フィオナの罰と妖しい魔女 1
「あの……。フィオナさん、さすがにドSすぎませんか……?」
わたしは逆さまの景色の中、上からフィオナさんの頭頂部を見つめていた。罰を与えると言われていたわたしは、両足を紐で括られて、洗濯物と一緒に屋外に逆さまに吊るされていた。
「私は規則に則ってるだけです」
「こんな規則あるんですか……?」
洗濯物と一緒に逆さまに干す規則。そんなものあるのだとしたら、怖いから嫌だなぁ……。
「二度と逃走したくなくなるような罰を与える。それが規則です。これが嫌なら、お鍋で煮たり、土踏まずに貼り付けたりしてしまっても良いですけど」
鍋で煮沸されたら全身大火傷するし、土踏まずに貼り付けられたら大きなフィオナさんが歩くたびに、体に衝撃が来て全身骨折してしまうかもしれない。わたしは慌てて首を横に振った。
「だ、大丈夫です……」
「そうですか。なら、わたしはしばらく見回りをしてくるので、そこでしっかり反省していてくださいね」
「え? ちょ、ちょっと! しばらくこの体勢でいろってこと?」
わたしの声を気にせず、フィオナさんはどこかへ行ってしまった。フィオナさんの歩く揺れで、逆さまのまま紐がゆらゆら揺れて怖いんだけど……。
「ここ、何メートルくらいあるんだろ……」
フィオナさんが少し手を伸ばさないといけないような高所だから、かなり高いのではないだろうか。30メートルの彼女の身長よりも高所なんて、考えただけでゾッとする。
「あんまり下見ない方がいいよねぇ……」
できるだけ下を見ないようにしながら、これからどうしたら良いのか考えた。今頃パメラがエフィ様に虐められているのかと思うと、一刻も早く解放されたいのだけれど、ちょっと難しそう。
「もうっ、この紐なんとか切れないかな……!」
わたしは逆さ吊りになりながら、必死にお腹に力を入れて、腹筋に力を入れて上半身を起こし、足に括り付けられている紐を掴む。
「つ、掴めた!!」
結び目に触れられたから、なんとか解いて逆さ吊りから解放されようと頑張ってみる。けれど、フィオナさんがしっかり括り付けているせいで、全然解けそうになかった。
わたしは必死に一人でもがいてみたけれど、力が持たなくて、また逆さまになり、髪の毛が地面の方向に逆立つ。
「無理だよぉ……」
わたしが嘆いていたら、突然聞いたことのない妖艶な声がした。
「ここで結び目解いちゃったら、あなたは地上40メートル真っ逆さまな訳だけど、大丈夫かしら?」
「だ、誰?」
「クラリッサよ」
そう言って、わたしの前に箒に腰をかけた女性が現れた。横坐りをして華麗に箒を乗りこなし、頭に三角の帽子を被っている。わかりやすいくらいの魔女だった。
「あなたとは始めましてかしらね、サーシャさん」
「な、なんでわたしの名前知ってるの……?」
「そりゃ、国内で2番目に優秀な魔女のクラリッサ様だもの。そのくらいはわかるわ」
目深に被った帽子で瞳が隠れているから、顔はよくわからなかった。真っ赤な口紅が塗られた唇が妖艶で、逆さまから思わず見惚れてしまっていた。
「優秀な魔女さんって国民の名前全員知っているんですか?」
「んなわけないでしょ」
クラリッサさんがクルリと箒を半回転させて、逆さまの姿勢になった。わたしと同じように逆さまになっているのに、三角帽子は落ちそうにはなかった。さすが魔女。
クラリッサさんがわたしにジッと顔を近づけてくる。
「あんたは疑問に思わないわけ? 国内で2番目に優秀な魔女ということは、じゃあ、一番優秀なのは誰かって?」
「わざわざ疑問になんて持ちませんよ。当然知ってますから。わたしのお姉ちゃんですもん!」
わたしは胸を張って答えた。
「そう、あんたのお姉ちゃんのステラ。この世界で唯一あたしを魔法で倒せる魔女のステラ。だから、あたしは妹であるあなたのことも知っていた。それだけよ」
「つまり、クラリッサさんとお姉ちゃんは知り合いということですか?」
「そりゃもちろん。ステラの胸のほくろの位置まで知っているわ」
「えぇ……」
なんだか変態的だな……。いや、まあ一緒にお風呂とかに入って知っただけなのだろうけれど。
「じゃ、じゃあ、お姉ちゃんが今どこにいるのか知ってたりしませんか?」
「知ってたら、もうあたしが救っているわよ」
まあ、2番目に強い魔女なら、それも可能か。でも、救っていないということは、つまりそういうこと。
「あたしにステラの居場所を確認したということは、サーシャちゃんもステラを探しているということで良いのね?」
「そうですよ。でも、今は一旦パメラを助けに行かないとですけど」
「じゃ、さっさと行くわよ」
「助けに行くって、わたし吊られてますし、紐硬すぎて簡単に解けなさそうですよ?」
魔法でなんとかしてくれるのだろうか。不思議に思っていると、クラリッサさんがフッと微笑んだ。
「面白いものを見せてあげるわ」
またクラリッサさんがクルッと半回転したかと思うと、次の瞬間、ドスンと重たい音がして、わたしを吊るしている紐が大きく揺れた。
「よ、酔いそうなんだけどぉ……」
地上40メートルで逆さ吊りにされながらほんのり揺れ動いているのが怖すぎて、泣きそうだった。さっきの振動がなんだったんだろうと思って不安がりながら、ふりこみたいに揺れていると、突如無理やり紐の勢いが止められた。そして、巨大な指が、わたしに巻かれた紐をあっさりと解いてから、手のひらに乗せてきたのだった。