された地面。考えなしに飛び込んでしまったけれど、失敗みたい。わたしが諦めて、困ったように笑っていると、突如わたしの体の落下のペースが弱まった。
「クラリッサさん……」
地面に着くギリギリのところで、クラリッサさんがわたしの着ていたボロ着の背中の辺りを掴んでくれた。ビリッと、ちょっとだけ布の破れる音がしたけれど、なんとか着地寸前で落下速度に急ブレーキをかけてくれたみたい。クラリッサさんの魔法のおかげでゆっくりと着地することができて、怪我なく地面に降りられたのだった。
「大丈夫?」
と慌ててメイドに駆け寄った時には、もうすでに真上に圧の凄い、全長220メートルの範囲を押し潰せてしまえるブーツの底面があった。まるで空が降ってくるような大迫力のブーツ裏。ここまでの道中踏んできた、ブーツ裏に挟まっていた岩や、樹木がドカドカと降り注いでいて、その一つ一つも、当たってしまえば大怪我に繋がってしまいそう。
「こんなおっきなブーツどうやって避けたら……」
今から必死に走っても、ブーツの裏面は範囲が広すぎて、踏み下ろされる範囲からは逃げることはできなさそう。わたしはただ必死に、怯えているメイドを抱きしめることしかできなかった。
「ごめんなさい。何もできませんでした……!」
申し訳なさを滲ませながら、花冠メイドの柔らかい髪の毛を撫でていると、クラリッサさんの大きな声が聞こえた。
「破片、気をつけなさい!」
「破片?」
その直後、大きな爆発音が発生した。エルフ様の地面を踏みしめる音よりもずっと小さいけれど、それでも十分わたしたちにとっては大きな音。
「な、何!?」
上腕に、思いっきり固いものが刺さった。
「い゛た゛っ……」
お腹の底から痛みが突き抜けて、体全体に広がっていくみたいな感覚に襲われる。
何が起きたのかわからないうちに、クラリッサさんが力強い声を出しながら、わたしと花冠メイドの首元を左右の手でグッと掴んだ。
「ごめんなさい、治療は後でするわ! 今はとにかく隠れて!」
そのまま、クラリッサさんはわたしたちの体重を風船みたいに軽くしてから、わたしと、わたしが抱きしめている花冠メイドをまとめて引っ張って、爆発によって発生した穴に、一緒に退避したのだった。ヘレナの足が地面を踏み締めて、わたしたち3人が退避した穴の入り口が塞がれて、すぐに真っ暗になったのだった。




