第十八話 僕と海水浴
夏休みに入ってからの僕は特に何事もなく平和に過ごしていたのだがそんな平穏を笑顔でクラッシュしていく奴らが周りにはたくさんいるわけで。
始まりはネコ野郎からのお電話だった。いつものごとく唐突に誘われ拒否権も与えられずメンバーも揃えさせられた。ちなみに電話の内容はこうだ。
「ハロー、わんこ!夏休みを満喫してるかな?俺は最高に満喫してるぜ?ところでお前明日暇か?暇だよな?お前に予定なんかないもんな!つーわけで明日海に行こう!みんなも誘っておけよ!移動方法はカロンにでも任せておけば大丈夫だろ?じゃ、頼んだぞー」
というこちらの都合をガン無視した内容である。
まぁ、決まったものは仕方ないのでみんなにも嫌々連絡を取り許可を貰った。
そして、今日が当日なわけだが・・・
「自宅まで迎えに来てくれるなんて楽っちゃ楽だけど、なんか申し訳ないなぁ」
「なぁ!海ってどんなところなんだ?あたし初めてなんだけど、サメとやらとバトルできんのか?」
「海にサメなんて出るわけないだろうが。映画の見すぎだ」
「なんだ、つまんね」
ミーシャに一般常識を身につけてもらうため、とかいって父さんが用意した映画やドラマの数々に影響を受けすぎだろ、こいつ。
このまえ真顔で、死んだらオーストラリアに骨をばら撒かれるのか聞かれたし。
ミーシャの今後の教育方針を真面目に考え始めたあたりで迎えのバスが来た。
ん?バス?
「忠犬さん、お待たせしましたね?乗りなさい」
「カロンおはよう、なんでバスなんだ?ていうか誰が運転してんだ?」
「人数が多いんですからこっちの方が楽でしょう?運転ならあなたの顔見知りがやってますわ」
言われて運転席を見るとどこかで見たことのある人が座っていた。
というか、前にボこられた人だった。
「何してる?早く乗れ」
「えと、京さんでしたっけ?なにしてるんですか?」
「見て分からないのか?運転をしている」
「組織って解散したんですよね?」
「俺は組織に入っていたがそれ以前にお嬢様の執事だ」
初耳なんですけど。
バスの運転免許を果たして本当に持っているのかという僕の不安をよそにバスは出発する。
僕らの街から近くの海水浴場まで車で一時間ほどかかるので当然バスに乗ってる間することがないのだがこれだけの人数がいれば暇にはならないだろう。
現在バスの中には、赤井兄妹に瑠歌と美玖さん、翔に蛇神さんと嬰螺さん、教会カップルに僕とカロンにミーシャ、それと運転手の京さんを含めて計13人が乗っている。
確かにこれはバスでもない限り無理な人数だな。
さて、なにをしようかな?
いまだに蛇神さんと嬰螺さんは修羅場ってるからあそこには近づきたくないし、かといって教会組は絡みづらい。
「わんこさん、今暇ですか?」
「うん?あぁ舞火ちゃんか、久しぶりだね。これだけの人数が居て暇って言うのもあれだけど暇だよ」
「少しお話しませんか?」
「いいよ、何について話そうか」
それにしても舞火ちゃんに会うのも久しぶりだなぁ。いつだったか一緒に遊園地に行った時以来だし
「カロンさんとはどういう関係なんですか?」
あれ?おかしいな。なんか夏なのにバスの温度が一気に下がったぞ?冷房効きすぎじゃない?
「主従関係だけど?」
「そういうことではなくてですね、その、こっ交際しているんですか?」
「う~んどうだろうね?はっきりしてないから分かんないかな。でもどっちも告白とかしてないから違うんじゃないかな」
「そうなんですか!よかったぁ~」
「僕に彼女ができないことを喜ばれたのは人生で初めての体験だよ。人に喜ばれることをしてあげるのは気分がいいものだとさっきまでの僕は勘違いしてた」
いつだったか智和が言ってたなぁ。
人の不幸は蜜の味。人の幸せヒ素の味。ってさ
「なんですか?恋話ですか?私たちも混ぜてくださいよ!」
「引っこんでろ!今日一番の不安要素が!まさか女物の水着とかもってきてないだろうな!?」
「上半身丸出しだなんて!?エッチ!」
「すいませーん!ここで一人降りるそうでーす!」
「わー冗談です冗談です!ちゃんと男物の水着です!」
おまえの冗談は冗談に聞こえないんだよ。中学校の頃体育の水泳の授業でスクール水着を着て出席して先生に何の注意も受けなかった猛者だからな。
一緒にいる美玖さんは本当に女性なんだよな?それとなんでプライベートまでメイド服?
