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第一楽章・十八、交差する感情

「この世界に来てどれくらいが経ったんだろう……」


 忙しそうに行き交う動物達を、窓から眺めながら言うローゼ。


「……でもアナタを待っていた時間に比べれば短いものよ」


 一口飲んだ紅茶をカタン、と小さな丸テーブルに置くシュテルン。


「……何を見ているの?」


「何って、街よ」


「ううん。違う」


 シュテルンも立ち上がり、ローゼの隣に立った。


「アナタは違うものを見ている」


 声の無邪気さが消えたシュテルンは、ローゼのドレスの裾をギュッと掴んだ。


「忘れられていない……そうでしょ?」



 忘れられない、元の世界



 睨むような視線から逃げるように、ローゼは窓に映る空を見ていた。




 思い出される、今までの記憶


 この世界に来てからの出来事


 そして関わった人達──



 みんなが無条件で私を愛していて


 この世界でピアノの音色を奏でることが出来るのは私だけ


 絶対にありえない、普通じゃない世界、それが音の国ムズィーク


 私は、ここに留まることを決意した。


 相変わらず天使達も王子も私に思わせぶりな態度をとったり、激しく愛を示してきたりするから、気を抜いたら襲われるかと思うと気が気でない。


 みんな美形だし私にはいつも優しい。でも私はまだ特定の人を好きになることが出来ない。


 みんな大好き。だけどそれは、意味が違う。


 私の心にまだ残っている言葉



 あなたは誰も好きになってはならない──



 それが私を引き止める。沸き上がる感情が、何かに吸い込まれたかのように消えてしまう。


 それはピアノの練習をしている時、いつも同じところを間違えてしまうように


 そこでつっかえて前に進めない


 言葉で表現しきれないむず痒い感情


 でも、ここには私の居場所がある


 『元の世界』とは違って──



 まだ忘れることの出来ない過去


 だけどいつかきっと


 ここに居ていればきっと


 忘れられる


 誰かが忘れさせてくれる


 忘れてみせる


 例えこの選択が間違っていたとしても


 私は……




「後悔してる?」


 シュテルンの呟きは、何かに怯えているように震えていた。


「してないわ」


 きっぱりと答える。


「本当に?」


「本当よ」


 瞳の高さをシュテルンに合わせるようにしゃがみ込み、断言する。


「私はずっとここにいるわ」


「なら、信じるね」


 ドレスの裾から手を離すシュテルン。


「……結構簡単に信じるのね」


「当たり前じゃない、ローゼがいないとワタシはここに存在出来ないんだから。アナタはきっとワタシを裏切らない」



 信じてるから


 だから、ずっと一緒に──




 ゆっくりと時間が進む昼下がり。穏やかな日差しに照らされ、シュテルンは眩しく微笑んだ。ローゼもつられて微笑む。


 目の前の笑顔がただの仮面だと知らずに……





 ──バン!


「おおっとぉ……」


 瞬時にドアに小さな穴があく。そのギリギリ横に、不満顔のゲルプが立っていた。


「イライラしてるのは分かるけどなぁ……いい加減危ないものはしまえよ王子様。オレじゃなかったら死んでたぜ?」


「……死ね」


 乱れた前髪を乱暴にかきあげると、怒ったような低い声でモーントは言った。


「残念だな、まだ死ねなくてね」


「用は何だ。さっさと済ませてさっさと消えろ」


「いきなり酷いなぁ」


 ゲルプはわざとらしくため息をつくと、どこからともなく一枚の封筒を取り出した。真っ白な封筒には、そこだけ場違いに派手な赤い薔薇模様の切手が貼られている。


「またか……」


「また……というと?」


「今日はこれで十一通目だ。しつこいにも程がある」


「ああ……そのことか。それなら……」


 ゲルプが指をスライドさせると、トランプのように封筒が五枚になった。


「残念ながら、これで十五枚──」


 バン!


