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第一楽章・八、紫色の独占

「まったく、どこに連れ去られたかと思えば」


「心配して損したな」


 四色の天使に囲まれ、補導された子供のようにしゅんとしているロート。


 (さかのぼ)ること数十分──




 鳥のさえずりが聞こえる。穏やかな風が頬を撫でた。


「ん……?」


 目を開けるローゼ。そして


「うわっ!」


 飛び起きた。


「ここは……?」


 記憶をたどる。そして、思い出した。

 赤い上着が、体にかけられている。固まってゴキゴキとなる肩などの関節をほぐしながら、ローゼはゆっくりとベンチに腰掛けた。

 目の前には、背もたれに体を預け、「すー、すー」と眠っているロートがいる。


 私は抱きしめられたまま、寝ちゃったの?


 一人頬を赤らめるローゼ。ロートは上着を着ていない。


 これは、ロートがかけてくれた……。


「もう……」


 少し顔を近付ける。ロートの寝顔は、まだ幼い子供。

 ローゼは、細い指でロートの頬に触れた。弾力のある頬を、ぷにーっと横に引っ張る。


「いたっいてて……」


 頬を押さえて目を開けるロート。


「おはようロート」


「あ、お、おはよ」


 見つめること、約三秒。


 我に返り、ばっと飛び退くローゼ。


「あ、その、ごめんなさい!」


「ん?」


「え……いや……」


「もしかして」


 ぐいっと顔を近付けるロート。


「俺に惚れちゃった?」


 ニヤリと笑うロートの顔がさらに近付く。ローゼは動けない。


「そこまでです」


 その瞬間、ローゼの体が浮いた。


「わっ!」


「まさかこんなとこにいたとは……困った子達ですね」


 そう言ってローゼを抱え直したのは……


「ヴァイス?」


「心配しましたよ。ローゼ様。さぁ、城に戻りましょう」


「え……ひやっ!」


 飛び上がるヴァイス。ローゼはこの瞬間がどうも慣れない。


「ヴァイス?」


「どうか致しましたか?」


「羽が……」


 ふわりと浮いているヴァイスには、純白の羽が生えていた。


「驚きました?」


「羽……凄く綺麗」


「天使ですから」


 微笑むヴァイス。


「おい! 俺のこと忘れてないか?」


 下から叫ぶロート。


「貴方は自分で飛べるでしょう」


 冷たく言い放つと、ヴァイスはローゼを抱いたまま城へ向かって飛んだ。




「なんで城に帰って来なかったんだ?」


 ゲルプがロートに聞く。


「だって、ローゼがあまりにも可愛いから抱きしめちゃって」


 少し照れていうロート。


「はぁ!?」


 キレそうになるゲルプを、グリューンがまぁまぁとなだめながら言う。


「それで?」


「そのままローゼが寝ちゃったから……」


「連れて帰れば良かったんじゃない?」


「だって、俺も眠かったし」


 全く悪気のない笑顔で頭をかくロート。


「ロートは、明日から一週間の謹慎処分ですね」


 冷たく言い放つヴァイス。


「えー!」


 頬を膨らませるロート。


「そうだ。ローゼ様に何かあったらどうしていたつもりなんだ? それに、今日は舞踏会の日だ。せっかくの日にローゼ様にもしものことがあったら……」


 ごちゃごちゃと説教を始めるブラウ。その時、そろそろとグリューンが近付き、ローゼの耳元で囁いた。


「ヴァイスが言ってる通り、今日は舞踏会の日なんだ」


「舞踏会って?」


「後で詳しく説明するよ。それより、シャワーでも浴びてきなよ」


 グリューンはローゼをドアの外に連れ出す。


「ここを真っ直ぐ行くと、シャワールームがあるから、ね」


 そして、閉め出されてしまった。




「まったく。何よみんな」


 ローゼは混乱していた。あんなふうに、自分からキスを求めたり、抱きしめられるのを許したりしたことなんてない。自分でない誰かが、自分を動かしているような。不思議な気持ち。

 どうして?


