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第一楽章・十三、行くべき場所

 ──心臓が浮く感覚


 耳元ではひゅるひゅると風の音がしていて、バルコニーは遥か遠くに見える


 こんな状況で、ローゼは何故かひどく落ち着いていた。



 私は、落ちている。


 堕ちている?


 私は、死ぬの?


 そして……



 前 に も こ ん な こ と が あ っ た 気 が す る



 そんな思いを巡らせていると、ふと目の前に懐かしい顔が浮かんだ。



 この人、知ってる。


 この人は……



「お 父 様 ?」



 ぽすん!


 急に温かいものに包まれた。


「ギリギリセーフ。びっくりさせんなよ。久しぶりだっていうのに」


 目の前に赤い瞳が見えた。


「……ロート?」


「意識あるみたいだな。大丈夫か?」


 ローゼはロートに抱きしめられるようにして、落下を免れていた。


「ロート、私、行かなくちゃいけない所があるの」


 空中に浮いたまま、ロートは首を傾げる。


「なんだいきなり。(ここ)から出たいってことか?」


 ローゼが頷くと同時に、数十メートル下の所から、声がした。


「おーい。そこにいんのはロートかぁ?」


「やば……ゲルプだ。ローゼの願いなら聞き捨てならないな。俺、逃避行(とうひこう)は結構好きだし」


 実際何度かしたことあるし。と小声で呟くロート。


「とりあえず、ここを出るか」


 ローゼが頷くのを確認すると、ロートは高く飛び上がった。


「おい! どこ行くんだ!」


「どっかぁー」


 適当に叫ぶと、城を出て森の上を飛んでいくロート。


「おーい。どういう意味だってのー」


 そんなゲルプの叫び声は、すぐに聞こえなくなった。




「とりあえず脱出は成功だな」


 ワクワクした声のロート。まるで新しい玩具(おもちゃ)を買ってもらえた子供のようだ。


「あの、ありがとう」


「別にいいよ。俺も最近堅苦しい仕事に飽き飽きしてたし」


「仕事……あなたみたいな子供も?」


「酷いなぁ。俺も立派な天使だぜ」


 拗ねたように言うロートを見て、クスクスと笑うローゼ。


「そう……ごめんなさいね」


「っ……それで、どこに行きたいんだ?」


 顔から耳までも赤く染めてしまったロートが問う。


「あのね……私、ルプラの所に行きたいの」


「あの女の所にか!?」


「うっ……声が大きいって」


 耳元で大声を出され、少々表情を歪ませるローゼ。


「ごめんごめん。分かったよ。俺あいつ苦手なんだけど……しょうがないな。ローゼの願いだし」


「ありがとう」


「いいよ。ローゼの願いなら何でも叶えてあげる」


 感謝の言葉に気を良くしたロートは、一層高く飛び上がると、ルプラの家を目指した。




 ジリリリリ……


 ベルを鳴らすと、すぐにドアが開いた。


「ローゼ! 久しぶり。来てくれたのね。あと……ぼうや!!」


 最大限に顔を引き()らせたロートに抱き着くルプラ。


「あなたも久しぶりねー! 相変わらず可愛いくて!」


「ぼ、ぼうやはやめろ! 俺は一応上司だぞっ!」


「あなたが上司でも見た目は私の方が年上よ!」


「ああもう……」


 ローゼは、何となくロートがルプラを苦手とする理由が分かった気がした。


「ローゼ、そろそろ来ると思っていたわ。じゃあロート、名残惜しいけどここでさよならね」


「え? なんで? 俺は中に入れてくれないのか?」


「女の子の会話に男の子が邪魔する権利はないの」


 人差し指を口元に当ててウインクするルプラ。


「それに、あなたはまだ仕事が残っていたはずよ?」


「それは……」


「ガイゲ町の路地番号八六六三に怪しい集団あり。調査済み、ローゼ関係率九十七パーセント……はあなたの区域(テリトリー)だったはずだけど?」


「……仕事魔め」


「何か言った?」


 シュンとしたロートは、まるでヘビに睨まれたカエルだ。


「……いえ」


「じゃあねっ!」


 バタン!