「どうも、お久しぶりですねわんこさん」
「こんにちは美玖さん。仕事の方はどうですか?あんなクソ野郎のところで働くよりももっといい仕事あると思うんですけど」
「そうでもありませんよ?お給料いいですし、仕事と言っても掃除してネコさんにご飯をあげて御主人様とゲームをするぐらいですから」
「ストレスとかたまらないんですか?あいつと一緒で」
「面白いじゃないですか。空回りしてる所とか見てると」
性格悪いなぁ。そうじゃなきゃあいつの従者なんかやってられないよな。
僕は違うけどね!
「知ってますか?御主人様って実はロリコンだったんですよ?この前部屋を勝手に掃除した時にそういうアレな本がたくさんでてきたんですから!あれ見たときはもう笑いが止まりませんでしたよ。あまりにも面白かったんで携帯で写真撮ってブログに載せました!」
うわぁ、あいつがシスコンのみならずロリコンだったなんて知りたくなかったし、それ以前に同じ男子として部屋を勝手に掃除するのはやめてあげて欲しい。
舞火ちゃん本気で兄を軽蔑の眼差しで見始めてるし。
「えっと・・・そうだ!舞火ちゃんはミーシャと初対面だったよね?ちょっと自己紹介でもしようか!」
急いで話題を変えよう、こんなギスギスした状態で海水浴なんてしたくない。
「おう!初めまして、あたしはミーシャ!よろしくな?えーと、舞火!」
「はい、初めまして」
「舞火は海いったことあんのか?」
「小さいころに一度だけ」
「じゃあさ!サメとかって出るのか!?もしくは、超巨大なタコでも可!」
「出るわけねーだろ!まだ諦めてねーのかよ!」
駄目だ・・・こいつ、早く何とかしないと・・・
頭の中でどこかの天才が呟く。
こいつを連れてきたことを軽く後悔し始める。でもなぁ、さすがに女の子が毎日家に引きこもって寝転がりながら映画ばっか見てるのはどうかと思うし・・・
「わんこ、なんかさっきから愛しの妹がゴミを見るような目で俺を見てくるんだが何を話していた」
いきなり胸倉つかんで脅すのは人としてどうかと思う
「お前の日頃の行いだろ?恨むんだったら部下を恨め」
「きさまかぁぁぁぁぁぁぁ!!何を教えた!アレか?それともアレか?まさか人のパソコンのハードディスク内を盗み見たんじゃないだろうな!?」
「心当たりがあるあたり終わってるよお前」
ちなみにこの日を境に舞火ちゃんの兄の呼び方が『兄さん』から『ペド野郎』に変わったらしいがそれは翌日の話である。
現在、午前十一時
僕たちを乗せたバスは途中(翔がバスに酔ったせいで)休憩を行い海水浴場に着いた。
海の家で水着に着替え浜辺に集合したわけだが・・・
なんていうかヤバい、主に女性陣が。
似合っているとかいうレベルじゃなくなんというか目立っている。
水着姿のカロンにかなりクラっと、いやグラッと来たけどそこは鉄壁の理性でねじ伏せた。
「さぁて!全員揃ったな?あれ・・・一人足らないぞ?」
その理由は男物の水着を着た瑠歌が監視員の人に連れて行かれたからなのだが、まぁいいだろう。
警察沙汰にかかわるのはごめんだ。
恋結瑠歌 近くの警察署まで連行され事情聴取のため再起不能
「ま、いいか!海の定番と言えばこれだろ!美玖!」
格好つけて指を鳴らそうとしたが鳴らせていない。
できないのにしようとすんなよ。
「はい!これです、ドン!」
出てきたのは夏の定番、よく果物と間違えられる野菜、そう西瓜である。
「夏の海っていったらやっぱ西瓜割りだよな!というわけでジャンケンで負けた奴からやるぞー」
ここで僕たちのジンクス発動。
罰ゲームとかパシリとか決めるときのジャンケンって大体言いだした人が負けるよね?