「うおっと!」


 再び発砲された銃弾をギリギリの所で避けるゲルプ。


「だから危ないものはもつべきじゃねぇって。精神不安定なのは分かるけどよ」


 ゲルプはつかつかと歩くと、モーントの机に封筒を置く。


「……はぁ。聞いても無駄だと思うが、差出人は?」


「ぜーんぶ、『彼女』だよ」


「あいつめ……」


 恨めしそうに封筒の束を見つめるモーント。


「今日でこれだけ来たってことは……」


「あぁ。そろそろ『彼女』が帰ってくるらしい」


「へぇ……帰ってくるんだ」


 ゲルプはまたドアの元へ戻る。


「ふーん」


 先程のドアに残った弾痕に手をあてる。ピリッと電気のはしるような音がして、手を除けた時には痕が綺麗に消えていた。


「『彼女』が来るってことは、また何か良からぬことが起こるのかな?」


「不謹慎なことを言うな。『あの時』はたまたまだ」


「偶然なんてものがこの世界にあると思うのか?」


「………」


 珍しく強く言い返さないモーントに気をよくしたゲルプは、楽しそうに言う。


「ま、オレは退屈が嫌いだから、少し刺激があった方が有り難いけどな」


「……何とでも言え」


「今日の王子は張り合いが無くてつまらないなぁ。では、これで失礼するよ」


 さっさと部屋を出ていくゲルプ。完全にドアから離れたことを確認すると、モーントはむしゃくしゃした気持ちを晴らすように「ドン!」と拳で机を叩いた。


「あぁ……どうしてこうなる」


 無造作にゲルプの置いていった封筒に手を伸ばすモーント。


「なんだかんだ言って……中身は読むんですね」


「……ブラウ、いつから居た」


「さっきです」


 ベランダのある窓からひょいっと顔を出すブラウ。


「その手紙は……『彼女』からですね」


「あぁ、女とは迷惑なものだ」


「そんなこと言わないで下さい。あの『ローゼ』だって、女の子なんですよ」


「……今その名前を出すか?」


「ローゼは特別……とでも言うんでしょう」


「……うるさい! 今は一人にさせてくれ」


「貴方のような方が取り乱すとなると、この国も末ですね」


「お前……!」


「では、失礼します」


 丁寧に窓を閉めると、ブラウはベランダからひょいっと降りていなくなった。


「はぁ……どいつもこいつも」


 乱暴に封筒を開けながらぶつぶつと文句を言うモーント。


 一つ一つ封筒を開いて中身に目を通すモーント。内容はさして変わらない。でも、『目を通さなければならない』のだ。


「ローゼがこの世界に来て、シュテルンも解放された。もしこれが本当なら……またあの過ちが起こるのか?」


 手紙を丁寧に畳むと、一番上の引き出しに入れる。


「『彼女』か……」


 モーントの脳内に現れる、目に痛い紅のドレスに身を包んだ『彼女』。


「いや……」


 すぐさま頭を横に振ってそれを掻き消す。


「あと一ヶ月……か」


 カーテンの隙間から差し込む穏やかな日差しを、モーントは恨めしそうに見つめていた。





「……そこで何をしている」


「あ……ばれちゃった?」


「また仕事をサボろうとしていただろう。無駄なことだと知っていながら」


 困ったように頭をかくロートに、呆れた口調で言うのはシュヴァルツ。


「俺はまだ子供だからね。今のうちに無駄なことしておかないと」


「また訳分からない理由言ってるー」


 二人の間に現れたグリューンが、呑気に言った。


「貴様も……仕事はどうした?」


「さっさと終わらせて帰ってきたんだ」


「グリューン……頬に血が付いてるよ。ほらっ」


「おっといけないね」


 ロートに指摘され、廊下にある鏡を見ながら頬の血を袖口で拭うグリューン。


「うーん、もう固まっちゃったかなー。なかなか取れないよ」


「貴様……こんな所をローゼに見られたらどうする気だ」


「あれー? シュヴァルツがローゼの名前を出すなんて、珍しいね」


「──っ、それは……」


 グリューンから顔を背けると、シュヴァルツはぼそりと呟いた。


「あいつの泣かせることは……して欲しくないんだ」


「えー!? シュヴァルツがそんなこと言うなんて変なのっ」


 ロートがからかうように言う。


「もしかして、シュヴァルツ『も』ローゼのことが好きなの?」


「き……貴様っ、何だいきなり!」


「へーえ、じゃあボクと同じだねー」


「グリューン! ローゼは俺のだからね!」


「貴様……『俺の』とは何だ!!」


「二人で争ってずるーい。ボクもボクも!」


「はぁ……お前ら、何やってるんだよ」


 たまたまそこを通りかかったゲルプに止められ、やっと三人の争いはおさまった。


「ったく、オレだってどっかのアブナイ王子様に銃向けられて大変だったのによ」


「危ない王子様は今、精神不安定だからね」


