山のように大きなエルフたちが散策をするだけ 2
それからもしばらく、ずっと続く花畑の上を、高度200メートル程の位置を飛んでいるから、少し怖かった。
こんなにも高所を飛んでいるのは、エフィ様に居場所がバレてもジャンプしたって届かない高さを飛ぶことにしているかららしい。でも、エフィ様が身長30メートルの巨大少女だとしても、さすがにジャンプで200メートルの高さまでは届かない気がする。
「もうちょっと低い場所でも良かったんじゃないですか?」
「何が?」
「いえ、エフィ様に捕まらないような高さっていう意味では、もっと低くて良いんじゃないかって思いまして……」
「念には念を入れたほうがいいわ。小屋でも掴んで投げられたら、直撃したら痛いし」
「……なるほど」
確かに、身長30メートルのエフィ様なら、たとえ子どもだとしても、小屋くらい投げられてしまうのか。それに、勢いをつけて投げられた小屋が直撃したら、痛いなんてものでは済まない気がする。わたしもクラリッサさんも数十メートルの上空から落下してしまうことになるのだから、投げられても避けられる高所を飛ぶに越したことはないのか、とわたしは素直に納得しておいた。
命綱もなく地上200メートルの高さを箒一本で2人乗りして飛ぶというのは、かなり怖いけれど、それでも小屋をぶつけられて落下するよりもはマシと思うしかないか、と諦める。
「怖かったら、もっと密着しておいてもいいわよ」
「あ、ありがとうございます……」
わたしは素直に従って、体をくっつけた。クラリッサさんの体は細身で柔らかくて一見すると、か弱そうなのに、その強さへの信頼があるからか、安心感がある。
「お姉ちゃんにも昔森から街に行くときに箒に乗せてもらって、こうやって体をくっつけて箒に乗せてもらっていたんです」
お姉ちゃんは今一体どこにいて、無事なのだろうか。突然わたしたちが2人で住んでいた小屋から姿を消してから、もう半年以上会っていないお姉ちゃんのことは心配だった。お姉ちゃんがいなくなってからは、すぐにフィオナさんに見つかってしまい、フィオナさんの管轄下で働かされていたから、お姉ちゃんを探している暇もなかった。
わたしがお姉ちゃんの思い出を話すと、クラリッサさんがクスッと笑う。
「それなら、あたしもいずれあなたのお姉ちゃんになるわけだから、ちょうど良いわね」
「ん? お姉ちゃんになる?」
「ええ。義姉ってところかしら?」
「ん?」
クラリッサさんがきちんと説明している風を装ってくるけれど、全くわからないんだけれど……。
「あたしはステラに再会したら、求婚するつもりだから、そしたらあなたはわたしの妹になるでしょ?」
クラリッサさんの背中にしがみついているから、表情はわからないけれど、声は至って真面目だった。冗談で言っている様子は一切なく、まるで本気で結婚する気みたいな言い方に聞こえてしまう。
「きゅ、求婚って……」
「ステラに相応しい婚約者はあたししかいないわ。あれだけ優秀で美形の魔女と釣り合えるのはこの世界であたし一人だけよね? そう思わない?」
「い、いや、ちょっとわかんないです……」
実の姉を褒めることには、なんだか抵抗があった。いや、まあお姉ちゃんは確かに妹のわたしから見ても顔が整っているし、魔女として優秀なのは言うまでもないから、褒めても良いのかもしれないけれどさ。
「あなたによく似て、とても可愛らしい顔をしているわ」
「わ、わたしに似てるって、そんな……」
髪はお姉ちゃんは淡い水色で、わたしが薄めのピンク色だから、あまり周りの人から似ていると言われたことがなかったから、嬉しかった。わたしが照れていると、クラリッサさんが続ける。
「そういうわけだから、あたしは将来あなたのお姉ちゃんになるのよ。よろしくね」
「よろしくって言われても、まだお姉ちゃんから返事はもらってないんじゃ……」
「大丈夫よ、この世界で唯一彼女と釣り合うあたしに求婚されたら、オッケーしてくれるに決まっているわ」
「そ、そうなんですなね……」
ハハッ、と乾いた笑いを浮かべておいた。
自信満々なクラリッサさんに困惑していると、突然、地上から大きくて甲高い鐘の音がし出した。まるで、危機でも伝えるみたいに、切羽詰まった音が鳴り響く。数十キロ離れた場所から、伝言ゲームみたいに、次々と鐘が鳴らされて、音がどんどんこちらに近づいていき、やがてまたこの近辺に設置してある鐘が鳴らされて、またどんどん遠くの方にまで伝播していく。
そんな鐘の音が聞こえた瞬間に、作業をしていたメイドさんたちが一目散に逃げ出したのだった。
「な、なんだろ……?」
「なんだか嫌な予感がするわ」
上空から見下ろしていると、地上のメイドたちが作業を忘れて必死に逃げているのがよくわかる。外敵がやってくるみたいな、そんな印象だ。それも、とんでもなく恐ろしい脅威としての外敵が。そんな風に不思議に思っていると、晴れていたはずの空が、突如陰り出す。
「夕立でも降るんですかね?」
わたしが呑気に尋ねると、クラリッサさんが息を呑むように深い場所から絞り出すような声を出す。
「エルフだわ……」
クラリッサさんの深刻な声を聞いて、地上が定期的に揺れていることに気づいた。その揺れによって、たくさんのメイドさんたちが一斉に転んでしまっていたのがよく見えるのだった。
冷静に状況を確認した結果、恐ろしいことに気づく。
「曇っている陰はエルフ様の体によって生じた影で、大きな揺れはエルフ様の歩行が原因ってこと……?」
ハッと息を呑んだわたしの反応を背中越しに確認したクラリッサさんは、こちらを見ずに箒の操縦に集中しながら、静かに頷いたのだった。