目隠しをして棒を持たせて回転させて準備完了。
後は外野が方向を教えるだけでいいんだけど・・・参加してるのは学生組と美玖さんだけで他の人(主にいい歳した男性)たちはパラソルの下で愚痴を言い合っている。
ミーシャに至っては初めての海にテンションがマックスになり波の中に消えてったし。
「御主人様~もっと前ですよ、まーえー!」
「美玖さん!?ちょっと嘘言わないであげてください!あいつ信じて道路向かってますから!!」
「私たちを信じて振り返らずに真っ直ぐ進んでね~」
「えっ嬰螺さん、やめてあげようよぅ。愛もやめてあげてよぅ」
「いいんですよ。あの人多分生きてても全世界の敵になりそうですし」
キキーッ!!!ドンッ!!
さようなら、親友よ。お前の事・・・あんまり好きじゃなかったぜ・・・
赤井智和 車道に飛び出し車に轢かれ再起不能
海に来るなんていつ以来だろうか?
少なくともここ数年は来た覚えが全くない。
「でだ、今までは割とおとなしかったのに最近ははしゃぎ過ぎて敵わん。それというのも全部あの坊主のせいなんだ・・・きいてるか?章」
「あぁ、聞いてる。なんでいい年して俺たちこんなことしているんだろうな?」
「それは、アレだ。運がないんだよ俺たち・・・」
「あー空が青いな」
「ああ、青いな。死ぬんならこんな青空がいいな」
別に自殺願望があるわけじゃないのにそんな事を呟く奴隷執事
会社を潰された後に組織に無理矢理入れられた時に一番一緒に行動していたのがこいつだった。その時に何でこんなふざけたことをやってるのか聞いた時の事は忘れられない。たった一言。たった一言で事情が呑み込めた。
『たった一枚の紙切れで人生踏み間違えることもある』
その日は一緒に朝まで飲んでたなぁ
「なぁ?何でお前いつの間にか神父になんかなってんだ?」
「・・・責任って重いよな・・・本当に重い。心が悲鳴あげてるからな」
「あぁ、大体わかった。お前も大概だよな」
「・・・海、綺麗だな」
「あぁ、浜辺のカップ麺とかのゴミから目を逸らせばな」
なんでこんなところにいるんだろうか?
さて、西瓜割りが終了し特にやるイベントが無くなった僕たちは各々やりたいことをしていた。
翔は姫神さんと嬰螺さんから逃げている最中だし舞火ちゃんはミーシャの面倒を見ている(っていうか僕が事件にならないように頼んだ)し、ローラは日差しが眩しいという理由でパラソルの下から動かなくなったし、僕はカロンと一緒に崖に来ている。
うわっ!高いな、二時間ものの刑事ドラマのクライマックスで使われそうだ。見たことないけどね。
さて、ここからはきっと真面目な話し。
カロンが人気のない所に連れていく理由なんてそれしかないだろうから。
「ねぇ?わんこ。どうして赤井家の人間と平気な顔で一緒にいられるの?戦争の引き金、死を売る商人、赤き鉄、そんな人間となんで笑って一緒にいれるのかしら?」
まるで僕を責める様に言い放つ
「…………別に?嫌いじゃないからね、舞火ちゃんの事、好きじゃないけどネコ野郎の事もさ」
「そう……私は嫌いだわ。とても好きにはなれないわ、私はまだ諦めてはいないの。世界征服」
「いい加減に諦めればいいのに」
「絶対に嫌だわ!……私はね?不条理が嫌いなの。生まれつき運が悪いから不幸な人生を送る、親が悪いから借金にまみれて生きていく、そういうのが大嫌いなの。それなのに世界は矛盾を絶対に許してくれない。誰かが幸せになると誰かが不幸になる、だから世界を創りなおすの」
「てっきりカロンは悲劇主義者だと思ってたんだけど?」
世界征服もカロンの事だから世界を焦土にするつもりだと思ってたしね
「私はハッピーエンド以外は絶対に認めない!そのためには、赤井家が邪魔だわ。でもね?あなたの答えで気が変わったわ。私も友達の友達を奪う程最低じゃないし、それは悲劇だものね?だから忠告してあげる」
「ソロモンが狙ってるわよ?」
一応断っておきますとコメディパートでは基本怪我をしても大丈夫です