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第一楽章・八、緑色の誘惑

「ん……?」


「おはようローゼ」


 少し高めの男性の声が聞こえる。顔を上げるローゼ。その男性は珍しい黄緑色のスーツを着ていて、深緑色の髪とエメラルドグリーンの瞳をしていた。


 ──目覚めがいい。


 頭の中がすっきりと整理されているようだ。


「あの、誰ですか?」


「失礼。ボクはグリューン。六色の天使のうちの一人だよ」


 よく見てみると、他の天使より若干背が低い。ローゼの身長より少しだけ高いくらいだ。


「気にしてるのに」


 グリューンの隣に立つローゼにふて腐れた顔で言うグリューン。


「もしかして、『言葉責め』かな?」


「……はい?」


「なんだよ。期待させるなよ〜」


「えーっと……」


 いまいち彼の言葉の意味が掴めないローゼ。


「ま、いっか」


「ねぇ、いつから私はここで寝ていたの?」


 寝る前の記憶がない。ただ、思い出せない苦しさはなかった。


「夜になったから、寝たんだよ」


「なんで今、目が覚めたの?」


「それは朝になったから」


「当たり前のことじゃない」


「当たり前の日常ほど幸せな生活はないよ」


 グリューンはローゼの手をとる。


「当たり前の日ばんざーい!」


 手の甲に彼の唇が触れた。


「本当は、君が何故かお客様用の部屋で布団もかけずに寝ていたから、ボクの部屋に連れてきてあげたんだけどね」


「そうなの?」


「うん。夜は冷えるから。ちょうど他の天使達は仕事が忙しくてさ」


「……ありがとう」


「ローゼに感謝されるなんて、光栄だな」


 嬉しそうに言うグリューン。


「じゃあさ、ご褒美くれない?」


 子供っぽい笑顔の絶えないグリューン。ローゼは首を(かし)げる。


「ご褒美?」


「うん」


 無邪気な返事と共に、どこからか『ある物』を取り出すグリューン。


「何……これ?」


 黒い棒に続いて垂れる同じく黒いゴム製の紐。


「何って、鞭に決まってるじゃん」


「は?」


 ローゼに無理矢理鞭を持たせると、後ろを向いて言う。


「思いっきりよろしく」


 さすがのローゼも何を求められているか分かり、


「いやぁぁぁ!」


 鞭を投げ捨て、ドアに向かって走った。ドアノブをがちゃがちゃと回すが、何故か開かない。


「そのドアは、天使しか開けられないんだよ」


「嘘っ!」


「嘘じゃないよ」


 いつの間にか真後ろにいるグリューン。


「ごめん。突然すぎたよね」


 動けないローゼを後ろから抱きしめる。


「ごめんなさい」


 抱きしめられた手に力がこもっているのが分かった。


「分かった。分かったから離し」


「嫌だ」


 まるで駄々をこねる子供のようだ。


「ローゼはボクのものだもん」


 そう、ボクのもの


 ボクだけを(いじ)めて


 ボクだけにちょうだい


 ローゼからのご褒美



「そうだ」


 密着されているせいで耳元で囁かれた。


「んっ……」


 体をよじらせてそれから逃れようとするローゼ。


「あれ? 耳苦手?」


 グリューンの両手は触手のように絡み付いて、離れない。


「ご褒美が欲しかったらまずローゼにご褒美あげなきゃだよね」


「え?」


「ご褒美だよ」


「何それ?」


 気の抜けたローゼを、さりげなくベッドの前まで連れてくるグリューン。


「だから、ご褒美」


「は?」


「そういえば、ローゼはSだっけ、Mだっけ?」


「……はい?」


「自分で気づかないタイプ? まぁそういうのもアリか」


「な……何?」


 迫るグリューン。ローゼは、動けない。


「この世に生きる者は、二種類分けられるんだよ。(サド)か、(マゾ)かに」


「私、どっちでもないよ?」


「ううん。どっちかだよ」


 更に近づくグリューン。だが、ローゼの首元を見て止まった。


「……どうしたの?」


「ローゼには先客がいたんだね」


「は?」


