第十五話 僕のリストラと再就職
現在七月上旬。
学校ではきたるべき夏休みを前にして生徒たちが補習を逃れるべく最後の追い込みをする時期でもある。夏休みという高校生活ではたったの三回しかない一大イベントにも関わらず補習などという悪魔が考えたとしか思えないような地獄を阻止するべくクラスでは皆がまだ期末試験には少し時間があるのに勉強をしていた。当然今はまだ一限目が始まってすらいない。
「みんな大変だなぁ。ま、僕には関係ないけど。」
一応それなりには家で勉強をしていたので補習を受けるようなことにはならないだろう。
そんな呑気なことを考えていたら教室の扉を凄い音を立てながら瑠歌が入ってきた。
「たいへんですわんこさん!ビッグニュースです!」
「いい加減にしろ。お前のその言葉で僕にいい事があったためしがない。」
今までの二回とも通り魔とかローラとか大変なことの方が多かった。ひょっとしてこいつは僕に幸運じゃなくて不幸を届けに来てるんじゃないだろうか。
「しょうがないから聞いてやるけど今度はなんだ?」
「その聞き方は釈然としないものがあるんですけど、実はですね!この時期に転校生が来るそうです!しかもお嬢様学校からの転校生らしいです!」
目を輝かせてお嬢様学校とやらの事でも想像しているであろう瑠歌。
それにしても夏休みを前にして転校はかわいそうに。きっと家の事情というやつだろう。転校って結構心細いんだよなぁ。
過去の自分の転校間際の記憶を思い出して少し切なくなってきた。小学校で仲良かったみんなは元気だろうか?
「どうしたんですか?急に黙りこんでしまって寂しいじゃないですか!はっ!まさかこれが噂に聞く放置プレイというやつですね!?わかりましたそれがわんこさんの愛なら受け止めてみましょう!」
「ちげーからとりあえず口を閉じろ。」
こいつはなんでこんなに自分に都合のいい方向に物事を考えられるんだろう?その性格がかなり羨ましんだけど。まぁ嘘だけどね。
「うーす。朝からうちのクラスはやかましいな。主に一名のせいで。」
「おはようございます御主人様。どうしたんですか?朝からお疲れの御様子ですが、また女の子ですかそうですか本当に羨ましいというか妬ましいというか本当にいつか刺されればいいのに☆」
「あっはっは、朝から主人に喧嘩を売るとはいい度胸だなわんこ。ぶっ飛ばしてやろうか?」
「うっふっふ、やってみてくださいよ女性の敵さん?」
その瞬間に飛んでくる右ストレート。
同じタイミングで繰り出す右ストレート。
二人の頭に直撃する有難いお言葉がたくさん書いてあり人を撲殺できるほどの重量のある聖書。
「朝っぱら喧嘩をするなんて何をしているんだ君たちは!いいか?暴力はいけない、まずは話しあいから始めようじゃないか。あぁ、今日も朝から迷える人々に正しい道を歩ませることができる。これでまた一歩天国に近づいたな。」
なにやら天を仰いで祈りを捧げているシスターさん。ていうか凄い音したんだけど頭の形とか変わってないよね?これ。
「ローラ?止めるにしてもなんというか方法があるんじゃないかな?御主人様が起き上がってこないんだけどこれ死んじゃったりしてないよね?」
「ん?大丈夫大丈夫、彼ならきっと帰ってこれるよ。こっちの世界にさ。」
「御主人様!?帰ってきてください!あなたを待ってる人もきっといますから!気をしっかり持ってください!」
「ん?その声はわんこか?あぁわかってるさ、あの川の向こうで手招きしている綺麗な女性を口説き落とせばいいんだろう?大丈夫だそこで見ていろ。」
「いっちゃだめぇぇぇぇええええええええ!!!」
御主人様はホームルーム五分前に意識を取り戻し、一番最初に言った言葉は(振られた)の一言でした。
そしてホームルーム。僕はこの時までいつものように学校が始まりいつもどうりに学校が終わると思っていました。
「よーし、みんな席に着いたな?それじゃ今から重大発表がある。夏休みも近くなってきているこの時期だが家庭の事情で転校生が一人入ってきた。全員仲良くしてやってくれ。おーい入ってきていいぞ。」
全員の視線が教室の扉に集まりその瞬間男子も女子も息をのんだ。
ちなみに僕も息をのんだのだけれど意味はみんなとは当然違うものだったが・・・
「初めまして皆様。ワタクシは死守カロンと申します。この時期に家の事情で転校することになってしまい皆様も面倒だとは思いますが是非仲良くしてください。」
……………悪夢の再来だ。
ここは聖アニマル学園の屋上である。
最近の学校は屋上に出る事は禁止されている所がほとんどで、うちの学校も当然のように禁止されているわけだが実はコツがあって屋上の扉は立て付けが悪いため少し押しながらスライドさせてやれば鍵がなくても開くような仕組みになっている。
なぜこんなところにいるのかというと、原因は彼女なわけで・・・
「んで、何しに来たんだ?言っとくがわんこは俺の従者だ。お前のようなやつに渡すわけにはいかないんだよ。力ずくっていうんなら卑怯でもなんでもここにいる人間全員でフルぼっこにさせてもらうが?」
現在の状況、
屋上で転校生の女の子にいつものメンバーがメンチを切っている。
ローラと翔は違うけど・・・
「あら残念ね。すんなり返してもらえるととても助かるのだけれど、かといって力づくじゃ勝てそうにないし。あらあらどうすればいいのかしら?駄犬はまだ帰ってくる気はないのかしら?別に帰ってこなくてもワタクシは一向に構わないのだけれどね。」
じゃあなんでわざわざ転校してきたんだよ!
