ろく
今の気分は最悪に近いがだんだんと回復している。なぜかって?そりゃあもちろん──
「着いたぞ、エルステの街だ!」
この地獄の空気からあと少しで解放されるからに決まってる。
辛かった……!本当に辛かった……っ!誰も俺と目を合わせてくれないし、リノは泣き止まないしで、とにかくしんどかった……。
だが、街に着いてしまえばもう大丈夫。なんか角が生えちゃったリノと関わる事もほとんど無いだろうし、それなりの冒険者ライフを送るとしよう。
俺は馬車から降りて御者のオヤジさんに頭を下げる。
「オヤジさん、ここまでありがとうございました!」
「おう、それは気にしなくて良いが、嬢ちゃんのケアはお前さんに任せたぞ!」
「はい──ってちょっと待っ」
「んじゃな!」
「うおおおおい!!ちょっと待てえええええ!!」
オヤジさんは俺とリノを降ろしてから、素早く街に入っていった。
やられた……。俺にどうしろって言うんだよ……。ケアも何も俺が話しかけたらまた泣くだろ……。
「ねえ」
「っ!」
「ちょっと待ってよ!なんでおいていこうとするの!?」
「いやいや、そんなつもりは……」
「トモヤがわたしをこんな体にしたんだから、責任とって!」
「ちょい待て。その言い方は誤解を生む」
「間違ってないじゃん」
「それは……」
くそっ!どうする!どうやったらここを切り抜けられる!考えろ考えるんだ山田智哉!
「そこの二人、この街に入る前に入領税五百クレッツ払えよ」
「「えっ?」」
「えっ、じゃないだろ……」
リノから上手く逃げる方法を模索していると、門番の男に声をかけられた。
……この人今なんてった?五百“クレッツ”?クレッツってもしかしなくてもアイツの事?っていうか払えって言われても、あるのはア○パンマン銀行のお金だけだし。……いけるか?
「あの……クレッツはないんですけど、代わりにコレじゃダメですかね?」
「なんだコレ?」
プラスチックは異世界では貴重だろう!どうだ、いけるか?
「よくわからんがダメだ」
「デスヨネー」
知ってたよ、知ってたけどさあ!金と呼べるものはそれしかないんだよ!チクショウ、覚えてろよ詐欺神!
「そっちの嬢ちゃんは──本当に角が生えてるんだな」
「うっ」
「まあ安心しろ。事情は聞いてたし、冒険者なら趣味で角を着けてるヤツも少なからずいるしな」
「どんな趣味してんだよ」
角を着ける趣味とか訳わかんねえよ。
「それよりも、だ。五百クレッツはあるか?」
「……フ、フフ、もちろんあるとも。ほれ、朕から与えられることを光栄に思うが良い」
「ああ、ありがとさん。通っていいぞ」
スゲエ、見てるだけでもイラつくのに笑顔で受け流したぞ。これが大人の余裕ってヤツか。
「──で、お前さんは持って無いんだったな」
「……はい」
「そうか。なら貸しにしといてやるから稼いだら持ってこい。もちろん利子もナシだ」
「えっ!?良いんですか!?」
神対応が過ぎるっ!この人マジでデカイ!器がデカすぎる!
なんてこった、この世界にはオヤジさんと言い、この人と言い、男前が多すぎる!
油断したらマジで惚れそうだ。気をつけないと。
「そ、それじゃあまた後日……」
「おう、頑張れよ」
「はい!」
こうして俺は異世界に来て早々、借金をする事になった。
まあでも、利子は無いらしいし、頑張って稼いだらなんとかなるだろ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「リノてめえ何やってんだ!」
「うるさ~い!朕のやることに文句を言うなぁ!」
「犯罪やってなければ言わねえよ!」
「は、はは犯罪にゃんてやってにゃい!」
「噛んでんじゃん!おもっくそ噛んでんじゃん!ああちくしょう、やっぱお前と関わるんじゃなかったああああああああああ!!」
遡ること少し前。
「なあ、なんで着いてくるんだよ。もしかして俺に惚れたのか?だったら諦めてくれ」
「ぶっ飛ばすぞ自意識過剰男。朕に相応しき者はお前のような小物ではないわ」
「もういっぺん泣かすぞコラ」
俺とリノは現在、こんなやりとりをしながら冒険者ギルドに向かっている。一緒に行ってるのはリノも冒険者ギルドに用があるからだ。
「てか、本当に角隠さなくても何も言われないんだな」
すれ違う人全員がチラッと見たら、そのままスルーしている。というか避けられてる。やっぱ、角をつける趣味は一般ウケしないのか……。
そんな風に俺が考察していると、
「どこに行こうとしてる。もう着いたぞ」
「ん?ああ悪い」
リノに腕を引っ張られて止められた。どうやら着いたようだ。
「デカイな」
「この街のギルドは初心者を支えるためのギルドらしいからな」
「なるほど、充実のサポートがあるのか。それはありがたい話だ」