 激しい音をたててドアが閉められた。




「………」


 閉めたとたん、ドアを背に真面目な顔になるルプラ。


「ローゼ、よく城を出ることが出来たわね。まぁ、あのぼうやなら連れてきてくれると思ったけど」


 何か言おうとするローゼを、人差し指で制すルプラ。


「分かってる。何も言わなくていいわ。貴女がここに来た理由、私にはちゃんと分かってるから」


 今お茶を淹れるからね。と言われ、勧められたソファーに座るローゼ。


「それにしても、あの時はびっくりしたでしょ」


「あの時……?」


「私ね、テレパシーが使えるんだ」


 レモンティーをローゼの前に置くと、唐突に話し出すルプラ。


「貴女の脳に響いた声は、私の『能力』によるもの」


 あまり使い道はないんだけどね。と苦笑混じりに言うルプラ。


「そうだったんだ……」


「貴女は、知りたいんでしょ?」


「……分かるの?」


「分かりやすく、顔に書いてあるわよ。それに……」


 ローゼの胸元を少し睨むルプラ。


「私は(それ)と違って、貴女の味方だから」


 ハッとしたようにローゼは胸元のシュテルンを見る。


《黙って聞いてレバ、酷いコト言うわね。アンタ》


「悪かったわね。私はあなたがあまり好きじゃないのよ」


 視線……はないが、シュテルンとルプラの間に小さく火花が散った気がした。




「私は貴女の味方よ」


「うん……」


 ルプラは自分を助けてくれた存在。ローゼは肯定を表すようににっこりと笑顔を作った。ルプラもつられて笑顔になる。そして、そっとローゼの耳に囁いた。


「私は、一つだけ貴女の願いを叶えられる方法を知っている」


「え?」


 驚いてルプラを見るローゼ。ルプラは少し得意そうに言う。


「私の力は、普段はあまり使い道ないけど……応用した使い方があるのよ」


「応用?」


「うん。ただ事実を知るのには、相当の覚悟が必要よ」


 貴女の場合ね。と付け足すルプラ。


「貴女が本当に知りたいのなら、貴女のもといた世界に連れていってあげることは出来るわ。どうする?」


 後は自分次第だということらしい。黙ってローゼの答えを待つルプラ。


「私は……」



 何故、知りたいの?


 何故知りたがるの?


 何故? 何故?


 何故、迷うの?



《ダメよ》


 静かなシュテルンの声が部屋に響いた。


《ダメ。絶対ダメ。そしたら私のいる意味がナイ》


 きっぱりとしたシュテルンの声。


《ワタシはヴァイスに頼まれたの。アナタの記憶を呼び起こさないヨウニ。今更アナタが知って得するヨウナもとの世界はモウないのよ。ダカラ止めよう? モウいいじゃない。アナタはコノ世界では十分に愛されてる》


 それでいいじゃない。


 シュテルンの言葉がローゼの胸を貫く。ルプラはまだ黙っている。


「私、は……」


 時々見る『夢』が、ただの悪夢ならそれで済む。だけど違う。


「逃げたくないの……事実から」


 だから……


 ズキン!


《ダメよ……絶対にダメ……なんダカラ……》


 不意に激しい頭痛がした。


「──っ」


「ローゼ!」


 駆け寄ったルプラは、すぐにローゼの首からシュテルンの鎖を取った。


「貴女の決心が固いのなら、それを壊しなさい!」


 焦った声のルプラ。


「壊……せばいい……の?」


「そう! 壊せるのは貴女だけよ!」


《ダメ……ダメ……!》


 頭が割れるような衝撃。震える手でシュテルンを掴むと、ローゼは力を込めて、それを床に叩き付けた。


 ガチャン!


 ガラスの割れるような音と、ローゼが床に倒れ込んだのは、ほぼ同時だった。




「………」


「ローゼ。よくやったわね」


「……ルプラ?」


 気が付いたら、柔らかなベッドの上にいた。心配そうにローゼを覗き込むルプラ。


「あの石……シュテルンは、かなり危険な石なの。命令には忠実だけど、加減が効かなくなったら何をするか分からない」


「私……壊しちゃったの?」


「今は一時的に力が消えたけど、多分すぐに再生すると思うわ。それに今の貴女の心は、不安定になっている。少しでも過去を思い出せば、混乱してしまうの」


 ルプラは一呼吸おいて言った。


「もとの世界に戻るのは、今しか無いわ。貴女の覚悟は決まっているみたいだし。まだ少し辛いかも知れないけれど、立てる?」


「うん……」


 上半身を起こしたローゼに水の入ったコップを渡し、飲んだのを確認すると、そっとローゼを立たせるルプラ。


「行きましょう。隣の部屋よ」




「うわぁ……」


 隣の部屋のドアを開けると、そこには円形の紋様が、部屋いっぱいに描かれていた。


「まぁ、驚くのも無理ないでしょうね」


 ルプラに導かれ、紋様の中心へと進む二人。


「大丈夫。私がついているから」


 ローゼを後ろから抱き寄せるように腕を回すと、ルプラはそっと目を閉じた。


「──っ」


 いつか見たことのあるような紫と黒の混ざったような渦が、二人を包んだ。




「クスクス。久しぶりだね、ルプラ」


「相変わらず元気そうね。あんたは」


 無意識に目をつぶっていたローゼは、恐る恐る目を開けた。


 ──そこは、異空間だった。



 褪せた色がいくつも交わっていて、天井も床も壁も分からない。そんな空間に立っている。床に立っているのか、浮かんでいるのかも分からない。


「今日はお友達も一緒かい? あれ? 君、もしかしてローゼ?」


 目の前には、褪せた空間に眩しいピンク色の髪、ローゼの着ているのよりも濃いピンクと黒のパンクで奇抜な格好のひょろりと背の高い男がいた。そして……


 猫耳?


