山のように大きなエルフたちが散策をするだけ 4
「ぶつかっちゃいそうなんですけど!?」
クラリッサさんの箒が操縦不能になってしまい、高さ100メートルを超える位置にある、ウィロウと呼ばれていた、歳上の方のおさげ地味系エルフのブーツの下の段のベルトのあたりにぶつかりそうになる。ぐんぐん近づいてくるブーツが怖くて、クラリッサさんの耳元で「助けてぇ!」と涙声を出す。
「風を当ててぶつかった時の衝撃を和らげるから、落ちないようにしっかりあたしに掴まってなさい!」
ギュッとクラリッサさんの胴回りを、このままバックドロップでも決めるんじゃないかというくらい、強く抱きしめる。
わたしがしっかりと抱きしめすぎたせいで、少し体勢が苦しそうになりながらも、クラリッサさんがサッとペンくらいの長さの杖を振ると、先端から強烈な風が発生して、ボンっとブーツに当たる。一瞬ブーツにぶつかりかけたわたしたちの目の前で、強風の塊がエアバックみたいに弾いてくるくれたから、そのまま後方に動いて、逃げられるかと思ったのに、そううまくはいかなかった。
「あ、ヤバいわね」
クラリッサさんが声に出した瞬間、物凄い勢いでブーツがわたしたちの方に近づいてくる。先ほどは、歩行中に地面についている方の足だったから、動かなかったけれど、今度は逆の足を動かして歩き出したせいで、先ほどまで止まっていた、クラリッサさんが風をぶつけた方の足が大きく動いて、わたしたちの方に近づいてくる。
「ごめん、避けられない。怪我は後で治すから、一旦痛いの我慢して!」
「えぇっ!? さっきみたいに風はぶつけられないんですか?」
「ぶつけてちょっと後ろに弾かれたところで焼石に水すぎるわ。こんなでっかいブーツが超高速で動いてきているんだから!」
確かに、視界の全てを覆うような、巨塔のようなブーツが歩行速度そのままに真正面からやってきているのに、逃げられるわけがない。太さだって、かなりのものだから、今更左右に急カーブして避けようとしたところで、絶対に間に合わないだろうし。
建造物よりも強くて大きな物体がわたしたちの元にやってくる。そんなものを真正面から受けたことは今までなかったから、怖くて震えてしまう。クラリッサさんの体を持っていたから、その震えがしっかりとクラリッサさんにも伝わってしまっていて、申し訳なかった。
わたしが怯えていると、クラリッサさんはさっきまで箒の操縦をするためにわたしには背中を向けていたのに、突然器用に箒の上で体の向きを変えて、わたしと向き合う形になる。正面から顔を合わせると、普段は意思の強そうなキリッとした瞳が少し不安気に揺れたのがわかる。そのまま綺麗なブロンドの髪を揺らして、わたしにギュッと抱きついてきた。わたしを守るみたいに、抱きしめて、ウィロウのブーツが当たる直前のほんの一瞬だけ、自分の体を20倍サイズにしたのだった。
クラリッサさんは一瞬だけ使える巨大化能力を使って、わたしを温かい手のひらの中にそっと包み込むようにして守ってくれたのだった。その直後、ウグッと痛そうなうめき声がして、またクラリッサさんの体が元に戻る。エルフ様のブーツに少し当たっただけで、箒が木っ端微塵に壊れてしまった。高度100メートルという、落ちたらただでは済まないような高さの場所で、わたしたちは本人たちに気づかれすらしないうちに、エルフ様に蹴っ飛ばされてしまったのだ。
クラリッサさんは体を痛めつつも、元のサイズに戻ってからも、わたしを大事にギュッと抱きしめてくれる。それと同時に、小さな魔法の杖で空気を操りながら、なんとか不安定に飛び続ける。箒はないけれど、まるで暴風の中をパラシュートで降下するみたいに、あっちこっちにふらつきながら飛んでいた。
そうして、パサっと当たった場所は、もう一人の歳下リボンエルフのヘレナのスカートだった。わたしたちがぶつかっても、当然のように気づかないヘレナのスカートに、クラリッサさんがしがみついた。片方の手でわたしのことを抱いて、もう片方の手でエルフ様のスカートを掴む。
「あの、片手で持つって、重くないですか……?」
「大丈夫、ちょっとだけ重力の操作してるから。力の向きを変えて、軽くしてるわ」
さらっと言ったけれど、重力操作の魔法はとても難しいって前にお姉ちゃんから聞いたことがある。それを手負の状態でやってのけるなんて、やっぱりクラリッサさんってすごい魔女なんだ、と感動はした。けれど同時に、そんなクラリッサさんのことを意識もしないうちに、一方的に蹂躙してしまっているエルフ様たちの力の強さに怯えてしまう。
遥か遠くから視認できることのエルフ様がとても大きなことは知識や想像の範囲では知っていた。けれど、実際に山のようなサイズのエルフ様たちがわたしたちと同じように動き回れるところを見ると、とんでもない迫力と恐怖だった。その大きさは存在しているだけで脅威であり、とてもじゃないけれど、エルフ様たちを懲らしめられる気なんてしなかった。