 そんな事を考えていたら、壁にゴチンと頭をぶつけた。


「いたっ」


 頭を押さえて我に返るローゼ。


「あれ? ここ……どこ?」


 無意識に来てしまったそこは、どこだか全く検討がつかない。ただでさえまだ城の内部がよくつかめてないので、ローゼはまた迷ってしまったようだ。


「うぅ……どうしよう」


 ここが突き当たりなら、戻るしかない。とりあえず適当に歩を進めてみる。薄暗い、長い廊下。左右にあるのは同じ形をしたドアのみ。


「シャワールームって、ちゃんとドアに書いてあるのかしら?」


 しばらく歩いていると、前方に見えたドアの隙間から光が漏れていた。


 人が……いるのかな?


 迷ったなら人に聞くしかない。そう思ったローゼは、そのドアにそっと近付き、ノックした。




 トントン


「誰だ」


 低い声が中から聞こえた。


「あの、迷ってしまって」


「質問に答えろ。お前は誰だ」


 感じが悪い人ね。


「私は、ローゼよ」


 そう言った瞬間、ドアが開いた。


「用は何だ」


 ドアを開けた相手は……真っ黒だった。

 高い位置に一つに結んだ髪も、暗い瞳も、センスのよく分からない服も、全部黒。唯一病人のように白い肌が、引き立って見える。無表情でローゼを見ていた。


「あの……シャワールームってどこかしら?」


「そんなことか」


 相手は部屋から出てドアを閉めると、言った。


「案内する」


 先立って歩き始める。


 なんなの、この人。


「ねぇ……」


「何だ」


 黙々と歩いている黒の男。


「あなた、名前は?」


「シュヴァルツだ」


「シュヴァルツ?」


「そうだ。シャワールームはここだ」


 他のドアとあまり変わらないドアを示すシュヴァルツ。


「ここなの?」


「そうだ。このプレートに『SHOWER』と書いてあるだろう」


「小さいわね。分かりにくいわ」


「文句を言うな。他に用が無いなら私はもどる」


 さっと身をひるがえすと、戻っていくシュヴァルツ。


「あのっ!」


「何だ。まだ何かあるのか?」


 振り返るシュヴァルツ。


「その……シュヴァルツって天使なの?」


「そうだ」


 短く答えると、また後ろを向いて行ってしまった。


「なんなの? あの人……」


 黒の天使 シュヴァルツ


 これで、全員揃った──




「はぁ。さっぱりした」


 タオルを巻いて脱衣所に出てくるローゼ。


「……へ?」


 目の前には……3人のメイドがいた。


「ローゼ様。お迎えに参りました。舞踏会の準備を致しましょう」


 真ん中のメイドがにこやかにそう言った瞬間──


「きゃあ!」


 隣の部屋に拉致された。


「ちょ、ちょっと!」


 タオルを剥がそうとするメイド達に、必死に抵抗するローゼ。


「わたくし共はローゼ様をドレスアップするよう命令された者です。ですから、嫌がっても命令は実行しますよ」


「え……いやぁ!」


 三対一ではかなわず、ローゼは着せ替え人形のように着替えさせられたのだった。




「やっぱりお似合いですね」


「ローゼ様にぴったりですわ」


「ローゼ様もそう思いません?」


「う……」


 薔薇模様のあしらわれたピンク色のドレスは、白のフリルがいやというほどついている。頭には薔薇色の大きなリボン。今までのよりかなり豪華だ。


 ──こんなひらひらなドレス、私には似合わない。


「いいえ、よく似合っていますよ」


 後ろで声がした。はっとして振り返るローゼ。


「ヴァイス、みんな……」


 後ろにいたのは、五色……いや、面倒臭そうにドアに背を預けている黒の天使も含めて六色の天使だった。


「お迎えにあがりました。ローゼ様。舞踏会の会場へ行きましょう」


 ヴァイスに続き、天使達は恭しくお辞儀をした。




「うわぁ……」


 豪華すぎる会場。


 吹き抜きの高い天井。輝くシャンデリアはいくつあるか分からない。

 周りにいる人々は、ローゼに劣らず豪華な衣装と、優雅な仕草(しぐさ)で会話を楽しんでいた。人々といっても、普通の人間ばかりではない。動物達もみんな二本足で歩き、着飾っている。


