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第二楽章・一、平和の閉幕


「ローゼ様、起きて下さい」


「んー、あともう少し……」


「また王子に怒られますよ」


 その瞬間、毛布がガバッとはがされる。


「ローゼ、朝よ。起きて!」


「……分かったわよ」


 朝に弱いこの少女の名前はローゼ。


「朝食の時間はとっくに過ぎていますよ」


 そして、困ったように言うこの男はヴァイス。


「早く準備しなさいよ。お腹空いた」


 口を尖らして言うのは、小さな女の子の姿のシュテルン。


 ──ここは音の国ムズィーク。


 みんながローゼを愛する世界。こんな狂った世界に、ローゼは留まることを決意した




「またいつもの時間だ。いい加減早く起きることは出来ないのか?」


「うーん……」


 伸びをするローゼは、モーントの言葉を完全に無視して椅子に座る。


「ったく……」


「うわぁ。美味しそう」


「今日はボクが作ったんだよ」


 厨房の方向から現れたのは、にっこり笑顔のグリューン。中性的なその顔に、フリフリエプロンが妙によく似合っていた。


「……グリューン?」


「あぁ、このエプロン? なんか洗濯してなくてこれしかないみたいなんだ。こんなの、メイドさんが着るものだよね」


 そういうグリューンの後ろで、クスクスと笑っているのはゲルプ。


「……とりあえず、いただきまーす!」


 いち早くそれに気付いてしまったローゼは、見なかったことにして食事を始めた。




 いつもと変わらない日々。ローゼとしての生活。これが正しい選択だったのかなんて、今でも分からない。


「はぁ……」


 明るく生きる。それが今出来る最大のこと。



 この先


 何があっても




『暇そうだな』


「そうね、暇だわ」


『今日は曇ってるから、あたしも暇』


 メーアはふわぁとあくびをした。


「ねぇ、久しぶりに街に出てみない?」


『最近城にこもりっきりだったあんたにしては珍しいね』


「そうかしら? 新しいドレスが欲しくなったのよ」


 外に出る為の服を選びだすローゼ。


『はぁ、勝手にすれば』


 メーアが呆れたようにそう言った瞬間、何かをメーアに押し付けるローゼ。


『ぐっ……!?』


 目を開いたメーアが見たのは、楽しそうな表情のローゼのどアップ。


「あなたも行くのよ。ね、メーア」


『何……これ』


「あなた用のドレスに決まっているじゃない! きっとよく似合うわ」


『……絶対着ない』


「何言ってるのよ! あなた一応女の子なのよ。オシャレだってしなくちゃ」


『ヤだ。絶対』


「そんなこと言わないで!」


『に゛ゃ!』




 人通りの多い正午過ぎ。結局派手なドレスを着ることになったメーアは、不機嫌顔でローゼの肩に乗っかっている。

 だが、もっと不機嫌そうなオーラを出している人が後ろに一人。


「……全く。どうして私が女なんぞの買い物に付き合ってやらなければならない」


「そんなこと言わないでよ。他に手があいている天使が居なかったんだから」


「何故よりによって今日なんだ。女の買い物なんぞ興味ないし付き合いたくもない」


 ぶつぶつと呟きながらもついて来るのは、黒の天使シュヴァルツ。


「でも、モーントに天使がついていないと外出しちゃ駄目って言われたのよ。仕方ないじゃない」


『諦めてデートだと思って楽しめば?』


「でっ……デートだと!? 貴様っ、なんてことを……」


 妙に慌てているシュヴァルツに睨まれ、メーアも負けじとフーッと威嚇する。


「あれー? ローゼさまー?」


 呆れるローゼの近くで、可愛らしい声がした。


「あら、あなた達……」


「ローゼさまだー」


「ローゼさまだー」


「久しぶりだねー」


「だねー」


「なんにちぶりかなー?」


「なんにちじゃなくて、なんかげつぶりじゃないー」


「そうだねー」


「会えて嬉しいよー」


 楽しそうにぴょこぴょこと跳ねながら、ローゼの両脇でぺらぺらと話す可愛らしいリスの双子。柔らかな栗色の髪が、風に揺れる。


「ねぇ、クライ、ドゥング」


「「なぁにー??」」


 同じ声が綺麗にハモる。


「新しい服が欲しいんだけど……」


「ボクたちいまねー、かいだしにいってたんだー」


「そうそう。それでねー、いまかえるとこなのー」


「ボクたちにおまかせあれー」


「かわいいおようふくたくさんあるよー」


 二人に手を引っ張られ、そのままつれて行かれるローゼ。その様子を黙って見ていたシュヴァルツは、軽くため息をついてローゼが消えた方向へ歩き出した。




「これもいいねー」


「こっちもすごくにあうよー」


 様々なドレスを持たされては、試着室に押し込められるローゼ。


「これもー」


「こっちもかわいいよー」


「これのほうがかわいいよー!」


「こっちのほうがにあうよー!」


「………」


「………」


 しばらく睨み合うクライとドゥング。


「ねえ、これのほうがかわいいよねー!」


「こっちのほうがにあうよねー、ローゼさまー!」


「わ……分かった分かった、どっちも買うから。ね、どっちも私は好きよ」