寝床を貸してくれたりもするんだろうか。それなら更にありがたいんだが。
俺は早速ギルドの扉を開けて──
「おい!ジャミリスが逃げたぞ!」
「ちくしょう誰だよ、捕まえてきたヤツは!」
「あっ、俺のバーナムエールが飲まれてる!」
「いやぁ!服の中に入ってきたぁ!」
「イテテ!おい髪を引っ張んな!」
…………………………………。
バタン
「うん?どうした?入らないのか?」
「お先にどうぞ」
「? ああ、ありがとう」
リノは何も疑わず中に入り、
「……イッタ!えっ!?あ、ちょっと!止めて!なんで服の中に入って──ッ!」
うん、今日はいい天気だなー。お、小鳥が飛んでる。
少し経って。
「大丈夫か?」
「………もうお家帰る」
「お、おぉ……なんかゴメンな……」
騒ぎが落ち着いたところでギルドに入ったら、リノが息を切らして、涙を流しながら項垂れていた。服も乱れていて少しエッチな感じになってしまっている。
すんなりと謝罪の言葉が出るくらいには憔悴しているリノをはじめとして、ギルド内にいる冒険者達も大半がぐったりとして疲れている。
「こりゃヒドイ」
「……もうヤダぁ」
「とりあえず落ち着け。何があったかは聞かないから。ほら、一旦あっちに座ろう」
「………うん」
誰この子、すんごく可愛い。
え、本当にリノなの?こんなに弱々しくて、護りたくなっちゃうオーラを醸し出してるこの子が?信じられないな。
俺とリノはギルド内に併設されている酒場の空いている席に座る。
「そろそろ大丈夫か?」
「……ん」
「俺はとりあえず冒険者登録をしたいんだけど……もうちょっとここにいた方が良いか?」
「……うん。もうちょっと、いて」
「おっふ……」
なんだなんだよなんですかその上目遣いは!お前そんな事出来たのかよ!そんなの可愛い過ぎる!反則だろ!
とりあえず、リノが落ち着いてきた頃合いに俺は冒険者登録をしに受付へと向かった。
「あら、冒険者登録ですか?」
「はい」
「承知しました。少し準備するので少々お待ちください」
受付のお姉さんは柔らかく微笑んでから、奥の方に向かった。
「お待たせしました。まずはこちらの紙に触れてください」
「は、はい」
お姉さんに差し出された何の変哲もない紙に触れるだけなのに、なぜか緊張してしまう。
これってあれか?俺のスキルとか称号がバレてあいつスゲエ!ってなるヤツか?カッコつける準備をしとくべきなのか?
そんな事を考えながら、紙に人指し指で軽く触れる。
すると、
「おぉ……!」
紙が光輝き、文字が刻まれていく。
十秒ほどして光がおさまると、そこには俺の名前が刻まれた一枚のカードがあった。
「これで冒険者登録は完了です」
「え、これだけ?」
「はい。えーヤマダトモヤさんですね?この冒険者カードには倒した魔物の名前やあなたが成し遂げた偉業が刻まれます。偽造は出来ないのでお気をつけてください。それと、失くしてしまうと再発行に三千クレッツかかりますので、それもお気をつけください」
「ほお……」
偉業に関してはよくわからんが、倒した魔物の名前が刻まれるのはクエストの達成がわかりやすくて良いな。それにステータスが人に見られないのも良い。俺の場合見せれないのが多いからな。
「改めまして、ヤマダトモヤさん。ようこそ冒険者ギ」
「──テメエコラ!俺の努力を返しやがれ!」
「断る!」
「んだとゴラァ!」
お姉さんの歓迎の言葉を遮って冒険者の男の怒号が聞こえた。
良いね。こういう荒事も冒険者ならではだろうし、巻き込まれない分には──
「角をつけるような変な趣味してるくせによお!」
「こ、これは好きでやってるわけじゃ……」
「知るか!自分は鬼族だとかくだらない嘘つきやかがって!」
「嘘じゃなーーい!」
何やってんだよ鬼族モドキ。さっきのしおらしさはどこいったよ。めちゃめちゃ元気になってんじゃねえか。ふざけんなよ。俺の心配返せよ。
「そもそも誇り高き鬼族ならなんで俺の努力を奪うようなマネすんだよ!」
「そそそそんな事してにゃい」
「目ぇ逸らしてんじゃねえ!こっち向けよオイ!」
リノが目を逸らした先で、視線がぶつかった。その瞬間、リノが名案を思い付いたと言わんばかりの表情をする。
あいつが何かを言う前にこの場から逃げなくては……!
「あ、あの人!あそこにいるトモヤの指示です!」
「やりやがった………!」
全員の視線がコッソリと逃げようとしていた俺に向けられる。特に怒り狂ってた男の視線には殺意が宿っている。
マズイと思った瞬間、俺は逃げ出していた。
「待てやゴラァ!」
「ちくしょう、リノォォォ!」
「ち、朕のせいじゃないもん!」
「うるせえ!説教は後だ!覚えてろ鬼モドキがぁぁぁぁぁ!」
人生が上手く事なんてない。俺はこの異世界で、最初にその事を学んだ。
ジャミリスというのはイタズラ好きの小悪魔です。