「あれ?」


 ある方向を見て、ローゼは驚いた。


「どうかした? ローゼ」


 横にいたブラウが聞く。


「いや……その……あれって」


 ローゼの目線の先には、オーケストラのようにズラリとならんだ楽器があった。しかし、それを弾いているはずの人が見えない。まるで透明人間が弾いているかのように、浮いた状態のまま勝手に動く楽器達。それらは、静かに優雅な音楽を奏でている。一番前では指揮棒が、誇らしげに指揮を振っていた。


「なにこれ……」


「楽器にも命はある。一人で音楽を奏でることぐらい出来るよ」


 ブラウはにっこりと微笑む。


「ただし、一つだけ一人で奏でることが出来ない楽器ある。何だと思う?」


 そんなの分からない。と言おうとした時だった。


 オーケストラの音が、途切れた。

 周りで会話をしていた人々もそれをやめ、中央に位置する舞台に視線を移す。ローゼもそれにつられて、舞台に視線を向けた。


 舞台に、一人の青年が立った。


「皆さん、こんにちは」


 恭しくお辞儀をする青年。


「今宵はお集まり頂き、ありがとうございます」


 この人……綺麗。ローゼは思った。

 整った顔立ち。灰色の髪に、紫の瞳。目にかかるほどの長い前髪からのぞく鋭い目が、会場を見回す。


「あっ、えっ?」


 舞台に集中し過ぎて、そっと置かれた後ろの手に気づかなかった。


「行きましょう」


 耳元で囁いたのは、ヴァイス。そのまま押される。


「何? どこに?」


「舞台です」


 言われるがまま、ローゼは舞台へ向かう。


「もう既にご存知でしょうが、今日はあのローゼが我が国に来たことを歓迎する会です」




「そのまま舞台に出てください」


 舞台裏まで連れて来られたローゼに言うヴァイス。


「え? でも……」


 と言った瞬間、ドキンと胸が高鳴った。


《アナタは行カナケレバならない》


 ローゼの足は舞台へ上がる階段をのぼる。


「ローゼ、どうぞこちらへ」


 目の前には、あの青年がいた。


 周りの人々から、どよめきが起こる。


「ローゼ様か?」


「あのローゼ様が来てくれたのね!」


「ずっと待っていて良かった」


「美しいわ……」


 ため息と共に呟かれる称賛(しょうさん)の声。


「これから、舞踏会を始めます。皆様、楽しい一時(ひととき)を」


 それを合図にしたかのように、オーケストラの演奏が始まった。会場の人々は、思い思いに踊り出す。


「さぁ、僕達も踊ろう」


 青年が、微笑む。


「あなたは?」


「失礼、名を名乗るのを忘れてたね。僕はこの国の王子、モーント」


「王子?」


「あぁ。さぁ、踊ろう」


「でも私、踊り方知らない……」


「大丈夫。僕がきちんとエスコートするから」


 差し出されたモーントの手に、少し迷ったローゼは手を乗せた。




 オーケストラが作り出す、ワルツの三拍子。


 ぎこちないローゼを、優しく、しなやかに、誰ともぶつかることなく導いていくモーント。

 そんな美しい二人に、誰もが心を奪われる。中には、立ち止まって見つめている人もいる。


「どう? 楽しい?」


 急に体が引き付けられ、話しかけられた。ワルツの三拍子が、ローゼの心を酔わせる。


 ローゼは静かに頷いた。


「それは良かった」


 モーントは、ローゼの手の甲に唇を触れさせると、また三拍子の渦へとローゼを引き込んだ。




 どれくらい踊ったのだろう。

 ローゼの視界に、ある人物が入った。


「………」


「どうかした?」


 目の前を、ヴァイスが通り過ぎていった。途中で仮面をつけた女の人に話しかけられたが、それには答えずに。踊る人々の間を縫うように歩いていってしまった。

 見回すと、他の五色の天使達も、誰とも踊らずに会場内を歩き回っている。


「彼らが、気になるのかい?」


 踊るのをやめ、壁際へ連れてこられたローゼ。