 そう言いながらちらりとシュヴァルツの方を見るローゼ。彼は勝手にしろとでもいうように、視線をそらした。


「ありがとうローゼさまー」


「ではでは、おかいけいしまーす!」


 沢山の服を紙袋にどんどん詰めていくクライとドゥング。


「待って! ……こんなに沢山、持って帰れないわ!」


「なにいってるのローゼさまー。こんなの、『むのう』のやつらにしろにとどけさせるからしんぱいないんだよー」


「そうそう、あとは『むのう』のひとがやるから、ローゼさまはまってればいいんだよー」


「むのう?」


「『無能』だ」


 シュヴァルツがぼそりと呟いた。


「何よそれ、どんな人達なの?」


「お前が知る必要はない。用が済んだならさっさと帰るぞ」


 冷たくそう言い放つと、店から出ていくシュヴァルツ。


「ちょっ……ちょっと待ちなさいよ!」


「ありがとうございましたー」


「ましたー」


 急いでその後を追うローゼにぺこりと頭を下げるクライとドゥング。その後ろで、誰かの声がした。


「お呼びですか? クライ様、ドゥング様」


 二人よりはるかに年上な青年が言う。


「そこのふく、きょうじゅうにしろにもっていってねー」


「僕一人で……ですか?」


「むのうがくちごたえするんじゃないよー」


 クライが服の山を指差して冷たく言う。


「きょうじゅうにできなかったら、クビだからねー」


「……かしこまりました」


 青年は酷くやつれているようであったが、二人はお構いなしに他の客の接客を始めた。




「……ねぇ、何で教えてくれないの?」


「何のことだ」


 さっさと前を歩いていくシュヴァルツを小走りで追いかけながら聞くローゼ。


「ほら、さっきの無能っ……」


 急に腕を引っ張られる。


「えっ、ちょっ……」


 気が付いたら、路地裏に連れ込まれていた。


「シュヴァルツ……?」


 視界が真っ黒になる。背中は、冷たいコンクリートの壁。シュヴァルツに覆いかぶさられていると気付いたのは、耳元で低い声がしたときだった。


「黙って耳を塞げ。嫌な予感がする」


「えっ──」



 パン!



 クラッカーを鳴らした音が何倍にも大きくなったような鋭い破裂音がした。




「な……何なの?」


「分からない」


 静かに言うと、ローゼから離れるシュヴァルツ。と同時に白い紙が数枚、はらりはらりと落ちてきた。


「シュヴァルツ……」


 怖くなったローゼはシュヴァルツの服を掴む。


『なんか、大変みたいだな』


 白い紙をくわえたメーアが、ローゼの腕から器用に肩に乗った。シュヴァルツはその紙を受け取る。そこには、几帳面な文字でこう書かれていた。



《音は人を惑わせる


 音は人を狂わせる


 そんなものなど必要ない



 三日後、音の国は消滅する》



「これって……」


 パン!


 再び鳴る不快な音に表情を歪めるローゼ。すると、急に腕を引かれた。


「こっちだ」


 何事かと混乱している人々の間を上手くすり抜けながら、ローゼの手を引いて走るシュヴァルツ。


『おい、置いていくな!』


 忘れられたメーアは軽くため息をついて歩き出す。その後ろに、怪しげな影が揺れた。


『まったく……仕方ないね』


 それに気付かないメーアは歩き出そうとする。


『先に城に帰……ごふっ』


 くたっと力の抜けた子猫を抱き抱えると、その黒い影はニヤリと笑った。




 シュヴァルツに連れて行かれて着いたのは、ルプラの家の前だった。


「おい! いるか?」


 ドンドンとドアを叩いて叫ぶシュヴァルツ。


「クスクス、いつも冷静沈着な黒の天使様が、いつからそんな乱暴さんになったんだい?」


 この声は……


 すぐ後ろで聞こえた声にとっさに振り返るローゼ。そこには、向こうの景色が見えるくらいに透けているツァイトがいた。


「凄い騒ぎだねぇ。ルプラは仕事中だよ。まぁ、君も行かなきゃいけないんだよねぇ、天使様」


 混乱する人々の声、たくさんの足音の中で、のんびりと続けるツァイト。


「我が預かっておいてあげようか? 忙しい天使様」


「………」


 シュヴァルツは、しばらく悔しげに俯いていた。


「貴様のような危険な奴に、預けるなどもっての外だ」


 危険……?


 ローゼはシュヴァルツの言葉に疑問を抱く。


「クスクス。ではローゼを更に危険なここに放置して行くというのかい?」


 ツァイトの言葉に、シュヴァルツは短くため息をついた。


「……一つだけ言っておく。余計な真似はするな。今回は特別だ」


 ローゼの肩を持ち、ツァイトの方へ押し出すシュヴァルツ。


「ローゼを安全な所へ連れていけ」


「クスッ、了解」


 走り去っていくシュヴァルツを一瞬、鋭い眼光で見送るツァイト。すぐに優しい眼差しに戻し、ローゼの頬をなぞるように手を動かした。


「じゃあ、行こうか」


「どこへ?」


 心配そうに言うローゼを安全させるように、頭を撫でるツァイト。


「クスクス、安全な所にだよ」


 刹那、視界が暗転した。






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