「お、おい! いきなり現れんなよ! あんたはいつも神出鬼没でっ……」


「嗚呼……それは悪かったね」


 全く悪いと思っていない口調のブラウ。


「そういえば皆、ヴァイスを見なかったかい? 今日一日姿を見かけなくてね」


「あいつは今日仕事無いんだろ? どこかフラフラしてるんじゃねぇか?」


 ゲルプが言う。


「そうか……彼も不安定でなければ良いんだけどね」


「ヴァイスに不安定になるようなことなんてあるの?」


 ロートの問いに、シュヴァルツが小さく呟いた。


「天使といえど、心がそう強いわけではない。特に彼は……」


 急に曇り始める空を見つめる五色の天使達は、一体何を考えているのか。





「へえ……」


 時空の狭間。ユラユラと揺れるスクリーンのようなものが、シュテルンとローゼ、王子、五色の天使をそれぞれ淡い色で映し出している。


 それを一人眺めるツァイト。そしてクスクスと小さく笑う。


「それぞれの様子が見れるなんて、我は神様みたいだね」


「また変な事言って」


「あれ……君か、ルプラ」


「寂しがり屋のあなたに会いにきてあげたのよ」


「クスクス。それはどうも」


 ルプラの元に一歩ずつ近付くツァイト。


「……反論しないの?」


「反論する必要はない。その通りだからね。そう……我は今、寂しいんだ」


 スクリーンに映るローゼの姿をちらりと見るツァイト。


「ルプラ。また彼女を連れて来てはくれないかい?」


「それは……」


 いつもしっかりと前を見据えているルプラの瞳が、少し泳ぐ。


「やっぱり無理だよね。我はローゼにとって一番会ってはいけない人だから……」


「ツァイト……」


「良いんだ。我もそれは十分に分かっている。『選ばれた者』の宿命さ。我に抗うことなど出来ない」


「………」


 悔しそうに下を向くルプラの頭の上に、自分の手を乗せるツァイト。


「でも……寂しいよ」


「わ、私で良ければ……」


「ん?」


「慰めて、あげても、いいわよ」


 ルプラの手が伸びて、ツァイトの頬に触れる。


「ありがとう」


 軽く抱き合う二人


 まるでお互いの傷を癒すかのように……



 全てはルール


 抗うことは出来ない


 たとえ、何があろうとも……




 トーン──


 森に響く、『ド』の音


 普通、森にピアノが存在することなどありえない


 だがこのピアノは、そこにいることが当たり前のように、周りと調和してどっしりとそこに居る。


「懐かしいですね……」


 白い手袋を取ると、そっとその艶やかな胴体に触れる。


「貴女と会った日……あれは、本当に奇跡のようでした」


 そのピアノに語りかけるように、ぽつり、ぽつりと話し始める白い影。


「貴女が居れば……全てが変わると直感的に思いました。僕の世界の全ての人が救われる、と」


 鍵盤に落ちてきた枯れ葉をそっと払う。


「なのに僕は……いつの間にか貴女を……そう。貴女無しでは正気でいられないほど、深く愛してしまった」


 払った落ち葉を、足でグシャリと潰す。


「僕としたことが……でも、この世界の者全てが同じなんです。皆ローゼを愛してやまない。僕のように」



 トーン──



 ピアノの心地好い響きが、鼓膜を通じて体全体を心地よく刺激していく。


 ……しかし、足りない


 『音』を出すことは出来ても、『音楽』を奏でることが出来ないのだ。


「ローゼ……いつか貴女が僕の為だけにこの楽器を弾いてくれるようになるのならば」


 ピアノを背に歩きだす。そう、自分の世界へと帰る為に。


「僕はいくらでも待ちましょう」



 いつか永遠に一緒にいること──


 その身体──髪の毛の先から爪先に至るまで、全てを


 自分のものにしてしまえるその日まで



「僕は、待ちます。そして……」



 いつか、貴女と一つになれたら……


 確証のない浅はかな希望



「貴女を、幸せにしたい」



 それが僕の


 この世界で生きている間の


 『最後の願い』です



「ローゼ様……」



 一人呟く白い天使の気持ちを知る者は


 この森にあるピアノのみ──



 全ては


 ローゼ様の為──






時間が遅くなってしまい、すみませんでしたm(_ _)m


今回は場面転換を多くして

それぞれの思惑を記してみました。



少し解説をさせて下さい↓


モーント王子の言っていた『彼女』は、ガールフレンドの『彼女』ではありません


『彼女』の正体はまた別の回で……



そして最後の白い天使の思惑


恐らく彼が誰なのかは読めば分かってしまうと思うのですが

誰だかはあえて書きませんでした

理由は雰囲気をつくる為でしたのでご了承を;



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