「そういえば、確か六人とも関わりを持ったんだったね」


「みんな、何をしているの? せっかくの舞踏会なのに」


「彼らには、警備をさせている」


 会場の方をちらっと見て、またローゼを見るモーント。


「この時期は、不審者が多いからね」


「そうなの。大変ね」


 目を会場の方に向けたローゼを、壁に押し付けるモーント。


「なっ、何!?」


「今はそんなの関係ないだろう。僕と踊っているんだから」


 彼の紫色の瞳から、目を逸らすことが出来なくなる。


 白い手袋をしたモーントの手が、ローゼの顎を掴んだ。


「でもっ……」


 急いで払いのけようとするローゼの手を反対の手で掴むモーント。そのまま、キスをした。


 唇をぶつけるような、強引なキスが離れる。


「でも、何?」


 紫の瞳に見つめられる。


「なんでも……ない」


 この人には逆らえない。


 ローゼは本能的にそう感じた。


「そう」


 ローゼを解放するモーント。


「それじゃあ、いいものを見せてあげる」


「いいもの?」


「うん」


 そう言われて連れてこられた先には、ピアノがあった。


「これ……」


「驚いた?」


「薔薇のピアノ……」


 薔薇のピアノ──ローゼはいつもそのピアノをそう呼んでいた。それは、ローゼが初めて発表会に出た時に、一目惚れしたピアノだ。

 そのピアノには、華やかな薔薇の模様が彫られている。黒く艶やかなピアノに鮮やかな薔薇の彫刻は、ローゼの胸をときめかせた。


「なんで……?」


 そのピアノが欲しいという願望は叶わなかった。だからローゼは、毎年ある発表会が楽しみだった。発表会の会場に、そのピアノはあるのだ。


 薔薇のピアノ。


 毎年、毎年、そのピアノに恥じない演奏をする為だけに、毎日練習してきた。


 ローゼの頭に次々と思い浮かぶ『思い出』。


 そういえば、毎年お父様が、両手に抱えきれないほどの大きな薔薇の花束を持って、演奏の後抱きしめてくれたっけ。「凄く上手だったよ」って。


 その時、ずきんと胸が痛んだ。


 お 父 様 ?


《マダ駄目よ》


 また聞こえる。この声。


《マダ、その時じゃナイ》


 まだ? 何?


「弾いてよ」


 戸惑うローゼを抱き上げると、椅子に座らせるモーント。


「君の一番好きな曲、弾いて」


「一番……好きな?」


「うん」


 考えなくても、体が動いていた。


 ローゼが鍵盤に手を乗せた瞬間、会場が静かになった。誰もが、これからの音を聞き逃すまいと集中している。


 ゆっくりと、指が動きだした。


 『きらきら星』


 ローゼの大好きな曲


 初めての発表会で、初めて観客の前で、弾いた曲。


 弾き終わった瞬間、拍手が大きな波のように押し寄せてきた。


 そう。この拍手の為に、ローゼは毎年発表会に出ていた。


「もっと……」


 モーントが耳元で囁く。


「もっと、聞かせて」


 もっと……


 ローゼはまた手を乗せる。


 自分の感じるがままに、指を動かす。


 それに合わせるように、オーケストラも音楽を奏ではじめた。人々も踊りだす。



 音楽を奏でられる、幸せ。


 夢のような時が過ぎてゆく。


「ローゼ……」


 その中で、怪しく微笑むモーント。


「一人で奏でることの出来ないたった一つの楽器……ピアノ。そしてこの世界で、これを奏でることが出来るのは君しかいない」


 楽しそうなローゼの後ろ姿を、見つめるモーント。


「君は絶対に僕のものにする」


 夢のような時は、まだ続いていた。




 《モーント》


 完璧主義者の名に相応しく、見た目、頭脳、戦闘力、何においても完璧な音の国の王子。もちろんモテる。独占欲の強さと、上から目線口調がたまにキズ。銃系を使った戦いが大好き。



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