フィオナの罰と妖しい魔女 5
「わかったわ。それなら、あなたに2つの選択肢をあげる。1つは今このまま毒に侵されて、動けないままあなたを放置して、あたしたちはエフィを始末するために花園に向かうわ」
「や……、やめてくだ……さい」
フィオナさんから悲痛な声が聞こえた。あまりにも悲しそうな声だから、クラリッサさんの言葉を遮ろうかと思ったけれど、それより先にクラリッサさんが続ける。
「もう一つはあたしたちの逃亡を見逃すこと。あなたの毒針も抜いてあげるわ」
「あなたたちを見逃したら……、エフィも見逃してくれるのですか……?」
「素直にパメラ様を引き渡してくれたら、責任を持ってあんたの大事な意地悪巨大娘ちゃんのことも守ってあげるわ」
「エフィが素直に引き渡すかどうか……、ですか……」
フィオナさんは不安そうにしていたけれど、ため息をついて、頷いた。
「いずれにしても、選択肢はほとんど無いようなものですものね……。わかりましたよ、あなたたちを見逃します……」
「じゃ、契約成立ね」
クラリッサさんが腕を下から上にあげると、その瞬間一気にフィオナさんの腕に刺さっていた毒針が抜けていった。
「一応補足しておくと、今の大きさだと、あなたの皮膚は分厚すぎてまともに血液までは届いてないから毒針に関する後遺症は無いわ。そこは安心してもらったらいい」
「そうですか……」
フィオナさんがため息をついたから、クラリッサさんの髪の毛とローブが大きく揺れていた。
「じゃあ、約束通りあたしたちのこと見逃してもらうわよ」
「わかってますよ」
「解放してからやっぱり嘘、なんてされたら嫌だからね」
「しませんし、どうせしてももっと強い攻撃を仕掛けてくるだけですよね? あなたの強さが理解できないほど、わたしはバカじゃないですよ」
「強さと言っても、エルフたちには吐息で殺されてしまうような強さだけれどね」
「あの方たちと比べたら、わたしたちみんな虫みたいなものですよ」
フィオナさんが呆れたように笑う。
わたしたちのことを圧倒的な強さで支配していたフィオナさんのことを、一瞬で倒してしまったクラリッサさんが吐息でやられてしまうようなエルフ様たちの強さを想像したら、身震いしてしまう。
もし遭遇したら、わたしたちは無事でいられるのだろうか。エルフ様たちがその気になったら、わたしたちのことなんて簡単に指でプチッと潰せてしまうのだ。そんなわたしの様子を見て、クラリッサさんが不思議そうに尋ねてくる。
「どうしたの? なんだか顔が青いわよ?」
「エルフ様が怖くて……」
「あら」
クラリッサさんがクスッと笑ってから、わたしのことをギュッと抱きしめてくれる。
あまり洗う機会が無いのだろうか、ほんのり汗の匂いが混ざる使い古したローブの感触が、どこかお姉ちゃんのことを想起させる。お姉ちゃんも魔法の研究に没頭してローブを洗う頻度が空くことが多かったからだろうか。
幼い頃は、雷や嵐の夜には怖くて一人で眠れなかったから、よくお姉ちゃんのベッドに入れてもらって、抱きしめてもらっていたっけ……。そんな記憶が蘇ると、お姉ちゃんへの心配の気持ちも湧き上がってくる。
「お姉ちゃん、大丈夫かな……。エルフ様にやられたりしてたら……」
独り言のつもりで小さく呟いた声はクラリッサさんにも届いてしまっていたみたいだ。
「大丈夫よ、あなたのお姉さんはとても強い人だから、きっとすぐに会えるわ。エルフのことだって倒せるくらい強いわよ。なんと言っても、この世界で唯一あたしよりも優秀な魔女なのだから」
エルフ様はお姉ちゃん一人の力でどうにかなるような強さではないことは理解している。けれど、クラリッサさんがわたしを安心させようとしてくれていることは理解したから、野暮なことは言わないで、そのままの言葉を受け入れた。
「ありがとうございます。クラリッサさん……」
クラリッサさんはわたしが安心したのを確認してから、抱きしめるのを止める。そのまま箒に跨ったから、クラリッサさんの乗る箒の後ろに乗せてもらって、ついにフィオナさんの管理下から脱してパメラを助けに行けるのだった。
「エフィのことは虐めないでくださいね……」
去り際に、少し不安そうにフィオナさんが手を振っているから、わたしは体を捻って上半身を後ろを向けて、親指を立ててから、手を振り返した。
「大丈夫ですよ! クラリッサさんがエフィ様のこと虐めたら、わたしが止めますから」
そう言うと、フィオナさんがフッと少しだけ微笑んだ。
「信じますよ」
「任せてください!」
わたしとフィオナさんが笑い合っていたのだけれど、クラリッサさんだけは、わたしには背を向けたまま、わたしにもギリギリ聞こえないくらいの小さな声を出したのだった。
「何もなければ約束は守るわ。でも、パメラ様を踏み躙るような真似をしたら、容赦する気はないから……」
箒の上で、風を切っていたせいで、クラリッサさんの声が聞き取りづらくて、よくわからなかったのだけれど、不穏な言葉が聞こえてしまった気がした。
「何か言いました?」
クラリッサさんの声が風に紛れて聞き取りづらくて、わたしは聞き返したけれど、クラリッサさんはもう一度同じことは言ってくれなかった。ただひたすら集中して、箒を操縦するだけだった。クラリッサさんの声が届いていないことが気がかりではあったが、少しずつ小さくなっていくフィオナさんに向かって、手を振り続けるのだった。