「キスマーク……付いてる」


 グリューンに渡された鏡を見ると、確かに首元に濃くはっきりと赤いキスマークが付いていた。


「うっ……」


 あの時だ……


 淡い記憶が段々はっきりと思い出される。

 ゲルプがローゼの首元に顔を(うず)め……。あの時は少し痛みを感じた。


「気に入らないね」


 ローゼから鏡を奪って投げ捨てるグリューン。ローゼは……動けない。


「誰なの?」


 迫るグリューン。表情が怖い。


「こんなこと許すほど、好きな人がローゼにいるの?」


「違っ……ゲルプが勝手に……」


 ──グリューンの動きが止まった。


「……ローゼは、Sじゃないの?」


「は?」


 瞳をチワワのようにうるうるさせるグリューン。


「誰よりも強く、誰よりも厳しく叩いてくれたよね?」


「え……?」


 まるで前に会ったことのあるような言い方。


「わっ……私とグリューンって、今初めて会ったよね?」


「ん? そうだっけ?」


 しばらくの沈黙。それを破るようにドアが開かれた。


「ローゼ!」


「ゲルプ?」


「探したんだよ! ちょっと目を離した隙に……つか、厄介な奴に捕まってたな」


 ゲルプも十分厄介だけどね。


 と、ローゼは密かに心の中で呟いてみる。


「グリューン、ローゼはオレのもんだ。手を出すな」


 傍に落ちていた鞭を拾うゲルプ。


 ピシッ!


「ひやん♪」


 悲鳴とも喘ぎとも似つかない声を出すと、グリューンは体をくねらせた。


 ……正直気持ちが悪い。


「じゃあな」


 ゲルプは、隙のできたグリューンをドアの外へと引っ張る。


「ボクは放置プレイは嫌いなんだよー!」


 そんな叫び声も虚しく、ドアを閉めると同時に部屋は静かになった。


「Mを虐めるのは(しょう)に合わないんだけどな」


 ゲルプは固まっているローゼにの隣に座る。


「まさかあの鞭で叩いてあげたりしてた?」


「──ッ。してないよっ!」


「だよね。ローゼはSでもMでもないもんね」


 くいっと顎を掴まれる。


「だから虐めがいがあるんだ」


 近づくゲルプの顔に


「いやっ!」


 ローゼは思いっきり枕を投げつけた。


「うごっ」


 予想外の反撃に驚いているゲルプ。


「私、そんな趣味ないからっ!」


 ローゼはその隙にゲルプの横を抜け出し、そのままドアへと一目散に駆けた。



 勝手にキスされて


 勝手にキスマークつけられて


 勝手にMにされて


 勝手にSにされて


 ──もう、こんなことに付き合ってられない!



 ドアを開けようとする。が、開かない。


 ──そのドアは天使しか開けることが出来ないんだよ。


 そういえばそんなことを言われた気がする。だったら……


 ローゼは右足を後ろに引き、軽く構えた。


「は!」


 そのまま回し蹴り。火事場の馬鹿力というものだろうか。ドアはメキッという音と共に倒れた。


 まだ衰えてなかったわ。小さい頃覚えた護身術。……右足がじんじんするけど。


「………」


 唖然(あぜん)としているゲルプ。


 ドアを蹴破るという大役を成し遂げたローゼは、痛む足を(かば)いながら廊下に出た。


 とりあえず、歩こう。


 しばらく右足を引きずりながら歩くと、角を曲がった所で廊下の先に赤い服が見えた。


「……誰がいるの?」


 向こうもこちらに気付いたらしい。こちらに向かって走り出す。


「わー」


「ん?」


「ローゼだぁー!!」


 ローゼとの距離が数メートルの所まで近付いたところで


「ローゼうっ……」


 何もない所で派手に転ぶ赤い髪の少年。


「………」


 倒れた赤い髪の少年は、ぴくりとも動かない。


 それを目の前に、何故かローゼも動くことが出来なかった。





《グリューン》


 葉を司る緑の天使。その実体はドM天使。My鞭を常に所持。叩かれるのが好き。ちなみに、放置プレイはあまり好まないらしい。



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