 かと思ってよく見たら、銀色のキラリとしたものが見えた。どうやら猫耳のカチューシャをつけているらしい。


「そんなに欲しそうな顔してもあげないよ。これは(われ)のマイブームなんだからね」


 別に欲しそうな顔をしてもいないのに、猫耳カチューシャの男は、カチューシャに手を当てて言う。


 ルプラが軽くため息をついたのが分かった。


「それより君、ローゼなんだろう?」


 ローゼより少し上に浮かぶ男は、顔を近付けて問う。髪の間から見えた耳には、いくつものぎらぎらとしたピアスが付けられていた。


「え、えぇ……」


「君のことは何でも知ってるよ。我はツァイト。時空間を操る者さ」


 ツァイトは、にこりと微笑んだ。


「此処は『時空の狭間』。君は此処を通ってこの世界に来たんだよ」


「時空の狭間……?」


「ツァイトは私の幼なじみなの。『役割』に就く前までは、よく一緒に遊んでいたわ」


 ルプラが口を挟む。


「そうそう。一緒にお風呂に入ったりね」


「──ッ。それは、小さい時の話でしょ! この変態!」


「クスクス。変態は酷いね。ねぇローゼ」


 ツァイトがローゼの頭に手を置いた。


「残念ながら……」


 その手からするりと避けるローゼ。


「間違いじゃないと思うわ」


 ピンクだらけの格好。そして何より、男のくせに付けている猫耳が、それの決定的な理由になっている。


「クスクス。ローゼも酷いね」


 少しも酷いと思っていないような言い方。


「……あの、さっきの話からすると、ツァイトも昔はあの世界にいたの?」


「そうだよ」


 ふわりと浮かぶツァイトの髪が、風も吹いていないのにはらりと揺れた。


「我は選ばれたんだ」


「誰に?」


「この世界に、だよ。気が付いたら此処にいた。きっともう此処から完全な存在として出ることは出来ないだろうね。ルールを破ることは出来ない」


 淡々と話すツァイト。


「……寂しくないの?」


「もう慣れてしまったよ。完全な姿でではないけど音の国を覗くことは出来るし。ルプラも時々来てくれるし、ね」


「………」


 ツァイトに見つめられ、俯くルプラ。


「そ、それはっ……あんたのことだからこんな大事な役割でヘマしないか心配だし……」


 ──なんだかんだ言って、ルプラはツァイトのこと好きなのね。


 ローゼは直感的にそう思った。





「それで、用はなんだい? ローゼ。まさか、もとの世界に戻りたいなんて言うんじゃないだろうね」


「その、まさかよ」


 ルプラがきっぱりと答えた。


「彼女はきちんと覚悟して来ているわ」


「へぇ……。ルプラが手助けするなんて思わなかったよ」


「それは……」


 ルプラはしばらく黙ったあと、言った。


「とにかく、私はこのあと仕事でローゼについていられないの。ローゼをあなたに任せたいんだけど、良い?」


「つまり、彼女をもとの世界に連れていってあげれば良いんだね」


 ルプラは頷き、ローゼの肩を押した。


「ごめんなさいねローゼ。ここから先は彼に任せて。ああ見えて、やることはやってくれるから」


「ルプラ。君に信用されているなんて我は嬉しいよ」


「……じゃあね、ローゼ。ツァイト、頼んだわよ」


「我にお任せを〜」


 ツァイトがそう言って手をひらひらと振ると同時に、ルプラは空間に溶け込むように消えた。




「それで、君はもといた世界に行きたいんだよね」


 ルプラのいなくなった空間で、ツァイトに聞かれるローゼ。


「えぇ。どうしても……知りたいの」


 自分が何をしたのか、どんな状況に置かれていたのか。


 知らないと、前には進めない。


「そうか。そしたら、一つ約束してくれるかい?」


「約束?」


 ローゼを見つめるツァイトの瞳が、スッと細められる。


「『何を見ても全て受け入れる』ってね」



 何を見ても


 全て


 受け入れる


 『何』を見ても……



「……分かったわ」


「よし。それじゃあお手をどうぞ。お嬢様」


 猫耳男は悲劇の主人公に、にやりと笑って手を差し出した。





 《ツァイト》


 時空間を操り、道を繋げることが出来る。男だけど派手なピンク好き。猫耳カチューシャがマイブームの、センスがよく分からない人。普段は時空の狭間に住んでいる。



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