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第一楽章・五、黄色の翻弄

「どこだろ、ここ……」


 歩いても歩いても左右にドアがあるだけ。変わらない景色。完全に迷ってしまったようだ。


「とりあえずいったん戻ってみっ──きゃっ」


 急に近くのドアが開いて、中に引きずり込まれた。


 バン!


 ローゼが中に入った瞬間ドアが閉められる。同時に鍵がしまる音もした。


「つーかまーえたっ」


 そう言って顔を上げたのは……


「ゲルプ……」


「覚えてくれていたんだ、名前。嬉しいよ」


 そう言うとゲルプはにっこりと微笑んだ。




「ちょっと……やめてよ」


「可哀相だよね。いきなりこんなとこ連れてこられて、名前まで勝手に変えられて」


 部屋の中のベッドに無理矢理座らせられた。ゲルプの顔が近付いてくる。


「同情してあげてるんだよ」


「な、なんのこと?」


「そっか。分からないか」


 ゲルプはローゼの首にかかっているシュテルンにスッと触れた。


「あんたは以前まで、ローゼではなかった」


 機械的な言い方。耳に息がかかるくらいの近さで囁かれた。


「え? 痛っ」


 耳を噛まれた……というのに気付いたのは、そばにあったベッドに押し倒されてからだった。


「でもオレ、そういうの嫌いじゃないんだよね」


 歓喜に満ちたゲルプの顔が、超至近距離で見える。


「痛……い」


 また噛まれた。しかも、さっきより強く。手加減など感じられない。


 血が出てるかも……。


 両手はゲルプの片手で押さえられていて、動かない。


「やめっ……て……いた……い」


 ローゼの頬に涙が伝う。


「その顔、ものすごくそそられるんだけど、誘ってるのか?」


「……くっ」


 痛みを癒すようにゆっくりと耳をなめられる。不思議な感覚に、体の力が一瞬抜けた。


 その一瞬のすきを狙っていたかのように、ローゼの口が塞がれ、すぐに離れた。


 キ……ス……?


 ぼんやりとした頭で考える。


「泣いてよ。もっと」


 耳元で囁かれた。


「なんで……?」


「泣いた方が可愛いから」


 またキスされる。今度は長い。気が遠くなる。


 苦しい……。


 息欲しさにじたばた暴れると、やっと離れた。


「ふぁ……」


「顔が赤いよ、ローゼ」


「っ……いた」


 ゲルプはローゼの首元に顔を(うず)めた後、やっとローゼを解放した。


「ごちそうさま」


「っ……ばかっ」


「馬鹿なのはローゼだよ」


「……なんで?」


 立てない、と思ったら、足だけゲルプに押さえられていた。仕方なく横になった状態でゲルプを見る。


「簡単に捕まっちゃってさ。心までこんなもので捕らえられて」


 ゲルプがシュテルンをつつく。


「なんの……こと?」


「知りたい? 『フリア』」


「は? ……うっ」


 頭がズキッと痛んだ。出てきていけないものが、無理矢理出てこようとしているかのように。


「頭が……」


 くらくらする。知らないうちに、涙もこぼれ落ちた。


「可愛いお嬢様だな」


 頬に流れる涙をなめとるゲルプ。


 ざらざらとした舌。背中がビクッとすると同時に、肩の震えが止まらなくなる。


「もっと泣いていいんだよ」


「……なん、で?」


 喋るのさえ苦しい。


「興奮するから」


「ド、Sっ」


「よく分かったね」


 否定もせずに笑顔で答えるゲルプ。


「でも、オレ以外の理由で泣かれても嬉しくないんだよな」


「ねぇ……」


「なに?」


 ローゼに顔を近付けるゲルプ。


「教えて、よ。私の、こと……」


 苦しい、辛い、悲しい。様々な感情が込み上げては消える。


 時々頭に現れる疑問。それが解消されるのなら……


 教えて欲しい、何もかも。


「いいよ」


 軽く言うと、ローゼの足を解放するゲルプ。そして、ローゼの頭を軽く撫でた。


 ──痛みが消える。


「ただし一つ、条件がある」


「条件?」


「簡単さ。オレにキスしてくれればいい」


 にやにやと笑いながら言うゲルプ。


「……は?」


「だから、キッス☆」


 キスって……恥ずかしすぎる。


「教えてあげないよ」


「………」


 困るローゼの顔を、いかにも楽しそうに見つめるゲルプ。


「目、つぶっててあげるから。五秒以内ね」


「えぇ!?」


「いーち」


 言った通りに目を閉じるゲルプ。


「にーい」


 やる? やるしかないか……。


「さーん」


 やっぱり教えて欲しいし。


「しーい」


 よし。

 意を決して顔を近付ける。


「ご……うっ!」


 勢いあまってぶつかるようにキスしてしまった。すぐに離れるローゼ。


「あわわ……そのっ」


「よく出来ました」


 ……頭を撫でられた。


「痛くなかった?」


「別に。でも、好きな人に認められたいなら、もう少し練習が必要だね」


 唇を押さえて苦笑いするゲルプ。


「………」


 一瞬、頭の中にヴァイスが現れてすぐに消えた。


 なんで……ヴァイス?


