不思議なペンダント 1
日差しの眩しい中、静かな川のせせらぎの音を聞いていると、追手から逃げているなんて思えなかった。
「居場所、エフィ様以外にはわからないんだね」
しばらく経っても誰もやってこないのを見て、少し安堵した。ジッとしているのに気づかれないと言うことは、追手の群勢からはわたしたちの居場所は特定されていないということ。
「まあ、エフィ様には一瞬でバレるし、追いつかれてしまうので、逃げたところで結局無駄なんですけどね」
「エフィ様はあのメイドたちとは一緒に来なかったんだね」
「ええ、きっとまだ寝てますから。エフィ様はだいたい9時ごろに起きます。それまでにエフィ様の朝食の準備をしておかないと罰を受けてしまいますから、わたしたちは普段から4時には起床していますが」
「朝食の準備、って、エフィ様大きいんだったら大変じゃないの?」
エフィ様のサイズを考えたら、わたしたちではフライパンだって一人では持てないし、お皿を運ぶだけでもかなり大変そう。それこそ、朝食の準備だけで数百人が動かないといけないに違いない。わたしたちの管理者の巨大メイドさんは一度も食事を作らせようはしなかったのに。
パメラはわたしの質問に頷いた。
「朝食の準備なんて、エフィ様なら30分で終わる仕事なのでしょうけれど、わたしたちは全員がかかりで朝の4時から必死に準備をしています。今日は追手の子たちがいない分、朝の準備の担当の子たちは大変でしょうね……」
パメラがため息をついたのとほとんど同時に、体が揺れた。規則的な揺れが発生して、その揺れの発生源が少しずつこちらに近づいてきているから、嫌な汗が出てきた。
「や、やばいんじゃないかな……」
エフィ様が来たと思って慌てたけれど、パメラは冷静に首を横に振る。
「エフィ様は、こんな静かに歩きません」
「全然静かじゃないけど……」
一歩歩くごとにズシンズシンと大きな音がしている。
「まあ、巨大な誰かが来ていることは間違い無いでしょうね」
わたしたちは川の付近に生えている木々に体をくっつけて、葉っぱの影になり、上からは見えないよな場所に身を隠した。足音が近づいてきて、その度に木が根本から揺られているから、折れてしまわないか少し怖かった。
「ああ、もう! エフィのところの子たちがたくさん来ているから、探しにくいったら無いですね! 逃亡者は普段なら上から見れば一瞬で見つかるというのに! サボりは厳罰ですよ! いますぐ出てきたら減刑を検討しますよ」
かなり苛立った様子で巨大メイドさんが早足で歩き去っていった。わたしたちにとっては頼もしい巨木も、巨大メイドさんの膝の辺りまでしかなかったから、わたしたちは上手く葉っぱで上からの視線を隠せたらしい。とはいえ、サボりは厳罰、という言葉が誰に対して言われていることかを考えると、気が気ではなかった。
「これ……、多分わたしのこと探されてるよね……」
膝が震えてうまく立てなかったから、その場にしゃがみ込む。
「そうですね。サーシャさん、今サボっていますからね」
「こ、困るんだけど!」
何か厳罰とか言ってるし! 怖すぎる!
「わ、わたし持ち場に行くね!」
木の影から出ようとしたのに、パメラが手首を掴んできた。
「行かないでください」
「厳罰怖いんだけど!」
「エフィ様を倒して、そのまま一緒にどこかへ逃げましょう」
「アテがあるの?」
「エフィ様のいない花園はただの楽園です。そこで生活したらきっと楽しい日々が送れますよ」
「そもそもエフィ様を倒して、っていう前提が難易度高すぎるんだけど……」
「そこはサーシャさんの頑張り次第ですよね」
あくまで他人事のパメラを見て、ため息をついた。
「まあ、どっちにしてもエフィ様を倒さないと、わたしがメイドさんに捕まってしまうリスクも高くなるわけか……」
覚悟を決めないといけないのかな。大きくため息をついてから、まだ見ぬエフィ様のことを考える。弱そうな子なら良いけれど、と一瞬思ったけれど、仮にめちゃくちゃ弱い子だったとしても、自分の背丈の20倍の人間を倒せる気がしなかった。上から本気で踏まれたら、それだけで終わり。それが、わたしたちの絶対的な身長差なのだ。
メイドさんが行ってから、しばらく時間が経ってから、また地面が大きく揺れた。ただし、先ほどのメイドさんが起こしたの些細な揺れとは全く次元が違う。一歩一歩をわざと地面に足を強く踏み締めているような大きな揺れがする。あまりの揺れに驚いて、その場で尻餅をついてしまった。葉っぱが次々と落ちていき、丈夫な木の幹ごと大きく揺れていた。これが20倍という体格差。まだ戦いにすらなっていないのに、わたしたちは無意識のうちにダメージを受けている。
「エ、エフィ様です!!」
パメラが涙声で、わたしの手をギュッと握りしめてきた。
わたしたちは木の葉の下から出て、遠くからこちらにやってくるエフィ様のことを見上げた。パメラは震えながら、わたしの腕に体を寄せていた。そんなわたしたちを見て、エフィ様は無邪気にに笑う。
「あっ、パメラじゃん。横にナイト気取りの女の子までいる。か〜わい〜」
初めて見たエフィ様の顔は、思ったよりも幼かった。ツインテールヘアーでパッチリとした目に、ほんのり丸みを帯びた鼻先。多分、わたしたちよりも子どもだし、ここにいる誰よりも幼い子だと思う。ただし、大きさのせいでここにいる誰よりも強い力を持っているのはエフィ様だった。わたしはパメラの手を握りなおしてから、エフィ様たちに背中を向けて走りだすと、後ろから、大きな声が響く。
「ほらほら〜、パメラが逃げちゃうわよ。早く追いかけなさい。のんびり歩いてるわたしより遅い子は、踏み潰しちゃうからね。さっさとパメラを捕まえなさい」
エフィ様が脅しながら、必死に追手の子たちを走らせていた。彼女たちはわたしたちと同じサイズだから、すぐ後ろから迫ってきているエフィ様の足が起こす振動に立っていられないみたいで、次々転びながらもエフィ様に追いつかれないように必死に走っていた。これではわたしたちを追いかけているのか、エフィ様から逃げているのかわからなかった。
それでも、みんな死に物狂いで追いかけてきているから、先程追手を撒いた時とは比べものにならないくらいのペースで走ってきていた。みんな日頃から、自分よりもずっと年下の子に脅かされているのだ。
「あれが花園の日常なんだね……」
はい、と頷いたパメラの声は涙声になっていたのだった。