「じゃあなんでわざわざ転校してきたんだよ!」
「わんこ、今思ったことそのまま口に出しただろ。」
そりゃ出したくもなりますよ?意味分からないんだもん。
「えっ?いやそれはほらあれよ…とにかく!私は自分のものが人に取られるのは嫌いなのよ!駄犬をさっさと私に返しなさい!」
「嫌だね。俺も自分のものが人に取られるのは大嫌いなんだ、それにわんこもお前の所に戻りたくないみたいだしなぁ?」
「くぅ!?わんこ?なにがいけなかったの?悪いところはちゃんと直すわ!」
「とりあえず世界征服なんて馬鹿げたことをやめてください。それがそもそもの原因だったじゃないですか!やめるように忠告したら主従の関係を切られるし、意味分かりませんよ!元々主従の条件は週一で一緒に遊ぶことだったのに気付いたら使用人みたいなことやらされるし!ホントもう勘弁してください。」
さすがにもうあんな馬鹿げたことに付き合いたくない。
「じゃあ組織が無くなれば私の所に戻ってくるのかしら?」
「いきなり元通りになれるわけがないでしょう?組織を解散するのは最低条件です。」
「ならその条件はクリアーしているわ。もう組織は存在していないから。」
その場にいるみんなの動きが止まった。
「今なんつった?俺の耳がおかしくなっちまったのか?」
「組織は私の手からはなれたのよ。私の部下が謀反を起こしちゃってね?私は組織から追い出されて今じゃただの学生なの。さぁ!最低条件は満たしましたわ?帰ってきなさい。」
開いた口がふさがらないとはきっとこの事を言うんだろうな。
御主人様が耳打ちをしてきた。
「おい、どうすんだよわんこ。この状況は俺のプランにはまったくなかったぞ?期待しないで聞くが何か策はあるか?」
「まったくございませんよ。」
どうしようこの状況・・・
「わんこくんは戻りたくないの?」
「翔…いや、そんなことはないよ。昔みたいになれるなら戻ってもいい。だけど今現在僕の所有権は御主人様にあるんだ。御主人様が許可を出さないと僕は昔のようには戻れないんだよ。」
みんなが御主人様の顔を見る。
「何だよ…また俺が悪者か?はぁ…わかったよ。わんこお前は解雇だ、今まで良くやってくれたな。好きにしろ。」
「だそうですが?どうしようかなぁ、このままじゃ能力も何も使えないただの落ちこぼれになっちゃったよ。どこかにいい御主人様候補はいないかなぁ。」
「ここにいるじゃありませんか!戻ってきなさい。私の隣を許可したのは昔も今もあなただけですわ。」
「呼び方はどうしましょう?マイマスター。」
「タメ口で構いません。」
「仕事は?」
「私と週一で遊ぶこと。」
「オーケーオーケー決定だ!今日から僕はカロンに仕えよう。昔のように好きなように使い潰してくれ。」
これが今日の昼休みの出来事だった
「というわけでいつものようにメンバーが増えたことを記念して家でパーティでもしようと思うんだがもちろんお前ら全員来るよな?」
智和の言葉に全員が頷く。
「ああ質問なんだが章は呼んでもいいのか?」
「もちろんだ。しかし、大丈夫なのか?カロンがいるんだぞ?いきなり喧嘩とか嫌なんだが・・・」
「私からちゃんと言い聞かせておくから大丈夫だ。それでは後で会おう。」
そう言ってローラは霧になって消えていった。いつも思うんだけどどうして服も一緒に霧になるんだろうか?一応弁解しておくと邪まな気持ちは一切ない。
「それじゃあ僕も愛を連れて後で行くね。」
「私は私服なのでこのままで大丈夫です!わんこさんが家に帰るんだったら着いていきますが!」
「来るな。」
ほんとにやめてくれ。最近ご近所さんの見る目が冷たいんだよ。
「カロンはどうするの?智和の家わかんないだろ?」
「あなたが案内しなさい。私はこのままでいいから。」
「把握しました。」
久しぶりの穏やかな放課後を僕たちは智和の屋敷ではしゃいで過ごしたのだった。