「練習、する?」


 首を傾げるゲルプの髪が、さらりと揺れる。


「結構、よ」


 ローゼはそう言って立ち上がった。




「じゃあとりあえず、シュテルン外してみな」


 テーブルに向かい合わせに座っているローゼとゲルプ。


「これを?」


 銀の鎖に触れるローゼ。


「うん。ただし、かなりの覚悟をしてから外しなよ」


「なんで?」


「あんたの頭の中に一気に『記憶』が流れ込むから」


「……どういうこと?」


「まぁ、外してみな」


 ローゼはシュテルンを見つめる。

 ピンク色の宝石は、まるで呼吸をしているかのように光の濃淡を変えていた。


 そういえば、あまりちゃんと見たことなかったわね。この宝石。


 しばらくすると、くらっとめまいを覚えた。


《ローゼ……ダメ……》


「え?」


《ダメ……はずしちゃ……》


 宝石が、喋った?


《はずし……ダメ……》


「ほら、早くしないと支配されちゃうよ」


 その光景を、頬杖(ほおづえ)をついて楽しそうに見ているゲルプ。


《ダメ……》


「やだ……私、知りたいの!」


 ローゼは勢いよく鎖を外した。


 グアン……


 頭が、重い。


 ローゼは、吸い込まれるように意識を失った。倒れ込むローゼを抱き留めるゲルプ。


「おやすみローゼ」


 そしてそのままベッドに横たわれさせた。




「フリア様、起きて下さい」


 フ リ ア ?


「何をおっしゃっているのですか? お嬢様はフリア様です。それ以外の何でもありませんよ」


 私は、フリアなの?


「フリア。せっかくお茶を用意してもらったのだから、本を読むのはやめなさい」


 お母……様……?


 様々な場面がどんどん現れる。ぐるぐると回る映像。とめどなく流れてくる映像(それ)は、紛れも無く全てローゼ……いや、フリアの『記憶』。


「私は、私は……」


 その時、頭に雷が(とどろ)いたような衝撃を感じた。




「おかえり。ローゼ」


 さっきと変わらない景色。目の前にはゲルプがいる。


「私は、フリアなの?」


 落ち着いた声で話すローゼ。


「そうだよ」


 ゲルプも冷静に答えた。


「この世界は私の場所じゃない?」


「いや、みんなあんたを必要としてる」


「なんで私はローゼなの?」


「それは……」


 ゲルプは傍に落ちたシュテルンを拾う。


「この世界の決まりだからね」


 シュテルンをローゼの首にかけた。


「もうこの『記憶』はいらない」


 もう、忘れてしまえばいい


 あんたを悲しませるだけの世界なんて


 必要ない


 この世界はあんたを歓迎するよ


 決して、あんたを泣かせたりはしないよ


 泣かせる理由は


 オレだけにしな




「ゆっくりおやすみ」


 ゲルプがローゼの背中を撫でる。


 優しく、優しく。


「あんたはローゼだ」


 記憶が、何かに吸い込まれるように消えていく気がした。


「ゲルプ……」


「大丈夫だよ」


「怖いの」


「大丈夫」


 背中を撫でるのを止めないゲルプ。


「私なのに、私じゃなくなるの?」


「大丈夫だよ」


 諭すように繰り返す。


「ローゼはローゼだから。それ以外の何者でもなくね」


 急に眠気が訪れた。


「う……」


「大丈夫。起きたら楽になるから」


 視界が、暗転した。




「……人に優しくするのは、慣れてないんだけどな」


 静かに眠るローゼを見つめるゲルプ。


「あんただと優しくしたくなる。何故だろうな」


 力の抜けた表情を見て、一人にやりと笑う。


「やっぱ特別だからかな」


 ローゼの髪を一束すくう。その下からあらわれた赤くなっている耳に触れた。

 ピリッと電気が流れるように光った瞬間、赤かったローゼの耳は元通りになる。


「これは残しておこうかな。色々と面白そうだし」


 首元の赤い(あと)を見て、ゲルプは楽しそうに微笑んだ。


「でもやっぱりあんたのもっと苦しむ姿、見たいな」


 綺麗になったローゼの耳に口を近付けるゲルプ。


「ん……?」


 だが、そのまま眉をひそめた。


「仕事、か」


 『何か』を感じたのかそう呟くと、今度はローゼに囁くように言った。


「また今度にしよう。楽しみにしているよ」


 部屋を後にするゲルプ。ドアを閉めたゲルプの表情は……冷たく変わっていた。






 《ゲルプ》


 雷を司る黄の天使。その実体はドS天使。Mでない人を(いじ)めることに執着する。時たま優しくなる!?


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